41.『大魔導士』リィナ
シルの師匠、リィナさんの下へシルと二人で向かう。
リィナさんが住む場所は人里からかなり離れており、強力なモンスターも多く住むと言われている森の奥地。
「へ? 私、師匠の下へ帰る時とかモンスターに会ったことないですよ?」
とシルは言う。
実際、森に入り相当歩いているが、未だにモンスターの気配すらない。
というか、いつの間にか綺麗に整備された道に入った。馬車で走っても車輪が跳ねなそうなくらい綺麗に整地された歩道である。
「師匠に森って歩き辛いですよねーって言ったら、いつの間にかこんな道が出来てて」
親馬鹿ならぬ弟子馬鹿か。
まあ、えへへーと笑うシルがなんだか嬉しそうなのでいいけども。
これだけ綺麗な道があれば確かに道には迷わないだろうが、他の招かざる客とかも来そうなもんだがその辺りは良いんだろうか。わざわざこんな所に住んでいるくらいだから、あまり人に会いたくないんだろうと思っていたんだけど。そんなことを考えていたらいつの間にかリィナさんが住むというログハウスの前にたどり着いた。
「師匠ただいまー!」
シルが大きな声を上げながらログハウスの扉を開く。
「レオも連れてきたよー!」
「うん?」
シルの声に顔を覗かせたリィナさんは、俺を見て不思議そうな表情を見せる。やがて納得したように一言呟いた。
「ああ、アイテム扱いか」
……どういうこと?
居間に通された俺は、茶と茶菓子をリィナさんに出された。シルは井戸から水汲んでこいとリィナさんに言われて外へ出て行った。俺がやるよと言ったが、リィナさんにシルの仕事と言われ、シルからも「いいから休んでてー」と言われてしまいリィナさんと二人っきりである。
「お久しぶりです」
「おう、左眼は調子良さそうじゃな」
「おかげさまで。……あの、アイテム扱いって?」
「ああ、シルと一緒に通ってきた道あったじゃろ」
「はい」
「あの道、シル以外認識出来ない罠と、シル以外侵入出来ない罠を仕掛けてあったからの」
「……うん? 罠?」
「そう、シル以外は、はじかれる類いの罠じゃ。魔力に反応するタイプの。お主、人間か疑うくらい魔力が皆無じゃからやっぱりアイテムと認識されたんじゃな。ウケる」
「へえ。つまり魔力感知系の罠は俺無効化出来るのか。良いこと知ったな」
「マジメか」
リィナさんがケラケラと笑うのでなんとなく乗ってしまったが、これはかなり有用な情報である。
魔力感知系のスキルも無効、暗闇の中で魔力を感知して敵の位置を把握するタイプのモンスター相手だと無双出来るのでは? いや確かになんかそういったモンスターと戦う時楽だなと思ってたけど、なんでか理解出来たの強過ぎるでこれ。……気配消すの上手いとか言われたことあるけど多分関係してそうだなあ。
「で? その眼が問題ないのにわざわざ来たのなら何か聞きたいことがあるんじゃろ。さっさと言え。シルに席を外させてやったんじゃから。それともシルがおったほうが良いか?」
要件があるなら早くしろ、とリィナさんは急かす。まあ手っ取り早くて助かるけど。
「実はシルのことで」
「シルか。ふむ……心当たりが多すぎる」
「多いんかい。全部吐いてくれません?」
「はっ! 聞かれたことしか答える気はないわ。答えるとも限らんがな!」
このババア……。いや落ち着け俺。
「『聖女』と共に『聖女』の聖地である古代遺跡を訪れたんです」
「ああ、そしたらシルも遺跡に入れちゃったみたいな話か?」
おいおいおいおいこのババア分かってるじゃねえか!
