大陸西域編 5
第135話
ブラウエル伯爵が、パルタ事変に関わる裏事情を学者モンテサンド、酒場の女店主イザベラ、商人マルセロという騎士ガルドの仲間から聞いていた。
ブラウエル伯爵領のレルンブラエの街にあるブラウエル伯爵邸では、ブラウエル伯爵が王都トルネリカに向かう途中で通過するパルタの都について、子爵ヨハンネスにゲームで知ったパルタ事変のエピソードをエリザが語っていた。
ランベール王が行方不明の状況にある宮廷議会は、王の側近であるゴーディエ男爵と法務官レギーネが混乱している官僚たちをまとめている。
だから、ブラウエル伯爵はゴーディエ男爵と法務官レギーネに謁見して、どう動くか決めると、ヨハンネスに王都トルネリカに出向する理由を、心配するヨハンネスに説明していた。
ヨハンネスは、王都トルネリカの宮廷議会で伯爵家の縁者派閥の官僚ルーク男爵の子息である。
父親のルーク男爵から、ヨハンネスの気性では、宮廷議会の官僚として生き抜くのは難しいと言われて、ヨハンネスはジャクリーヌ婦人の元へ、ブラウエル伯爵の参謀となるために王都トルネリカから出された。
ルーク男爵から宮廷議会は権力争いが尽きないが、国王が最高権力者として君臨しているので、最終的には王とつながりがある者が権力者になることをヨハンネスは教えられている。
もしヨハンネスが女性として生まれていれば、王の寵愛を受けて宮廷議会の官僚たちを従える権力者となることができたかもしれない。ルーク男爵は子息のヨハンネスにそう話していた。
王の側近たち以外にも、知られていないだけで隠れた権力者がいる可能性がある。
ヨハンネスは呪術や蛇神ナーガの影響力は想像できないが、権力闘争の残酷さは、父親のルーク男爵から教えられている。
だから、ブラウエル伯爵が、宮廷議会の権力者であるランベール王の側近たちと謁見することに、ヨハンネスは不安を感じていた。
王都トルネリカの権力闘争がどうなっているのか?
ブラウエル伯爵領は他の伯爵領よりも、父親のルーク男爵をふくめてジャクリーヌ婦人につながりがある貴族官僚たちからの情報が流れてくるので何も情報がないよりかはましな程度で、実際はどうなっているのかはわからない。
ヨハンネスは、ブラウエル伯爵の旅に同行を希望したのだが、ブラウエル伯爵から、留守のあいだ伯爵領の政務はヨハンネスに任せると言われ、不本意ながら了承せざる得なかった。
旅の途中で、ブラウエル伯爵が通過するだけのパルタの都の裏事情をエリザは「聖戦シャングリ・ラ」のエピソードで知っている。
「ブラウエル伯爵は、学者のモンテサンドという人と面識があるのですか?」
「ブラウエル伯爵から、僕はモンテサンドという人の話は聞いたことがありません。その人はどんな人なのですか?」
エリザは【学者モンテサンド】のエピソードを子爵ヨハンネスに語った。
パルタの都へレルンブラエの街から、ロンダール伯爵領を通りパルタの都に到着しても、騎士ガルドがパルタの都にいるとしたら、学者モンテサンドの協力がなければ、王都トルネリカまでは行けないとエリザは考えた。
「私たちも、王都トルネリカに来ている神聖騎士団の団長である聖騎士ミレイユという人に会って、ゼルキス王国の王都ハーメルンに連れていってもらい、神聖教団の魔法陣で帝都へ、一度帰ってみる方法を考えています」
ターレン王国の行く末を案じるモンテサンドには、四人の若い弟子がいる。
そのうちのゴーディエ男爵以外の三人の弟子の若者たち――リヒター伯爵の後継者の貴公子リーフェンシュタール、テスティーノ伯爵の子息の剣士カルヴィーノ、元ベルツ伯爵領の地主ザイベルトはリヒター伯爵領に結婚式を上げて暮らしている。
この三人に協力してもらい、パルタの都のモンテサンドを説得して王都トルネリカに行く。
