第7話 リモート生活


 筆箱ふでばこ教科書事件きょうかしょじけん(学校ではそう呼んでいるらしい)の後、僕達被害者だった子供達、加害者の子供達等が、に、僕達は大人がOKを出すまで、基本は家で過ごすことになった。


 勉強の遅れは出さないようにと、毎日学校のスケジュール通りに、リモートで教頭先生や上級生の先生達が分担して、僕達の勉強をみてくれた。

 運動は室内でもできるのをメインにしてくれた。プールは流石に無理なので、9月に改めて検定試験をしてくれることになった。

 不思議なことに、僕達のリモート授業には沢田さわだ君達加害者の子供達はいない。沢田さわだ君達は別のカリキュラムでリモートで色々と指導を受けているんだと、菊池きくち君が教えてくれた。


 何故菊池きくち君がそんなことを知っているかというと、菊池きくち君の家では当事者が例え子供でも経緯は知って理解しているべきだと、お父さんお母さんがいうので、毎日の学校であった話し合いの事を聞かされているんだって。

 凄いや。

 僕も聞いているけど、難しい言葉や話しが多くて、殆どがよくわからなかった。


 わかったのは・・・先生達が守るのは僕達だけでなく、沢田さわだ君達もだと言うことがわかり、僕達は少なからずショックをうけていた。

 だって、普通は悪いことをしたらその場から退場が当たり前だと思い込んでいたからだ。「退場とはこの場合は、転校を意味するんだよ」と、金子かねこさんも難しい言葉を使って教えてくれた。


 僕達は1日の最後にみんなでディスカッションをすることを先生に勧められている。そこで色んな事を話す。もちろん、いろんな先生や大人が聞いているの分かっていて話している。


 そこでみんなから出た、沢田さわだ君達に対する僕達の希望は、全員一致で転校して欲しい、もしくはわざわざ越境して通学しているんだから、元々通う予定だった地元の小学校なり、住んでいるK県内の他の学校に行くのが、一番いいんじゃないか?と言う結論だったんだ。


 だって、金子さんの説明だと、沢田君は僕達が寝ている時間には起きてバスで駅まで30分、最寄り駅からO電鉄に乗って、途中で乗り換えを2回~3回はして、急行に乗っても40分くらいかかるんだって。さらに僕達の学校のある駅から、学校まではバスでまた20分はかかるから、合計で1時間30分も通学時間がかかるんだって!


 びっくりだよ!


 朝の電車は、新宿に行く方向だから、大人でも倒れちゃうくらい滅茶苦茶混んでいる電車に乗るだけでもびっくりなのに!さらに片道で1時間30分も電車とバスにのってくるなんて僕なら絶対無理だよ!!


 さらに、沢田君はサッカークラブ(佐伯さえき先生が顧問のクラブ)に入っているから(川島かわしまさんはバスケットクラブに入っているらしい。つき子先生が顧問のクラブだ)、週に2回は、1時間は遅くなって帰宅するから、そうすると家に着くときは、僕達がお夕飯を食べ終わってお風呂にも入って、宿題も終わって寝る頃かもしれないと言うんだ。


 えええええ!?だよ。そんな無理ゲーみたいな通学をしているから、ストレスが溜まって、僕達に酷いことをしたんじゃないか?


 だから、その原因である長時間のストレス通学をやめて、僕達みたいに家の近くの学校に、歩いていければ、ストレスもなくなって、いじめをしなくなるんじゃないか?と、言うのが僕達の結論だったんだ。

 だから、沢田君達は住んでいる家の近所の学校に転校するのが、彼等にも僕達にも一番いい解決方法だと思ったんだけどなあ・・・。


 でもそう簡単な話ではなかったらしい。


 1週間経っても、2週間経っても、5月が6月になっても僕達は学校に行けなかった。


 その間、おじいちゃんはずっと僕の家にいてくれた。

 あと、トキも。


 トキはすっかり家に居着いちゃったんだ。窓を開けても外に出ないし、お父さんがキャリーバックにいれて学校に連れて行こうとしたけど、ばひゅん!とどこかに逃げてしまうので、みんな学校に返すのを諦めたんだ。


 先生達にトキの話しをしたけど、学校で飼っている猫でもないし、ご近所さんでも飼っている猫ではないらしくて、今年の春から、ふらっとどこからともなく現れて、生徒と遊んだりしていたらしい。

