8-6
「おはよーフジ」
教室に入り席に座ると名梨がそう声をかけてきた。いつもの風景だ。
「おはよう」
「風邪大丈夫だった?」
「なんとかね」
「ずっと寝てたんだろ……お見舞いに行ったんだけど」
「ごめんごめん、相手できなくて」
そう、ずっと寝ていた。
昨日、謎の現象が発生したと思ったのだが、家族に聞いても新聞を見ても昨日はずっと横になっていた昨日であり、つまり、要するに、それは不思議現象の発生した一日ではなかった。
あれは何だったのだろう。
夢を見ていたのだろうか。
あまりにもリアルな体験だった。次元を超越し、誰にも気づかれず、街を歩き、ダイナミックなことを考えていたらいつの間にか一気に時間が過ぎ、アジトへと向かい、廃工場で戦うみんなを見ていて……。
それらは全て夢だったのだろうか。しかし、昨日は確かに熱がピークに達してずっと眠っていた。それは確かな記憶である。実際、昨日の記憶がぼくにはちゃんとある。昨日は、ずっとベッドの中で横になっていた。
「休んでた分のプリント預っといたよ」
「えっ、やらなきゃなの?」
「頑張れよー。病み上がりだけどー」
「そんな。勘弁してほしいな」
「マジで宿題なんかなきゃいいのになぁ」
「そんなこと言ったら学校自体の存在に関わる」
「まあね。あーあ、猫はいいなー」
「猫がどうしたって?」
「うちのミイちゃんは勉強しなくていいなーって。もうかわいい天使ちゃんなんでちゅから」
「赤ちゃん言葉を使うのは大人だけ」
「ガキだけどな」
はは、と、名梨は笑う。
何も変わらない。
いつもの風景だ。
「うちのミイはいつもおしゃまなポーズでおれと遊んでくれるのでちゅ」
「猫の世界では下品なポーズなのかもしれないよ」
「まあね。つまり猫のことは猫にしかわからぬ」
そういうことだろう。
世の中の色々なことは、そういう風にできているのだろう。
例えば陰陽連合も。例えば鬼哭アルカロイドも。
なんとなくぼくはそんな風に思うのだった。
「おお、トキオ。久しぶりだね」
アジトへ到着するとレッドさんが嬉しそうにぼくに声をかけてきた。
「久しぶりです」
「風邪引いてたんだって? 学校を三日も休んでたって聞いたよ」
「はい。熱が出ちゃって。昨日もずっと寝てて」
「そうか。熱は四十度かい」
「三十九度です」
「ああ、惜しいな」
「いやいや」
などと談笑しながらぼくは椅子に座り、カバンの中から名梨に預かってもらっていたプリントを四枚出した。この課題を全部やらなければならないのだ。風邪は治ったが頭が痛くなる。
「葛居くん」
すると相沢さんが心配そうな顔で声をかけてきた。
「相沢さん」
「風邪は大丈夫?」
「大丈夫だよ。もう平熱だし」
「そっか。それならいいんだけど……」
「——ねぇ相沢さん」
と、ぼくはここでとうとう堪えきれなくなり彼女に訊ねる。
「なぁに?」
「昨日、鬼哭アルカロイド、出た?」
すると——。
「昨日は何事もない一日だったよ」
それは——。
「……本当に?」
「嘘ついてどうするの」
「それはまあ、そうなんだけど」
じゃあ——。
全部、夢だったのだ。
ぼくはシャーペンを手に取り、ふと前方のレッドさんを見ると何かの書類を眺めている。その中で一枚の写真を手に取り興味深そうに見て、そしてぼくと目が合い、ふふっと微笑んだ。
「昨日もずっと寝てたんだろ」
「なかなか大変でした」
「昨日もお疲れ様」
?
レッドさんは笑った。
「寝るのも疲れただろ?」
「ええ本当に、疲れましたよ」
そしてレッドさんは写真をしまう。
何の写真だろう。それはぼくらの、あるいはぼくの今後に関わることなのだろうか。そう思ったが、しかし隊長の業務に口を出すつもりはない。必要があればレッドさんから伝えてくれるだろうし、ぼくたちは淡々と日々をこなすだけだ。
そう、ちょっと不思議なこの日々を。
「今日はきゃつら、来るかねぇ」
「来ないといいなぁ。宿題が……」
「ま、手が空いたらオレも手伝ってやるよ」
「ありがとうございます」
そして、気づいたらぼくのいつもの日常生活が、再び始まっていたのだった。
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