EX2-4 嗚呼遥かなるイルミナルグランデⅣ



「やべえ奴、ですか?」


 とある夜更け。

 グリゼルダ先生との『わくわく影分身レッスン』の最中、おれはふと聞いてみた。


「ぅん、やっぱそぅいぅのは押さえとかなきゃぁ」

 選ばれし者にしか許されない、特別な歌唱法を繰るV系バンドのヴォーカリストみたいになってしまったが、どうにか喋れただけよしとする。


「……他の動きを意識したら、とたんに発声が乱れちゃいますね。とりあえず、このまま会話を続けて慣らしていきましょう」


 ようやく辿り着けたレッスン3『影分身で声を出すと同時に口や表情も動かしてみよう』だが、これがまたくそむずい。

 ついつい、セクシー〇マンドーのエンディングみたいになってしまう。


「わぁかった、続けてぇ」

「ええと、やばい奴、でしたよね。そうですね……本来なら特別行動隊のメンバーとか、闇の薔薇の10席とかイロイロいたんですけど」

 そのほとんどはもう死んだ。

「じゃぁ、まだ生き残ってる中かぁら、ベスト3をぉ発表してぇ」


「は、はい、わかりました。じゃあまずは『まだ生きてるやべえ奴ランキング』第1位から……!」


 え? 普通こういうのって第3位からじゃね?

 グリゼルダお前もしかして、月見そばの黄身を最初に潰して混ぜるタイプ?


「第1位はこの2人。同率1位で、ターナさんとハウザーさんです!」


 おお、直に見たターナはわかるが、ハウザーもあのレベルなんだ。

 ……いやいや待て待て、なんで若手の強化兵がわんさかいるところの上位2名が両方とも老人なんだよ?


「おかしくなぁい?」

「いいたいことはわかりますけど、正直この2人は『特殊すぎる例外』なんです。量産が不可能な唯一性を保持しているといいますか」

しょうなの?」

「しょうなんです」

 あ、伝染うつった。

 あ、照れた。

 あ、なかったことにした。


「例えばハウザーさんは侵蝕深度フェーズ2なのに、侵蝕深度フェーズ5が実用化されるまではぶっちぎりの最強でした。元が強すぎて、侵蝕深度フェーズが2つ上の相手にも普通に勝ててしまったんです」


 そりゃ最初から強いやつを強化したらエラいことになるよねって話か。


「ターナさんに至っては、非公式ではありますが3人同時に侵蝕深度フェーズ7を始末してます」


 なにそれ凄い。

 侵蝕深度フェーズ7といってもピンキリだとは思うけど、それでも軍事国家ネグロニアがグリゼルダと同格に分類するやつを3人同時とか……うん、ちょっともう意味がわかんないな。


「なぁんでターナはそぉんなに強ぃの?」

「魔女の巫女、という名の通り、おそらくはローゼガルドさまが『何か』をしているからだという噂が長年ささやかれてきましたが……その真偽はずっと不明でした。当のローゼガルドさまも、なにもいいませんでした」


 やるな叔母上。沈黙の使い方を心得てる。


「ですが、先の一件で盟主代行副首領の死体を検分して、やっとわかりました。あれは何度も見たことがありますし、実際にボクも使ったことがあります。彼は間違いなくによって死亡していました」

「……ゆこと?」

「ローゼガルドさまからターナさんへ、なんらかの『受け渡し』があったということです。当人の自覚や了承があったのかは不明ですが、ターナさんはローゼガルドさまの力の一部を使。当のローゼガルドさまが死去した後でも使えていることから、これは一時的な『貸し出し』ではなく、完全な『譲渡』だと思われます」


 まじか。

 それって。


「つまり、ロォゼガルドも、わたしと同じよぅに『足せた』ってことぉ?」

「は、はい。けどたぶん『1名限定』だったんだと思います。もしアマリリスさまみたいに複数名を『足せる』なら、特別行動隊ボクたちが手付かずとか絶対にないでしょうし」


 ローゼガルドをガチで嫌いなターナにその辺を詳しく聞くのは……うん、そこまでして知りたい内容じゃないな。近くにいるからこそ、礼儀と気遣いは必須なのよね。


「そんな存在があの年齢まで、最悪の修羅場の数々を潜り抜けながら生き延びて、とてつもない経験値を積み上げた。どう考えてもやばいです。相手にしたくないです」

 だよね。おれもそう思う。


「けどハウザーは? 彼はべつにぃ『足された』りしてないよねぇ?」

「いえ、その、足されたじゃないですか、アマリリスさまに」

「あ」

 そういやそうだった。

「この数十年間弱者の立場にあり、常に格上相手にどう勝つかをのみを模索し続けてきた、2段階侵蝕深度フェーズが上の相手にも勝てる破格の存在が――おそらくは最上級の力を手に入れたんです。どう考えてもやばいです。相手にしたくないです」


 なるほど、両方ともにくそやべえ。納得の同率1位だ。


「じゃあ、第3位は?」

 お、普通に喋れた。

 なるほど掴んだ。ちょっとしゃくれ気味に喋るとプラマイゼロになるのか!


「えーと3位は……ちょっと同率が多すぎるんで、逆にもう気にしなくていいかもしれません。キリがないといいますか」

 まだ見ぬ強敵の数々! うん、一生遭いたくないね!


「ですのでアマリリスさま、押さえておくべきポイントは以下の通りです。これに当て嵌まるやつとは絶対にやり合っちゃダメです。万が一そんなことになったなら、ボクが時間を稼ぎますから、その間に少しでも遠くに逃げてください。いいですね?」


 なんだよお前、まじなトーンでそんなこといわれたら、好きになっちゃうだろ。


「そんなことにならないよう、気をつける」

「そうしてください。いいですか? 老齢まで生き延びた歴戦の戦士で、まだ現役でも通用する身体を維持していて、さらに強大な存在から『なんらかの力』を得ている。もしこんな敵に遭遇したら、とにかく逃げてください。戦うとか勝つなどといった考えは持っちゃダメです。たぶんなにをどうしようとも、向こうは『いつも通り』に『必ず』こちらを超えてきますから」


 いわれるまでもない。

 そもそも基本的におれは『よっしゃ対決して打倒してやるぜ!』なんてまず考えない。

 迷わず逃げるし、そうならないように全力を尽くすタイプだ。

 だからさほど深刻にならず、軽く答える。


「いやいやグリゼルダ、そんなやつ、そうそういるわけないって」

「ボクもそう思ってたんですけど……あのゴキブリと名乗ってたお爺さん、片足つっ込んでましたよ、たぶん」

「……いやいやグリゼルダ、たぶんあれが最後だって。あんなのがそうそういるわけないじゃん」

「それが、その……湿地帰りはまだいますし、廃棄番号ロストナンバーとか、粛清を生き延びた山岳の民とか、似たような存在はまだそれなりにいたりするんです」


 ネグロニアが基本的にベリーハードすぎて、あちこちで蠱毒こどくの壺大会トーナメントがポンポン開催されるの、まじで止めて欲しい。


「……だとしてもほら、そうそう『足せる』やつなんていないだろ?」

「そ、それはそうなんですけど」

「それより気付いた? もうこれ普通に喋ってるよね?」

「あ、ホントだ。……けどアマリリスさま、そんなにしゃくれてましたっけ?」


 変な癖がつく前に、もう1度最初からやり直しになった。







※※※







 城壁の向こうへと完全にその姿を隠す夕日を見ながら、おれはふとそんないつかのやり取りを思い出していた。


 ここは西イルミナルグランデの心臓部たる大都市、西都ヴァダ――の東門前。


「これはこれは。まさか閣下の代理人たるフレデリクセン卿自らおいでくださるとは――」


 そこでおれたちを出迎えたのは、グリゼルダのいう『条件』を完璧なまでに満たした男。

 どう見ても歴戦の戦士っぽいナイスシルバー。

 ぱっと見でもわかる、ロニーよりごつい身体。

 そして極めつけは『公爵閣下の騎士』とかいう、おそらくは1番やべえやつから直々に力を授けられているという事実。


 文句のつけようがない。

 完璧だ。

 きっとこいつは、ハウザーやターナや蜚蠊ごきぶりの同類だ。


 ……うん、ダメだなこれは。

 たぶん、こいつとやり合うこと自体が、既に間違いだ。

 絶対にマイナスの方が大きくなる。というか普通に殺されそう。


 だから間違えてはいけない。

 おれたちの目的は、決してこいつの打倒や殺害ではない。



「貴方の名を頂戴しても?」



 どうにか場を回そうとするロニーをガン無視して代理人――マット・フレデリクセンがおれに問いかける。

 再度確認。

 こいつと、正面切ってぶつかってはいけない。

 間違っても暴力的な展開になんてしてはならない。

 なのでここは嫌味なく端的に、かといって媚びるわけでもなくさらりと。


「アマリリス。この2人はミゲルとマナナ。従者だ」

「西都は初めてですか?」

「ああ」

「でしたら世話役をお付けしましょう。――ゾーイ!」


 呼ばれて、代理人と同じ燕尾服のような正装に身を包んだ若い女性が前に出た。


「ゾーイでっす。よろしくお願いしますねぇ」


 代理人やエルダー貴種ノーブルのインパクトで霞んでいたが、よく見ると彼女も中々に尖っていた。

 服装こそかちっとしているものの、なぜか虎柄なインナーやじゃらじゃらのアクセサリーやばしばしのピアスがきらめき、どこのロックスターだよとついつっ込みたくなるようなノーフューチャー感を醸し出している煙草とガソリンと香ばしい葉っぱのにおいがしそうな女。


 うん、どう見ても地雷臭いね。

 だが今はそんなことよりも。


「既に2人いる。気持ちだけ、頂くよ」

「その2人も西都は初めてなのでしょう?」


 まあそうだけどさ。


「そもそも、遠路はるばる訪ねて来られた古き友人に対し世話役の1人もつけぬは無作法というもの」

「今のわたしはロニーに雇われた身だよ。それに世話役なんて」

「職分と身分はまた別ゆえ、何卒ご理解いただきたく」


 あーなるほど。

 要するに『監視なしじゃ中には入れねーぞ』ってことね。

 うん、警戒レベルマックスだね。


 ……たぶんこれは断れない流れだが、せめてこれくらいは。


「彼女――ゾーイはわたしの護衛も兼ねていると、そう考えて良いのかな?」


 どうしてもつけるっていうのなら、せめて代理人勢力お前ら以外からは守ってくれよ。

 今ここには、やる気満々のイキリ貴種ノーブルたちがわんさかいるんだろ?


「……生憎、ゾーイにはほぼ戦闘能力はありません。ですが、盾としてなら存分に使ってやってください」

「きゃは! ひどですねーぇ!」


 ……どうやらこのゾーイちゃん、見たまんまのやつっぽいねうん。


 ただこの男が監視役に選ぶのだ。

 たとえ戦闘能力はなくとも、きっとそれ以外の『なにか』はあるに違いない。

 などと警戒するおれに、こそっとマナナが耳打ちする。


「アマリリスさま。あいつの視線には気をつけてください」


 なに? どゆこと?


「あいつはわたしと、同型です」




※※※ 1日目、夜 ※※※




「――で、そのアホ女がずっと監視するようになったの?」

「そ。ずーっと張り付いてる感じ。だからこれからは、夜ベッドに入ってからしか『こっち』には来れないと思う」


 段々とおなじみになりつつある、かつて幌馬車内だった暗黒マジカルカラオケルーム。

 そこで行われる、今日の顛末の報告会。


「まじかよ」

「まじだよ。客人を粗末な場所で寝泊りさせるわけには、とかいって部屋も用意されてさ、ミゲルとマナナは隣だけど、ロニーたちとは完全に分断された」

「部屋って城の中だよな? 間取りとか内装はどうだった? やっぱ凄い?」

「豪華だなあ、とは思うけどそれだけかな」


 おれにはなんちゃら様式の格調高いどうのこうのはわからない。

 だから基準となるのは純粋な心地良さや利便性で、そういった点で評価すれば……日本のちょっといいホテルの足下にも及ばない。

 ……いや、これは相手が悪すぎるか。


「とりあえず、どうにか理屈をこねて外区で宿を取ってるロニーたちのところへ行こうってなった」

 正直あいつらが羨ましい、というのはおれたち3人共通の本音だ。


「実際に行くとよくわかるんだけど、ああいう城の客間って『外から来た味方ではない者』が妙なことをしないよう監視する場所って意味もあるんだと思う。常に誰かが聞き耳を立ててる感じで、じわじわすり減る」

「ふーん、メチャクチャ怪しまれてんな。なにかヘマとかした?」

「してないから、まだ無事なんだと思う」

 とはいえ、イエローカードが出た理由がいまだにわからない。

 正直おれはもう、半分死んだと思ってる。


「……おまえらが、そうまでしてぶつかるのを避けるほど『代理人』ってのはやべーのか?」

「うん。殴り合いであれに勝てるやつはいないと思う」

「じじいなんだろ? 死にかけじゃねーの?」


 どう説明したものかと悩んだおれは「クラプトン!」と御者台に向け声をかけた。


「ハウザーやターナみたいなやつが公爵閣下から騎士の力を与えられたっていえば、わかるよな?」

「レディ。それはもうどうしようもない。害意をもって1撃圏内に近付かれたら終わりだと、その前提で物事を組み立てる他ない」

「ふうん。おまえがそう断言するレベルなの。じゃあやっぱ……」

 なにやら考え始めるルーナ。

 ちょうどいい間が空いたので聞いてみる。


「なあクラプトン。マナナが『自分と同型』っていったんだけど、それってどういう意味かわかる?」

「……それは、誰を指してだ?」

「さっき話したゾーイっていう、わたしに付けられた監視役」


 そこでクラプトンがフハっと噴き出した。


「それは面白いな9代目! 既に彼奴等は主の首筋へと刃先を押し当てているぞ」

「……どゆこと?」

「サンチャゴの秘匿識別名は『概念式集光レンズ』系列だったと記憶している」

「わかる言葉でしゃべって」

「ふむ。レディにも馴染みのある表現でいうなら……邪視、いや、魔眼と呼ぶべきか」

 たしかマナナは見たものを『燃やせる』んだったか。


 ……んん?

