雨に佇む

 嗚呼、雨よ。どうか一刻も早く 洗い流してくれ。

 アスファルトに染みゆく この血飛沫を。


 そして一刻も早く ここから立ち去らねば。



 山道の急カーブ。見渡す限り木に覆われた晦冥。


 鹿でも轢いたか。あるいは猿か。

 そんな期待はフロントドアを開けて 間もなく散る。


 

 嗚呼、人だ。自分と同じ形をした生き物が そこにいる。

 どうか一刻も早く立ち去りたいのだが 足が動かない。

 

 絶え間なく降る小雨が しっとりと肌を潤す。

 濃い土の香りに紛れ 這い回る赤黒き鉄の匂い。



「……ずっと、ここにいたのか」


 朽ちたガードレールと木陰の隙間に 人影ひとり。

 嗚呼、轢いてしまった──否、これはか。


 なおも穏やかに降り続ける小雨。

 その静穏さに隠された 確かな殺意を全身に浴びて。



 そいつと、私と。

 見つめ合い動かぬまま 雨に佇む。


  2023/08/27【雨に佇む】

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