39話:杞憂日和①

 白蛇様泥酔事件から一夜明け。

 朝風呂から部屋に戻って来た1000階旅館の若旦那:朝霧あさぎり杞憂きゆうの耳に、こんな言葉が届いた。


杞憂きゆう、桜色の可愛い部屋を作りなさい」


「……え?」


 無茶振り以外の何物でもない言葉を放ったのは、日本人形のあやかし:櫻子さくらこ

 1000階旅館に来たばかりの彼女は自身の部屋を所望し、朝っぱらから内見を行っていたものの、既存の部屋では希望に添えなかったらしい。


 それが先の発言に繋がる訳だが、だからと言って「はい、わかりました」と二つ返事を返せる程、杞憂きゆうふところも底無しではない。


「部屋を作れって、それは流石に無理だ。大工仕事とかやったこと無いし」


「出来るか出来ないかはやってみないとわからないじゃない。それにアタシ、別に新しい部屋を丸々作れって言ってる訳じゃないわよ? ちょっと壁紙を可愛らしい桜色にして、ちょっと全体的に部屋の広さを小さくして、ちょっと可愛らしい小物を置いてくれたら、とりあえずはそれでいいわ」


「“とりあえず”のハードルが高過ぎるだろ。一歩譲って壁紙や小物はまだいいとしても、部屋の大きさを変えるのは素人じゃ無理だ」


「本当に? このアタシがこんなに頼んでも?」


「無理なモノは無理。作れても犬小屋くらいが関の山だぞ」


「むぅ~~」


 完全に拒否されて不満げな櫻子さくらこだが、無理なモノは無理なのだから杞憂きゆうとしても致し方ない。

 実際は「作れても犬小屋くらい」という発言だって怪しいレベルで、思い返すとのこぎりや釘を持ったことがあるかどうかも微妙なところだ。

 そんな人間に「可愛らしい部屋」など作れる筈も無く、当然の様に断った杞憂きゆうだったが、しかし、それでも櫻子さくらこは諦めない。


「だったら杞憂きゆう、手始めに可愛らしい犬小屋を作ってみなさい。その出来で今後どうするか決めるわ」


「えぇ? 別にそこまでしなくても……」


「それじゃあ訊くけど、杞憂きゆうは自分の部屋が無い生活に耐えられるの?」


「うっ……」


 突刺グサリ

 見えない何かが見えない部位に突き刺さり、杞憂きゆうの心が僅かに苦しむ。


 “自分の部屋が無い生活”。


 それはプライバシーが無いも同然の生活であり、大半の人間には耐え難い状況だ。

 無論、兄妹が多くて「一人部屋が無い」という家庭はそこら中にあるだろうが、それでも部屋が全く無いパターンは比較的少ないだろう。

 仮に全く部屋が無くとも、ベッドがあれば、もしくは布団を敷けば、そこが「自分の居場所」として確立される。


 しかし、櫻子さくらこにはその「自分の居場所」が無い。

 1000階旅館に来たばかりで不安も多い状況下に、心休まる場所が無いというのは如何なものか――。


(って、櫻子さくらこあてがう部屋は沢山あるのに、アイツが我がまま言ってるだけなんだけど……)


 それでも、少し不憫に思えたのは確か。

 人間サイズの部屋では苦労も多いだろうし、もう少し小さな部屋を彼女が所望するのは当然とも言える。


「はぁ~」

 溜息を吐き、杞憂きゆうは下げた頭を上げた。

「わかったよ。とりあえず作るだけ作ってみるけど、お前が思う様な可愛い犬小屋は出来ないからな?」


「それでいいわ。犬小屋としての出来が悪くても、アンタの“可愛いセンス”は判別出来そうだし」


 センスを見るだけなら犬小屋作らなくてもよくないか?

 と杞憂きゆうが思ったのは、キッチンで朝ご飯の用意をしていた雫達に大工道具の置き場所を聞き、それから裏庭に出て少し経ってからのことだった。



 ――――――――



 ~ 裏庭にて ~


 1000階旅館の裏庭と言えば、その目玉となるのは草の雫が管理する「畑」。

 季節を無視した穀物や野菜・果物が1株/1本だけ植えられており、いつでも収穫可能な状態を維持し続けるという異様な光景が広がっている。


 ただし、裏庭にあるのは「畑」が全てではない。

 キッチンから伸びる軒下には束になった薪が置かれており、近くには1000階旅館の補修で使用する木材も大量に保管されたいた。


 杞憂きゆうの肩に乗った小さな精霊が、それらを指差して鈴の如き声を紡ぐ。


「大工仕事なら、ここにある板を使うぞす。ご自由にどうぞぞす(草)」


「ありがとう。それじゃあ好きに使わせて貰うよ」


「頑張るぞす。お朝ご飯が出来たら呼びに来るぞす~(草)」


 ピョンと肩から飛び降り。

 頭の葉っぱをクルクルと回転させて、草の雫は綿毛の様にフワフワと飛んでキッチンへと帰還。

 雫達の振る舞いに関して既に驚き飽きた杞憂きゆうは、「俺も空を飛んでみたいなぁ」と適当な感想を覚えつつ、持って来た大工道具一式を年季の入った作業台に広げる。


 まぁ「大工道具一式」と言っても、持って来たのは鋸と鉄鎚と釘だけなので、大工道具0,1式くらいが関の山だが……ともあれ。


 物は試しだ。

 適当に見繕った板を並べ、犬小屋の大きさを目算で測る杞憂きゆう

 やるからには頑張ろうと脳内でアレコレ考え始めた彼の横で、作業台に腰掛ける櫻子さくらこが「そう言えば」と口を開く。


「よくよく考えたら、杞憂きゆうがアタシを大事にしないと、妖力が無くなって消えちゃうのよね……ってことは、なるべく杞憂きゆうの部屋に近い方が良いのかも?」


「あー、そう言えばそんな話もあったな。廊下挟んだ反対側の部屋は琥珀こはくくんが使ってるから、そしたら隣の部屋が有力候補か」


「必然的にそうなるわね。ま、アンタの隣で我慢してあげるわ」


「おいおい、随分な言われようだな。そんなに嫌なら、もっと離れた部屋でもいいんだぞ」


「あら、別に嫌とは言ってないでしょ? それにアンタは、このアタシが我慢出来るくらいの男ってことなんだから自信を持ちなさい。コレは誉れよ」


「誉れ、ねぇ……(俺が知ってる“誉れ”とは意味が違いそうだけど)」


 何処までも上から目線の櫻子さくらこに辟易しつつ、それでも真面目に犬小屋作りへと励む杞憂きゆう

 途中で朝ご飯を挟みつつ、それ以外は休憩も無しに慣れない大工仕事を頑張った訳で――



 ――――――――

 ――――

 ――

 ー



 ~ 午前11時過ぎ ~


「ふぅ~、一応は出来た……かな」


 完成した犬小屋を前に、額の汗を拭う杞憂きゆう

 満足した表情とは言わないまでも、それなりの仕事を終えた感の顔つきで作業台に腰掛けていた櫻子さくらこを見るも、返って来たのは“死んだ魚の様な瞳”。


「……アタシにここで暮せと? こんな雨曝しの過ぎる『ボロ小屋』で? しかも全く可愛くないし」


「可愛さは初っ端に諦めたよ。そもそも最初から無理だって言ってるだろ?」


 完成せずとも櫻子さくらこの反応はわかっており、杞憂きゆうは諦めモードで肩を竦めた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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