 先生達が言うのは、4月頃に学校の近所に捨てられた元飼い猫なのかもしれないということだった。一応、お母さんがトキを動物病院に連れて行ったけど、健康はとても良くて病気はなし。年齢は1歳前後かなあ?ということで、マイクロチップは入っていなかったので、やっぱり捨てられた野良猫なんだろうと言うことになった。


 なので、トキは僕の家でのびのびと暮らしている。

 猫好きの美弥子みやこおばさんが、ネットで猫のグッズを色々買ってくれて、トキは僕が生まれたときから家にいたような顔をして、居心地良さそうに暮らしている。


 ホントを言うとね、僕はみんながトキを追い出さないでくれたのをほっとしていた。学校に戻さないのをほっとしていた。


 しゅんおじさん達は時々交代で顔を出してくれる。

 お父さんは毎日できるだけ早めに帰宅してくれる。学校での話し合いにできるだけ参加したいからなんだって。

 お母さんは一日中とても忙しそう。あちこち毎日電話をして、出かけて、夜にくたくたに疲れた顔で帰ってくる。

 

 だからご飯はいつの間にか、おじいちゃんが作るようになっていた。おじいちゃんの料理は美味しいんだよ。おじいちゃんは昔、外国に住んでいたことがあるので、いろんな国の料理を作ってくれるんだ。僕が小さい頃に死んじゃったおばあちゃんも中華料理とか東南アジアの料理とか得意だったんだって。

 だからお母さんもおじいちゃんのご飯を食べると、元気が出るみたいでよかった。

 

 おじいちゃんは土日に1回、K県の家に帰って片付けとかしているんだって。家は長く人がいないとダメになっちゃう生き物みたいなものだからなあ・・・と、おじいちゃんはよく笑って言う。

 でも僕は知っているんだ。おばあちゃんのお仏壇があるから、おばあちゃんが寂しがるから、おじいちゃんがおばあちゃんに会いたいから、だから必ず帰るんだよ。


 おばあちゃんはお母さんによく似てたんだって。「声もどんどん似てくるなあ」と、おじいちゃんは笑ってよく言う。

 僕は・・・ビデオの中のおばあちゃんしかよく知らないのでよくわかんない。いつもニコニコ楽しそうに笑っているおばあちゃんしか覚えていない。



『ねえねえ、わたし達い~もうすぐ~学校に、いけるかもよお?』


 ある日、いつも通りにみんなでディスカッションをしていたら、金子かねこさんがウサギのマグカップでジュースを飲みながらそう言った。僕達はみんな一瞬で動きが止まり、ぽかんと金子かねこさんの部分のMonitorをみた。


『え?どうして分かったの?』

 いつも情報一番の菊池きくち君が、少しむっとしたように口を尖らせて言う。金子かねこさんに情報を先取りされたのが悔しいのかな?


『色んな子達の聞き取り調査が終わってえ~、それで~対策が出そうなんだって』

『なんの?』

 きょとんとしたように塚田つかだ君が金子かねこさんに聞く。

『いじめっ子達への対策とお~関係者への対策とお~私達への対策~』


 どきんとした。


 ここ暫くずっと平和な時間の中にいたので、またあの怖い空間に戻らないといけないかと思うと、急に胸がどきどきしだした。


『まあな~ずっと家にいると息がつまりそうだったから、そろそろ学校に行きたいと思っていたけど』

 みんなが鈴木すずき君の言葉に、うんうんと大きく頷く。ずっと家にいるのは少し違うんだけどね。

 僕達は学校に行く時間は家にいるけど、放課後時間は自由に過ごしているんだ。一人や子供だけでは絶対行動しないけど。

 みんな習い事をしているから、それぞれそれには行くし、週末には買い物や遠くに遊びにも行く。そこは今まで通り。

 でも塚田つかだ君と鈴木すずき君は学校のサッカークラブには通わなくなったんだそうだ。


『それで?沢田さわだ君達はどうなりそうなの?てかさ、沢田さわだ君と沢田さわだ君のお母さんとかちゃんと自覚して反省したのかなあ?』


『そうだよ。それが大事なポイントだよね。最初は僕らが悪いと言ってたよね?沢田君達』

 みんなが苦々しそうに顔を顰めてあーだこーだ言いたい放題言う。


 そう。沢田君達は、僕達が呼ばれたあの日の後に沢田君達のお母さんと呼ばれて話を聞かれたとお父さん達から聞いた。

 「関係者」のお父さんお母さんは別の部屋で、Monitorで沢田君達の様子をみていたんだって。

 