 つまりそれって。


「わたしはゾーイに見られている限り、次の瞬間には死ぬかもしれないってこと?」

「左様。サンチャゴが同型というからには即死の類。向こうは最初から殺害も視野に入れて行動している。この分では、あとどれだけ仕込まれているやらわかったものではないな」


 よし、多少ゴリ押ししてでもお城あそこからは早急に出よう。

 そうおれが決意すると同時に、音もなく馬車が停まった。


「目的地までおよそ400メートル。向こうからは見えぬ位置に停めた。レディはこの場で待機。まずは我が様子を見る」

 それだけ残して、足音が遠ざかって行く。


 たしかこの馬車は『アイミア』の一時集合場所となっている村へと向かっていた筈。


「なんて名前の所だっけ?」

「ボーリンナ。ちょっと今忙しいから静かに」


 座禅を組んでゆらゆらしているルーナ。

 なにが忙しいのかさっぱりわからないが、大人しくしている分にはちょうどいい。


 正直なところ。


 そのボーリンナとやらが安全な保証はどこにもない。

 きっとクラプトンもそう思ったから、さっさと先行したのだろう。

 やっぱりあいつ、常識的な判断もできるんだよな、普通に。

 などと考えていると、


「――おっしできた! やっぱできんじゃねーかなって思ってた!」

 なぜかハイテンションのルーナがぴょんと飛び上がり、そのままゆらゆらし始めた。

「……なにができたの?」

「見せてやるからこっち来いよ。たぶんおまえならいけると思う」

 なにそれ痛いやつ? 痛くねーよ! というやり取りを経てからおそるおそる側に寄ったおれの額に襲い来る突然のヘッドバット!

 痛――くはないが『コン』と互いの額がぶつかった瞬間に切り替わる視点。

 乾いた荒野を歩く誰かの視点。いつもより随分と位置の高い誰かの視線。

 おれは1歩も動いていないのに勝手に進んで行くこの感覚。なんだこれ?


「クラプトンだよ。今あたしたちは、あいつの『目』で見てる」

 つまりこれは。

「ビイグッドがやってた『あれ』を再現したの? わたしから話を聞いただけで?」

「クラプトンが『全ては自覚と認識だ』っていってたからな。ものを見るなんていつもやってんだから、できて当然だろ。で、あたしの騎士が見てるモンくらい、べつに見えたっておかしくはねーだろ」


 それが通るのか夜の母ナイト・マム

 なんだか無法の極みな予感がするぞ夜の母ナイト・マム


「うーん、これ、自分の騎士クラプトンくらいにしかムリって気もするから……あんま使い勝手はよくねーな」

 そんなことをいっている内に乾いた地を踏みしめる足音が聞こえ始める。

 次は耳だ。おれたちは今、クラプトンの耳が拾っている音を聞いている。


「けど、それなりには面白いでしょ? これで危険な『代理人』の前に出なくても、あたしの代わりにクラプトンがトドメを刺す瞬間を見れるわ。もちろん、死に際の悲鳴つきでね」


 クソみたいな精神性から繰り出される超技巧!


「……これちゃんと戻るんだよね?」

 おれとルーナの額はとっくに離れているが、視界はクラプトン仕様のままだ。

 音だけが左(あっち)右(こっち)で分かれてて感覚がバグる。


「大丈夫だからちゃんと見てろって。ついでにあいつの仕事ぶりをチェックしてやろーぜ。ほら、村が見えてきた」


 クラプトンの視線の先に、ちょっとボロいけどこれまで見た中では1番大きな村が見え始める。

 すでに時刻は深夜にもかかわらず、あちこちで灯りが点され、どこからか軽快な音楽と笑い声が聞こえてくる。


「お祭りでもしてんのかな? いつもなら、日が暮れると同時に寝静まるような所なんだけどな」

 クラプトンは黙々と歩を進め村の入り口にさしかかる。

 その脇には馬や馬車を停めるパーキングエリアのようなスペースがあり、妙にごてごてっとしたどでかいシルエットが鎮座していた。


「――あっ! ブルーサウザンド号! やったアマリリス! ヒューストン一家だ! あいつら無事だったんだ!」


 青色を基調にしてデコられた、ちょっとあれな感じのカスタムましまし馬車を見たルーナのテンションがぶち上がる。


「ヒューストン一家って?」

「ママと一緒に『アイミア』を立ち上げた、ママの右腕……はちょっといいすぎか、うん、左足くらいの中核メンバーなの」

 よほど嬉しかったのだろう。ルーナの声はかつてないほどに弾む。

「カイ・ヒューストンとアマンダ・ヒューストンの2人は夫婦で、ケンカはいまいちだけど交渉事はもうすっごい強くて、アメリっていうあたしの1つ上の娘がいて、こいつは友達ダチっていうか将来の部下っていうか――」


 上機嫌なルーナの声を背にクラプトンは村の中へと入る。

 すると、どこからか赤ら顔の男が出て来て、

「なんだてめえ、こんな時間に」

「答えろ。これは何の騒ぎだ?」

「ああん?」

 視界の端でクラプトンの手が動きかけた時、若い男の声が割り込んだ。

「バカ! おっさん! 相手を見ろ! エスマイラの礼服だ!」

「ああ? まだ昼じゃねえぞぉ?」

「もういい喋るな! おい! 連れて行け!」

 すぐさま酔っ払いは引きずられ退場し、代わりに若い男が腰を低くしたまま切り出す。


「し、失礼しました。その、随分と早くお着きになられたんですね」

「……我とてさっさと済ませたいからな」


 きっとこれはアドリブ。

 ここまでに得た情報から抽出された、おそらくは『通る』であろう言葉。

 クラプトンこいつ、組織のトップを張るだけあって、ちゃんとアドリブ力も備えてやがるのか。


「お、おっしゃるとおりで。ささ、どうぞこちらへ」

 若い男は恐縮し、慌てて村の奥へと案内を始める。黙ってその後に続くクラプトン。


 ……正直、嫌な予感がした。

 会話の内容から、この村にはエスマイラの者が来訪する予定があった。

 ただそれが想定よりも早かったから、入り口でちょっとした手違いがあった。

 ここまでのやり取りから読み取れる内容をまとめると、そうなる。


 ではエスマイラの者は、一体なにをする為にここへ?



「ルーナ。今すぐこれを切るんだ」

 返事はない。

「はやく、切るんだ」

 おれが2秒で辿り着ける結論に、ルーナが辿り着けないわけがない。

 いや、根底にある考えがシビアな分、おれよりも正確な答えを弾き出していることだろう。

 なのに。


「……いや、切らない」


 ならおれの方で勝手に切断してやろうと試みるも、これの根にあるのは『闇』ではない。だからなにをどうしても切れない。切り方がわからない。仕組みが理解できない。


 そうこうしている内に、村で一番大きな家の前に広がる、学校のグラウンドくらい広大な庭へと辿り着いた。

 陽気な音楽が奏でられる中、馬鹿でかい焚き火を囲むようにしてハイテンションな連中が踊ってふざけて笑い合う。男女共に大半が全裸なことからその爆発加減が見て取れる。酒かそれ以外かは知らないが、素面しらふではあり得ないはしゃぎっぷりだ。


「え? もう来たのか?」

「あ、やべ、ほったらかしだ」

「ええと荷物はどこやったっけ?」

 クラプトンの姿を確認した数名が口々に囁く。

 そして示し合わせたかのように同じ方向を見る。


 その先に、あった。

 ごろりと粗雑に、転がる。

 サイズからして、大人。

 ただそれ以外はわからない。

 衣服は身につけていないし、個人や性別を判別するような取っ掛かりが、ない。

 損壊が激しすぎる。



 今おれの視界は完全にクラプトンのもので、だからすぐ側にいるルーナがどんな顔をしているのか、わからない。

 おれは自分でもわからないまま、ルーナの手を取った。

 骨が砕けそうな力で握り返された。



 クラプトンが転がる2つに近付く。

 いうまでもなく、生きてはいない。

 しかしおれはこれを、どう受け止めればいいのかわからなかった。

 生命活動を停止させるだけなら、どう考えても不要なプロセスが多すぎる。

 その部品をそこにつっ込む意味がわからないし、そこに穴を開ける意味もさっぱりわからない。

 こっちに来てから数多くの遺体を見てきたが、そのどれもが『殺す』という意志の基に行われた、攻撃の果てによる終点だった。


 だが、これは違う。

 これを、おれの知っている言葉で表すならそう。


 

 だろうか。


 ……ダメだ、これは。本気で、胸くそが悪くなる。



「これはまた、随分と遊んだものよ」

「い、いやあ、顔は止めとけっていったんですけどね」

「面相の判別ができぬではないか」

「いえ、そこはあれです、荷物の中に身分証があって、本人だって証にはなるかと」

「聞けば貴様等、随分と『アイミア』には世話になっていたらしいな?」

「いえいえ! 替え玉とかそんな滅相もない! 本当にこれはちょっとやりすぎただけで」

「恩義はないと?」

「金の切れ目は、ってやつですよ」


 思えばクラプトンは、この展開を予想していたのだろう。

 だから1人で行ったし、すんなりと話も合わせることができた。


「ふむ。これで全部か?」

「いえ、あとは子供が……おい! あのガキはどこいった?」

 若い男の問いかけに、数名が口々に答えた。

「ああそうだったそうだった。大人にはちっこかったから、ジャリ坊どもにやったんだったか」

「どこだ?」

「ええと、ジャリ坊どもはいつも川原らへんでたむろってまして」

「そうか。付いて来なくていいぞ」


 そうしてクラプトンは、水音のする方へと歩き出す。

 おれは空いている方の手で、ルーナの目を塞いだ。


「見なくていい」

「……そんなことしても見えるし、見るよ」

「なんで?」

「友達だから」

「だから、見られたくないんじゃないかな」

「同時に、部下でもあるから。あたしが知らん顔は、できない」


 ドミノママさあ。

 なにちゃんと支配者として育ててんの? バカなの?


 おれがなにを思おうが、クラプトンの歩みは止まらず進む進む進む。

 しばらく経って水音が一際大きくなる頃、クラプトンは川原で『ジャリ坊』どもを発見した。


 真っ最中だった。


 遠目にもわかる。

 こちらも衣服をまとっていない小さな彼女は、もう生きてはいない。


 だからこれは

 その真っ最中。


 教育の有無。錦の御旗。資金源の凋落による困窮。貧すれば鈍する。それからそれから――浮かんでは消えるクソの役にも立たない言葉の数々は、どうにか飲み込んだ。



「邪魔だ童ども、退け」

「ああ? んだてめ」


 いい終わるより速く、腕の関節が逆に曲がってから、べこん、と元に戻った。

 その場にいた全員同時に。


 悲鳴を上げながら散るジャリ坊どもには目もくれず、クラプトンは一瞬の躊躇いもなく、小さなそれを抱き上げた。

 率直に凄いと思った。

 おれなら絶対に躊躇する。

 あれを一瞬の迷いもなく抱き上げる度胸は、おれにはない。

 おれは初めて、このクラプトンという男に学ぶべきところを見た。


「失敬」


 見開かれたままだった、唯一綺麗なかたちを残す右目をそっと手で閉じる。

 そうして抱きかかえたまま、来た道を引き返す。


 おれはルーナになにか声をかけようとして……やっぱり止めた。

 こういう時、相手が『おれの考えた最高に冴えた言葉』を欲しがっていると思うのは、単なる錯覚だと思い出したからだ。


 そうして、しばし無言でいると。



「……あんなになっちゃってるけどさ、アメリの髪って、凄い綺麗だったの」

「うん」

「……あんまわかんないかもだけど、アメリってさ、あたしの次くらいに可愛かったの」

「うん」

「けど、性格はあんまりよくなかった」

「うん」

「だから、あたしにはちょうどよかった」

「うん」


 ルーナの言葉におれが頷いている内にクラプトンは祭りの会場まで戻って来た。

 そうして小さな彼女を大きな2つの間へと『川』の字になるように並べて、何事かをつぶやく。

 すると、ぽう、と白い炎が点った。


 つぶやきは未知の言語で、なにをいっているかわからない――と思いきや、脳カスタムのおかげでばっちりとわかった。


「……なんていってるの?」

 そのままを伝える。



「見知らぬ友よ」「降り注いだ汚泥は」「灰となり散り消える」


 一節毎に白い炎は勢いを増し。


「やすらかにお眠りなさい」「もし次があらば」「今度は我々の側に生まれておいでなさい」


 終には大きな白い火柱となる。


「さすれば」「たとえ守れずとも」「共に灰となるくらいは、してみせようぞ」


 言葉が終わると同時に白い火柱も消える。

 散った火の粉が雪の欠片のように降り注ぎそして。

 あとにはなにも残らない。

 悲惨な出来事が消えたわけではないが、もうこれ以上の辱めを受けることはない。


 おれは空気を読んで、なにもいわなかった。


 さっきのは一見、感動的な弔いのワンシーンに思えるが……それだけではない。

 あいつクラプトンは、あのプロセスを経ることで、なんらかの闇に属するエネルギーを得た。

 詳細は不明だが、確かに『強力ななにか』を得た。


 当然そんなことルーナにはいわないが……あいつが『外法』と呼ばれる理由がよくわかった。

 ……いや闇の薔薇お前らさ、人の死からエネルギーを得るのとか、まじで止めとけって。それ絶対、万人に嫌悪されるやつだから。

 こうも間近で見た以上、おそらくおれにもできそうな予感があったが……うん、これは封印だな。



「追って沙汰があるまで待て」


 それだけ残し、クラプトンは村を出る。

 どうやらここへ戻って来るらしく、見渡す限り荒野のとくにこれといって見るべき物のない景色が続く。


 ……そろそろこのクラプトン目線、解除してくれないかな?