「そうです! あと何故か俺も!」
「ああ、お主はアイテム扱いで入れただけじゃ。生物認定されんかっただけ。だって魔力ないし。その辺の虫のほうがお主より全然あるし」
あれ、おかしいなー。頬に水が流れてきたなー。いや泣けるでこれ。
「泣いとるのウケる」
「うるせえぶっ殺すぞ」
「ワシ指一本振るだけで今お主に掛かっとる付与魔導かき消せるが?」
「くぅ……。ってそうじゃなくて。シルの話だ」
「遺跡に入れたのは何故かって話じゃったな。『聖女』のみが入れるちゅーことは魔力識別型の罠じゃろ? うん……なんでじゃろ。ワシ調整ミスったかの?」
「調整ってなんだ調整って」
「シルの馬鹿強い魔力を市井で暮らせる程度に抑える調整」
「うん?」
「付与魔導特化となったシルにとって余計な魔力を抑え込む為の調整じゃな。ついでに魔力を一般人の魔力っぽく偽装する調整。アレ、ほっとくと溢れ出るし。そうでもせんと教会に身柄を押さえられるじゃろ」
「いやいやいやいや待って待って。つまりシルが『聖女』だって知ってたんだな!?」
「……ちゃんと調整出来ていれば、遺跡入口でシルはちゃーんとはじかれてたんじゃがのう。最近シルの力が増してきて敵わんのう」
駄目だ。ババアのペースに巻き込まれるな。とりあえず聞きたいことを聞かないと。
「で、正直に答えてほしい。『聖女』が『魔女』を討伐するとき、シルは生きていられるのか?」
「……答えたくないな」
流石に察した。これだけ快活な人が口を噤むとなれば流石に。
「……じゃあ『聖女』ってのを、なんで教会は見つけて保護出来るんだ?」
話を変える。これは小さいけど不思議だったこと。
「ふむ。教会の機密の一つじゃが……。まあいいか。ワシには関係ないし。予兆の花と呼ばれる特殊な花があっての。生育方法から全て教会の機密になっておる花じゃ。その花が咲くのは唯一、『聖女』が生まれる前夜のみ。神からのお告げという訳じゃな。各教会支部ではその花が育てられておって、『聖女』が生まれる際には祝福の光がその場に天から降り注ぐので教会の者が一日中街中を見張って生まれるのを探しておるんじゃ。『聖女』を探すのを最適化しておるんじゃな」
「そんな花が……」
「ちなみにそこの鉢植えに植わっておるのがそれ」
「ええ……。機密とは一体」
隠す気ない人に機密知られるとこうなるってハッキリ分かるね。でっかいチューリップみたいなつぼみを付けた一輪の花が植えられた鉢植えを見ながら少し呆れる。……でもそのおかげでこの人がシルを保護したって訳か。
「横に沢山枯れた草が植わってる鉢植えがあるのは」
「なんかに使えないか品種改良に失敗した死屍累々の草花じゃな」
……興味本位で育て始めただけか? まあそのおかげでシルはここにいたのかも知れないけど。
「『聖女』と『魔女』な……。ワシは先代『聖女』の『魔女』討伐の際、教会から護衛を依頼されたことがあるがな。地獄じゃったよ」
「地獄?」
「いざ使命を前に死にたくないと泣く『聖女』。好きで『魔女』に生まれたんじゃないと発狂する『魔女』となった幼い娘。お互いに死にたくないと泣きながら、それでも『魔女』として生まれたまだ幼かった娘は家族の為に死ぬ、と決意し、『聖女』は『魔女』の胸を教会が保管する『祝福の未来』と呼ばれる短刀で刺した。ワシはそれを呆然と見ることしか出来んかったし、それで何もかも嫌になってここに引きこもった」
「……マジかよ」
「教会に残された書物によるとな、よくあるケースで楽なパターンだと。吐き気がするわ。『魔女』が悪人である場合のほうが少ないんじゃと」
「……じゃあ何故」
「『魔女』は生きておるだけで災害を引き起こす。殺さねばもっと多くの人が死ぬ」
「ならリィナさんは!」
「それが嫌でシルを引き取って育てた。何かおかしいか?」
リィナさんは先代『聖女』の最期を看取った日から、ずっと『聖女』の運命と闘っている。リィナさんの眼はそれをはっきり物語っていた。
「シルは良い娘じゃ。引き取って良かった」
眼を瞑り話すリィナさん。読めない。その言葉は諦めではないと思いたい。
「……そういえば」
「うん?」
「リィナさんが教会の書物を読んだことあるなら、生まれじゃなく後天的に『魔女』になった例ってあるのか分からない? 『千年に一度の災厄』を召喚した女がいるんだけど、『これで私も魔女に!』みたいに言ってたらしい」
「そんな愚かな奴がおるのか。魔女となる、か。……イケるか? 出来なくもない……か? いやしかし……」
「その口振りだと、出来なくもないって感じみたいだな」
「……そやつの取る手段による、としか言えんのう。とっ捕まえて欲しいわ」
「分かった」
つまり、セルキスの奴を捕まえれば話は進むって訳だな。
話はシンプルなほうがいい。俺が分かりやすいから。
「『聖女』と『魔女』の宿命。どうにか出来るとしたらお主じゃと思うから頑張れ若造」
……えっ? なんで?
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