第36話

決めてはやはり、図書室だった。

約束をしたわけではないがどうせいるだろうと予想し行ってみると椅子に座り俯いている女。

午前中でもう精神が粉砕されたのだろう。その顔は蒼白だった。

中学卒業したての子っていうのはまだ子供で、陰口をするだけではなく態度にも大きく出す。

ガン無視されたり悪口を本人に聞こえるように言ったりとそんなことをされるのではないかと思っていたが。早々にそういうことをされたのだろうか。皆さん仕事が早くていらっしゃる。

しかし、俺は違うリアクションを想像していた。「お前らなんてただの嫉妬だろ」と鼻で笑い気にすることなく俺にまた寄ってくると思っていた。だから、こうも落ち込むとは俺が思っていたよりこの女は弱かったらしい。


「あ、空先輩...」


こちらに気づき顔を上げる。その顔はどこか安堵していた。


「どうかしたの?顔色悪いね」


そういう俺も性格悪い。

女の前に座り、心配そうな顔をする。


「じ、実はわたし...今日、い、いじめのようなものをされて...何でわたしなんだろう。死ねって言われて、わたしやっぱり生きてちゃいけないんですかね。もう人が信用できないんです」


そうきたか。

どこにでもいる、悲劇を気取った女。そっちの面もあったのか。

小説の読みすぎだ、今時悲劇のヒロインなんて誰も求めていない。

生きてちゃいけないんですかね、ってそんなの俺に聞かれても知らねえ。俺がお前の生死決めんの?だっるいな。

人が信用できないと言いながら俺に打ち明けるとか、矛盾じゃないの。

俺この女無理。こいつの顔が俺の嫌いなチョウチンアンコウに見えてきた。ブッサイクな面して視界に入れることすらしたくないチョウチンアンコウ。俺の綺麗なお目目が汚れてしまう。


「先輩みたいな綺麗な人の隣にいたら、こうなることは分かっていたんですけど...」

「...」

「つ、辛いんです...」


潤んだ瞳で訴える女は女優でも目指しているのか?

お前の涙にどれほどの価値があるんだ。


「そっか...」


優は本当に見る目がないなぁ、そこも可愛いけど。

俺がいないとまともな友達一人作れないんだもんなぁ、俺がいないと変な人間に引っかかるんだから。

優の友達にこんな生ゴミは、いらないよ。

チョウチンアンコウみたいな面の女を横に置いて歩くなんて優の品格が疑われてしまう。俺の品格まで下がってしまう。


「だったらさ」


はぁ、早く優に会いたい。

なんか今日中で終われそうかもしれない。

さっさと掃除をしてまた一緒に登校しよう。


「もう俺と関わらない方がいいよ」


申し訳なさそうに眉を下げて、美しい困り顔を作る。

昔はよく鏡で練習したものだ。

小学校一年生か二年生の頃、周りからよく可愛い可愛いと言われ、やっと気づいたこの顔の凄さ。

流行りの少女漫画を優に読まされたとき思った。こんな綺麗な顔の男の人たちはどんな顔をしてても綺麗で、それに女の子は惚れていくんだ。そして全部綺麗な男の思い通りになっていく。それを知って俺は暇があれば鏡を見て、顔を作る練習をし始めた。笑うにしてもこの顔よりこっちの顔の方が可愛いな、困り顔は眉を下げすぎずこういう顔にして、など熱心に研究を重ねた。

一時期ナルシストだと誰かに言われたこともあったが、自分がブスだと自覚しているブスより、美形だと自覚している美形の方が何倍も良い。むしろ綺麗な顔立ちなのに自覚がないなんて、宝の持ち腐れだ。

顔が良ければ人生勝ち組。その上中身も良ければなお良し。この完璧な俺を前にして女は俺の足にしがみつく他ないのだ。ひれ伏せばいいものをしがみついてくるもんだから、女という生き物は図々しい。


「俺と関わらない方が、笹本さんのためだよ」

「え...そ、それは...」


助けてくれるとでも思ったのだろう、ほら、図々しい。

このまま教室に戻っても現状は変わらない。俺から離れたとしても「ほらみろ、捨てられた」と余計嘲笑うクラスメイト。

俺が一喝して「もうこういうことはしないでくれ」と言えば、まあ少しは黙るだろう。余計に酷くなる可能性もあるがやり方次第だ。


「嫌です...先輩はこんなわたしにも話しかけてくれて...すごく嬉しかったんです...」

「...」

「わたしは何言われてもいいです、せ、先輩とまたお話とか、したいです」


俺はしたくありません。

必死に繋ぎとめようとする女が滑稽でたまらない。


「ごめんね、もう俺に関わらないで、俺も関わらないから」


カタ、と物音がした。振り返ると扉の前に誰かいるようだ。曇りガラス越しなので誰かは分からないが。恐らく一年生だということは予想がつく。笹本さんがよく図書室にいるということを知っている誰かが教えたのだろう。タイミングがいい、仕事もできる。今年の一年生は素晴らしい人材ばかりだ。


「い、やです」

「俺にもう関わらないで」


もう一度、扉の向こうにまで聞こえるように言う。しかし小さい声で「俺といない方が、安全だよ」と優しい蒼井空の顔で囁いた。

涙を一滴流した女を放置したままその場を去った。扉を開けると予想通り気の強そうな三人の一年生。お礼の意味も込めて「こんにちは」と挨拶をした。

この後、この三人は噂を広めるだろう、笹本歩が玉砕したと。

そして笑いのネタにされ、存分に生徒が楽しんだ先には何事もなかったかのような日常が待っている。蒼井空に付きまとって玉砕した女、というレッテルを卒業まで貼られながら。

それに耐えられるか耐えられないかは俺の知ったことではないし、どうでもいいが。



俺は学校が終わりすぐに優の家に行った。


「ごめんね、俺が悪かった」


両手を合わせて久しぶりの優と対面したときの嬉しさといったらない。

優は怒ることもなく「いいよ」と許してくれた。笹本のことを根掘り葉掘り聞かれたが、嫉妬してたのかなと思うとまたまた嬉しさが込みあがってきて、浮かれて抱きしめたとき香った優の匂いも久々で堪能したかったがすぐに引き離された。少し顔の赤い優が可愛くて可愛くて、俺は優のためなら何でもできるなと改めて感じた。



翌日笹本はまだ引っ付いてきたが、いつの間にか見かけなくなっていた。

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