 一瞬だけそう思ったが、言葉には出さなかった。

 きっと今ルーナは、おれに顔を見られたくないのだ。



「今戻った」


 クラプトンが帰ると同時に視界は元に戻った。


「生存者はなかった。獣の群れが蠢いておったよ」

「知ってる。見てた」

「そうか」


 ルーナの即答に微塵も動揺しないクラプトン。

 ……こいつたぶん、ルーナが『見てる』ことに気づいてたな。


「で、如何する?」

「決まってんだろ。皆殺しだ」

 ルーナが真っ白な無表情で淡々と。

「……? いや、その方法についての相談なのだが」

 ルーナが薄く笑った。少し顔に色が戻った。

 同時に、ほんのちょっとだけの余裕も。

「……おまえはどうするのがいいと思う?」

「決まっている。正面から名乗り、正々堂々と討ち滅ぼす。動物相手には無意味だが、こちらの大義を示し鎮魂の為の闘争を始めるには宣言が必須だ。それになにより、気分が良い」

「おし。それで行こう」

「決して油断はするなよレディ。暴徒と化した動物の群れは、これまで数え切れぬほどの貴人を殺してきた。実は我が祖先も過去に1度、徹底的に敗北している相手だ」

「そーなの?」

「そうなのだ。数に任せた死に物狂いというやつは侮れぬ。すでに1度あ奴らは、さして迷うことなく殺しに来る。コツとしては分断し恐怖で縛ることだが……まあその辺りは実際にやりながら教えよう」


 そうして暗黒カラオケルームから出ようと立ち上がる横顔に、


「ルーナ」


 おれは声をかけた。

 けどよくよく考えると、とくにいうべきことがないのに気づく。


 賢くて隙がなくてスマートで万人に受け入れられる美しく気持ちの良いぺらっぺらの言葉は捨て置いて。


 ……真剣に、心底から本気で、ちゃんと考えるなら。


 おれだったら、絶対にやる。

 仲間や友達をあそこまでやられたら、絶対にやる。


 おれはやるけど、お前はやるな。


 そんなふざけたこと、いえないよなあ。


「9代目は手出し無用。これはレディの闘争であり糧だ」

 その言葉を受けてルーナが、

「いくらアマリリスでも、あたしの獲物を横取りすんのは許さねーから」

 そういやこいつはこういうやつだった。

「じゃあ、わたしにできることは?」

「また明日、会いに来て。お喋りしよう」

 そんな風にいわれてしまえば、もういえることなんてこれくらいしかない。

「……うん。また明日ね」

「……うん。待ってるね」


 そうして2人は出て行った。



 ……のだが、正直このまま帰る気にはなれなかった。

 しばらく闇クッションでごろごろぐずぐずと悩んだおれは、結局こっそり様子を見に行くことにした。


 外は基本なにもない荒野なので村の場所はすぐにわかった。

 まずは――闇をべりべり剥がしマントのようにして即席のステルス装備とする。

 さらに闇に反射する超視界をフル活用し安全を確認しつつ、さっき『予習』した通りに村の中を進む。すると、どこからかルーナの声が聞こえた。凛とした大声のもとを辿ると、そこには村で一番大きな家の屋根上に立つルーナの姿が。

 注目を集める為か、その足下には火が放たれている。

 月のない真っ暗な夜空のなか、炎に照らされたルーナの姿が鮮明に浮かび上がる。

 ……いやあれ、普通に熱いだろ絶対。



「――よって、我らがアイミアの家族と我が友の鎮魂の為、てめえ等はここで殺す! 好きなだけ刃向かえ! 虫ケラみたいに逃げろ! 全部叩き潰してやるッ! シメられる豚みたいに泣いて喚けや薬漬けの家畜ども!」


 おそらくはクラプトンが考えたであろうきめっきめの口上をルーナが謳いあげる。

 すると。


「やってみろやクソガキャァ!」「囲め囲め!」「クワ! ナタ! 弓は上に!」「もう1発キメろ! おかわりがきたぞ!」「ウギャラハハハー!」「トゥルトゥルトゥー!!」


 あれ? なんか思ってたのと違う。

 などとおれが戸惑う間に、ルーナは屋根上からダイブ。

 いやなにやってんの!? つかおれの見えない方に飛び下りるなよ!

 急いで闇を反射する超視界を駆使して追うと――下にいたクラプトンの『白い手』が受け止め着地していた。

 あ、そういう手筈だったのね。


「上出来だレディ。開幕の鐘は鳴った。御霊やすめを始めよう」

 ルーナが黙って頷く。

「今回使うのは『白い杭』のみ。今のレディなら、殴れば相手はヘシ折れるだろうが……多数に接近される時点で後手だと心得よ」

 いや、殴ればヘシ折れるんかい。

 エスマイラの血を飲んでパワーアップしたとかそういうの?


「まずは飛び道具、弓持ちから射抜け。射線が通るということは、こちらからも討てるという――それ見よ。予想通り、これみよがしに見張り台へと上る間抜けが1、2、3」

 クラプトンがいい終わる前に、白い杭が射出された。相変わらずルーナの殺意が高すぎてびびる。

 が、さほど狙いの精度はよくない。

 見張り台から大きく外れて夜空へと吸い込まれて行ったそれを、クラプトンがくいと引く。すると一瞬の静止の後に180度ターン。再加速し、見張り台に上った1人の脳天を撃ち抜きそのまま地面へと叩きつけた。


「見ての通りだ。外したならもう1度狙え。大体はこれで当たる。やり方は覚えたな? やってみよ」

 そうしてしばしのトライ&エラーの後、見張り台は無人となった。

 と同時に聞こえてくる複数名の慌しい足音。


「そらレディ移動だ。囲まれぬよう常に走り続けよ。足を止めるとはすなわち袋叩になるんがっ!」 


 余裕のていで後方腕組み指示出しをしていたクラプトンの後頭部が、バットのような棍棒でフルスイングされた。

「――入ったべか?」「入ったべ!」「おう入ったべ!」


 うん、思ってたのと違う。

 もっとこうなんというか、向こうのリアクションとしては「ひィィお助けー!」とかいって逃げ惑うのを想像していたのだが……。


「クラプトン! こんのカスどもがぁ!」

「痛ェ!」「ギャー!」「盾だ! 死体を盾にしろ!」「まだ生きてる! 止めてくれ!」「構うな使え囲め! 所詮はガキ1匹! なんとでも!」「しゃァおらあ!」


 クランプトンの言葉通りにルーナは、一箇所に止まることなく走りながら白い杭を乱射する。対する村人は手持ちの武器で打ち返したり物陰に隠れたりしながら、徐々にルーナを包囲しつつあった。

 なんというか、予想の10倍は村人が強い。仲間がやられても全然びびらないし、あきらかに『なにか』をキメているやつが大半だし、基本的にどいつもこいつもガタイが良い。それに加え、殺意があって武器があって統率がある。

 いやこれ、おれなら普通に殺られるんじゃね?


 とんとん。


 夢中になってルーナの行動を追っていたおれの肩が軽く叩かれる。

 振り向くまでもなく見えている。だから目線はそのままで。


「……なんでここにいるんだよ、クラプトン」

「あまり我をアテにされても成長せぬからな。それらしく退場したまでよ」

 あっさりやられたと思ったら、やっぱワザとだったか。

「主こそなぜここにいる? 手出しは無用と言った筈だが?」

「……気になったから様子を見に来ただけだよ」

「取り逃しを防ぐ囲いも、危機の調整も万全。まさに杞憂という他ないな」

 たしかにさっきから、ルーナがピンチになる3歩手前くらいで、刃物等の致命的な武器を持った村人だけが『すてん』とひとりでにすっ転んでいる。


「レディの右斜め後。5時の方向」


 クラプトンのいう通りに目を向けると、ルーナの死角からナタを振りかぶろうとしていた男が、自身の影から伸びた腕に足首を掴まれ『すてん』とすっ転んだ。

 遅れてそれに気づいたルーナが慌てて白杭をぶち込もうとするものの、どうしてかこちらもぼてっとすっ転んだ。

 もちろんクラプトンはなにもしていない。ただガチガチにりきみすぎて、足下が覚束ないのだ。


「もっとこう、一方的な虐殺みたいなのを想像してたんだけど」

「なるほど、9代目はそういった『嗜好』の持ち主だったか。確かに、あれはあれで心躍るが此度はレディにとって初陣。そうそう上手くは行かぬよ」


 いやお前の意味不明な悪趣味と一緒にすんなよ。

 とは思いつつも声には出さない。

 そんなおれはきっと、現代社会が生んだ悲しき省エネモンスターなのだろう。


「そも初陣とは、誰にとっても概ね無様なもの。わざわざ見てやるな」

「……そっか。なら明日も早いし、わたしは帰るよ」


 おれはここへ、なにをしに来たのか。

 あんな連中がどうなろうと、正直どうでもいい。


 たぶんおれはきっと、ただルーナが心配だった。


 想像の10倍はクラプトンの『教育』が手厚いものだったと確認したおれは、最後まで見ることなく暗黒カラオケルームへと戻り背中から闇クッションにダイブし、そっと目を閉じた。

 すると。



 あーもうルーナヘタクソすぎ。なんでそんなスカスカ外すかなー。

 いやこれまでお嬢はケンカ1つしたことがないんだぞ? 上手い方じゃないか?

 ドミノの過保護が裏目に出たねえ。女社会でも最後は殺し合いになる時もあんのにさ。

 やだママ怖ーい。あ、ルーナそいつパパをぶったやつ! 行け行け潰せ潰せ!

 よっしゃ潰れたざまあ! ナイスお嬢!

 いいねえ! 段々慣れてきた。この調子で夜明けまでには全部すり潰したいねえ!

 やだママ怖ーい。あ、ルーナそいつ――。



 どうしてか、会ったこともない家族の声が聞こえた。

 ルーナのいう通りその娘は、いかにも性格の悪そうな声をしていた。

 思わず、ちょっとだけ笑ってしまう。

 邪魔をしてはいけないと思ったおれは、すぐさま口を閉じた。


 なるほどたしかに、これは『外法』だ。


 しかしおれはこの『外法』を、否定する気にはなれなかった。




※※※ 2日目、朝 ※※※




「おはようございますアマリリスさま! 朝っすよー」


 呼びかけに目蓋を開けようとするが、まるで錆びついたように上手く開かない。

 単純に、まだまだくっそ眠いからだ。


 ぼんやりと開いた薄目に見えるのは、お洒落かつアーティスティックな模様が散りばめられた天井。モチーフは月と花だろうか? たしかマナナがいうには、あの手の細工はどこか1つが覗き穴になっているとかなんとか。


「朝食とか持ってきましたよー。まあ正直味はビミョーすけど」


 ……徐々に頭がはっきりしてくる。

 ここは西都の主たる公爵閣下のおわす城の客間。ちっとも気が休まらない、盗聴と盗み見と疑惑の坩堝。


 いやそんな場所で眠れるわけねーだろ! とか思っていた昨日のおれは睡魔にぶん殴られあっさりと落ちた。

 そして今もう1度、悲劇は繰り返され――「いやなんでもう1回寝るんすか。あーもうアマリリスさまはしょうがないっすねー」


 などといいつつ、ごそごそとおれのベッドの中に入ってくる誰か。

 いやべつにいいけどさ、声でマナナだってわかってたけどさ、どうした急に? お前ってそんな距離感のやつだった?

 くいくいと袖を引かれたので、子洒落た掛け布団の中にすっぽりと頭を入れる。すぐ側にあるマナナの顔。そして唐突に始まる、マジなトーンの声で行われるこしょこしょ話。


「外で話す内容は全部聞かれてます。小声で話しても唇の動きで読まれてると思ってください」

 それなら確かに、こうでもしなきゃダメか。この部屋って視線を遮る物が一切ないからな。

「……けど、さすがにこれは不自然すぎない?」

「だからアマリリスさまは『女が好き』ってことに。特に朝はムラっとくる設定で」

 なるほど筋は通るし他人のシモには言及しにくい。

「わかった。ならわたしはどうすれば?」

「特に何も、そのままで。まったり穏やか路線が好きなタイプで行きましょう。それなら多少長引いても自然ですし、逆だとしてもむしろ大急ぎな感が出て辻褄は合います」

 ごめんちょっとなにいってるかわかんない。

 つかガチっぽい会話運び止めて反応に困るから。


「それで、昨夜はどうなりましたか?」

 気を取り直し、おれは手早く要点だけを話した。

「だから次ロニーに会ったらいっておいて。もしアイミアの生き残りがいたら全力で確保しとけって。それができたらビイグッドは本当の忠臣になれるし、ルーナも安定して良い事ずくめだって」

「了解っす。今日この後会うので、伝えておきます」

「え? そんな気軽に会えるの?」

「はい。アマリリスさまみたいに個別の見張りはついてませんし、そもそも外出を咎められる謂れはないっすからね。警備の打ち合わせって名目もありますし」


 ならこの現状は『おれ個人』がマークされているということか? ……なんで?


「まあ今日1日は我慢してください。明日には『ちょっとしたトラブル』が起きるように、色々と下準備をしてますんで」


 たしか適当にイチャモンをつけて『こんな所に居られるか!』って出て行くんだよね。


「つまり今日1日、わたしはお留守番?」

「長旅でお疲れだと、向こうにはいっておきます。何もしなければ何もしてこないと思いますんで、大人しくしててくださいね」

 ……まあしょうがないか。監視カメラ(即死光線発射機能付き)をぶら下げたやつが側にいると、なにもできないもんな。


「最後にこれ、ロニーから『必要でしょうから』って渡されたやつです。最初はうざったい点数稼ぎかと思ったんすけど……どうやら本気で重要みたいなんで、向こうに伝えてください」


 そういってマナナが懐から取り出したのは、折り畳まれた数枚の紙。

 1枚は地図で、昨夜の村『ボーリンナ』からここ西都に至るまでの主だった全ルートが記されており、その間に点在する有力貴種ノーブルが拠点とする町や村の位置もばっちりと完備。さらにその半数ほどに添えられている『現在建国祭に出席の為不在』の文字。……え? なにこれ? 貴種ノーブルを狙うルーナたちにとって超重要な情報じゃん。

 2枚目は城下を含むこの城の見取図。……え? なにこれ? 普通こういうのって最高機密じゃないの?