 その様子を見ていた菊池君のお父さん曰く、「あの子は恐ろしい程に冷静にウソを吐く子」だと言い切ったそうだ。


 何故なら、最初の質問で、筆箱の事も教科書の事も電車の中での事を聞かれても、全然動揺した様子もなく平然と、「知りません」と言い切ったからだ。

 その姿はとても小学1年生の、数カ月まえまでは幼稚園児だった子供の姿には見えなかったと、まるで中学生くらいの大人びた顔をしていたと言っていたそうだ。


 でも、その沢田君の「知らない」は、あの4年生のお兄さんとお姉さん達が提出していた証拠で完全に覆った。

 何故なら、お兄さん達は、O電車での出来事を携帯電話で動画を撮っていたので、からだ。


 その映像を見せられた沢田君と一緒に鈴木君達の教科書を破いた越境組の1年2組の女子(川島さん)は、急にわんわん泣きながら

「ごめんなさい。沢田君にしろと言われたんです!ごめんなさい!」

と、認めたらしい。

 それで沢田君も諦めて、「僕やりました」と言ったらしい。


 沢田君のお母さんは最初は沢田君は悪くない、僕達がウソを言っていると凄く怒って校長先生達に凄い勢いで怒鳴っていたらしい。


 でもいろんな「証拠」を突きつけられ、沢田君も認めたので、沢田君のお母さんは途端に子供みたいにわあわあ泣いて、いかに自分達が可哀そうな人間なんだと訴え出して、全然話にならなくて大変だったんだって。


 そんな感じで話が全然進まない、時間も遅くて沢田君達(子供)には可哀そうな時間になってくるから、沢田君とお母さん達は家に帰されて、その後に僕達のお父さんとかが合流して大人同士で話し合ったんだ。


 そこに参加したのは僕達のお父さんお母さんだけでなく、鈴木君と菊池君のお父さんの知り合いの「弁護士」さん達。それにPTA役員の人達。各学年の代表者の人達。関係している学年の担任と学年主任。各学年の学年主任等等。

 あまりの人数が多くなったので、一番大きな聴講室で会議をすることになったらしい。

 

 何故か?

 それだけ話が大事おおごとになってしまったからだそうだ。

 

 実は、僕達が帰宅した後、事態を知って家に帰った何人かの生徒達が、そのお母さんお父さんに「実は僕(私)も沢田君に怖い事をされた」と言うことを言い出したらしい。


 菊池君の説明によると、その内容は、僕達にしていたみたいにいじめをしているのを誰かに話したらもっと酷い事をすると脅迫きょうはく

 後ろから突き飛ばす、わからないようにボールを当てる(顔面)、ドアをわざと閉めて指を挟ませる等等の傷害しょうがい

 越境組の子達はPASMOとかで通学しているから、そのチャージ金額でジュースやお菓子を買えと恐喝きょうかつ。等等。

 だから物凄い数の電話が学校に掛かってきて大騒ぎになったからだそうだ。


 鈴木君と菊池君のお父さん達は、それを見越して知り合いの弁護士さんも話し合いに立ち合わせたらしい。


 沢田君達が嘘をついて逃げないように。

 学校側も、「悪戯と悪ふざけと喧嘩の行き過ぎだから、大したことではない」と、逃げないようにするためだったと後から聞いた。


 だから学校側も逃げることができず、被害を訴える一人一人に聞き込みして、嘘か本当かに仕分けた結果…沢田君は1年生の80%の子達に何らかの被害を与え、上級生にも被害を与えていたことが分かった。

 

 僕はその話を菊池君から聞いたとき、上級生相手にも同じことができる沢田君が心底怖くなっていた。

 だって、沢田君は虐めをしていた時に注意した上級生お姉さんをカッターで脅したり、髪の毛を後ろからハサミで切ったり、ランドセルに「〇ね」と鉛筆かコンパスの針で書き込んだり凄い事をしていたんだそうだ。

 

 怖い。怖すぎる。 

 まるで漫画やアニメの中にでてくる悪者みたいじゃないか。

 そんな沢田君とまた一緒に同じクラスでクラスメイトとして過ごすなんて…僕にはできないよ。怖すぎる。そう思う僕は酷い人間なのかな?


