第72話 未来を変える大罪と覚悟

ブルルッ

白い息を出す白馬をあやしながら

空気が澄み渡る早朝に人目を避ける様に

一人の男が村から出ようとしていた。


「こんな朝方に夜逃げか?趙雲」


その背中に声がかけられる。


「…張繡」


趙雲が振り向くと張繡がそこに立っていた。


「いや朝に夜逃げは、

 おかしいから…朝逃げか?」


そう言って『くくく』と張繡は笑う。

 

「劉備の言葉にコロッと騙されて

 劉良様に詰め寄り皆を危険に晒し

 命令を無視して拘束され許された後

 今は、逃げようとしている」

「逃げてなど」

「逃げてんだよ

 あんな失態を犯したのに責任も取らず

 恩を仇で返したまんまで」


張繡は、馬鹿にするように笑う。


「なぁ…お前だってわかってるだろ?

 だからこんな人目がない時間に

 離れようとしてるんだよな?」


趙雲は、張繡から顔を背ける。


「はっこれが師弟とか情けねぇ

 …まぁいいや」


張繡は、袋を一つ投げ渡す。


「これは?」


趙雲が受け取った袋からは、

ジャラジャラと言う音と

ずっしりとした重さを感じる。


「俺ができる最後の前別だ持って行け」

「これは受け取れない」

「いや受け取れ、

 これは手切れ金でもあるんだ」

「…手切れ金」

「あぁそうさ、これからはただの他人

 助言も手助けもしない

 何処かであっても話しかけてくれるなよ」

 

張繡は、辺境と呼ばれる涼州生まれであり

涼州は、異民族や軍閥などが多数あり

争いが絶えない州である。


そんな州の為、

ちょくちょく村の襲撃などが起こり

必死に村を守ろうとする兵達の姿を

幼き頃から見ていたしそれに憧れて武を志し叔父の勧めで師に出会い

武を鍛えて武官となった。


その後、武官として異民族や派閥、

賊などから村々を守る為に槍を振るった。

そのおかげで、守られた村もあったが

逆に守らなくて火に沈んだ村もあった。


そんな悲惨さを経験している張繡にとって、

趙雲がした村を危険に晒す行動は、

到底許容できるものではなく。


しかも忠誠を捧げる主人である

劉良に刃向かって押し通したなど

同門の武人として背中を預けて戦った友としても許せず怒りに震えていた。


「…感謝する…張繡達者で…」


その怒りが籠った目を見て

どんな言い訳も意味ないと悟り

趙雲は、袋を受け取り深々と頭を下げ

去って行った。


「チッ…馬鹿野郎が」


         ・

         ・

         ・

「…良かったのか?心の友よ」

「呉範か…ああ仕方ない」


劉良は、少し離れた場所から

その趙雲と張繡、二人の姿を見ていた。


賊との戦いから数日がたった。

あの後、官兵が援軍に来た事により

お役御免となり劉良たちは、

部隊と共に荘園に戻って来ていた。


その時に劉備ともに身柄を押さえていた

趙雲も身柄を解放された為一緒に連れて来たがやはり肩身が狭いのだろう故郷に帰りたいと行って来たので許可を出した。


「…だけどなぁ」


呉範は、どうやら趙雲に未練がある様だ。


「なぁ…呉範」

「なんだい?」

「趙雲は、劉備の配下だったのか?」

「…何を言っているんだ?

 趙雲は、紛う事なく君の配下だったじゃないか」

「今の話ではなく過去…いや未来の話だ」

「………」


呉範の反応を見て

自分の推測があっている事を確信する。


(そうか…劉備配下だったのか…)


記憶の中では、

趙雲は公孫瓚配下の猛将だった記憶しかなく

その後は、自分が死んだ為知らない。


だが自分が死んだ後も生きていた呉範は、

趙雲が劉備の配下になった事を知っていたのだろう。


「なぁ心の友いや…劉良

 それの何が悪い?