 そして残りの紙には隙間なくびっしりと、各貴種ノーブルに関する詳細な情報が書き綴られていた。……え? なにこれ? 配下たる血統メンバーの数だけ命のストックがある貴種ノーブルとか、知らなきゃどうしようもないやつじゃん。


「大まかな内容は聞きました。結構やばくないすかこれ?」


 いや、結構どころか冗談抜きで最高級のお宝だろこれ。

 間違っても無料タダでぽんと手に入っていいものではない。

 通常なら多大な労力を費やし、馬鹿みたいなコストをかけて少しずつ集める砂金の塊。

 まさに黄金と呼ぶに値する、掛け値なしの宝物ほうもつ


「……これってつまり、ロニー――いや、ビイグッドが、めちゃくちゃお買い得商品だったってこと?」

 たしか知識の番人を自称する血統の最大派閥、だったか。

「トップ層の有力者らしいエスマイラが真っ先に取り込む時点で、それだけの価値があるってことの証明っすからね」


 エスマイラは手近にいた雑魚をとりあえず潰したのではない。

 きっと、初手でぶっ潰さなければ『どうしようもなくなってしまう連中』を最高効率で併呑したのだ。

 何時だろうと何処だろうと、組織のトップに立つ者は当然のように知っている筈だ。

 それの価値を。威力を。

 おれはたぶんトップに立つようなやつではなかったとは思うが……現代の記憶がある時点で当然のように知っている。理解している。


 情報。


 これさえあれば基本負けはなくなる、まごうことなき、最強の武器。

 それを真っ先に手にしたエスマイラ。

 ……どっかのピラミッドが横槍を入れなきゃ、たぶんそのまま普通に勝ってたっぽいなこれ。



「じゃあそろそろわたしは行きますけど、アマリリスさまは今日、どうするんすか?」

 どうせおれにはずっとゾーイちゃんが付いているだろうから、

「寝るよ。実は今もめっちゃ眠い。だから気が済むまで寝る」

 いやおれ、実はまだ2時間くらいしか寝てないんよ。

 つーかおれだけ2正面作戦でフル稼働とか、よくよく考えたらおかしくね?

「じゃあ、表で立ってるゾーイに『邪魔するな』っていっておきますね」

 あ、やっぱ表で見張ってんのね。

「あと朝食テーブルに置いてますんで、よければどぞ。あ、毒とかは入ってなかったんで、そこはご心配なく」

 いってマナナがごそごそとベッドから出て行く。

「じゃあまた夕食の時間には迎えに来ますね。……おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 といってそのまま泥のように眠りたかったが、そうもいかない。

 マナナから渡されたこのロニーレポートが、ガチで重要すぎる。

 これは1秒でも早くルーナサイドと共有する必要がある。


 ……のだが、ここで1つ大きな問題が。


 いうまでもなく当然の事実として、この紙の束ロニーレポートは『向こう』へは持って行けない。

 本体→影分身間の移動にこの紙の束ロニーレポートは一切関係ない。

 だからどうにか頑張って暗記して、改めて向こうで描いたり口頭で伝えたりするしかない。


 ……のだが、死ぬほど眠い今のおれには、この量を暗記するとか絶対に不可能だ。賭けてもいい。必ず暗記の途中で寝オチするだろう。しかしこの紙の束ロニーレポートは本当に重要だと思うのでいち早く共有する必要があるんだけどそれができないからこうしてぐるぐるして――眠すぎてロクに回らない頭のなかで木霊する、つい昨夜、数時間前に聞いた声。



 ――クラプトンが『全ては自覚と認識だ』っていってたからな。



 おれは右手で紙の束ロニーレポートを握り締める。

 いける。できる。なにも問題ない。

 そりゃ凄い武器とか宝石とか現金とかキャッシュカードとかは無理だろうけど、字を書いた紙くらいならいけるだろ。そうだ。かつてはFAXとかあちこちにあったし、メールもメッセージアプリもそう珍しいものでもない。あ、そう考えれば余裕じゃんこれいけるわ絶対よしいけた!


 おれは本当に眠らないように気合を入れつつ、そっと目を閉じた。




※※※




 暗黒カラオケルームでばちっと開眼!

 ずぶずぶと闇クッションに沈んでいる右手を持ち上げると――そこにはちゃんと紙の束が。

 よし! いけると思ってた!

 中身の確認よし!

 クラプトンがレポートの文字を読めることの確認よし!

 ルーナは寝ていたので、ささっと御者台のクラプトンに紙の束を渡して即帰還!


「ふむ。何の縁もない無機物の複製。いや、転写とでも呼ぶべきか。おそらくはこれもなにかの再現。間口を絞ることによる、レディには出来ぬ一点突破。やはり9代目は特化調整されたクチか。彼奴等め、相変わらず1を100にすることだけは達者と見える」


 なんかクラプトンが高速詠唱していたが、まじで限界だったのでスルー。

 もう無理眠すぎ。おれはただ寝るマシーンになる! なった! はいおやすみっ!




※※※




 カーテンの隙間から差し込む西日で目が覚めた。

 どうやらあのまま、昼を通り越して夕方まで爆睡できたらしい。

 うん、満足。


 もぞもぞとベッドから抜け出し、用意されていたからしゃーなしに着たパジャマ(ゆったり超ゴージャス)を脱ぎ、上下白のパンツスーツっぽいなんちゃって礼服へと着替える。

 レミ君の馬車に乗っていた時からずっと着ているこれだが、いまだに汚れ1つなく真っ白なままだ。砂塵の舞う荒野を半日以上移動したというのに砂粒1つ付いていない。さすがにおかしいと思い、これの送り主であり製造元の社長であるミゲルに聞いてみたら、


『俺たちは身なりが命だからな。しょぼかったり薄汚れたりしていたらナメられる。特に白がくすむのは情けねえ。だからその上下は特別製で、。詳細? もちろん企業秘密だ。大丈夫だって心配すんな、べつに身体に悪いモンじゃねえからさ。ただ侵蝕深度フェーズ5以下の奴が着用しないよう注意だけはしておいてくれ。きっと、酷いことになる』


 ……洗濯いらずで便利だと、ポジティブに捉えることにした。


 昨日マナナに教わった通りに備え付けの水場で顔を洗い鏡の前に座る。

 爆睡後特有の寝ぐせを直そうと思ったのだが……とぅるんとぅるんでさらっさらの旧王家ヘアーにはそんなものは微塵もなかった。


 微妙に腹が減ったので、マナナが置いていった朝食を食べてみる。

 結論からいうと、皿の上に被せられた銀のドーム型カバークローシュをかぱっと開けた瞬間が、最初で最後の見せ場だった。


 謎の焼き物→冷めててまずい。

 謎のスープ→冷めてて粉っぽい。

 謎のチーズ→モッツァレラ先輩がキレて灰皿で殴りそう。

 謎のパン→きっと春のパン祭りには参加できない。お前はまだそのステージにない。

 総評→まずい。


 などとこき下ろしつつも完食するおれ。

 ギリで食べれるレベルならまあ頑張って食べちゃうよね。


 そうして一息入れたなら。

 もうすることがなくなってしまった。

 マナナには「大人しくしてろ」といわれたが、本当になにもしないのは気が引ける。

 きっと今ごろマナナとミゲルは明日の悪だくみの下準備に奔走しているのだろう。

 敵地で行う小細工とか、どう考えても危険に決まってる。

 そんな中おれ1人だけぼーっとしているのは抵抗がある。

 過労死大国の悪いところがモロに出ている自覚はある。

 だが昨日のルーナを思い出すと『こちらもなにかしなければ』という思いにげしげしと尻を蹴られる。

 げしげしげしげし。蹴られて蹴られて。

 そうしておれが向かったのは、この客室の前で立っている、きっと今日1日そこにいたであろう彼女のもと。


「あらぁ? どうしたんですかぁ、アマリリスさま?」


 相変わらずじゃらじゃらのアクセとばしばしのピアスが眩しい彼女。

 おれに付けられた監視役兼ヒットマン。

 対象を見るだけで殺害が可能だという、絶対にルーナの前に立たせてはいけない存在。

 代理人とはまた違った意味で、最後の障害となり得る彼女――ゾーイについて知る。

 知れば知るだけ選択肢が、できることが増える。

 まるっとミゲルの受け売りだが、使えるものは積極的にパクるのがおれの数少ない長所だ。


「いや、変な時間に起きちゃってさ。夕食までヒマだから、この城を案内してくれない?」


 とはいえ、そんな大それたことをするつもりはない。ただゾーイ主導で城内を案内してもらいお喋りをする。それくらいだ。


「ほうほう、アタシにそれを頼んじゃいますかぁ」

 ゾーイが目を細める。

 銃でいう引き金に指をかけられているようで、実は内心びっくびくだったりする。

「――いいですよぉ。ちょうどこの時間帯が見所な絶景スポットへご案内しましょう!」


 そうしておれは、敵を知る為の城内ツアーへと出発した。







※※※







「本当はもぉっといっぱい見所があるんですけどねぇ。夕食までにはとても全部を回るのはムリですので、おいしいトコ取りで行きますねぇ」

 いかにもな石造りの冷たく清潔な城内。

 おれの1歩前を先導するゾーイの言葉に険はない。

 むしろ、おれの足の遅さに合わせる気遣いがある。


「元々このお城は、遥か昔の『遺構』を補修、改修して使われているそうでしてぇ」

 意外にも、ちゃんとガイドもしてくれる。


「――で、結局この『遺構』の正体はわからず終いなんですよぉ。お城の形こそしているものの、実際は全く別の使い道があったんじゃ、なんていう学者先生もいますねぇ」

 そしてこのゾーイ、意外にも見た目に反して理知的で普通に話が面白い。なんというか、確実に『おれの世話役』という仕事をこなすポテンシャルの高さをひしひしと感じる。


「実はここだけの話、今でも『遺構』の一部は生きてましてぇ。その内の1つの管理はアタシの仕事だったりするんですよ」


 なるほど仕事か。


 きっとこのゾーイはほぼ確実に『指示があったら即アマリリスを殺せ』という命令を受けている筈。

 なのに『その時』が来るまでは普通に客人として接し、欠片も敵意や害意を見せない。

 完璧なまでのオンとオフの切り替え。尖った見た目とは裏腹に、きちっと仕事はこなすやつ。

 おそらくゴーサインが出れば、このままのテンションでさくっとおれを殺せるやつ。


 ……まあ最初から期待はしてなかったけど、こっちに寝返るよう説得する、とかは止めておいた方がよさそう。

 いった瞬間に敵だと『正式に認定』されて、なにをされるかわからない。


「じゃあここからは、ひたすら上へと行きまぁす」


 ぐるぐる回る螺旋階段を延々と上ることしばらく。

 行き止まりにあった扉をゾーイが開錠し、そのさらに上へと梯子を昇ってようやく到着。


「はぁいお疲れ様でしたぁ。ここがこのお城で最も高い場所。かつての天体観測所跡にして、現見張り塔の最上部でぇす」


 正直、リアクションに困った。

 歩いた距離からして、たしかにここは高所なのだろうが……実際この目に映るのは、窓1つないがらんとした狭い部屋。

 いやいや、外の景色が見えないなら1階にある部屋と一緒じゃん。


「あ、待ってください言いたいことはわかりますからぁ。けどこれは、ここを初めて案内する人には絶対にしなきゃいけない様式美といいますかぁ。こう、一度下げてから上げるといいますかぁ」


 いってゾーイが壁の一部をスライドさせ、その下にあった『スイッチ』を押した。


 瞬間、壁も床も天井も、全てが消えた。

 半分だけ沈んだ夕日が、なにも遮るものなくダイレクトにおれの目を射す。果てなく広がる地平線にめまいじみた酩酊感を覚える。足下の床が抜けたような錯覚に背筋が寒くなり――おれはいつかの記憶を思い出す。


 この高所恐怖症には絶対におすすめできない、身体の芯がひゅっとくる感覚には覚えがあった。

 これはあれだ、たしか大阪観光の時に行った……そう! 通〇閣の跳ね出し展望台だ! 下がガラス張りでめちゃくちゃ怖かったあれにそっくりだ!


 慌てず騒がず、踵で床を叩いて確認する。間違いない。

 おれが入った狭い部屋は、なにも変わらずここにある。

 ただ床が壁が天井が全て『透明』になった。

 一瞬で、スイッチ1つで、まるでモードを切り替えるみたいに。


 ……んん?

 いやいや、スイッチて。

 いやいや、おかしいおかしい。

 そもそも、スイッチがある時点でこれは魔法の類ではなく、


「なにこの技術? レベルが違いすぎない?」

「あっれー? なんだか驚く方向が予想外すぎますねぇ」


 そこで初めて気づく。

 おれは今、ゾーイに試された。


「……腰を抜かして『お助けー』みたいなのを想像してた?」

「いやぁさすがにそこまでは。けどまさか『ご存知』だとは」


 けどよくよく考えると、べつにおれが謎技術のことを知っていても「だからなに?」でしかない。

 むしろエルダー貴種ノーブルの設定に説得力を持たせる好機なのでは?

 おれは吹かしまくることにした。


「まあ長生きしてると、知識だけは溜まっていくからね」

「ここ以外でも同じような古代遺物を見たことが?」


 前にも聞いたなその古代遺物ロストロギアとかいう言葉。

 たしかヨハンがぶち込まれてた第2特殊更生保養院に設置されてた遥か古代の超兵器だったか。

 まあ言葉通り、オーパーツ的なやつの総称なんだろうな。


「少し違うけど、似たような物は知ってる。そうだな、ビリ――んん゛っ! 商売と幸運の神を奉る高い塔だった」

 ちょっと盛った気もするが、あながち嘘でもない。

 なぜ足の裏を触ればいいのかは謎だったけど。


「ふうむ。ならこれはどうですかぁ?」


 いってゾーイが、今や透明となっている壁の一部を迷うことなくスライドさせ、きっとそこにあったであろうスイッチをぽちっと押した。


 かぱっと一部の床が開き、ういーんと下からせり上がってくる、ぶっとい銀のポールの頂点にごつい弁当箱が乗っかったようなシルエット。

 よく見ると弁当箱には2つの目のようなものがあり……いや違う。あれは目を場所だ。たしかまんま目当めあてや見口みくちとかよばれる部分で、ならばこれはそこに目を当てて使う道具で、この独特なシルエットはもしかして――。

 反対側から見ると、同じく2つの目のようなレンズがきらり。

 やっぱりこれ……双眼鏡だ! しかもくそでかい業務用の、観光名所や山頂等の絶景スポットによくあるやつ! このごつくて重そうな地面に固定されているタイプのやつはたしか――『観光双眼鏡』とか『観光用望遠鏡』とかいうやつだ! いやあ見るだけでテンション上がるんだよなあこれ!


 ……って、え? まじで?

 なんでこんなところにあるの?


