皇太子は宮殿にて

 ――参謀本部を後にして宮殿へと到着した俺は、スタスタと急ぎ目に歩いていた。

 今すぐ陛下に謁見して軍の組織改革を許可してもらうためだ。

 二重帝国において皇帝である陛下は絶対である、何時も陛下に直訴しているが断られているのだが、あそこまで軍の運営が酷ければ許可してもらうしかない。

 

「おや殿下、今日はどうなさったので?」

「アゲノル宰相か、貴殿も宮殿に用があったのか?」


 目の前に現れたのは二重帝国宰相のアゲノル伯爵だ。

 隣国のシベリア帝国との協調外交を積極的に行っている男で、中々頭が回るらしい。


「はい、ですが私はたった今謁見し終えて帰る所でした。 殿下はいかがなされましたか?」

「少々大変な事になってな、軍の統率について直訴しにきたのだ」

「そうでしたか。 軍は外交にとっても非常に大事な存在、成功を祈っておりますぞ」


 アゲノル宰相は一礼して持ち場へと帰っていく。

 数多くの国家が産業、インフラ、そして軍備が変わりつつある時代に今もなお、旧時代の伝統にすがっているのは陛下だけではない。

 まだ少なからず伝統主義に浸り続けている国家が存在している。

 伝統にこだわる政治家も多く、二重帝国の議会に居座り続けている。


 しかしアゲノル宰相は、俺の急進的な考えに大きな期待を寄せている。

 彼は理解しているのだ、時代が完全に変わっている事を。

 自覚しているのだ、二重帝国が非常に力も小さく弱い事を。

 

 ――隣国のプロイセン帝国に二重帝国は敗北した。

 理由は簡単だった、奴らには優秀な参謀本部、電信、そして戦術が存在した。

 そして分裂したゲルマン諸国を統一するという兵隊達の高き士気。

 二重帝国には、そんなものが全て無かった。


「…………」


 今日は何としても、何としてでも陛下に軍の組織改革の許可を貰わなければならない。 そう決心して、俺は陛下の居られる執務室の扉を叩いた。


『入ってもよいぞ』

「陛下、失礼します」


 扉を開いた、そこには二重帝国の皇帝である、フランツ・ヨーゼフその人であった。 しかし今日は何時もよりも元気がない、やはり少し前、皇后が暗殺されたのが大きなショックなのだろう。

 

「やはりお前かフェルナルト……、今日は何を言いに来た?」

「陛下、我が国の軍ですが、多民族が各部隊にバラバラに配属されているせいで統率がままならない状態です。 軍の組織改革の許可を頂きたく思います」


 用件を聞くと陛下は静かに瞳を閉じた。

 どうするべきか考えているのか、それとも何度も直訴してくる俺に呆れているのか。 三十秒近く閉じていた瞳は、ゆっくりと開いていった。


「……フェルナルトよ、その改革が成功すれば、軍はどう変わる?」


 ――意外な言葉が返ってきた。

 改革案を素直に聞いてくるのは珍しい程なのに、どうしたのだろう。


「はっ、私の改革案が成功すれば、軍の組織、部隊の全てが以前よりも大幅に強化されます、士気も高くなるでしょう」

「……少しだけ、どのような改革案か聞いてもよいか?」


 俺は一枚の紙を取り出して、陛下の座っている机に広げた。

 紙には建築物の外見が描かれていた。

 

「まず二つの首都であるウィーンやブタペストに一つずつ、ゲルマン系とハンガリー系の民族で構成された軍学校を設立して融和を図ります。 教官も両民族の優れた将校を選抜して、教育を行う予定です」

「ふむ、卒業後はどうするつもりなのだ?」


 更に俺はもう一枚の紙を取り出す。

 この紙には現在の軍の状態が詳細に書かれていた。


「参謀本部は一旦そのままに、各部隊を民族ごとに分けます。 そして教育された将官や佐官を部隊長として配属させます」

「その将官と佐官達はどのような教育を受けている?」

「まずは任意としますが、多民族の言語を覚えさせる予定です」

「なるほど……確かにそれならば統率は大幅に改善されるだろう」


 ――陛下は椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。

 どこか悲しそうな背中は、身内が次々と亡くなっているからそう見えるのだろうか。


「……しかし、気がかりな点が三つほどある」

「気がかり、とは?」

「まず一つ、既にオーストリアにテレジア、そしてハンガリーにはルドヴィカ陸軍士官学校という軍学校が存在しているが、これらはどうするのだ? まだ他の民族の教育法をお前から聞かされていないが、まさか廃校にする訳ではあるまい?」


 非常に鋭く意見を述べる陛下に、俺は思わず息を呑む。

 そう言われる事も想定していた俺は、もう一つの計画が書かれた紙を広げた。

「先程説明した通りに、ウィーンとブタペストにゲルマン系とハンガリー系の軍学校を設立します。 そしてテレジアとルドヴィカの軍学校には、他の多民族の士官を教育させる予定にしたいと思っております」

「自治権が最も高い民族だけが専用の軍学校を持たせることによって、他の民族と差別化を図る、という内容であっているか?」

「そうです、ですがそれだけでは他の民族から反感をかいます」

「ああ、ならばどうするのだ? それが一番気になっているのだが・・・・・・」


「その反感を逆に利用するのです」

「な、なに?」

 陛下は驚き目を見開く。

「反感を利用? そんな事が可能なのか?」

「はい、各軍学校で定期的に大会を開くのです」

「ほう・・・・・・大会か」

 陛下は考え込むと、すぐにハッと何かに気づく。

「そうか! お前の言っている事を理解したぞ! 各民族だけで構成された教室の生徒で仮の部隊を作り、大会で別の民族と競わせるのか!」


 中々に陛下も頭の回転が早いなぁ、だがまあ話が早くて助かるところだ。

「その通りです、年に一度開かれる大会に優秀な民族の部隊がいれば、自治権に関わるものを一つだけ与える、如何でしょうか?」

「うむ、正直面白い計画だ。他の民族も競合相手がいれば士気も上がるだろう。 だがその与えるものはどうするのだ? 自治権という少し難しい内容だが」

「例えば工芸品を制作して売る許可を与えるなど如何でしょうか? そうすれば我が国への観光客も増えていくかもしれません」

「工芸品か、確かに自分達が優秀であれば民族の伝統も守れるという、互いに損しないかもしれんな」

「はい、計画の許可を下されば次の議会で発表して実行に移しますが・・・・・・」


 陛下は静かに目を閉じた。

 しかしすぐに目を開き、ニヤリと笑って俺に言った。

「・・・・・・この計画は正直言って面白いし、伝統にも適っている。 良いだろう、計画に移す許可を与えよう」

「はっ・・・・・・! 陛下、ありがとうございます!」

「外国の視察から帰ってきたお前の目を最初に見た時、決意の目をしていた。 それは今もしているな、前までは伝統を無視して強行的に改革しようとしていたお前がな」


 外国視察に向かう前の俺の話をされて少し恥ずかしいが、伝統を取り入れた改革案は好評だったみたいだ。

「失敗は許されんぞ、フェルナルトよ」

「はい、必ずや成功させます。 では、失礼します」


 そして俺は陛下のいる部屋を出て、参謀本部へ急ぎ向かった。

 初めて改革案が通った嬉しさと、計画実行の準備を行うために俺は馬車が待つ場所へと向かって走った。


 いよいよ忙しくなりそうだぞ・・・・・・!




 

   

 



 

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