そして、神聖騎士団に頼るというのが、エリザが考えた遥か遠くの帝都に帰る方法だった。
エリザの予想通り、ブラウエル伯爵は、パルタの都の領事館で足止めされている。
学者モンテサンドは、のちにターレン王国の歴史をまとめた歴史書を残すことになる。
それを元にしたターレン王国の志士たちの物語が吟遊詩人によって語られ、流行して広く多くの人たちを楽しませることになる。
ゼルキス王国と国交を結び、いろいろなターレン王国にはない知識や考え方を取り入れるべきである。それが、小貴族の青年だったモンテサンドが、今でも変わらず抱いている体を支える背骨のような考えである。
ブラウエル伯爵は、モンテサンドの五人目の弟子と呼ばれることもある。
リヒター伯爵から保護されて知識や考えをパルタの都へ訪れた若者たちに教えているモンテサンドにとってのリヒター伯爵以外の支援者というよりも、他の弟子たちと同じ志士として活躍した人物だと、吟遊詩人たちによって広められていった。
エリザからパルタ事変の直前の名門貴族派閥の時代を築いたモルガン男爵と、執政官ベルマーの悪事について、子爵ヨハンネスは聞いた。
また現在は遠征軍の生き残りの若者たちが潜伏していたり、傭兵団の首領から成り上がり騎士に叙任されたガルドもパルタの都にいるかもしれないというパルタの都の秘密まで、エリザは子爵ヨハンネスに語った。
女騎士ソフィアは、宮廷画家の青年と王宮のメイドが駆け落ちして、庶民の子として育ったことや画家の父親が盗賊に殺害されたあと、母親はモルガン男爵の邸宅のメイドとなり病死すると、ソフィアは養女とされ貴族令嬢になったことで、血筋では小貴族の画家と没落貴族の令嬢の子で、小貴族であることをパルタ事変のあと公表した。
私がモルガン男爵を殺害した。
その一文から始まる法務官レギーネに送った手紙には、モルガン男爵が画家の父親リアムから、母親のフィオレを奪うために裏工作をして本当の父親を人を使って殺害させたことを、母親フィオレが亡くなって養女になったあとに、モルガン男爵の慰み者にされながら逆らえば殺せると義父のモルガン男爵から脅されたことも記されていた。
復讐のためにモルガン男爵を殺害したと自白する手紙によって、女騎士ソフィアは追われる身となった。
パルタの都で執政官ベルマーが女性たちにどんな悪事を行ったかも、ソフィアは告発した。
法務官レギーネは女騎士ソフィアがパルタの都の執政官ベルマーを、パルタの都を訪れていたモルガン男爵と一緒に殺害したことだけを宮廷議会で公表した。
ソフィアが、小貴族の血筋であることは巧みに隠蔽された。
学者モンテサンドの助言で、遠征軍の生き残りがパルタの都にいることや騎士ガルドについては、ソフィアも手紙に書かなかった。
法務官レギーネが気がかりなのは、女騎士ソフィアが皇子ランベールとモルガン男爵たちが、先代のローマン王を弑殺して玉座を奪った事実を知っているのではないかということだった。
その情報が女騎士ソフィアに告発されたら、ランベール王の権威は失われ、王の側近の魔族となったレギーネにとって都合が悪い。
もし王都に訪れたブラウエル伯爵には、宮廷議会は貴族の親族殺しの罪人である女騎士ソフィアの捕縛を命じるのではないかと、エリザはゲームを攻略するように予想した。
(ああっ、ブラウエル伯爵とわがままを言ってでも旅についていくべきでした。ジャクリーヌ婦人と相談して、ブラウエル伯爵を連れ戻さないと!)
子爵ヨハンネスは、大伯爵のロイドにエリザたちの面会を求める内容と水不足を報告する手紙を書いて、ジャクリーヌ婦人の返事を待っていた。
しかし、いろいろな裏事情をエリザから聞いて、さらに愛するブラウエル伯爵の身が心配になるヨハンネスなのだった。
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