タージvsイヂチ

 大通りから一本奥に入った食堂。

 その席は側からすれば変わって見えることだろう。大声で話す女。口をパクパク動かすだけの長髪の男。ふたりの顔を怪訝そうに見回す小柄な男。女の前だけに、空になった皿が山積みされていく。

 「要するに、あんたは私たちを警戒して後をつけまわしたんだね?」

 長髪の男は、コップ水を一口飲むと頷いた。

 「それで、あんたはイヂチで合ってるんだね?」

 また頷く。そして口を小さく動かす。

 「そう。私たちがあんたに用があってここに来たの。怪しい?バカ言ってるんじゃないわよ」

 「タージ様、タージ様・・・・・・」

 「えっ、なによ?」

 「声、声?声、聞こえてるんですか?」

 「ああぁ、こいつの声ね。小さいけど、聞こえてるわよ。それがどうかした?」

 「えっ、いや、すごいなぁ〜」

 タージはマケロニから、イヂチへ視線を戻す。

 「まあ、とにかく。あなたをサンパーレルのドン・マッジョのところに連れていかないといけないの。悪いけど付き合ってもらうわよ」

 イヂチは、首を横に振る。

 「そうはいかないわよ。どうしてもというなら力づくで連れて行くことになるけど?」

 イヂチは、首を縦に振らない。

 「あまり時間がないの、いい?」

 イヂチの口が少し動く。

 「はっ?何を言うかと思ったら今更そんな事・・・・・・。まあ、いいわ。この先に広い空き地があったでしょう。そこでどう?」

 イヂチは、力のこもった目をタージに向けて一度深く頷いた。

 「あんたを気絶させてそのまま連れてってやるわ。それに、あんたが賢者のイヂチだって証拠もなかったしね。ちょうどいいわ、試してあげる」

 ふたりは、立ち上がった。

 「えっ、なんですか?この雰囲気・・・・・・。ちょっと待ってー」



 タージとイヂチ、それからマケロニは大きな建物が解体されたてそのまま放置されているような広い空き地にやってきた。

 「いいんですか?相手は魔王十指をやっつけた奴ですよ」

 「あぁ?あたしだって同じような奴をコテンパンにしてやったじゃないの。それに喧嘩を売ったのはあいつよ。どれ程の実力があるか試してやろうじゃない」

 タージは厳しい顔つきでイヂチを睨む。

 「あんたが参ったっていうまで続けるわよ。いいわね?」

 イヂチは頷いた。腰から短いロッドを取り出すと構えた。

 タージは地面を力一杯踏み出すと、矢のようなスピードでイヂチに向かって突進した。

 どどどどどどどりゃりゃりゃゃゃゃゃー!!

 スピードがのった右ストレートがイヂチの顔面に放たれた瞬間。

 タージとイヂチの間に砂の壁がシュルリと出来上がる。

 

 !!!!

 イヂチの体が吹き飛んだ。

 砂の壁を見事に貫き、右ストレートがイヂチの左頬にクリーンヒット。

 砂の壁は、スゥーと崩れ去る。

 「へぇー。大したものね。威力半減だわ」

 イヂチは、切れた口元の血を拭いながらタージを睨む。

 「でも、賢者なんて嘘じゃないの?ほら、次行くわよ」

 タージがもう一度イヂチに向かっていこうと地面を蹴り上げると・・・・・・。地面が砂漠のようなサラサラした砂に変わり踏み込む力が入らない。体が前につんのめってバランスを崩してしまった。

 「なによ〜、これーー」

 すると、周りの土が空中に輪を描くように集まり、丸太のように太く丸まった土の塊が出来上がった。それは高速でタージに向かって襲いかかってきた。

 塊はひとつではない、5、6個が縫うようにタージに襲い掛かる。

 「クッ!」

 足元が不安定なタージは、なんとか体を捻り避けたり、避けきれない時は拳で破壊したりした。崩れた土は別の塊に吸収され倍の大きさになる。

 「タージ様ー」

 たまらず、マケロニが大声で叫ぶがタージは必死に躱すことでいっぱいだ。

 「んんんんっにゃろーーーーーー!!」

 タージは足元の砂に向けて拳を振り下ろした。砂が一気に舞い上がる。

 「つつつあぁああぁぁらぁぁぁーー」

 タージは拳を振り下ろし続けた。

 イヂチの仕掛ける攻撃も構わず続きた。

 砂が辺りに飛びまくり視界が利かない。

 大人しくなったかと思うと・・・・・・。


 「どどどどどりゃゃゃゃやーーーーー!!」

 舞い上がる砂煙をかき分け、タージの飛び蹴りがイヂチを襲う。

 タージの勢いがつきすぎて急造の砂の壁を作るがとても間に合わず一撃はイヂチの胸元を捉えた。

 イヂチは後ろに吹っ飛ばされその威力は建物の壁を突き破るほどだった。

 「さあ、どう?今のは効いたんじゃない」

 「タージ様ー、お見事ー」

 マケロニも両手を上げながら嬉しそうに叫ぶ。

 騒ぎを聞きつけて広場の周りには観衆が出来ていた。

 タージは目を細めてイヂチが飛ばされた軌道の先を睨む。

 「・・・・・・」

 「ん?なんだって?」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・じゅもん?」

 イヂチが飛ばされた建物がグラグラと静かに揺れる。

 それは、次第に大きな揺れに変わる。

 揺れ続けると建物は上の方から少しづつ崩れはじめた。ものの数秒で建物はすっかり解体され土煙が昇り、瓦礫の山が出来上がった。

 ズバッゴゴゴーーーーーン!!

 瓦礫が突然飛び散ると薄い光を帯びた、人の形をした土の塊がゆっくり浮かび上がってきた。

 顔の部分の砂がスゥーと落ちるとイヂチの顔が現れた。

 「あんた、どうなってるんだー?」

 さすがのタージも土を全身に纏ったイヂチの姿に驚きを隠せない。

 タージより二回り大きい。マケロニも言葉を失う。


 「・・・・・・」

 イヂチの口元が動く。

 宙に浮いたまま、加速してタージに襲い掛かる。ストレートに打ち込む拳。タージもそれに合わせて拳を突き出す。

 ドゴンッ!重なった拳から鈍い音が響く。

 「・・・・・・」「ヴッッつ・・・・・・」

 力は互角。

 タージの左脇腹に、回転して威力を増したイヂチの後ろ回し蹴りが入る。

 「ヴッッ」

 見た目より素早い動きにタージは面食らった。

 さらに反対回りの後ろ蹴りを繰り出され、先ほどのイヂチ同様に後ろにふっ飛ばされるタージ。広場側面の壁を破る。

 「タージ様ー」

 先程とはうって変わって不安そうな表情のマケロニが叫ぶ。

「なによぉー!」

 すぐにタージの大声が響いた。

 血の混ざったツバを地面に吐き捨ててタージはすぐに立ち上がった。

 体の埃の叩きながらゆっくり歩いてイヂチの前に出る。

 広場の周りは多くの人が集まってきた。

 視線をぶつけるタージとイヂチ。

 「軽く試してやるつもりだったけど、まあいいわ。フィード海賊団の名に賭けてコテンパンにしてあげるわ」

 「・・・・・・、・・・・・・」

 「ケッ、やれるものならやってみなさいよ」

 ふたりの間の空気が変わり。それは試し合いから、死闘へとフェーズが変わってしまった事を意味していた。

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