44.VS伝説

「いや、来ないでしょ普通」



 セルキスのぼやきは虚空に消える。

 チラリと目をやった先には、自信満々のババ……お姉様二人。

 あのどう考えても罠でしかないクソみたいな文章の手紙で、かの『白獅子』を簡単に誘い出せるはずがないと考えていた。

 ……目の前に現れるまでは。

 おいクソお姉様ども、来ないじゃない! と文句を付けるつもりだったセルキスもこれには苦笑いである。おまけに王族のレイラと、あと……知らないレイラに似た人物が一人。誰だろあれ。影武者とか? いや影武者ならこの場にいる意味がないかと、目の前に現れた集団からセルキスは思考を放棄した。

 何故ならば、この場におけるセルキスの役割はエサでしかない。

 考えるだけ無駄なのだ。

 セッティングも全部横でウッキウキなクソお姉様どもがやっているのでセルキスのやることはない。なんで来たんだコイツらと考えるくらい……。と思っていたが、あちらのミックスハーフの子どもの様子がおかしい。今にも飛び出しそうな……とか思っていると、子どもがいきなり魔力を全解放した。

 大地が唸りをあげ振動で立っていられない。



「あはっ♡」



 アークバ……お姉様が笑いながら宙を舞う。大地から無数の土槍が生え空に舞う元『魔王』目掛け高速で射出される。



「狙いが正確過ぎて避けやすい♡ 素直で可愛い」

「むっかー! ……なんてね」

「なっ!」



 避けた土槍が空中で混ざり合い、アークを囲う複数の球体を形成した。アークを囲う球体が一斉に膨れ上がり、爆発した。魔力の衝撃波と爆発により舞うマジクの魔力を帯び凶器と化した土の刃が逃げ場を無くしたアークに降り注いだ。

 空中に巻き起こった土煙が晴れて現れたのは、自身の魔力を解放し魔力を障壁をして防ぎきった。



「ざーんねん♡ 足りないわねー♡」



 相変わらず余裕の笑みで挑発をしているが、内心余裕はあまりない。



(さて、魔力解放しちゃったからあと五分以内にしてよね。それ以上は私逃げるから)



 マジクとマジク母の大魔力合戦がいきなり開幕してしまったのは、『白獅子』のメンバーにとってはある意味日常なので、まあ二人が会ったらそうなるわなくらいの感覚である。

 むしろ他のメンバーが止まってしまっていたのは、本当にセルキスがいたという事実とに加え、セルキスと共に大魔導士であるシルの師匠、リィナがいたからである。



「なんで師匠が……?」



 シルはぎゅっとリィナから貰った杖を握り締めながら疑問をこぼした。

 シルの疑問に誰も答えられない。

 レオは何故そちら側にいるのかよりも、リィナがセルキスといる理由を考えていた。

 『魔女』を本当に増やせると仮定して。

 それに協力していると仮定して。

 それが、シルが生きることにどう繋がるのか、である。

 『聖女』が『魔女』を殺す。二人とも死ぬ。

 『魔女』が増えるとどうなる? ……いや分からん。

 なら直接聞くほうが手っ取り早いか。

 レオは何も言わずに剣に手を掛けた。

 シルが静止しようとするも、スズがシルの肩を押さえ、「レオっちならシルに悪いようにはせん、大丈夫や」と声を掛ける。



「任せた」



 と一言呟いて、レオが大地を蹴った。

 リィナは無視、セルキス目掛けて獅子が駆けた。

 パチンっとリィナが指を弾いた。シルが気付く。



「付与魔導が消えた!?」

「なっ!? レオっち!」



 レオに掛かっていた付与魔導が消えた。

 レオの想定通りである。元々リィナには消せると聞かされていた。

 ならば消される前に一瞬で相手に詰めるだけの加速をしておく必要があると考え、レオは駆けたのだ。

 付与魔導が消えようと、乗った速度が消える訳ではない。セルキスに向けて弾丸となったレオが剣を構える。



(能力が高かろうが、レイラの蹴りが当たるくらいの戦闘素人なら!)