「はい、これどうぞぉ」


 ゾーイからコインを渡される。

 もしやと思い、ぶっとい銀のポールをよく見る。

 するとやや上の方に、いかにもなコイン投入口が。


 ……全然、隠すつもりとかないじゃん。

 これ、100円玉入れたら3分くらいだけ見えるようになって、時間が過ぎたら『ガション』と蓋が下りて見えなくなるあれだろ絶対。

 今思うと、無料ならずっと1人が占領するだろうから短時間でなるべく多くの人に順番を回そうという意図が見え隠れする、意外と優しさと合理性の塊なあれだろどう見ても。


「いや、なんでこんなところに?」

「そういわれましてもぉ。アタシが生まれる前からあったらしいですし。それに、べつに高所にある分にはおかしくないのでは?」


 そうか。ゾーイはこれの機能面しか知らないのか。

 だから違和感の抱きようがないのか。

 こんな観光地の『にぎやかし』みたいな代物は、本来間違っても城の見張り塔に設置するような物ではない。

 監視や防衛などといったガチさとは無縁な、もっとお気楽なレジャースポットにある軽い余興じみた物の筈だ。


 ……まあそんなこと、ここでゾーイにいってもしょうがないか。

 おれは銀色のコインを指先でなぞりつつ、


「これ1枚でどれくらい見れるの?」

「あ、やっぱりご存知なんですねぇ。120秒ですよ」


 短っ!

 いや案外そんなものだったか?


「2枚入れたら240秒になったりは?」

「しませんねぇ。だから時間が切れるたびに次のコインを入れるのが面倒なんですよねぇ。あ、今ので最後でした。ちょっと待ってくださいねぇ」


 そういってゾーイが、ぶっとい銀のポールの裏側を引く。

 すると一部が引き出しのようにじゃこんとスライドし、そこには山盛りのコインが。

 思わぬ裏方ギミックの披露におれのテンションがぎゅんぎゅん上がる。


「……はい、どうぞぉ」

 そうしてさらに5、6枚のコインを渡される。

 全く見たことのないコインだが、シルバーかつ500円玉サイズなのでなんか高そう。

 だが所詮は他人の金。おれはえいやっと投入し、

「あ、高さの調節がまだですってぇ!」

 しまった! いわれてみればたしかに、目当めあての位置がおれには高すぎる! 120秒しかないのにこのロスは痛い!


「左のペダルを踏めば高さが調節できます」

 ういーんと調節して覗き込む。

 瞬間。

 超ドアップで映り込む、城下を歩く革ジャンの兄ちゃん――いや違う。あの革ジャン、袖がない! あれはベストだ! 革のベストだ! あの暑いのか寒いのかはっきりしない、ガタイのいい超上級者以外はどこかおかしな感じになっちゃう革のベストだ!

「……えーとですねぇ、右のペダルを踏めば足下の固定が解除されてレールの上を移動できます。もう1度踏めばまた固定されます」

 いわれて見るとたしかに、いつの間にやら現れた床と同色の溝がぐるっと部屋を1周していた。

「覗きながらだと左右にしか動けませんけど、それでもカーブには気をつけてくださいねぇ」

 おれがカニ歩きでゆっくりと移動を始めたところで『がしゃこん』と目の前が暗転。最初の120秒が終わった。

 なにこれ、くっそ面白い。

 そもそも、おれの知っているこの手の観光双眼鏡とはスペックが段違いだ。

 再度コインを投入し、1、2、3秒でまた視界が開ける。

 右手にあるつまみで倍率を調節すると、誇張抜きで地の果てまで見える。はっきりくっきりと見える。

 おれはついつい夢中になって、さらにもう1枚コインを投入したことろでそれに気づいた。


「……このお城って、ぐるっとほりに囲まれてたんだ」


 来た時は代理人やエルダー貴種ノーブルやらが大変すぎて気づかなかった。

 水が張ってあるでかい堀が、城の周囲を取り囲んでいる。

 あーなるほど、東西南北にそれぞれ跳ね橋があって、その先に門があるのね。

 もし攻められたりしたら、門で足止めしている間に跳ね橋を上げちゃうと。


「あ、マナナ!」


 偶然にも東門を抜け城内へと歩いて来るマナナの姿をキャッチ。ぶんぶんと手を振ってみるが……さすがに遠すぎるのか無反応。ならばと両手でやってみるもやっぱりダメ。


「外からこちらは見えてませんよ。外見は石造りの塔のまんまです。原理を調べようにも、現代の技術じゃどうやっても傷1つつきませんから、できることがほとんどないんですよねぇ」

 超高硬度のマジックミラーときたか。

 なにその無駄技術。


 とそこで、さらにもうひとつ気になるポイントを発見。


「なんかさ、堀の中の水、汚くない?」

 凄い濁ってる。

 超倍率のくっきりズームだからよくわかる。

 もはやちょっとしたグリーンと化している。

 めっちゃ身体に悪そう。


「あー、あれはですねぇ……2年前までは澄み渡っていたんですよ、本当に」


 2年前。

 公爵閣下が表から姿を消したタイミング。


 ……おれは話題を変えることにした。

 べつにおれの目的は、向こうの問題点をあげつらうことではない。そういった波風の立て方は今はいい。

 閣下を侮辱しやがったなテメエぶっ殺す! となれば困るのはおれの方なのだ。

 なのでささっと話題転換。



「あのさ、さっきゾーイはここを『天体観測所跡』っていったけど、観光双眼鏡これって、上は見れないよね?」


 試しに上を見上げようとするも、すぐにがきっと止まりさほど角度が上がらない。

 まあそういう目的には作ってはいないだろうし、本来の用途的に、子供が太陽を見たら危ないもんな。


「もともとは凄いのがあったらしいですよぉ。空の彼方を見る為の超大型観測レンズが、このレールの中央に設置されていたとか」

 いわれてみるとたしかに、双眼鏡レールの内側がぽっかりと不自然に空いている。


「けど、持ち主が雲隠れした時に、わざわざバラして一緒に持って行ったそうですよぉ。やっぱり思い入れでもあったんですかねぇ?」


 雲隠れ。

 ……なんか最近聞いたな、そのワード。


「その持ち主って?」

「我ら全ての裏切り者、エルリンク、ですねぇ」


 なんとなくわかった。

 きっとゾーイは、この話がしたくてここへ来た。

 ただ『肉体的にはその系譜かも?』くらいの認識しかないおれには、さして思うところはない。

 だからただ思うがままに、するりと本音を。


「そのエルリンクって、どんな連中だったの? 実はあまりよく知らないんだ」

 正直、とても興味がある。

 もうずぶずぶな関係になってしまった旧王家連中のルーツを知ることは、決して無駄ではない筈。

「……そうですねぇ。アタシも伝聞でしか知らないんですけどぉ、まずそもそもの大前提として、エルリンク彼ら貴種ノーブルではありませんでした」


 え? そうなの?


「研究者、技術者、学者でこそありましたが、当時の貴種ノーブルたちは彼らを同じ貴種ノーブルとは認めませんでした」

「すごく嫌われてたとか?」

「いいえ、もっと根本的な理由ですねぇ。実にわかりやすく出来損ないでした。貴種たる根本が欠落していました。なにせ彼らは『騎士の任命アコレード』ができませんでした。血筋だけは古いのに、自身の配下とする者に力を与えることができなかったんですねぇ」


 へえ。貴種ノーブルってちゃんと定義があったんだ。

 配下に力を与える、という事実が重視されると。


 そこから逆算すると、それを目当てに人が集まり群れが形成されていったのが全ての始まりだ――みたいな歴史がありそうだな。



「お笑いですよねぇ。従騎士スクワイアどころか小姓ペイジすらつくれなかったそうですから」

 どこか嘲るような口調。

 おそらくは推定エルリンクだと目星をつけているおれへの揺さぶりなのだろうが……わりぃゾーイちゃん、おれビジネス旧王家だからさ、ぶっちゃけノーダメなんだわ。

 そんなことよりも、また初めてのワードが。


「その従騎士スクワイア小姓ペイジというのは?」

「……あらぁ、アマリリスさまの周囲にはいませんでしたぁ?」

 あ、なんかまずそう。

「知っているだろうが、田舎に引きこもっていたからね。当世の言葉には疎いんだ」

 田舎バリアーを緊急展開。

 これを受けた都会っ子(西都は都会な筈)は、なぜだか気まずそうにしたり得意げになったりして、頼んでもいないのに進んでフォローをしてくれるという――まさに現代の生み出した外法である。


「確かに、時代と場所によって呼称は変わるのかもしれませんねぇ」

 よし通った!


「まあ簡単にいってしまえば『どれだけ適合できたか』の目安ですね。主の『騎士の任命アコレード』に対し9割以上適合できたのなら騎士。そこから下がって5割までが従騎士スクワイア。それ以下を小姓ペイジとするのが一般的ですかねぇ」


 どれだけ適合できたかの目安。

 つまりは適合率。

 なんかめっちゃ聞き覚えがあるなその言葉。


「血統によっては、もっと細かく独自の位階を用いているところもあるそうですが……そういうのは内輪でこっそりひっそりやってますから、まあ余り気にしなくても良いでしょうね」


 適合率ごとに細分化された、内輪でひっそりこっそり使ってる独自の位階。

 うーん、めっちゃ聞き覚えがあるなあ、それ。

 たしか今のところ、姉さまの友達であるマルグリットさんの『9』が最高だったっけ?


 あ、やべ、嫌なこと約束されたくそやべえやつとの戦いを思い出しちゃった。


 おれは内心のどきどきを悟られないよう、黙って景色を楽むフリをした。

 こちらの沈黙をどう受け取ったのか、ゾーイがさらに続ける。


「でしたらアマリリスさまは、その後エルリンクが手を伸ばし、この地を追われる原因となった『あれ』もご存知ないと?」

 あ、それはわかる。見られた瞬間にエルリンク認定されたからね。

「それくらいは知っているよ。闇、だろう?」

「その胡乱な力を最初に発見したのが、ここだったそうですよぉ。かつてこの中心部にあった超大型観測レンズ。それを通して見た、空の遥か彼方のさらに先にあった『闇』と呼ぶ他ない黒い黒い力の渦。彼らエルリンクはたちまち虜になったとか」

「それ、どう考えても、手を伸ばしちゃダメなやつだよね」

「ですよねぇ。にもかかわらずエルリンクはそれを手にして、その危険性から当時の全貴種ノーブルから追われる身となりました。清々しいほどに目の前しか見てないですよねぇ」


 なるほど。

 それでどうしようもなくなってしまい、同類だった当事の夜の母ナイト・マムを巻き込んで場をめちゃくちゃにかき乱し、その隙にトンズラをかましたと。


 ……いやいや、思ってた100倍ロクでもねえな!

 結構ガチで大罪人じゃねーか!


「エルリンクはどうやって逃げ切ったの? それこそ、全勢力が死ぬ気の全力で追いかけるよね絶対」

「そもそも追うことすらできませんでしたよ。彼らは海を渡り別大陸へと逃れましたから。お忘れですかぁ? 我々は大海を越えることはできないじゃないですかぁ。それこそ、夜の母ナイト・マムの助力でもない限りは」


 忘れた頃にやって来る吸血鬼要素!

 つかお前ら全然血とか飲まないから忘れてたよ!


「もしかしてアマリリスさまなら、行けちゃったりしますぅ?」

「……どうだろうね?」

 まじでわからん。なにせ試したことがない。

 なのでおれは曖昧に笑って流し、話題を変える。


「わたしのことばかりじゃなくて、ゾーイのことも聞かせてよ」

「お答えできないこともありますけど、それでもよろしければ」

「じゃあ、なんでゾーイはここの管理を任されたの? ここって、結構重要な場所だよね?」

 そこでゾーイは初めて空白を挟んだ。

「……代々の家業にこじつけて、面倒を押し付けられたんですよぉ」

「家業?」

「占星にまじない、ですねぇ。ま、アタシには星見の才はなかったんですけど」


 あ、そっちか! そのじゃらじゃらなアクセやピアスって、パンクなロックじゃなくてシャーマンとかドルイドとかそっちだったのか!


 そこで不意にごーんごーんと鳴り響く鐘の音。

 緊急事態ではないであろう、ゆっくりと穏やかなリズム。

 城内にある鐘突き塔から定期的に聞こえる、きっとなにかの節目のお知らせ。


「これってなんの鐘?」

「……夕食の開始、ですねぇ」


 めちゃくちゃ遅刻した。




※※※ 2日目、夜 ※※※




 ぱちっと目を開ける。


 どんどんどんどん。

 どこどこどこどこ。


 やって来たのは毎度お馴染み、暗黒マジカルカラオケルーム。

 ここで行われるは恒例行事。おれの就寝後に開催される、その日の顛末の報告会。

 黒一色の部屋はいつも通り。おれの身体をずぶずぶと呑み込んでいる闇クッションもいつも通り。


 どんどんどんどん。

 がんがんがんがん。


 しかしなぜか無人だった。

 誰もいない。ルーナもクラプトンもいない。

 窓の外を見ようとするも、シャッターのようなものが下ろされており真っ黒だった。


 どんどんどんどん。

 がんぎんがんぎん。


 いやもうさっきからなにこの音。うるさいんだけど。

 不審に思ったおれは、後にある出入り口を少しだけ押し開き、そっと顔を覗かせようとした――ところにがががん! とぶつかる重いなにか。ちょっとだけ開けた出入り口が勢いよく閉まり、ついでとばかりに強打されるおれの額。そのまま弾き飛ばされ転倒するものの、反射の受け身で後頭部を打つことだけはどうにか避けた。ありがとう高校体育、そして柔道の時間。お前はどんな魔法よりもおれの役に立ってる。ただし強打したデコはくっそ痛い。