『あたしは~沢田君と同じクラスメイトでいるの、できない』

 まるで僕の心を読んだかのように金子さんが間延びした言い方で、でもきっぱりと言い切った。

 他のみんなも頷いた。


『僕もだよ。怖すぎるよ』

『中学生のお姉ちゃんが言っていたけど、やることが小学生じゃないって』

『まるで不良少年みたいだって、お父さん言っていた』

『だよね~。でもさあ、沢田君も川島さんも、先生達の前では超!優等生じゃない?』

 そうそうとみんな頷く。

『先生の中にはまだ沢田君がかわいそうだと言って、虐められた僕達が原因を作ったんだと言う先生いるらしいよ』

『誰だよその先生!!』

『5年と6年の体育の石井いしい先生とか。5年の理科の丸尾まるお先生とか』

 あー…と、みんなが深く嘆息する。その二人はサッカークラブ指導の先生で、沢田君を優秀な子だと可愛がっているからだ。


『結局~、要領よくて~、頭がよくて~、運動できて~、先生の受けのいい子が~優遇されるんだよね~』

『マジそれ。むかつくよな』

『で?どうなりそうなの?』

 金子さんは難しい顔をした。


『多分ね、沢田さわだ君は残る』

『えええええ!?』

『なんだよそれ!』

『僕達やられぞんかよ!!』

『酷い』


 僕達はワーワー喧々諤々けんけんがくがく色んな事をその場にぶちまけた。多分誰か大人が確実に聞いているとは思うからこそ、僕達の気持ちを聞いてほしくて僕達は訴え続けた。


 でも。

 金子かねこさんの予想は当たってしまった。


 次の日の朝は土曜日で、お父さんは朝から家にいて、そして朝ごはんを食べた後に、しゅんおじさんと美弥子みやこおばさんも来て、また全員そろって話し合いになった。お父さん達はとても悔しそうな怒っているような悲しんでいるような複雑な顔をしていた。お母さんは泣いていたのか…目が真っ赤だった。


隆司たかし沢田さわだ君はこのまま学校に残る事になった」


 僕はお父さんとお母さんからそう聞かされた。

 

 僕の心臓がドクンとなりだした。

  

「なんで?」

 僕はどくんどくんを押さえ込んで聞いた。


「実は沢田君の家庭はとても複雑で、沢田君はとても可哀そうな子だったんだ。だからその反動で、幸せな家庭の子供を狙って鬱憤うっぷんをはらしていたんだそうだ」

「え?」


 


「沢田君の家はね、お父さんお母さんそれぞれが連れ子同士の再婚で…つまり、沢田君の今のお父さんは本当のお父さんでないんだそうだ。沢田君のお父さん連れ子のお姉さんはとても優秀で、K県でも有名な大学まである私立学校に合格して通っているんだが、沢田君は全部落ちてしまったらしい」


「落ちた?」


「その学校に通うのにOKがもらえなかったんだよ」


「小学校受験っていうのだよね?(お隣の)ちかこちゃんがG院ていう小学校に通うために塾に沢山行って合格したよってのと同じ?」


「そう。同じ。でも沢田君はダメだったんだ。それが原因で、それからあまり家族仲はよくなくなってね。まあ…荒れているというか。

 それに、彼が住んでいる地域も私立に通うのをあまり良し…私立の小学校に通うのをいいねと言わない所らしいんだ。

 お姉さんが私立なら、弟も同じように私立に通うべきでは?と、地元の公立小学校の説明会で校長先生に言われたんだそうだ。

 公立小学校には通えるけど、そういう先生がいる学校だと虐められる可能性が高い。だから、知り合いのいない、越境入学を許可している小学校受験にも否定的でない学校を探して、ここの小学校に通う事にしたらしい。

 ここは公立に通う子供がどんどん減って小学生が少ないから、ある程度の越境入学を許可しているからね」


「子供が少ないからOKになったの?それだけで?」


「いいや。ちゃんと審査しんさ…試験?をするんだよ。沢田君の場合は住んでいる家は遠いけど、お父さんの勤務先がS区内だからね。それに、元々、この近くの私立のS学園やT小学校を受験して、通学準備として慣れさせていたとか…まあ色々な理由でOKになったんだ。」


「でも!沢田君は僕達の学校でをしたんだよね?僕達の学校に来たのに、なんでをしたの?それはいいの?!」


 お母さんが何か言いそうになり、ぐっと言葉を呑み込んだ。おじいちゃんがお母さんの背中をぽんぽんと撫でるように叩いた。


「そうだね。それはいけない事だ。とてもいけない…許されない事だ。子供だから可哀そうな子だからという理由でしていい事ではない。

 決してね。

 沢田君がした事は犯罪…とても悪い事だよ。

 