 まだ劉備に仕えてる訳じゃないんだ。

 つまり今、青田買いする好機なんだ

 それはわかるだろう?」


「あぁ理解できてるし呉範が

 色々動いてくれてるのも感謝している

 だが今回の件で少し考えないといけないと思っている」

 

「どう言う事だい?」


呉範が意味がわからないと首を傾げる。

自分も県令や張飛殿に指摘されなければわからなかった。


「自分達、特に呉範は、

 趙雲がこれからどんな活躍をするのか知っているだろ?」

「ああ勿論だ、撤退戦で数万の敵の中から

 一人で劉備の息子を助け出したと

 言う話を聞いた時は、

 凄い武人だと思った」


いやそれは凄いな

呉範は、自分が死んだ後の事は、

話したがらないから趙雲の活躍を初めて聞いた。

と言うか家族が取り残される撤退戦て

まさか劉備家族を見捨てたのではないか?


「だからこそ、失態を犯したとしても

 配下に置いとくべきだと

 私は、考えている」


そう呉範が趙雲を庇う

確かに呉範の考えもわかるが…

 

「だがそれは、

 黄巾の乱、張純の乱、董卓連合

 …界橋の戦いなど様々な戦い

 どれも経験していない今の趙雲ではない」


そう今の趙雲は、

武官を志し地元を出ただけの青年なのだ。

それなのに今の趙雲に未来の猛将を重ねて

育てるのではなく成果だけを求めてしまっていた。

その結果趙雲は、ここを去り苦難の道を歩まねばいけなくなった。


「それなのに、十分な下積みをさせずに

 経験不足の青年に部隊を率いさせた

 その結果がこれだ」


トボトボと歩いて行く趙雲の後ろ姿を

劉良が見つめる。


呉範も劉良が言いたい事がわかったのだろう

頭を抱えてしまった。


「あぁ…劉良よ我々は、

 何と罪深い事をしてしまったのだろうか

 将来有望な青年の未来を

 奪ってしまったのかもしれん」


誰が好き好んで命令違反を起こして、味方を危険にさらした者を雇いたいだろうか?

今回の事で今後趙雲がまともな所に仕官できる可能性は、低くなっただろう。


そうならない為にもう少し

自分が上手く立ち回れば良かったのだが

劉備への怒り呑まれていたあの時の私では、無理だったろう。


心は、大人でも身体が子供なら

上手く折り合いをつける事ができず。

感情に流されてしまう…

自分でも気づいていなかった生まれ変わった事による欠点だった。


「一応趙雲の故郷である中山の大守

 張純様に書簡を送り

 目をかけていただく様に頼んだが

 後は趙雲次第だ」


今回の事で心が折れて槍を置かない事を願うしかない。


「…劉良、我々はどうすればいい」


いつもの飄々とした態度が鳴りを潜め

呉範が悩んでいる。


このまま未来変えようと

足掻けば足掻くほど輝かしい未来を持つ者を

不幸に貶めるかもしれない。

なら何もせずこのままあの未来を受け入れるのか?

そう呉範は、考えているのだろう。


『旦那様』

劉良は、少し目を閉じた後目を開ける。


「我々は、歩き続けるだけだ

 それが駄目と言うなら

 その時は、天が私を裁くだろう」

「劉良…ふっそれでこそ心の友だ」

「…試したな?」


呉範がにやりと笑う。


「これからこんな事は、

 度々起こるだろう…

 その度にそんな暗い顔をして

 悩んでたら心が持たないと思ってね」

「そんなに顔に出ていたか?」

「あぁ葛藤と後悔に押しつぶされそうに

 なっていたよ、

 まぁ、でも覚悟を決めたんだろ?」


呉範の言葉に深くうなずく。


「ならこれを渡そう

  君が頼んでいたものだ」


劉良は、書簡を受け取り中を見る。


「これは…そうか…では呉範、行こうか」

「ああわかった」


劉良は、そう言って去って行く趙雲に背を向けて歩き出した。


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