「なにをやっておるか。こっちだ、前へ来い」


 前方にある小窓の向こうからクラプトン。

 御者とのやり取り用の小さな窓だが、おれの身体ならギリで通れる。

 小さな『闇の手』を足場にしてドロップキックをかます要領で足裏からダイブして着地。


 そうして辿り着いた御者台にいたのはクラプトン1人だけだった。

 ルーナは? と口を開いたおれの声をかき消す、風切り音の連奏。

 某大作戦争映画冒頭の、揚陸艇からの地獄ビーチ上陸シーンみたいな、ひゅんひゅんぴゅんぴゅん風を切る『小さななにか』が耳のすぐ側を超スピードで通り過ぎる音。

 それが絶え間なく連続で、声をかき消すほどの数で。


「ここでは下に向けて喋れ。通り道を作ってある故、いつもの声量で聞こえる」


 その『小さななにか』が当たったレンガ造りの壁が削れて砕けて飛び散るのを、闇に反射した超視界でチラ見する。

 理屈はさっぱりわからない。

 ただあの『小さななにか』が当たると、きっとおれは即死するのだけはわかった。


「なにこれ!? どういう状況?」

 あ、本当に聞こえた。

 けど今はそれどころじゃないのでスルー。


「見ての通りだ。敵の集中砲火を受けておる」


 いってる間にも、馬車の後方からは『小さななにか』が絶え間なく次々と飛来し続けている。

 しかし依然その正体は不明。目視できる速度ではない。

 ただ『小さくて』『超スピードで飛んで来る』という2点から 自然とおれは銃弾を連想したのだが、


「……違うな。指先から出てる? いや、方向を指示すれば飛んで行く?」


 目視範囲のぎりぎりにいる、これを『撃っている』であろう敵は無手だった。

 水の流れるモダンなオブジェ――おそらくは噴水の陰に身を隠し『撃つ』瞬間だけ半身を晒してまたすぐ戻るという、TPSゲーでいうところのカバーアクション的な動きを10人くらいで順繰りにやっていた。


 ……あれ、めっちゃ訓練積んでるよな絶対。

 おれでもわかる。昨日の村人(強)とは根本から違う軍隊じみたガチな動き。殺傷力の高い謎魔法を集団で連携して運用する、本気の戦闘集団による武力行使。その狙う先にいるのはおれとクラプトン。


 詳細は不明だが、死ぬほど大ピンチなのはわかった。


 そこでちゅいんと、おれとクラプトンが盾にしている馬車へとぶつかり、逸れて、見当違いの場所へ衝突し弾けた『それ』の飛沫しぶきが足下に散った。


「……水?」

「左様。水を固めて飛ばす、細く短く先を尖らせた水弾。試しに1発受けてみたが、どうやら『捻りながら』飛ばしているらしく威力は申し分なし。町中の至る所に噴水があるここでは弾切れの心配もないようだ」


 いわれて、闇を反射する超視界を広げ周囲を見渡すと……どうやらここはお洒落なレンガ造りの町中らしかった。

 で、今この馬車は路地裏の袋小路に頭から突っ込んでいる真っ最中。

 おかげで後ろの一方向からしか敵の攻撃は来ないが、代わりに身動きも取れない。


 ……さてはクラプトンこいつ、走行ルートの選択をミスりやがったな。


「あのさクラプトン、これ絶対、狙って足止めされてるよね? うだうだしてる間に、両サイドからトドメ刺されちゃうやつだよね?」

 袋小路の壁となっているのはどれも3階建て程度の家屋。その屋根上から『水鉄砲』で撃たれるとハチの巣にされるね、うん、おれならそうする。

「それを待っておるのだ。兵力を集中すればあっさり勝てる。そう思わせ、こちらに人員を割くよう仕向けた。此度の我は敵を引きつける囮よ」


 ……ほんのりと、嫌な予感が。


「ルーナは?」

「先行した。敵の首魁たる貴種ノーブルの心臓をブチ抜くと気炎を上げてな」

 ルーナを1人で行かせるということは。

「その貴種ノーブル、とくに戦闘力はないとか、そういうの?」

「いいや。手ずから部下をここまで鍛え上げるのだ。間違いなく、相応の力と格を備えた首魁と呼ぶに相応しい者だろうな」


 え? お前、まじでいってる?


「……ルーナが殺られたらどうするんだよ?」

「残念だが、それまでよな」

「……本当は助けるつもりなんてないと?」

「逆だ。本気で考えればこそ、こうなる」

 いやお前まじでなにいってんの?

「我らはいつまでここに『居られる』と思う? あれのいう『助けろ』とは、どの時点をもって達成されると考える?」

 あれ、なんか凄くまともなこといい出した。

「おんぶに抱っこのまま『助けられて』しまえば、どの道長生きはできぬ。いや、状況をかんがみるに、まともに死ぬことすらかなうまい。ならばここで死に水を取ってやるは、最善ならずとも次善の道ではあると我は考える」


 昨夜のヒューストン一家を思えば、悲観的な妄想だと笑い飛ばせなかった。


「……ルーナに勝ち目はあるの?」

「基礎は昨夜実地にて叩き込んだ。それを8割ほど発揮出来れば、まず負けはない」

「え? 貴種ノーブルって、素人が一夜漬けしたくらいで勝てるの?」

「主はレディを過小評価している。よいか、これまで我の教え子には2人『天才』がいた。だがレディはその2人すら見劣りする別次元、まさに天魔よ。地を這う虫の足先など届き得るものか」

「なんだ。じゃあ心配ないじゃん」

「……ただあの様では、果たしてどこまで冷静に動けるやら、はなはだ疑問ではあるが」


 が、と同時にクラプトンが『白い杭』を上方へ放つ。

 屋根上から顔を覗かせた1人の頭を削るようにぶち抜き、さらに上空で方向転換。次の獲物目掛けてすっ飛んで行った。

 こいつ、杭をリモート操作してやがる。視界の確保はどうやってるんだ?

 などと探るおれに向けて、

「ヒマならば9代目も撃て。ただし殺すな。助かる程度の重傷で、救助の手に倍の数を釘付けにせよ。少しでもレディへの負担を減らせ」

 そういわれても、おれには手加減する腕前なんてない。

 なら、当たっても大丈夫なやつを撃てばいいんじゃね? と思い、反対側の屋根上から上体を覗かせた襲撃者に向けおれは『黒杭』を打ち出した。


 べしっと当たって、すてんと後ろにすっ転ぶ。


 次の瞬間、元気いっぱいに起き上がったところへクラプトンの『リモート白杭』がぎゅいんとぶっ刺さった。


「出来ぬなら出来ぬといえ」


 うーん、ぐうの音も出ない正論。

 おれは大人しく御者台の影に身を潜めた。


「ずっと思ってたんだけど、これっておかしくない? エルリンクの話は聞いたけどさ、見返してやるって手に入れた力が、なんで連中には効かないんだよ?」

 なんか色々と知っているらしいこいつなら、と思い聞いてみる。

 クラプトンはまるで指揮者のように指先を振り『白い杭』を繰りながら、


「憧れていた、のであろうな。きっと、そうなりたかったのだろう。そんな願いの果てに手に入れた力だ。憧れと同じものになったとしても、なにも不思議はあるまいよ」

「じゃあこの『白い杭』はなに?」

「もはや会う事もない『憧れ』のことなど忘れ去ったその他大勢と、いまだ忘れず対抗策を伝え続ける我ら。果たして、真に愚かなのはどちらであろうな?」


 どっちでもいいんじゃないかな、うん。

 つーか姉さまも普通に使ってたから、王家の方でもばっちり残してるみたいだよ。


 おれは余計なことはいわず、話題を戻すことにした。


「そもそも、なんでこうなった? 昨日に比べて状況が悪すぎない?」

「プラン自体はあったとも。ただレディは選択した。1秒でも早く、彼奴を黙らせると」

「彼奴って?」

「カリスタ。この町を取り仕切る貴種ノーブル。手ずから仕留めたというアイミア構成員の最期を、面白おかしく侮蔑的に語りおった。中々に要点を捉えた『心得ている』弁舌ではあったな」

 ああなるほど、ルーナ、一発でブチ切れて飛び出したのね。

「ここで何も出来ずにうつむくなら死んだ方が良かろうと、行かせた」


 うーん、まさに頭闇の薔薇。

 ただ賛同はできないが……いってること自体はどこか気高い薫りがするのが微妙にもにょる。


「追うかね? 無駄足だとは思うが」

 さらにもう1本『リモート白杭』を増やし、両手でそれぞればらばらな指揮者じみた動きをしながらクラプトン。


 追うもなにも、そもそも1歩でも馬車の陰から出た瞬間にハチの巣だと思う。

 だから慌てて飛び出すなんて論外。

 そう。

 ここまででわかったことがある。

 こいつクラプトンは決して考えなしではない。

 ただのキレた馬鹿なら、あの叔母上ローゼガルドがとうの昔にさくっと始末してたと思う。

 だからおそらくは。


「……なにか『保険』があるんだろ?」 

「無論、あるとも。レディには伝えておらぬが、夜の母ナイト・マムが直に『飲んだ』血統の血の色は――そのままその身に宿る」


 あ! また来た! 思い出した頃にやって来る吸血鬼要素!


「この強奪は夜の母ナイト・マムにのみ許されし特権。与える者は無数に在れど、奪うを成せるは支配者たる証よ」

 昨夜の村に貴種ノーブルはいなかったので、ここまでにルーナが飲んだ血統の血は1種だけ。

 つまりは不死の(正確にはめっちゃ回復してなかなか死なない)エスマイラ。


「……今のルーナは傷が治る?」

「母を殺めた連中の力を肯定できるなら、という条件付きだがな」

「いやそれムリじゃない? あのルーナだよ?」

「底意地に拘泥し死するも良し。使えるモノは使うぞと大笑できるなら尚良し! その程度の苦渋、呑めずしてこの先はない」


 手放しで賛同はできないが……やっぱこいつ、いうことに一定の説得力はあるんだよな。

 などと思うおれの靴先で鳴る、ぴちゃりという水音。


「クラプトン、気付いてる? 足下これ、段々びしょびしょになってきてる」


 絶えず撃ち込まれ続けている水の弾。

 1発あたりは少量だとしても、その数が百を超え千に達する頃には、リッター単位の水量となる。

 こうして、向こうの放った『水』が場に満ちるのは……なにかとんでもなくまずい前フリのような気がする。


「ふむ。目ざといな9代目。確かにこれはよくない」

 いってクラプトンが手綱を握る。暇そうにしていた4頭の黒馬がしゃきっとする。

「すぐ車内へ戻れ! 出るぞ!」


 いやバックできるんかい!

 などと内心つっ込みつつも、おれはえいやっとドロップキックをかます要領で足裏から小窓へとダイブ! ぼすっと暗黒カラオケルームのふかふか絨毯に着地。

 と同時に急発進する車体。

 バック発進とは思えない超スピードにバランスを崩し転がるものの、どうにか闇クッションへと辿り着いたところでまた急停止。


「なに!? どうしたの!?」

「離れすぎても見えぬからな」

「なにが?」


 答えはすぐ来た。

 外にいるクラプトンではなく、どこからか聞こえてきたルーナの声で。



『全員、止まれ。ひざまずけ。てめえらの総領カリスタは降伏した。どうしても納得できねえヤツは、今この瞬間、舌を噛み切って死ね』



 なんか凄いこといってる。

 つーか今の、どこから聞こえたんだ? ここって完全防音だよね?

 戸惑うおれをよそに声は続く。



『あ、怪我人の治療とかしてる奴は続けていーから。そこはそっち優先で』



 もしかしてこれ、脳内から聞こえてる? 内容からして一斉放送?

 え? まじで? なにこれやばすぎじゃね?


『けど、舌噛んだ奴はほっとけ。かしらの降伏を無視するアホは、死ね』


 これはいうなれば、ドミノママの超アップグレード版。

 視線を合わす必要もなければ、声が聞こえる必要もない。



 ……いやこれ、どう考えても、個人が持っていい力じゃねーだろ。 



 しばらく待ってみても動きがなかったので、おれはおそるおそる後方にある出入り口を開き……そのまま外へと出てみた。


 この馬車を追おうとしていた全ての者が、地べたにひざまずいていた。

 その数、確認できるだけで10と10の――23名。


 これは……凄まじいな。

 強制脳内一斉放送が可能で、しかも『このレベル』で効果があるとか。



「あ! アマリリス! 来てたんだ」



 ちゃんと普段通りに聞こえる声に振り向くと、そこにはレザーできめっきめな服がずたぼろになったルーナの姿が。

 ……腹部の布地が全部なくなって、右手がノースリーブ、左足が半ズボンになってる。


「ひどいことになってるけど、怪我は大丈夫?」

「気合で治った。けどあれ痛いし、凄いお腹が空くから、もうやりたくない」


 ちゃんと『使う』ことを選択できたのか。

 うん、小難しい理屈は抜きにして、


「無事でよかった。勝てたんだね」

「勝ったっつーか、不利になった途端に命乞いされた」


 そりゃまあ、腹えぐって手足もいでも止まらないやつとか、戦意喪失するよな。


「ふむ。あそこまで煽っておいて、いささか拍子抜けよな」

 ぬっと馬車の陰からクラプトン。

「しかしその数段上がった出力。問題なく取り込めたようだな。手応えは?」

「んー、よくわかんないけど、たぶんもう十分だと思う。あのババア、ムカつくけど『血』の濃度は文句なしだったみたい」

「それは重畳。やはり十分な『濃さ』ならば2人分で事足りるか。無理をした甲斐があったというものよ」


 ここでこいつクラプトンが得意気になるの、なんかいらっとするな。


「いや、ホントに死ぬレベルの無理させちゃダメだろ」

「本格的に警戒されてしまうと『不可能』になってしまうからな。無理で通るこのタイミングが、最初で最期の好機だった」

「そーいうのは後にしよ。あたしは疲れてんの。さっさと行こ」


 ずんずん進むルーナの背を苦笑で見送ったクラプトンが、すいと指を振る。

 すると、ひざまずいたまま微動だにしない23名それぞれの頭上に『白い杭』がセットされ、


「勝手なことすんなクラプトン。いったろ、命乞いされたって」

「同胞を殺した者の降伏を、本気で受け入れると?」

「……あのババア、口ではあんなこといっておきながら、ちゃんと人数分の名前付きの墓を用意してやがった。……昨日の家畜どもとは、違う」


 最低限の礼儀とは、お互いの為に存在する。

 ちょっと賢いやつはそれを知っているし、ちゃんと使う。


「それに、降伏の証として右目と小指と血を差し出してきた」

 急に昭和のヤ〇ザみたいになった。

「ほう。躊躇いがないな。よもやさっきの『舌を噛み切って死ね』も向こうの提案か?」

「うん。残った奴らは助けてくれって」


 あー、これ、相手もやべえな。

 次善の方針に切り替える、その躊躇いのなさが尋常じゃない。

 ちゃんと『負け方』を知っている、本気で油断ならないやつ。

 たぶんそのカリスタさん、一般人とは根っこから違う、真性の『統治する側』だな。

 ……怖っ!


