なぜかテロリストと一緒に逃げることになった
数学の授業中、廊下の向こうで何かが弾ける爆発音がした。
教室がざわつき始め、先生は困惑しながらも生徒を宥めながら廊下に耳を澄ませている。
次の瞬間、廊下から叫び声が飛び込んだ。
「テロリストだ! 銃を持ってる! 全員急いで逃げろ!」
一瞬の静寂の後、教室内は一気に混乱に包まれた。
椅子や机が倒れ、荷物を放り投げる音が響く。生徒たちは出口へ押し寄せ、逃げ惑いながら教室を飛び出していく。
「逃げる……かぁ……」
僕は自分の席から動くことができなかった。
自分が生き延びたところで、この生活が変わるわけではない。
「そのまま全員殺してくれないかなぁ……」
僕は落書きされた机と教科書を見つめながら、無責任な言葉を吐いた。
どれほど経っただろうか。
気付くと悲鳴や怒号は聞こえなくなり、今は銃声だけが少しずつこの教室へ近づいてきていた。次第に近づいてくる音に、背筋がぞわりとする。
3つ隣の教室、2つ隣の教室、隣の教室…。
僕のいる教室の扉がゆっくり開いた。
「……葵、か?」
そこに立っていたのは、防弾ベストを着て大きな銃を抱えた後輩、葵だった。
普段は文芸部で静かに本を読んでいる小柄な彼女には到底似つかない格好だ。
僕の声に、彼女は微かに笑みを浮かべた。
「先輩、無事でよかったです」
「何してるんだ、その格好……その銃は……?」
「先輩を助けに来たんです」
葵は少しだけ照れくさそうに答える。
「……助ける?」
「先輩をいじめてた人たち、もういなくなりましたよ」
彼女はさらりと言った。いなくなったというのはどういうことだ?
「こういうことです」
葵は銃の反対に持っている袋を投げる。
良く見えないが、恐らく『いなくなった』者の一部だろう。
僕は凍りついたように何も言えなかった。
「ずっと先輩が辛そうにしているのが見ていられませんでした。だから、全部片付けようと思って……」
「葵……。それ、間違ってるよ」
ようやく絞り出した言葉に、葵は少し首を傾げた。
「間違ってるかもしれません。でも、先輩が傷つくよりは良い」
彼女の瞳には純粋な思いだけが宿っていた。それがあまりに真っ直ぐすぎて、言葉を失う。
遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。
葵はその音に一瞬だけ目を向け、次に僕に顔を向けた。
「先輩、一緒に逃げませんか?」
その言葉に、僕は驚いて彼女を見つめた。
「一緒に?」
「このままだと私、捕まっちゃいます。だから、一緒に逃げてくれませんか?」
彼女の手が僕の袖を掴む。
その小さな力に、僕は頷くしかなかった。
◇
学校の裏庭を抜け、僕たちは日差しの中を走り続けた。
遠くでサイレンの音が鳴り響く。
「これからどうするんだ?」
息を切らしながら尋ねると、葵は小さく笑った。
「これから、考えます。先輩と一緒なら、きっと何とかなりますよ。」
彼女の言葉に、僕は何も返せない。
ただ、葵から伝わる手のぬくもりが、僕の世界をほんの少しだけ揺らしていた。
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