夢歩き
ゆめのみち
ツツジのあの子
初めて見た時はそれが生き物だとは思わなかった。思い切って話しかけてみると向こうも話したのでその時に知ったのだ。
この事を母に話したら、国によって言い方は違うけれど小人や悪魔、妖精、妖怪なんじゃないかと言う。
けれど大きくなるにつれ、現実を見ろと周りに叱られるようになった。
それでも大人になった今も変わらず、早めに出て仕事に向かう。
この3年か4年くらい前から新しく見かける子がいるからだ。なかなか話しかける勇気がでなかったが、今日こそは話しかけてみようと思っていた。
住宅街を抜け、車の多い通りに出る。車道と歩道の間にはさまざまな植物が植えられている。
その中でもツツジのところでせわしなく動いている子がいた。モヤなのか光なのかでできた球体の両端に、トンボと同じ形の羽が生えている。
近づいてみると向こうも気づいたようで
「あら、今日はこっちにくるのね。どうしたの?」
と話しかけてきた。
「うん、ここでずっと動いてるようだけど、何してるんだろうって思って」
と聞いてみると、もう少しこっちに来てと言われたので近づいてしゃがんだ。さらにもう少し、と花のところをつんつんとするので顔を近づけてみる。
「花の香りする?」
すんすんと嗅いでみるが
「うーん、しない」
この通りはたしかに植物は植えられているが、なぜだかいつも何も香らない。だから物凄く寂しいのだ。
子供の頃によく遊んでいた所は、比較的草や花が多かったし、学校の近くは極端に車が少なかった。だから、さまざまな香りがしていたものだ。
「やっぱりかぁ…私ね、この通りをここあたりにいる花達の香りでいっぱいにしようと思ってたんだけど…」
それでこの子はずっと忙しそうに毎日動いていたのか。そう気づいたら、ふと最近のことを思い出した。
「ああ、だから最近、ふとたまに、一瞬だけどこからか花の香りがする時があるんだね」
「本当?じゃあ、うまくいってるのね?よかった!」
「うん、多分だけど。そういう事をするって事は花が好きなの?」
と聞くともちろん!と言いながらツツジの上にちょこんと座った。
よく見るとここのツツジは赤と白を両方とも同じところに植えてあるから混ざっているものもある。白色に1つ赤い丸がぽつんとあったり、ぱっきりと真っ二つに赤と白でわかれているのもあって面白い。
「私ね、花の香りも見た目も存在も全て好きなの。だからね、あちこち渡り歩いて色々な花を見て楽しんでるうちに、向こうも私の事を覚えてくれて仲良くなったの」
「そうなんだね」
「そうしてるうちにここの花達ともっとも息が合うなと思ったの。ここの花達は、この場所を自慢の香りで満たしたい、私は香りがないと寂しい」
「それでここを花の香りで満たそうとしてるんだね。私も、花の香りがしない所が多くて凄く寂しかったから、また香る事ができるのはいいな。花の香りって、一瞬だけでも感じれたらその日は嫌な事があっても、その香りを思い出すだけでやっていけるから」
ここの花達が嬉しそうにしてると言って、その子は笑っていた。そうしてしばらくの間、花のここが好きだという話をしていた。
「そういえば、あなたの名前聞いてなかったわね」
「そうだったね、花川ゆめみだよ」
「また会えたら話そうね。私は名前がないから好きに呼んでちょうだい。まだ忙しいから挨拶しかできないけど」
うん、楽しみ、といって時間なので駅にむかった。
外に出たら花の香りがする日がいつか来ると思うと、仕事までの道のりも足取りが軽く感じる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます