第217話

 ベルツ伯爵領の村にバイコーンに乗って背中の上で片足立ちを披露してみせるアルテリス。

 竪琴を弾いてみせるリーフェンシュタール。

 テントの中には、黒猫の姿のシン・リーと占い師の衣装をまとったエリザが、相談者を出迎えてくれる。

 エリザたちの幌馬車には、夕方になると白い梟のホーが上に乗ってたまに鳴く。

 エリザの占い師のテントのまわりに母馬や仔馬がくつろぎ、傷痕だらけだが誇り高く美しい赤毛の牝馬が、たまにバイコーンと並んでいる姿を見ることもできる。


 ベルツ伯爵領の村人たちは、野生馬たちを見たことがない。

 馬たちは美しい。

 さらに仔馬は可愛らしい。

 ベルツ伯爵領の村人たちは、その姿に心を奪われた。


 村人たちも占いだけではなく、仔馬に子供たちはそっとさわってみたり、貴公子リーフェンシュタールの奏でる美しい音楽の調べに女性たちが、ため息をついたり、うっとりと耳を傾けている。


「エリザさん、この村人はもう、すっかりお祭みたいですね」

「ええ、まあ、でも、みなさん楽しそうですから」


 シュレーゲルは、姉のヘレーネがアルテリスさんにおもしろい事をしてみませんかと吹き込み、目立つ事があまり好きではないリーフェンシュタールさんやエリザさんを巻き込んで、こんな賑やかな騒ぎになったのだろうと思った。


 このシュレーゲルの考えは、だいたいのところは当たっている。


 ベルツ伯爵領でも、リヒター伯爵領の村人たちのような変化が起きていないか預言者ヘレーネは気になって、エリザの占いのための村人集めをアルテリスに頼んだ。


 ベルツ伯爵領は、村が一つの大家族のような雰囲気がある。

 シュレーゲルも村人たちがお祭り好きな事をふくめて、そこはわかっているけれど、村人たちの恋愛事情については、あまりよくわかっていない。


 地元の同じ村のおさななじみの人と恋愛関係になる場合も多い。いわゆる友達の紹介というやつである。

 他の村やスタークの街に行く機会が多い村人は、地元の村の知り合いや友達に紹介されたら負けみたいな気分がある。


 地主の家庭の場合は、他所から村へ来た人を伴侶に迎えることもあって、地主の子供たちは、親から伴侶をおすすめされることもあった。

 ただし、親が子供の恋愛相手を決めて強要することはない。


 ベルツ伯爵領では、恋愛関係の人間関係が、同じ村の友達や知り合いからの紹介の場合に、交際でトラブルが起きても、紹介者と親密であるほど、トラブルの解決のために別れを選びにくいという裏事情がある。


 自分の恋人や伴侶が、同じ村に暮らす自分の親友にも、こっそり手を出したとしても、知らんぷりをして、嫉妬する気持ちを隠しながら我慢してしまい、一人で悩んでいることなどもある。

 まだ浮気がバレないようにしているなら、まだ脈ありと考えがちで、また一度のあやまちなら、親友の間では話し合って和解が成立していて、知らないのは浮気した人だけということもある。


「他の人にもいい顔して、こそこそ隠したってバレるんだから、そのごまかそうとする考えが、あたいは嫌いだね!」

「わざわざ揉め事を増やさぬように、一人の同じ相手を親友どうしで惚れてしまったとして、友人との関係を壊したくなかったら隠すことをする者もおるのでは?」


 アルテリスとシン・リーが、そんな話しをしているのを、エリザは占いに来てくれた村人の顔を思い出しながら、黙って何も言わずに考えている。


 若い村人たちと同年代の青年たちであるリーフェンシュタールやシュレーゲルは、自分の恋人以外の相手と浮気しようとは考えない人たちなので、そうした悩みとは無縁である。


 ベルツ伯爵領からは、ゼルキス王国への遠征軍に志願した青年たちが多かった。

 女性たちの中には遠征軍に一緒について行きたいと言ってみた乙女たちもいた。


「もし、辺境地帯の地主になったら、迎えに来るからって……。私は、彼が地主になんてならなくたってよかったんです。でも、待ってて欲しいって言われて。

 あの、彼が無事に村に帰ってくるのか占ってもらえませんか?」


 エリザはその相談に、リヒター伯爵領で占いをした時とはちがう悲しみの胸の痛みがあった。


 辺境地帯で怪異が発生して、約半数の遠征軍志願者の若者たちがゾンビのように成り果てる祟りによって、ゼルキス王国のクリフトフ将軍や聖騎士ミレイユによって討伐されたことを、エリザはゲームのエピソードの内容として知っている。


 ベルツ伯爵領では、過去の怪異による惨事の悲しみがまだ癒えていないのだった。


 恋愛に関しての親からの強要はないけれど、男性が女性や子供のために働いたり、戦うものという考え方が親から言われて育てられている。


「ふむ、そうしたことに性別は関係ないのは、アルテリスを見ればわかりそうな気がする」


 シン・リーはそう言って、エリザの手に頬ずりをした。


 焚き火を囲んで、エリザたちはそんな話しをしていた。


 ベルツ伯爵領の村人たちのお祭り好きは、悲しみをいっときでも忘れようとしているように、エリザには思えたのだった。




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