もう秋か……。

　俺は紅の葉が風に吹かれ遠くへ飛んでいくのを眺め、ふと物思いにふける。

　俺の名前は前田龍之介（まえだ　りゅうのすけ）、中学3年生。　

　俺達は福岡県に修学旅行の関係で太宰府天満宮（だざいふてんまんぐう）に来ている。

　太宰府天満宮は、受験生に大人気の【学問の神様で有名な道真公が祭られている場所】だ。

　で、今はフリータイムで別の場所にいて、観世音寺の政庁跡（せいちょうあと）の道沿いを、彼女と二人で歩いている最中になる。

　政庁跡とは、元々道真公が福岡に左遷（させん）され政治を行っていた場所の跡地（あとち）。今では、老若男女の憩（いこ）いの広場になっている。

　俺は天満宮内で買った甘くて優しい味がする焼餅、通称【うめがえもち】をぱくつき、周囲を見回す。

　親子連れが犬を散歩している姿が散見される……ってアレ？

　ふと気が付くと、亜子（あこ）がいない⁈

　俺は焦り、周囲を注意深く見渡す。

「ってお前、なに見知らぬおばあちゃんに話しかけてんの？」

　と、俺は思わずツッコミの言葉が出る。

　亜子は人のよさそうな白髪のおばあさんにペコリと頭を下げ、ちょこちょこと子犬のように元気よく小走りでこちらに向かってくる。だからか、小麦色のマフラーと、陽光で薄い茶毛に染まったポニーテールがまるで尻尾のように揺れている。

　可愛らしい柴犬かよ！

「あ、いや。なんで今年の紅葉は、こんなに黒ずんでいるのかなって思って」　

　と、亜子は頭上の紅葉を眺め、はにかんだ笑顔を振りまく。

　いや、確かに気になるけど。

　いきなり他人に話しかけていく、コイツのアクティブな所は本当に凄い。

　柴犬と例えるのは適切な表現だと、俺は思うね！

　亜子の澄んだ真っすぐな茶色の瞳、きりっとした眉毛とか、もうまんまだな。　

　さておき、純粋な亜子の笑顔がたまらなく素敵だ。

　思い起こせば、俺が清岡亜子（きよおか　あこ）と付き合って1年、最近その魅力にようやっと気が付いたとこだ。

　ん？　その亜子の口角が緩み、にやけているように俺は見えるのだが？

「龍之介っ。また、雀（すずめ）ちゃんが寄って来てるよ！」

　と、亜子は、俺の近くの地面に降りてきた雀を静かに指さす。　

　ああ、それでかあ。

　そう、俺は昔から何故か動物などから好かれる体質なんだよね。

　うちのじいちゃんも同じ体質だったし、多分遺伝（いでん）だと思う。　　

「で、何で紅葉は黒ずんでいたのかな？」

　俺は色々と照れを隠すため、話題を戻すことにした。

「え、んー……、今年は暖かく天気がいい日が続いた関係で、葉が枯れて、ねえ？」

　そんな俺の態度に何か感づいたのか、亜子はムスッとしている？

「そ、そうなんだ。でもさ、何で急に紅葉が綺麗（きれい）になったのかな？」

　と、少し焦った俺はたたみかける様に話題を振っていく。

「ああ、それね！　今日、結構雨降っていたじゃん？」

　成程、確かに朝からまとまった雨が降っていたね。

　だからバスの中で、クラスの皆と「雨がうぜー」と愚痴（ぐち）ってたのを俺は覚えている。

　が、幸いなことに現在雨は止み、彩雲（さいうん）から太陽が覗（のぞ）きこんでいる。だからか、スッゲー温かい！

「でね、雨水を吸った紅葉の木々があるじゃん？　それが元気を取り戻し、綺麗になったんだって！」

　俺は話に夢中な亜子を、チラリと見つめる。

　陽光が降り注ぐ、しなやかに揺れる柳髪（やなぎがみ）が綺麗だ。

　俺の今の心情を知ったか知らないのか分からない。

　亜子は「へ、へへ――――――！」と童（わらべ）の様に笑みを浮かべながら、俺の側から離れ、駆けていく。

　駆けていく場所をふと見ると、黄・紅・茶色の無数の落ち葉がヒラリヒラリと舞い落ちている。

　亜子はその中心で両腕をしなやかに広げ、くるりくるりと回転し、華麗に舞う。

　ああ、まるで優雅（ゆうが）に踊るバレエダンサーのようだ。

　亜子をそのまま目で追っていくと、次第に木々の茂（しげ）る場所に近づいて行くのが分る。

　で、偶然か、なんと空に綺麗な虹（にじ）がでていたのだ！

　煌（きら）めく七色の天弓（てんきゅう）のもと、紅葉が華麗に散るその最中、亜子が舞い踊るその絵面。

　……ああ、なんて素敵な1枚絵。

　だからか俺は、無造作（むぞうさ）にスマホを取り出し、その様子を激写（げきしゃ）する。　

　ふとした日常で、自分がいいなと思った風景などを気軽に撮れるのが撮影のいいとこなんだよね。

　て、亜子がまたいない⁉

　俺は慌て、「亜子っ！」と、叫び、彼女がいたはずの場所目掛け、地面を蹴り駆ける！

　確かこの木々の間ッ！

　その木々を駆け抜けると、なんと驚いたことにそこは無数の田んぼが広がっていたのだ！　

　しかも、地面と田には結構な段差があり、そこにはぐったりと伸びた亜子の姿が⁉

　俺は真っ青になりながらも、急いで亜子の元に駆（か）け寄る。

　くそっ、俺がちゃんと見ていれば。いや、そんなことを今は悔いている場合じゃないっ！

「亜子ッ、おいっ！　しっかりしろ亜子ッ！」

　俺は亜子を抱きかかえ、必死になって亜子に呼びかける！