第23話 

「で、どうなのさ」


見世の奥で、腰を下ろした榊原に鬼灯は話しかける。


「……どうとは? 例の裏切り者の件か? それとも朱引きの外であった斬り合いの件か?」


 榊原の言う裏切り者とは、番屋の中で証拠品のやりを持ち出した者のことで、朱引きの件とは正体不明の武士団が斬り合いをしたことだ。


「分かっていて引っ張んじゃないよ、両方だよ両方」


むすっとして湯呑を口に運ぶ鬼灯。当然中身は酒だ。


「そうじゃの、まぁ近松は間違いないな」


鬼灯は榊原の言葉を待つ。


「ちょっと鑓を確かめると言ってあやつに案内させたのじゃが、まあ、必死に冷や汗を隠しておったわ。ま、まだまだ腹芸のできるほど年季は入ってないのでな」


そういうと榊原は白湯を口に含む。


「斬り合いの件は各家が絡んでおるから中々尻尾を掴ませんな。ばれたら幕府の詮議がはいるからのぅ。この件は闇の中だろうよ」


「じゃあ何かい。中途半端に知ったあたしは悶々とするだけかい?」


「そうだな。これ以上はあまり詮索せぬ方が良いであろうな。もし先日拾ったという人物が接触してきたらただの骨董屋として礼でも受け取っておくことだ。さすがのお主でも家一つ相手にはできまい?」


榊原は湯呑の中を見つめながら呟いた。


「まあねぇ、さすがにちょっときついね」


鬼灯は天井を見る。


「それとな、公儀が大きく動く。西国でが見つかったそうだ。……お主何か情報を持っていないか?」


榊原は鬼灯の方へ向きじっと見つめる。鬼灯はにっこりと笑う。


「さぁ知らないねぇ。ただ私が掴まされた和同開珎の偽物も西国の姉川家出身の人物から買い取ったものだったんだよねぇ」


その言葉に榊原は腕を組む。


「偽和同開珎に偽銭か……。それとなく上の方へ流しておくわ」


「悟られないようにね」


「そこまで耄碌もうろくしておらぬよ」


そう言うと榊原は湯呑の白湯を飲み干し立ち上がった。骨董を眺めながら店先へと動く。


「あ、旦那。仕事が一つあるけど受けるかい?」


鬼灯の言葉に榊原の肩が震える。


「話を聞こうか」


榊原は先ほど立ち上がった場所へと心なしか嬉しそうに戻るのであった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「ごめん」


 夕刻、骨董屋鬼灯の扉が開き一人の人物が入ってきた。


「もうそろそろ見世終いなんだけれど……」


入り口を見つめる鬼灯は見知った顔が入ってきたことに驚いた。


「先日は大層世話になった。動けるようになったので早速礼をと思ってな」


 男は笠を脱ぎ見世へと入ってくる。それは先日深手を負って見世先で倒れていた男だった。


「なんだい、あんたか。もう傷はいいのかぃ」


鬼灯は中へ入るように促すと同時に木刀に手を這わせる。


「待った、待った。もう至らぬことはせぬよ。私では到底敵いそうにないのでな」


男は入り口近くに大小を置き両手を上げて歩いてくる。片手には何か箱のようなものを持っている。鬼灯はそれでも警戒を解かない。


「某、とある家に仕えている武士でござる。今日は礼を持参した次第だ。彦枝ひこえと申す。先日は名乗りもせず申し訳なかった」


彦枝と名乗った人物はそう言うと頭を下げる。


「ちょっ、武士が簡単に頭を下げるもんじゃぁないよ。家の前で死なれちゃ寝覚めが悪いから拾っただけだよ」


若干照れたように慌てて言葉を紡ぐ鬼灯。


「これはこの前の礼なのだが……」


 そう言って彦枝は包みを差し出す。ある程度の距離があるので中身は分からない。鬼灯は仕方なしに近くへ来るようにぽんぽんと畳を叩いた。

彦枝はその動作を受け近づくとゆっくりと包みを開く。

そこには……。


!@%&$!~


「なっ、なんだいこれは!」


鬼灯が上半身を仰け反らせながら悲鳴を上げる。

そこには一尺少々の干からびた蛇のようなものが束で入っていた。


「これでござるか? これは藁苞わらすぼという酒に合う珍味でござる」


彦枝は何事でもないように答えた。鬼灯は片目をつぶってその乾物を指で摘まむ。


「あんたねぇ、いくら何でも女のあたしにこれは無いんでないかぃ」


「いや、酒好きのようだったので……」


彦枝に悪びれた様子はない。それどころか箱ごと寄こそうとする。鬼灯はさすがに嫌そうな顔をして箱を突っ返そうとする。

しかし箱に触れた途端鬼灯の手が箱の端を握った。


「……そういうことかい?」


鬼灯はゆっくりと藁苞わらすぼの並んだ箱を受け取り上下に動かす。藁苞の下から何かの擦れる音がする。


「まあ、ね。大きいのは使い勝手が悪いと思い小さいのを詰め込んでおいた」


ゆっくりと上下に振り鬼灯はにんまりと微笑む。


「……わかったよ。ありがたく受け取らせてもらうよ」


「ではこれにて」


彦枝はそれだけ言うと笠をかぶり出口へと歩き出す。


「待ちなよ」


鬼灯の沈んだ声が彦枝の背中へ投げかけられる。ゆっくりと振り返る彦枝。


「これ、そのまま食べるのかい?」


彦枝はにっこりと笑う。


「焙って食べると良い」


そう言うと彦枝は手を振って骨董屋鬼灯を後にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る