真夜中の訪問者 《竜之介》
コンコンコン
桃の家……店をちいさな音でノックする者がいる。
深夜過ぎている。
「……お客さん…?」
いつのまにか、うとうとしていたらしい。寝ぼけ眼を擦ってソファから起き上がる。
「いや…もう5年以上店はやってないんだから、こんな時間にくるお客さんは…」
桃はもう一方のソファで難しげな本を読んでいたらしい。
その本をテーブルに置くと扉に向かう。
「あ、あの……」
か細い甘い声。
世界でいちばん愛しい声だった。
そこに立っていたのは、長い髪をゆるくむすび、大きな瞳で、遠慮がちに桃を見上げる有栖だった。
なんで、ここに。
「あの……夜分にごめんなさい…」
有栖は桃を見て頭を下げるとそのまま立ち尽くしたまま動かない。
「……おやおや……これはかわいいお客さま。」
桃がおどけた感じで言う。
「せっかちなお姉ちゃんが迎えにきたよ…竜之介」
「あの……朝まで待てなくて……」
言いながら、有栖は頬を赤らめて俯く。
「有栖…」
僕まで、なんだか照れくさくて、咄嗟に近寄りながらも、また目があわせられない。
視線を微妙に外しながら次の言葉を探した。
「リュウ!あ、あのね……!」
そんな僕の視線を逃さないように、慌てた様子で有栖が僕を呼ぶ。
「しゅ、週刊誌のこと……すごくつらい……でも、…リュウとぎこちなくなるのはもっとつらい……」
しどろもどろに言う有栖は、意を決したように、まっすぐ僕を見つめた。
「だから……わ、私をちゃんと見て……私、大丈夫なように、がんばるから……」
「!」
僕はなんてことを有栖に言わせているんだ。
それは僕が有栖に言わなきゃいけないセリフじゃないのか……。
---大丈夫だから、ちゃんと俺を見て
頭をぶん殴られたような衝撃。
ヘタレな自分の頭を冷やせと桃が連れ出してくれた。
兄は辛いなか、冷静に状況に対処している。
当の有栖は、勇気を出して迎えにきてくれた。
僕は情けないな……。
そのまま、唇にキスをしたい衝動に駆られたけど。
桃が間近でにやにや見ているからそれはできない。
「……ありがとう」
「え?」
僕がそう言うと有栖は、僕を見る。
僕はもう一度言う。
「俺を迎えにきてくれて……俺……ヘタレでごめん。恥ずかしいよ。有栖はこんなに……」
健気に強くいようとしているのに。
言葉を続けようとすると、
「全くだ……おまえはヘタレだ。俺の次にヘタレている、手を焼かせやがって…」
ずいっと有栖の後ろから兄が現れ、長い髪をばさばさと所在なさげにかいた。
「うわっ!兄貴もいたのかよ……ってあたりまえか、…こんな夜更けだもんな……」
「ビール飲んでたから、タクシーできた……有栖も言い出したら聞かないからな……」
なぜか兄はバツが悪そうだ。
しきりに後頭部に手をやり、髪をがしがしとかきむしるような仕草をしている。
いつも大人で余裕のある兄には珍しい子どもじみた仕草に見えた。
僕がいない間になにがあったんだ?
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