第42話

福永雅という女が空くんの邪魔をしている、という噂が出回ったのは、空の勉強会が開始して二日後のことだった。空は学校のアイドルである。故に、空に関するこの噂は全学年の生徒が知ることとなった。元々、噂好きの人たちが多いというのもあると思うが、空に関する噂は皆大好物らしくたくさんの人に情報が回るのだ。その内容は時折盛りに盛られて真実と違うこともあるが、それはそれで皆美味しそうにしている。

福永さんの噂は私の耳にも入ってきた。「空くんに勉強を教えてもらおうと教室に行ったらデブ女が空くんを押しのけて仕切っていた」と、空の勉強会に足を運んだ女子生徒が私のクラスで騒いでいた。


「藤田さん」


来ると思った。山本さんだ。

彼女もまた空の勉強会に参加していた一人で、福永さんを睨みつけていた。

山本さんは般若のような顔をして私の席までやってきたので、読んでいた本を置いて首を傾げる。


「あの女、なんなの?」

「…福永さんのこと?」

「そう、空くんの邪魔をするデブ女」


眉間にいくつものしわを寄せて腹を立てる山本さんは心の底から福永さんが気に入らないようで、それがひしひしと伝わってくる。

私は悪者になりたくはないので、福永さんの悪口は言わないが何と言おうか迷う。

言葉を選んでいると山本さんはとにかく怒りをぶつけてくる。


「空くんが迷惑がってるの分かってないの?」

「うーん…」

「教え方が上手いわけでもないし、需要ないじゃん。藤田さんから来ないでって言えない?」

「いろんな人からそう言われたから、一回遠まわしに伝えてみたんだけどね....」


苦笑して「伝わらなかったけど」と言うと、「はあ!?」と大きい声を上げた。

福永さんみたいな人は誰になんと言われようが、自分のやりたいことをやる。面倒くさい初志貫徹。自分が納得するまで、それが終わるまで決して諦めない。それだけ言うと聞こえはいいが、他人に迷惑をかけ嫌われてしまってはただのウザい自己中だ。

それが福永さんには理解できていないようなのでどうしようもない。


「あいつまさか毎日来るの?」

「多分そうだと思う」

「空くん、迷惑だよね絶対。空くんは福永さんに何か言ってた?」

「いや、言ってなかったよ。勉強会が思うように進まないのは確かに可哀想だと思う…空から福永さんの話を聞いたことないから、よく分からないけど」


嘘、結構な愚痴の量を聞いた。

それはそれは王子様とは程遠い、悪魔のように顔を歪めていつもよりほんの少し不細工な顔で愚痴っていた。不細工といっても普段から神顔なので、歪めた顔ですらイケメンだ。


「空くん、悪口とか言わないもんね。でもやっぱり良い気はしてないよね」


蒼井空くんのイメージを壊さないように「そうだね」と同意しておいたが棒読み感が否めなかった。


今まで執拗なまでに空に関わった人間は何らかの理由で排除されてきた。それは周りも薄々分かっているだろう。空に嫌われるような、迷惑をかけるような行動をしたならば即座に散らされると。それが空のファンによるものだと思っているだろうが、実は裏で空が動いているとは思わないだろう。

だから今回も、福永雅が空のファンに排除されるのではないかと予想する人が少なくない。そしてそれを期待している人も少なくない。

空のファンに蹴散らされる様を面白そうに眺める人間を今まで何人も見てきたので、この学校でもそれが根付いてきているのではないかと思う。周りはそろそろ楽しくなってきたのだろう。教室や廊下、帰り道などで福永さんの噂が囁かれているがそれは「今日一緒にパフェ食べようよ!」というノリと同じようにされている。

この学校の生徒も大概性格の悪い人間が多い。人間の性なのか、周りに影響されやすいのか、私にはわからない。しかし外野から眺めている私はもっと性格が悪い。

全部知った上で、澄ましたフリをして傍観する。この一番楽しいやり方がやめられない。自分が深く関わるのは好きではないし、私が福永さんの立場だとして他人に散々な言い様をされるのは嫌だが、それでも楽しいものは楽しい。私には関係ない、けど全部知っている。その立ち位置から見る景色は青く輝く海よりも見応えがある。

あぁ、自分はなんてクズなんだろう。でもこんなクズな自分が嫌いではない。


「あのデブ、結構な情報持ってるよね。先生から好かれてるからなのかな。利用できないわけじゃないんだけどさ。でも空くんも先生に気に入られてるよね、空くんも詳しいテスト内容知ってるの?」

「さあ、どうだろう」

「あの女が知ってるんだから空くんが知らないはずないと思うんだけど....」


空に劣る福永さんが知っている情報を空が知らないわけがない。でも何で空はそれを教えてくれないのか。その言葉の裏には、もしかして知っていて敢えて教えてくれないのか、という不満の色が隠れている。

考えてみてほしい、成績優秀学年主席の空くんがそんなみみっちいことをするだろうか。他人を蹴落とさないと自分が上がれない程、空は下にいない。

そこまで頭が回らないのか山本さんは空を疑っているようだ。


「福永さんが全部言ってくれると思って、敢えて黙ってるんじゃない?」


空にかかっている容疑を晴らしてあげようと山本さんに立ち向かう。

山本さんはそれで納得したのか「それもそうだね」と笑い、友達の元へ戻った。

危ないな、福永さんのせいで空の王座に少し傷が入りそうだった。福永さんが空の脅威になるとは到底思えないが、万が一ということもある。

早めになんとかしないと…。

まあ、空のことだしなんとかなるだろうけど。

心配するだけ無駄だ。

机の上に放置していた読みかけの本を手に取り、しおりを挟んだページを開いた。


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