 一撃で決める。

 獅子が構えた鋭い牙は暴力的な加速と共にセルキスに突き立てられた。



「こっわ。速すぎて見えないわ」

「ぐっ……」



 剣が届くまで僅か数センチ。レオの身体が時でも止まったかのように静止した。

 手を構え、足下に魔方陣を展開したリィナの魔導であるのはレオも分かったが、そんなもの聞いたことがない。



「まあ一人で突っ込んでくるのは分かっておったからのう。お主らいつもそれじゃろ?」

「いや私死ぬかと思ったんだけど」

「お主本当に戦闘畑じゃないんじゃのう……。そこそこ力はあるだろうに」



 冷や汗が止まらないセルキスと、やれやれ困ったもんじゃと笑うリィナ。リィナが懐から取り出した縄を宙に投げると、その縄がレオの身体に巻き付き自由を奪った。

 レオの名を他のメンバーが叫んだ。

 レオに危害を加える者は殺すと、今までに見せたことのないような獰猛な顔を見せたマジクが標的を切り替え構える。



「おっとこっちに手を出せば此奴が──と危ないのう」



 魔力縄を操作し、レオを盾にしようとしたリィナが少し慌ててレオの口の中にハンカチを突っ込んだ。これじゃ足りんかと袖を破りレオの口に更に入れ。口が閉じれなくなったレオの顔を縄が縛った。



「人質にされると踏んだ途端、舌を噛み切ろうするとかどんだけ覚悟決まっとんじゃ此奴は」



 レオの顔に手を当てたリィナがボソッと呟くと、レオの意識は消えた。



「レオ!」

「うるさいのう。眠らせただけじゃ」

「師匠! なんで!」

「自分で考えるんじゃな」



 レオを盾に浮かせている以上、誰も手が出せない。首に掛かっている縄を更に絞めるだけで、レオの命が絶たれる未来が見えるからだ。



「甘いのう。此奴ならこの状況でも多分何かしてくるぞ」

「早かったわね。助かっちゃった♡」

「アーク、もう遊ばなくて良いのか?」

「だってもうこっちに興味なさそうだし」

「はあー。こんなに簡単に捕まっちゃうのね、あの『白獅子』が」



 セルキスはそう言って眠らされているレオに蹴りを入れた。



「やめい。起きるぞ」

「身動き出来ない状態で何も出来ないでしょ」

「私もやめたほうが良いと思うなー。ウチの娘が『覚醒』しちゃう」

「それはマズいな。さすがに『覚醒』されるとワシらじゃ止められん」

「え、お姉様方で止められないってマジ?」



 レオを蹴られたマジクは怒りに震えていた。我を忘れて破壊衝動に駆られそうになるのを、目の前のレオの存在が微かに繋ぎ止めていた。



「マジク」



 スズがマジクに耳打ちをした。震えながらもマジクはスズの言葉に頷いた。

 瞬間、セルキスらとレオの間に巨大な土壁が生える。スズが疾走する。素でスズより速い者は人類に於いてそうはいない。レオに飛びつきスキルで縄を解除。レオを抱えて瞬時に離脱。

 背後の土壁が大きな音を立てて崩れるも、マジクはセルキスらを土の箱を瞬時に作り閉じ込める。今度は一瞬でマジクの作った土箱が弾けるも、そこにレイラが飛び込んだ。全力の蹴り。