「だから余計なことすんな。たぶんこの服従の誓約は、向こうの思ってる100倍は重い。絶対に、破れない」

 重々しくキメたルーナの腹が鳴る。

 おれは空気を読んで、右から左へと流した。


「……承知した。ではまずは食事かね?」

「見てわかんねーかなぁ? 服だよ服! こんなボロ切れとかあり得ねーから」


 そういってルーナはこの町を取り仕切る貴種ノーブル――カリスタからおすすめされたという高級ブティック的な店へと向かい、


「クラプトン財布」

「べつに持って行ってもよかろうに」

「は? なにいってんの? 経済活動を破壊する泥棒や強盗を『アイミア』は長年こつこつと処分してきたんだぞ? あたしがそんなことするワケねーだろ」


 深夜に無理矢理押し入ってる時点でアレなのだが、きっと町で1番偉い貴種ノーブルからあれこれ言い聞かされているであろう店主のおじさんは、ただ穏やかに完全無欠の接客をこなしてみせた。


 うん、こういうのを『やる側』になるの、めっちゃいたたまれない。

 おれはさりげなくおじさんをよいしょしておいた。


 さらにその後、きちっとレストランで食事までしてから(きっと町で1番偉い貴種ノーブルからあれこれ言い聞かされているであろう店主のおじさんは以下略)、おれたちはいつもの暗黒カラオケルームへと戻り、夜明け前には出発した。


 実際のところ、この謎空間はどんな宿よりも快適な場所なので、寝るならここがいいよね、となるのだ。



「それでレディ。ちゃんと『血の色』は獲得できたかね?」



 闇クッションを枕にして闇布団(おれの最新作)に包まったルーナは、もう半分くらい閉じた目蓋の向こうから、


「ああ? ……うん、まあできたけど」


 たしか夜の母ナイト・マムが直に『飲んだ』血統の血の色はそのままその身に宿る、だったか。


 同じく闇クッション(ヨ〇ボーでいうギガマックスサイズくらいはあるので2人くらいは余裕)にぐでっと寝そべっていたおれは「まさか!」と起き上がる。


「ルーナ、あれができるようになったの!? あの超スピードで飛ぶ水の弾丸!」

 あれはもはや銃みたいなものだった。

 どう考えても強いし、なにより格好いい。


「ううん、無理ね。あの速度で捻りながら一定の飛距離を出すのに、あいつら子供の頃からずっと訓練して、しかも身体の一部を改造してる。あたしがやっても『ぽん』って水の弾が落ちるだけで、ああはならない」


 実はあの水鉄砲、努力と覚悟の結晶だった。


 ……まあ考えてみれば、そりゃそうか。

 パンチは誰にでも打てるけど、プロボクサーのそれとは完全に別物。

 あそこまでに至るには、気の遠くなるような努力と才能が絶対に必要だよな。


「けどほら、あいつらの親玉の貴種ノーブルなら、もっとこう大量の水を操ったりとかできるようになるんじゃ?」

「ううん、たしかに凄くはなるんだけど……方向が違うっていうか、もっと実用的っていうか……」

 もう半分以上寝てるのか、ルーナのいうことは要領を得ない。


「一言でわかりやすくいえば?」

「めっちゃ素潜すもぐりができるようになる……」


 いやなんでそっちに突き進んだ?

 ここは水大砲とか水爆破とかに行くべきところだろ絶対。


 さすがに「ハズレだったね」とはいえず、おれはただ静かに微笑んだ。

 しかしルーナはとっくに寝オチしていた。

 なぜか小窓ごしに振り返ったクラプトンが、唇の前で人差し指を立てた。

 お静かに? もしくは、黙ってろ?

 まあどっちでもいいかと、おれは再び闇クッションへと沈み込み、そっと目を閉じた。




※※※ 3日目、朝 ※※※




「おはようございますアマリリスさま! 朝っすよー」


 いうと同時にベッドへと潜り込んでくる誰か。

 どれだけ眠かろうが、他人に侵入されると一瞬で目が覚める不思議。

 ……マナナこいつ、段々やることが雑になってくるタイプだな。


 まあ話が早いのはいいことかと、おれは布団の中で手早く昨夜のことを話した。


「驚きだよね。子供用レザーファッションが普通に店で売ってるとか、さすがに予想できなかった。しかもたぶんあれ、信じられないくらい高価だったと思うんだけど……それをこう、端から端まで棚買いっていうか」

「へえー、ルーナって本当に金持ちだったんすねえ。……常に大金を持ち歩くの、危なくないすか?」

「それが、各地に緊急用の秘密スポットがあって、そこに『アイミア』のメンバーなら好きにしていい現金が置いてあるんだって」

「うわあ。さらっとそういうこと出来るのって、本気で金持ってるやくざだけですよ。想像よりずっとえぐいっすねアイミア」


 などとアイスブレイクも済んだところで、本日のメインディッシュへ。


「それで、具体的に今日はどうするの?」

 いよいよマナナとミゲルの悪だくみが炸裂し、おれたちは適当ないちゃもんを付けてこの城から出て行く。

 正直、待ち遠しかった。

 この飯がまずくて居心地の悪い監視生活からは、1秒でも早く抜け出したかった。


「いやー、それなんすけどね、実はちょっと予想外の事態になりまして」

 え? なにその不吉な滑り出し。

「もしかして、バレた?」

「まさか。わたしもミゲルさまもビイグッドの工作班も、証拠を残すようなヘマはしませんよ。ただこのあとお昼から、今この城にいる全貴種ノーブルに非常召集がかかったんすよ。なんか中央のでっかい会議室に集合とかで」


 全貴種ノーブルってことは、自称エルダー貴種ノーブル(笑)のおれも行かなきゃダメなやつか。


「それがどうしたの?」

「全員が一堂に会すると『誤解』が解けちゃうんすよ。こう、顔の見えない疑心暗鬼が鍵だったといいますか、悪い想像だけを膨らませてたといいますか……。そんな感じで、ロニーの情報をもとに皆で色々と下準備をしてたんすけどね」

「なんかねちゃっとしてるなあ」


 偽情報による共食いの誘発とか。


「これロニーの発案っすからね? けど実際よく出来てたんです。どいつもこいつも無駄にプライドだけは高いんで、絶対に自分から相手のもとに足を運ぶような真似はしません。だから『答え合わせ』をする機会なんて絶対に訪れない……筈だったんすけど」


 なんかいきなり、お昼に全員集合となった。


「けど一堂に会したところで、べつに腹を割った話し合いとかにはならないんじゃ?」

「相手に対する嫌味や文句の1つや2つは絶対に出ます。底なしのアホじゃない限り、なにか変だなって気付くと思います。そうして1つ綻びが出たらあとはもう芋づるな感じで……顔を突き合わせて情報の正誤を確認されると『全て丸く収まっちゃう』んです。だからもう、こっちの小細工がバレる前にプラン自体を破棄するしかなくて」


 なんというか、やろうとしてたことを事前に潰されたような印象があるな。


「やっぱバレたんじゃないの?」

「だったら、わたしとミゲルさまは拘束されてると思います」

「じゃあ単なる偶然? 本当に予期せぬ非常事態が起きた?」

「どうにもそれっぽいんすよねえ。ロニーとか結構金も掛けてたのに、単なる偶然で全部パーとか、たぶん今ごろ泣いてますよあいつ」


 いやまあうん、それは本気で気の毒だとは思うが。


「なら延期? 正直、これ以上ここに居たくないんだけど」

「ええ、それは承知してます。だからミゲルさまと相談して、ここはもうシンプルに原点に立ち返ろうとなりました」

「……原点?」

「はい。ぶっちゃけA&Jはやくざ組織なんで、もうやくざらしくシンプルに暴力振るってツバ吐いて出て行こうってなりました」


 あら豪気。嫌いじゃなくてよ。


「けど、いくらマナナとミゲルが強くても、この城のやつら全員を敵に回したら死んじゃうよね?」

「はい、それは普通に死んじゃいます。正直、予想よりずっとレベルが高かったです。城に滞在してる貴種ノーブルはもちろん、燕尾服の『公爵付き』も油断できない相手っすね」

「なら最低限の正当性は必要だね」


 けどそんな都合の良い正当性なんてあるか?


「ロニーがいうには、たぶん向こうからやって来るそうです。ほぼ100パーセント間違いなく、アマリリスさまにちょっかいをかけて来るだろうと」

「え? 誰が? なんで?」

「見た目が少女なのに中身が熟成してるロリバ――エルダー貴種ノーブルが3度の飯より好きな、ガチの変態がいるそうです。けど、そうそう条件を満たすエルダー貴種ノーブルなんていないので、いつもは普通の少女を代用品として『使い捨て』てるとか」


 ……うわあ、キツいのが出てきたなおい。

 謎のロリショタ文化が生んだクソみたいなモンスターとか、ちっとも笑えない。


「けど、そう都合良くわたしに絡んでくるかはわからないんじゃ」

「たぶん大丈夫っすよ。アマリリスさま、自分で思ってる10倍は『そういう連中』のツボを押さえてますから。基本、旧王家の女性ってめっちゃ性的っすからね。なにもしなくてもエロいといいますか」


 なにを馬鹿な、と思ったが……元々この身は、金持ち向けの生体現実人形わりぃ、やっぱつれえわだったことを思い出し、笑い飛ばせなくなってしまった。


「公衆の面前で侮辱されたとあっては、逆に『やらなきゃ』こっちの名が廃ります。これは何人なんぴとたりとも文句の付けようのない正当性。それにこちらはかの代理人が客人と認めたエルダー貴種ノーブルです。たとえ殺しても、古式ゆかしい慣例に照らし合わせれば、無礼討ちで通せるとか」


 一見筋が通っているように思えるが……普通に考えると。


「公爵閣下の居城で、しかもその騎士たる代理人がいるのに、そんな堂々とナメたことする馬鹿とかいないでしょ」

 それがいるらしいんすよねーとマナナは続ける。

「その馬鹿が今1番大きくて強い勢力のトップなら? 唯一の首輪だった公爵閣下が臥せた現状、誰も止めることのできない狂犬が、大好きなご馳走を前に大人しくしてると思いますか?」


 ……まじで? そんなのが最大勢力なの?


「ユーティライネン。群狼ぐんろうの異名を持つ、単独でこの西都を落とせる、最大の血統だそうっすよ」


 いやいや待て待て、この流れでいくと。


「どう考えてもルーナと上手くやって行ける相手じゃないですし、なんならルーナ本人も標的になりそうっすからね。このどさくさに紛れて、頭、っちゃいましょうよ」


 子洒落た掛け布団の中で、薄っすらと微笑むマナナ。


「最大の敵勢力に打撃を与えて、さらにわたしたちは正当性を主張しつつ『こんな場所に居られるか!』ってこの城を去れる。良い事ずくめじゃないっすか。ね? アマリリスさまもそう思いませんか?」


 マナナお前、まじで頭特別行動隊すぎるだろ。

 元同僚のグリゼルダはもうちょっと……いや、あいつもこんな感じだったな、そういや。


「基本わたしらでやりますから、アマリリスさまはでんと構えててもらえれば」


 ちっとも物怖じしない行動力に満ちた頼れるやつだと、ポジティブに捉えることにした。

 ちょっと苦しいけど頑張ってそうした。







※※※







「じゃあアタシはここまでですのでぇ。ここから先は1本道ですし、なにか御用があれば、遠慮なく案内の者にお声がけくださいねぇ」


 いってここまでおれたちを先導して来たゾーイが、すっと壁際に控えた。

 おれは偉そうに『うむ』と頷き、そのまま扉の先へと歩を進める。半歩後ろにはミゲルとマナナが続く。

 そうして扉の先にあったのはまた廊下。

 しんと静まり返った、冷たい石造りの廊下がただ延々と続いていた。


 もちろんおれはなにも喋らない。誰もいないのをいいことに、余計なことを口にしたりはしない。

 ちゃんと事前にマナナから「たぶんどっかのタイミングで、ワザと監視を外すポイントがあると思います。そういうのは全部罠です。ばっちり見られてるし聞かれてますから、エルダー貴種ノーブルっぽい振る舞いを忘れないでください」と説明を受けている。


 なので。


「……面倒だな。なぜわたしが、こんなことに付き合う必要が?」

「まあほら、なにか緊急事態らしいですし」

「連中の事情など、どうでも良いよ」

「まあそういうなって総領。些事は俺たちで対応するから、あんたはででんと構えててくれればそれでいいからさ」

「そんな当たり前のことを、わざわざ口にするな」


 こつこつと『この城から出て行くぞ!』な展開となる伏線を張っておく。

 こんなダウナー入ってるところに、擬似ロリコンを拗らせたきっついやつとのエンカウントが重なればさもありなん。

 きっといるであろう『姿なき観客』にそう思わせるようアピールをかましておく。


 角を曲がると一際大きな扉があり、その前にはゾーイと同じ燕尾服を着た男が直立していた。ここが集合場所である会議室なのだろう。


「アマリリスさま、でございますね。担当官がお席にご案内致しますので、中へどうぞ」

 暗に『好き勝手に座るなよ』と釘を刺しつつ、男が扉を開ける。


 室内の様子を一言で表すなら、世界なんちゃらサミットが開催されてそうな場所、だろうか。豪華な内装にこれ見よがしなシャンデリア。馬鹿でかいハッ〇ーターンみたいな長細いテーブルに沿うように並べられた椅子。そして着席している者の後ろの壁際で直立している、ハードなレザーを纏ったいかにも世紀末な連中。

 ……うん、サミットの会場にしてはパンチが効きすぎてるな。

 さらによく見ると、着席している内の半数くらいもきめっきめなレザーファッションを着こなす上級者たちだった。残りの半数はシックな礼服みたいな格好だったので、世代か地域によってなにかトレンドでもあるのかもしれない。

 

 そんな皆さんが、一斉におれを見た。

 どいつもこいつも人相がくっそ悪い。

 服装やらアクセサリーやら髪型やら目付きやらを総合して導き出されるごく簡単な結論。

 どう見ても、堅気ではない。


 あ、これ、サミットじゃなくて、どっちかっていうとやくざの会合だわ。


「こちらのお席へ、どうぞ」

 入り口付近で待機していた、さっきとは別の燕尾服の男がおれを案内しようとしたところで、



「――マジかよ。おいおいおいおいマジかよおいっ! 聞いてねえぞこんなんよお!」



 革ジャン革パン金髪の、インディーズなバンドマンみたいな兄ちゃんが慌しく席を立った。

 そしてずんずんとおれの方にやって来る。

 あ、これってもしかして。


「ギーラ・ユーティライネンさま。どうかお席へお戻」

 いい終わる前に、燕尾服の男は消えた。

 金髪のバンドマンみたいな兄ちゃん――ギーラ・ユーティライネンはいつの間にか振り抜いた右手を、まるで汚いものにでも触れたかのようにぴっぴっと払い、

「邪魔すんなや、ボケ」

 とだけいった。


 なにが起きたのか、おれにはさっぱりわからない。

 ただ燕尾服の男は、死体すら残すことなく消え去り、もうどこにもいないことだけはわかった。

 そう。こいつは今、一瞬の躊躇いもなく、燕尾服の男を殺した。


 そこでようやく追いつく。

 すっとろいおれの頭がようやく現実に、状況に追いつく。

 このギーラ・ユーティライネンという男は――本にできる。

 つまりはピラミッドさんのいう『規定のカルマ値』とやらを超過した存在であり、ここまで、ただの1度もまともな話し合いができた試しがない。


 なのにおれは動けなかった。


 例え言葉を交わしても結果は変わらないと、向こうのすることは絶対に変わることがないと、ここまで3度も経験しているにもかかわらず、おれは即決することができなかった。


 ギーラ・ユーティライネンが手を伸ばす。

 右手でおれの髪を掴み引き寄せ、そのまま左手でおれの股間をまさぐる。

 ……え? ……は?