 でもね。

 校長先生やいろんな偉い人達が、沢田君の話を聞き、沢山泣いて謝罪するのを見て聞いて…それで…」


 許しちゃったんだ…

 先生達は沢田君のしたことを…許したんだ。

 認めたんだ。

 彼は悪くないよって。


 僕は足元から床が無くなるような恐怖を感じた。


「沢田君の家庭環境も複雑で色々と問題がある。その原因をご両親も認め改善かいぜんすると誓った。沢田君も事の重大性じゅうだいせいを認識し、反省した。

 沢田君が言うには、家ではお姉さんにいじめられ、お父さんに怒鳴られ、お母さんには叱られてばかりで辛かったが、この学校ではみんなが優しくて我儘わがままも許してくれるから、ついつい甘えてしまったんだと言うんだ」

 

 お母さんがぎりっと歯を食いしばる。手をぎゅううっと握りしめる。お父さんがお母さんの手に手を重ねてぎゅうっと握りしめる。


「それで、今回は初犯という事で様子をみてあげてくれないかということになった。

 小学1年生だから。

 幼いから。

 1学期の出来事だし。

 更生できる。

 本人も事の重大さを理解して物凄く反省している。それに地元の小学校にこんな理由で戻れば虐められるだろうし。

 だから、ここで、更生のチャンスを与えてくれって、お願いされ、それで校長先生や先生達、沢山のお父さんお母さんや専門家の人達が話し合い、最終的に校長先生に更生指導をお願いすることでして任せることにしたんだ。

 だから、

 明日学校でみんなは沢田君から謝罪を受けることになった」


 後の事はよく覚えていない。お父さんの説明もよく覚えていない。ただ、沢田君は転校しないで僕達と同じ1年生のままで、何も変わらないという事だけが分かった。

 僕達はこの1学期の間ずっと怖くて怖くて悲しくて悲しく誰にも言えずに辛くて苦しかった。お父さんやお母さんやみんなを悲しませたくなくて、だから一生懸命頑張ってきた。それがやっと大人にもわかって、助けてくれると言ったのに。


 なのに。

 

 また同じことを繰り返せって…大人は言うんだね。


 沢田君が子供だから。

 1年生だから。


 


 

 僕達も1年生で子供だよ?

 ずっと沢田君にいじめられていた可哀そうな子供じゃないの?


 僕達はお父さんとお母さん本当のお父さんお母さんで、

 家族も周りのみんなも優しい家の子供で、

 1時間以上もかけて電車通学していないから…

 

 だから…

 僕達がまた我慢をしないといけないの?


 なんで?

 

 悪い事をしたのは沢田君なのに。

 僕達はいじめられたのに、なんでを大切にするの?

 僕達が我慢するの?

 悲しい辛い悔しい思いをしないといけないの?


 僕達は大切じゃないの?


 なんで?


 なんで?なんで?なんで?

 なんでみんな沢田君ばかりを助けようとするの?


 僕達は誰が…助けてくれるの?


 僕は目の前が真っ暗になった。心がどんどん冷えて固まる気がした。


「にゃー」

 暖かい何かが、僕の裸足の足に柔らかな暖かさをすりすりしている。


「トキ」

 下をみると、青い瞳のトキがにこりと笑った気がした。大丈夫だよと南の海の色で笑う。でもその色はぼんやりとしている。


「大丈夫だ」

 おじいちゃんがきっぱりと言う。おじいちゃんは真っすぐに僕を見て言う。その瞳には何か大きな力がある感じがしてはっとした。


隆司たかしの事は、おじいちゃんもお母さんもお父さんもしゅん美弥子みやこさんが守る。

 必ず守る。

 絶対にだ」


 そう言って、みんなは僕を抱きしめてくれた。おじいちゃん、おかあさん、お父さん。しゅんおじさんと美弥子みやこおばさんは、僕の両手を握りしめてくれる。


「大丈夫。隆司たかしは守る」

「絶対守る」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」


 僕は何かが切れるようにわんわんと泣いた。沢山泣いた。泣いて泣いて泣きまくった。


 悔しい。とても悔しい。誰に対しての怒りか悲しみか悔しさかわからない。

 ただただ悔しく悲しかった。


 そして…暖かい手に体に声に…僕はとてもとても安堵した。

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