バカ32

@moyo

1 食事療法

「血がダメになっちゃったのよね、忙しい時期に外食しすぎて」

 ばあさんの話を聞きながら、俺はなんて応えたらいいか分からず、マスクの下で愛想笑いをした。

 腰痛になっちゃってさ、と笑うと「食事療法は試した?」とばあさんから言われたので、俺は笑いをひっこめた。一日がかりで整形外科まで行って、血を採って、体がどう動くかチェックするんだという話を延々と聞かされる。

 たしかに俺は腰を痛めたあと、血を採ってまでチェックはしていない。飯もコンビニか外食で済ませている。

 足が動かないのよ、と言いつつばあさんは杖でなんとか立ち上がり、タクシーで帰って行った。それを見送り、俺も駅の方へ向かった。

 ・・・ばあさんが都内に出てきたのは久しぶりだった。女子大の同窓会というのだろうか。会場から駅まで送って行きなさいという親の命令に従って時間を作ったが、一人暮らしの身としては出てきただけでも自分を褒めてやりたかった。ただ、褒めるにしては、ばあさんの言葉が引っかかった。

 外食で済ませて家に帰ろうかと思ったが、なんとなく気が引けた。

 かといって家に帰っても作るものがない。

 勢い本屋に飛び込んでみた。レシピ本コーナーを手繰ってみる。ところが、これがさっぱり分からない。読んでみても呪文のようだった。書いてあることはわかるが、頭の中でそれを組み立てなおすことができなかった。スマホを取り出してレシピ動画を眺めてみる。作る気になれない。料理クエストの上級者たちが、すでにクエストを色々クリアして上級装備品を揃えている状態から始めている感じ。

 あらゆるものがこんな感じだ。出来ている人間が、やる気も揃えているから言葉が通じない。

 ここんところ、腰が痛くて、あちこち体が痛んでいた。次の健康診断でもナニを言われるかたまったものではない。この様子では食事を変えろと言われるのは間違い無いだろう。

 ただ・・・どうもよく分からない。たった一人の自分に手間暇をかけて、食事の支度をするのはうんざりする。キャラクリエイトで肌の色から目の色、服装まで自由に選べるようになりました、と言うのがあるけれど、それが一番苦手である。友達を作る以上に自分磨きや自分作成をするのはしんどくてたまらない。

 そして多分、おそらく、間違いなく、食事の裏には知恵がある。

 つまり、どんな装備を整えたらいいのかとか、どんな食材を手に入れたら良いのかとか、どのタイミングで皿を洗えば良いのかとか、いつゴミを捨てれば良いのかとか。

 俺にはそういう知恵が失われている。

 本屋を出ると、階段に足を取られそうになった。石の階段、影になるあたりに、日本の指が跳ねて消えた。ぎょっとしてそれを目で追うと、コンビニが目に留まった。結局、そこで弁当を買って帰る。俺は温めたチキンかつを皿に開けた。牛乳をコップに注ぐ。箸を取り出す。

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