My sweet heroine!!

はこいりな

第1話 カスミ

 沈みゆくオレンジ色の夕日を背景に、男女のシルエットが唇を重ね合わせる。


 祝福の光に包まれながら、二人のこれからを誓い合うように、彼らはお互いの目を見つめ微笑んでいた。


 聞きなれたエンディングが流れるとともに、緊張した身体からドバッと力が抜けていった。


 ソファの背に身体を預けて、ゆっくりと息を吐く。


「最終回も最高だった! うわっはー! 終わっちゃうなんて寂しいよおお!! 」


「うっせえよカスミ。アニメくらい黙って見やがれ」


 兄が読んでいた本から顔を上げて文句を垂れた。


「何を言うんだクソ兄貴。なんっも分かってねえな。私程度がちょびっと空気に与える振動なんて、結世ゆいせ様とあおいちゃんが私たちに下さる尊さの衝撃波に比べたらゴミカスも同然だよ! くぅっ、この興奮を止められる者などこの世にいやしない! 」


「んだよ尊さの衝撃波って……。我が妹ながら意味が分からん」


「へん。わかんなくて結構ですー。あ、でも絶対に汚したり折り目を付けたりしないと誓うなら漫画貸してやってもいいよ」


「遠慮しときまーす」


 軽い会話をしつつも、私はまた『恋泡こいあわ』のことを考えていた。


『今日の恋を泡立てて』通称『恋泡』は、漫画が大ヒットし、アニメ化、映画化までされた。


 私の語彙力が貧弱なのがとてもとても恐縮なのだが、一言でこの作品を紹介すると、『青春恋愛モノ』となる。


 いや、もちろんそれだけでこの少女漫画の魅力を語り尽くすことはできない。


 スラスラと読みやすくて、ついついハマってしまうストーリー展開。胸がキュンキュン踊り出すシチュエーションの数々。魅力的なキャラクターたち!


 そう、主人公はもちろん素敵だし大好きなんだけど、周りの仲間たちだって全員キャラが深くて魅力的なので、もう!全員を応援したくなっちゃうのだ!


 もちろん結世様と葵ちゃんを愛する気持ちは揺らがないけど!!


 てなわけで、軽い気持ちで読んだら、沼にハマって抜け出せなくなるのだ。 


 私だってそうだ。流行っているからと軽い気持ちで無料漫画アプリで読み始めてみたら、いつのまにか夢中になっていて、気づいたら書店で漫画を全巻買っていた。


 それから、漫画を何周もした。読みすぎて、キャラクターのセリフもほとんど覚えてしまっている。


 そのせいで親には、そんなことを覚えている暇があったら英単語の一つでも覚えなさいよとよく言われる。


 まったく、みんな分かってないんだから。


 私は『恋泡』の表紙の葵ちゃんを撫でる。アニメを視聴しながらも、一巻を抱きしめていたのだ。


 アニメ放送が終わってしまうのは残念だけど、また漫画を読めば結世様たちに会えるし、アニメだって何回でも見て、動いてる彼らを拝むことができる。


 ほのぼのと感動の余韻に浸っていると、ふと重大なことに気がついた。


「やっばい宿題終わってない」


 大急ぎで適当に宿題を終わらせて、歯を磨いて、ベッドに入った。スマホで時間を確認すると、ロック画面の結世様と葵ちゃんを背景に『0:28』と表示されている。


 私はズラリと並んだ『恋泡』の背表紙を眺めながら、幸せな気分で眠りについた。


 その夜、くだらない夢を見た。兄貴が夢中になって読んでいる本は実は私の本棚から勝手にパクった『恋泡』で、私はそれをからかいつつも、二人で『恋泡』について夜通し語り合っていたのだった。

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