大振りの蹴りであるが、受けてしまえば誰であろうと命が刈り取られる一撃。

 セルキスを抱え、リィナとアークが飛ぶ。

 上に逃げた三人を蚊でも叩くかの如く地面から生えた巨大な土の二本の手がパアンと激しい音を立てて合わさった。



「本当に素直じゃなあ。土塊を使えるのがお主だけだとでも?」



 マジクの作った手が叩いたのは、瞬時に三人分、上空にリィナが放った土塊の擬体。



「威力だけは馬鹿高いわねこの娘」

「くっそ!」



 瞬間火力だけならロサリアをも上回るレイラの蹴りをアークが全解放した魔力で受け止め、レイラを弾き飛ばした。



「あいつら、スキルもクソもない! とんでもない魔力と魔力操作だけで無茶苦茶やってやがる!」



 レイラが反則にも程があると叫んだ。ちなみにやっていることはマジクも一緒である。

 リィナが再び指を弾いた。スズが抱えていたレオが、土と化し大地に崩れる。



「なっ」

「いやお主を警戒せんほうが馬鹿じゃろ」



 リィナの背後には気絶している本物のレオ。



「なら」

「もう許さんぞ。次は首を刎ねる」



 リィナがそう言うとレオの周囲に幾本ものナイフが浮かび首に刃を立てた。刃が皮膚に食い込み、血が滴り落ちる。



「さてと、此奴ら何してくるか分からんからさっさと逃げるかのう」

「させると思うか?」



 気配を消して近づいていたロサリアが、手にしていた聖剣に魔力を込めて三人に向けて振りかざした。



「吹き飛べっ!」



 ロサリアの聖剣から放たれた閃光が三人を飲み込んだ。吹き飛ばされた三人であったが、瞬時に展開したリィナの魔力が障壁となり、なんとか耐える。



「くっ、ここまで詰めても足りないか!」

「あっぶなー。先代『勇者』を思い出すわね、あの娘の光」

「そりゃそうじゃな。アレは聖剣の特殊効果、発動条件は特定の魔力を一定量以上込めるってだけじゃからな」

「はっ? 条件緩くない? それで威力あるのズルいじゃない!」

「緩くないぞ。特定の魔力は世代に一人だけじゃからな」

「ああ、そういうこと。じゃああの娘が今代のってことね」

「にしちゃ魔力が弱過ぎるがなあ」

「『選定の聖剣』って『黄龍』が確か持ってたわよね? まさかアレ?」

「だろうな。どうでも良いが」



 元のロサリアの魔力を聖剣に込めれば、三人を同時に仕留めることが出来たはず。力が落ちていることは自覚していたが、ここまでとはとロサリアは歯軋りをする。



「だいぶこの国のこと調べたのに、まだこんな奴いたのね」

「セルキス!」

「いや誰よあんた」



 気付いていない? いや、想定していない? セルキスの反応にロサリアは理解した。女体化はセルキスにとって想定外であると。ならばセルキスとそのことで問答をする意味はない。



「っと、うちの娘まで目覚めそうになっとるのはちとマズいな」



 リィナは大人しくしていると思っていたシルが気絶しているレオに多数の魔導を重ね掛けしているのに気付いた。そのシルから赤黒い魔力が漏れ出ていることも。



「おうおう、付与だけじゃなく状態異常解除まで土壇場で使えるようになっとるわ。この前シルに施したばかりの封印が大分解けておるのう。やはり感情はトリガーになるな」

「ちょっと、二人とも『覚醒』したら無理よ」

「分かっておる」



 リィナが手を叩いた。それだけでシルの身体から魔力が消え、膝から崩れ落ちた。



「えっ」

「お主の身体には色々仕込んでおるからな」

「師匠、なんで」

「っと危ない」



 気配を消してレオに近づいたスズに向け、リィナが風魔導を飛ばした。スズはスキルによる攻撃は避けることが出来ない呪いのようなスキルを持ってしまっている、絶対に前線に出てはいけない人間である。故に、もろに受けて全身が傷つきながら吹き飛び湖に落下してしまった。



「スズ!」



 レイラがすぐさま湖に飛び込んだ。



「絶対許さない!」



 マジクがキレた。

 マジクの中で何かが変わる。

 そんなマジクを見た全員が明確に死をイメージしてしまう。



「まだ早いわね」

「が──」



 そのマジクを背後からアークが抱きしめ、自身の魔力のほとんどをマジクに流し込んだ。魔力の過剰供給による魔力回路のオーバーヒート。マジクはアークを睨みつけながら失神した。



「ごめんね。まだ貴女の身体じゃそれに耐えられないから」



 アークはマジクを一撫でしてから飛び去った。もうアークに戦える魔力は残っていなかった。



「よし、こっちも行くかの」



 リィナはセルキスの襟首を雑に掴んで飛んだ。セルキスの首が衣服で絞まり苦しそうにもがいているが、リィナは無視。レオも浮かせて飛び去る。



「師匠! なんで! なんで!?」



 シルの叫びにリィナは答えなかった。

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