月曜日
片山の姿は校長室にあった。
土日で調べた内容を事細かく話していたのだった。
「なるほど…思った以上に事は深刻なのですね。」
佐田は顎を擦りながら考えた。
片山はすぐにでも教育委員会に報告して適切に措置した方が良いと警告したが、大山は違った。
教育委員会は暗与中学校の件で責任を負いたがらない。
よって大山は大きな貸しを作るためだけの行動しか考えていなかったのだ。
「復讐が目的なら我々の手には負えん。警察に任せるのが最も安全だ。警察が介入してきた時点でこんなこと止めるだろう。」
大山の考えは合理的だった。
しかし人は感情の生き物であり、時には損得抜きで行動してしまう。
理性を欠いた獣の如く、己の目標を達成するまで彼らの行動は止まらない。
片山はそう理解していた。
この日は3時間目と4時間目の間に発見された。
『応じて貰えないということで了解した。
3日以内に全校集会にて我らのこと、
金本リョウタ自殺の真相を公開しろ。
下手な動きがあれば武力を行使する。』
佐田はすぐさま5時間目に緊急集会を開いた。
「復讐という愚かな行為を改め、私と話しましょう。きっと良い答えが出せるはずです。」
佐田も必死だったが片山はもう遅いと分かっていた。
猶予は与えられた。
しかし、それに大人は答えなかった。
もうこれ以上の譲歩はありえない。
そして犯人探しも強引になってきた。
明日からしばらくは2階に警備員を常駐させ、授業中にトイレに行く生徒に対しては警備員と一緒に廊下を歩くというものだった。
授業中にトイレに行くことを躊躇うのではという声はもう届かない。
この日、片山は西山の名刺に書かれていた電話番号に電話をかけていた。
「…なるほどな。詳しく話を聞こう。」
正門で落ち合う約束をして電話を切った。
大きくため息を吐いて後ろを振り返った瞬間、そこにはカナエが立っていた。
「うおっ!!」
片山は大きく仰け反って驚いた。
「…約束の時間ですけど。」
何をしてるんだという冷たい目で見られた片山はすぐに体制を立て直した。
「あ、あぁ…突然背後に立たれるとこうもなるよ…」
特に事件の核心に迫ろうとしている人間だからこそ敏感になっていたところもあった。
カナエもそれを理解していた。
「とりあえず
カナエはプラスチックのポーチケースが入ったビニール袋を片山に渡した。
「ありがとう。これから先は大人の世界だ。」
片山の言葉にカナエは何か言いたげな顔つきになった。
しかし、カナエは口にはしなかった。
片山も何となく分かっている。
「奥宮さん、リョウタ君はもしかしたらまだ生きているかもしれないね。」
唐突な言葉にカナエは理解ができなかった。
「…それってどういうことですか?」
「リョウタ君はもう居ない。でも彼の思想は生きている。彼に感化された人が彼を想って行動しているのではないかと私は考えているんだ。」
カナエの問いに片山は答えた。
「彼はまだ生きている。これは彼の復讐なんだ。」
片山はその言葉を残して職員用靴箱に向かって歩き始めた。
カナエはその姿を見ながらもその場を後にした。
片山は外履きに履き替えると正門の前に向かった。
しばらく正門前で待っていると1台の白い車が片山の前に止まった。
「待たせたな。」
運転席から西山が降りてきた。
「これを調べてくれないか?」
片山はすぐにカナエが持ってきた
「これは…?」
「この人のだ。俺の推理だとこの人が金本リョウタの部屋にいた人物で小学校時代の幼なじみのはずだ。」
片山はカナエから預かった写真を見せながら渡した。
西山は白手袋を着けて受け取った。
「そのポーチケースは昨日一緒にいたうちの生徒とこの子しか触っていない。」
「鑑識に回そう。指紋照合なら1日も掛からない。」
西山はそのまま車の中に
「…片山、言いづらいんだが……」
その言葉で片山も察していた。
“これ以上は深入りするな”と言いたいのだと。
「分かってる。だがうちの生徒ならば教師として道は示してやらねばならん。」
西山は折れないことは分かっていたが、片山の言葉で言う気も無くした。
「後はこちらで捜査する。教え子を悲しませたくは無いだろ。」
その言葉に片山は言い返す言葉も無かった。
「結果は明日また連絡する。その時は警察の介入かもしれんが、行く前に必ず連絡する。」
西山はその言葉を残して車に乗りこみ、走り去っていった。
残された片山の拳はこれ以上固くできないところまで握られていた。
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ホームルームが終わると片山はいつも通り荷物を整理して職員室に戻ろうとしていた。
「先生。」
片山はカナエに呼び止められた。
「どうした?」
平静を装って返答した。
「ちょっと話しませんか?」
2人は昼に話していた場所まで移動した。
「あの子は…どうするんですか?」
「借りたケースは警察に渡したよ。明日には結果が分かるらしい。」
質問に対しての答えにはなっていない。
しかし、下手なことは言えない。
「私が説得すれば大事には…」
「ならん!!」
カナエの言葉に被せるように片山が怒鳴りあげた。
その姿にカナエは言葉を失った。
「君たちは私の大切な教え子です。何があっても私が守ります。」
その言葉を残して片山は職員室に戻った。
その日は陽が落ち、更けるまで残っていた。
午後8時、職員室には片山だけが残っていた。
「片山先生。」
その声は佐田校長だった。
「校長先生、どうかされましたか?」
佐田は片山の隣の席に徐に座った。
「奥宮さんに怒鳴っていましたね。」
「あ…いや、それは…」
「別に怒るつもりはありません。至極当然だと思います。」
釈明しようとする片山に佐田は落ち着いた声で肯定した。
「私は校長として頼りなかったのだと思います。彼らの主張に耳を傾けきれなかった。」
今まで見たことのない佐田の表情を見て片山はかける言葉が無かった。
「近いうちに我々は取り返しのつかない大きな事件に見舞われるかもしれません。その時は……」
覚悟の決まっている表情の佐田は静かに職員室を後にした。
「…私も覚悟は持たねばな……」
片山は静かに引き出しを開けた。
そこには『辞表』と書かれた封筒のみが寂しく置かれていた。
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