第4話 2

「――ロザリアお嬢様、馬車の準備が整いました」


「ええ、ありがとう……」


 部屋にやって来たメイドにうなずき、わたくしは立ち上がりましたわ。


 ステラが城門前に現れ、そして撃退されてから、はやくも二週間が経つ。


 あれからわたくしはステラが残した言葉を確かめる為、遣いを嘆きの森に向かわせましたの。


 そうして現地を確認して戻って来た者が言うには、嘆きの森の向こうに大きな城郭が見えたそうですわ。


 魔獣が跋扈する森の中にまでは踏み込めなかった為に、あくまで確認できたのはそれだけという事でしたが、ステラの言葉が真実であると確信するには十分な情報ですわ。


 ――かつて。


 アルマーク王国の始祖の時代には、一夜にして建築物を築き上げる技術があったのだそうですわね。


 魔属には、そういった古き時代の技術を今も継承していると聞きますから、ステラはリーリアを保護する為に、それを振るったのでしょう。


 嘆きの森の現状を知ったわたくしは、現地を訪れる為の計画を立て始めたのですが……


 ――厄介な事に……


 あの日、ステラをイーゴル様が撃退した事で、王城を取り巻く状況は一変しました。


 ステラの――魔属の襲撃による王城の破壊。


 その噂は瞬く間に王都中に広まり、魔属への恐怖と、彼らを排斥すべきという民衆達の感情が一気に噴き出したのですわ。


 そんな魔属を撃退したイゴール様は英雄のように持て囃され、当然、リカルド様の発言力も王城で増しましたわ。


 一方、わたくしやアンドリュー様はステラと交渉しようとし、それに失敗した事から貴族達に軽んじられるようになってしまいました。


 ――あの魔属は、追放された魔王の血を引く娘に遣わされてやってきたのです!


 というリカルド殿下の主張を、国王陛下までもが信じ切っている状況なのですわ。


 リカルド殿下は陛下に語りましたわ。


 ――私はいち早くあの女の邪悪さに気づき、それでも更生の機会を与える為に三年間、共に過ごしていたのです!


 彼が行っていた悪趣味な遊びを、そう言い換えて。


 ――ですが、あの女は更生するどころか、私を連れ去ろうと画策した為……私は涙を呑んであの女を断罪したのです!


 まるで自身が正義であるかのように、謁見の間で諸侯達を前にそう声高に語りましたわね……


 挙げ句、クレリア嬢がリカルド殿下に寄り添い――


 ――わたし、家でリーリアお姉様に虐げられていて……わたしがリカルド様の婚約者だから……


 などと涙ながらな語るものだから、なにも知らない陛下や諸侯らは激昂しましたわね。


 リーリアはそもそも、クレリア嬢がリカルド殿下と婚約しているなんて知らされていなかったはずですわ。


 知っていたのなら、あの気弱で優しい娘は自ら身を引く道を選んだでしょう……


 ですが、集団心理に彩られた王城内では、もはやリカルド殿下達の主張こそが、真実となってしまっているのですわ。


 わたくしやアンドリュー様が、どれほど反論しても無駄でしたね。


 アンドリュー様は今、魔属に魅了されていると疑われ、王城の一室に軟禁状態にありますわ。


 わたくしもまた、屋敷の周りに監視をつけられて自由に出歩けない状況なのです。


 事はもはや、リーリア個人の問題ではなくなってしまっていますわ。


 アンドリュー様を更迭したリカルド殿下は、もはや王位への野心を隠そうとしておりませんもの。


 この状況を覆すには、リーリアとステラに証言してもらうほかないと思いますわ。


 ……だから。


 わたくしは姿見に映した自身の格好を眺めます。


 使用人に用意してもらった衣服は、下町の古着屋から仕入れたのだというものですわ。


 髪もカツラで、町娘風に肩で切りそろえたように見えますわね。


 こうして令嬢には見えない格好に成りすまして、王都を出ようと計画したのですわ。


「では、参りましょう」


 そうしてわたくしはメイドと共に玄関へと向かい――


「――おやおや、第一王子の婚約者ともあろうお方が、そんな格好で何処に行こうと言うんだ?」


 ドアの前で腕組みし、そう告げたのはリカルド殿下でしたわ。


 背後には多くの騎士を引き連れております。


 わたくしはすぐそばに立つメイドを睨みました。


「すみませんすみませんすみません……」


 メイドは顔を真っ青にして、わたくしから逃れるように壁際に下がります。


「父が……父が病気なんです! 父が死んだら、母も弟達も生きていけないんです!」


「……つまり、わたくしは売られたということですのね……」


 お父様に相談したなら、力になったでしょうに。


 そんな些細な信頼関係を気づけなかったのは、我が家の落ち度ですわね……


「――売られたとは人聞きの悪い。

 俺は困っている者を助けたに過ぎない。

 そして、彼女はあくまで善意で――魔属に魅入られた主人を正す為に、おまえが逃亡しようとしているのを教えてくれただけだ」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、リカルド殿下はわたくしに告げましたわ。


「おまえが嘆きの森を探っているのは、調べがついている!

 大方、リーリアと合流しようとしていたのだろう?

 おまえもまた、あの女に魅了されていたというわけだ!」


「……そういう設定、なのですか……」


 随分と念を入れたものですわね。


「今頃、おまえの父親も城で拘束されている頃だろう。

 おまえも諦めて縛に着け!」


 騎士達がズカズカと屋敷の中に踏み込んで来ましたわ。


 抵抗しては、立場が悪くなるだけ。


 わたくしは成されるがままに縄を打たれ、騎士達によって馬車に押し込まれましたわ。


「さあ、屋敷を捜索しろ! 抵抗するものはすべて捕らえよ!」


 恐らくはそういう建前で、なにかしらのを捏造するのでしょう。


 リカルド殿下が声高に騎士達に指示を飛ばす中、わたくしはうなだれて、組んだ両手に額を押し当てましたわ。


 わたくしの軽率な行動で、お父様や屋敷のみんなまでをも巻き込んでしまった……


 絶望に、目の前が真っ暗になりましたわ。


 そんなわたくしに、リカルド殿下はそっと顔を寄せてきて……


「アンドリューの助けなど期待するなよ?

 散々、俺の邪魔をしてくれたおまえだ。

 とびきり苦しめてやるからな……」


 あらゆる希望を打ち砕くように、そう囁くのです……

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