 とっさのことに、動けない。


「おし、ついてねえな。とりあえず1発キメてやっから、こっち来」


 マナナが振り下ろした。

 おれの髪を掴むギーラ・ユーティライネンの右肩に向けて、いつもの特殊警棒をフルスイングで叩きつけた。


 ギーラはおれの髪からぱっと右手を離し、最小限の動きでマナナの振り下ろしを避ける。

 そしてそのまま親指を下にした逆手で、まるで鬼ごっこのタッチでもするかのように、手の平でマナナに触れようとする。


 理屈はさっぱりわからない。

 わからないがたぶん、あの右手が触れると、マナナは死ぬ。

 さっきの燕尾服の男のように、なにひとつ残すことなく消えて死ぬ。



 ――させるかよ、そんなこと。



 そこでようやく追い越す。

 すっとろいおれの頭がようやく現実に、状況に追いつき、やっとそこから1歩を踏み出せた。

 マナナに「任せろ」といわれて、本当に頭の芯から任せきりにしてたアホが、ここでようやく目を覚ました。遅すぎる。トロすぎる。愚図すぎる。論外だ。無様すぎる。


 色々と思うところやいってやりたいことはあったが、とりあえずは現状をポジティブに捉えることにした。


 こいつは――ギーラ・ユーティライネンは今おれに触れている。

 およそ考え得る限り最低の接触だが、それでも確かに触れている。


 じゃあ、いけるな。


 自分の頭の遅さにうんざりしながらも、それでもどうにかぎりぎりで間に合ったと安堵しつつ、告げる。



 ――悪魔の弁護人ディアボロス



 どろり、と染み込み、組み込まれ、解けて溶けた。


 ……のだが、股間から染み込んだと思われるのはなんか嫌だったので、これ見よがしに思いっきりビンタしておいた。



「あ、テメ、は、に、を」



 ギーラが背を折る。丸める、ではなく折る。折れた。折れて、折れて、3度繰り返し圧縮となる。


 ここで満足してはいけない。

 今おれは注目を集めている。

 ここで間抜けづらを晒して、ナメられる隙をつくってはいけない。

 第2のギーラ・ユーティライネンが出てくる可能性を潰せ。

 びびらせろ。怯ませろ。二の足を踏ませろ。

 こいつにちょっかいをかけても良いことは1つもないと、そう心底から理解させろ。

 2度と甘えた腑抜けづらを晒すな。たった1つでいい。学習しろ繰り返すな!



「あ、ああああ! オ、レ、が、ががががががああ!!」



 ギーラの絶叫を背にゆっくりと歩を進め、もういなくなった燕尾服の彼が案内してくれる筈だったおれの席へと腰かける。……微妙に地に足が届かずぷらぷらするのは格好がつかなかったので、どかっと胡坐をかく。


 そこでおもむろに指輪をフルドライブで起動!

 ぶっちゃけとくに意味はない。

 ただこの起動を至近距離で受けたルーナはガチ嘔吐していたので、きっとここにいる面々にもなにかネガティブな効果がある筈。


「――ぅぶっ」


 よし2人椅子から落ちた! 効果アリ!

 しかしやりすぎると『攻撃を受けた』と認定されて反撃を受けそうだったのでささっと起動解除。


 一斉におれへと集まった視線に、慌てず騒がずにっこり微笑み返し、ちょいちょいとギーラを指す。



「――ぁぁぁぐェっ!」



 駅前のクレープ屋さんみたいにくるっと頭部が巻き込まれ、工程は圧縮から解体、裁断へと移行する。その圧倒的なビジュアルの酷さに、皆の注意はすぐさまギーラの方へと戻った。

 ……よしセーフ! ぎりラインは越えなかった! 


 とはいえ今のはちょっとびびった。

 なのでもうこれ以上、直接刺激するのはなしで行くべきだ。

 なら使えそうなのは……。


 各人のスペースにはそれぞれ、湯気の立つカップと小皿に盛られた焼き菓子が用意されていた。きっと『よろしければどうぞ』的なやつだろう。


 おれはカップを手に取りゆっくりと喉を湿らせる。今まさにぐちゃみそに解体され、生々しい断面や内臓や骨や神経や筋繊維が織り成す最低のグロテスク・ショーを見ながら、茶を飲み焼き菓子をかじる。


 正直、味なんてわからない。なんなら吐きそう。


 こんな最低に気色悪いものを眺めながらの飲食とか、普通なら絶対にごめんだ。

 そんなことをするやつは、きっとどこかがおかしい。異常だ。狂ってる。かなりかかわりたくない。


 おれはそう思うから、お前らもそう思え。


 周囲の様子を窺うと、誰もが皆一様に石像のごとく固まっていた。

 カップや焼き菓子を持つ手は中途半端な位置で止まり、ただただ、ギーラが『元ギーラ』になる過程をその目に焼き付けている。


 4回目――いや前回はほとんど見てなかったから実質3回目か、とにかく最も数をこなした経験者であるおれですら吐き気を催すレベルの残虐グロテスクショーだ。そのインパクトは絶大な筈。



 ばき。めきぐしゃ。ぼとぼとっ。ざくざくどろろぷつん。

 ざっざっざ。がんがんがん。ぱらぱらぱらぱら。



 そうしておれが焼き菓子を平らげカップの中身を飲み干す頃、黒地に金のメッシュが入った悪趣味な本が床に転がり、その表紙の上にぼちゃりと脈打つ心臓が落ちた。染み込むように沈み行き、ようやく出来上がる。


 ギーラBOOKの完成だ。



 よし。

 ここからはスピード勝負だ。



 ノリとフィーリングで最大勢力のかしらをやっちまったおれは、このままじゃ残党たちから未来永劫狙われ続ける。

 そんなのは絶対にゴメンだ。

 なので今から、それを回避する為の方法を片っ端から試す。

 少なくとも、どれか1コくらいはヒットする筈。

 ……たぶん。きっと。してくれたらいいなあ。


 おれの手元にすっ飛んで来るギーラBOOK。

 キャッチして開く。

 まずは王道から。



 今この場に居るお前の天敵は?


 ――クリスチャン・ジーキング。


 その『ジーキング』に1番して欲しくないことは?


 ――主要な『長』の所在を把握してからの、ピンポイントな襲撃による確殺。


 それをされるとどうなる?


 ――オレたちの強み、全にして一たる統制が崩壊する。烏合の衆になっちまう。


 クリスチャン・ジーキングはお前を憎んでいるか?


 ――ああ。あのガキがあいつの妹だって知ってたら、もっと色々楽しんでた。


 クリスチャン・ジーキングはどこに座っている? 特徴は?


 ――右側手前の3番目にいやがる、いけ好かねえ貴族趣味のなまっちろいカマ野郎だ。


 クリスチャン・ジーキングとはどんな男か?


 ――おべっかや嘘を嫌う、潔癖症のクソ野郎。テメエより弱ぇ奴としか群れないカス。天辺に立つことよりも、オレたちを潰すことに執着する幼稚なクソガキ。



 ぱたんとギーラBOOKを閉じた。

 やはりこの手のやつとの対話は気分が悪くなる。

 しかし初手で大当たりを引けた。結果としては最上だ。


 おれは各スペースに備え付けられている、ごつい万年筆っぽいペンを取る。

 どうせ誰も日本語なんて読めないだろうと、ギーラBOOKの表紙にこう書き記す。



『おれとクリスチャン・ジーキング以外がこの本に触れることを禁ずる』



 そしておれはギーラBOOKを手に席を立ち、右側手前の3番目に座する彼――いかにも貴族だといわんばかりの、上品で仕立ての良い上下に身を包んだ、中性的な顔立ちをした長髪の青年に向け、ギーラBOOKを差し出しながらいった。


「これは、聞けばなんでも答えてくれる、とても素直な『本』だ。自動で返答する辞書だと思えばいい」


 戸惑うような、探るような眼を向けて来る彼に『敵意なんかないよ』と微笑みながら続ける。


「クリスチャン・ジーキング。これを貴方に」


 そこで彼は口を開いた。

 突然の事態に対するレスポンスが速い。

 きっと彼はおれよりも頭のいいやつに違いない。


「なぜ私に?」

「貴方たち『ジーキング』が、ユーティライネンを滅ぼし得る強者ゆえに」

「……尖兵になれと?」

「まさか。わたしは害獣の仇討ちなどという面倒から解放される。貴方は悲願を果たすことができる。これはただ、それだけの話だよ」

「そう簡単な話では」

「主要な『長』の所在を把握してからの、ピンポイントな襲撃による確殺が1番困るらしい。なんでも烏合の衆になるとか。詳細な場所は、聞けば全て素直に答えてくれる」


 それを聞いたクリスチャンは、明らかな反応を見せた。


「これはまだ、生きているのか?」

「死んではいない。骨のあるやつは、この状態からでも反撃してくるから注意してくれ。用が済めば、速やかに処分することをおすすめする」


 そういっておれは、クリスチャンの手の上にぽんとギーラBOOKを置いた。

 跳ね除けられたり、抵抗されたりはしなかった。


「特別に貴方だけは触れるようにしておいた。他者の手には触れないよう、気をつけてくれ」


 瞬間、クリスチャンは立ち上がり、手にしたままのギーラBOOKを壁際に立つ男の手に押し付けた。

 え? なにしてんの? 今おれ、気をつけてっていったよね? つか自分の護衛に対してやることエグすぎない?


 そんなおれのつっ込みもむなしく、壁際の男は音もなく消え、とすっとギーラBOOKが絨毯の上に落ちた。

 たぶん今のは、ギーラの右手による消失と同じ現象だ。

 これまでのパターンから、なんとなくそんな予感がしていたから、


「……だから『気をつけてくれ』と注意したのに」

「あれは仲間ではない。ユーティライネンの間者だ。もはや泳がせておく必要もなくなったからな」

 いってクリスチャン・ジーキングは、絨毯の上に落ちたギーラBOOKを拾い上げる。


「礼は言わぬ。借りをつくったつもりもない」

「もちろんだとも。承知しているよ」


 そうして残った1人の護衛を引き連れ足早に大扉へと向かい、そのまま慌しく退室して行った。

 きっとこれからすぐにでも、悲願の成就に向け邁進するのだろう。


 頑張れ。

 超頑張れ。

 おれに敵討ちが来ないよう、クリスチャン・ジーキングさんの活躍にはまじで期待してる。


 そうして、まあできる限りのことはやったかと一息ついたおれは、そこでふと思い出した。

 今のは緊急のトラブルに対応しただけで、本来の目的がまだだった。


「マナナ、ミゲル。わたしたちも行こう。ここを出るぞ」


 しれっと元のレールに戻るおれに黙って続く2人。引き止める声はない。1歩前に出たマナナが大扉を片手で押し開く。

 そこで視界の端で動く人影が。これまで固まったままだったユーティライネンの護衛の1人が弾かれたように動き出し、おれに向けて『なにか』を投擲しようと腕をしならせるより速く半身だけ振り向いたミゲルが男を指差す。



「ばん」



 いうと同時に男のこめかみから『白いボルト』が生えた。

 いや違う。飛んで来て刺さったのだろうが、速すぎておれには見えなかっただけだ。


 動けないもう1人の護衛に指先を突きつけ、へらへら笑いながら牽制するミゲルを横目に、おれは会議室を出た。


 ……つーかミゲルも『白い』シリーズできたんだ。そりゃ一言も『できない』とはいってなかったけどさ。

 やっぱこいつは微妙に信用できないよなあ、などと思いつつ、無人の廊下を無言で進む。


 そうして角を曲がれば、そいつがいた。


 白いゆったりとしたローブのような衣服をまとった白髪の老婆。この顔には見覚えがある。年齢は違えど基本のつくりはほぼ同じ。美しく老いたこいつはたぶん。


「シィス、だよね?」

「ええそうよ。今日の私は78歳なの」

 つっ込んだらキリがないのでオールスルー。


「ここを出るのでしょう? なら私の所においでなさいな。きっと、1番楽よ?」

 エルダー貴種ノーブルの庇護の傘の下。しかもアンチ公爵閣下の共犯者。いいことしかない。最高じゃん。おれは即答する。

「じゃあお世話になるよ。よろしくね」

「ええ。承ったわ。ついて来て」 


 そうして次の扉を開けると、そこには来た時と同じくゾーイが。

「あらぁ? ジーキングさまに続いてアマリリスさまもお帰りになるのですかぁ?」

 今さらこいつの許可なんて必要ないので、エルダー貴種ノーブル(シィス)の威光をびかびかさせつつ素通りしようとしたが、


「待てやコラァ! テメェら生かして帰すワケねえだろうがァ!!」

 大声に振り向くと、唯一無事だったユーティライネンの護衛だった。ようやくフリーズが解けて、考えるより先に走り出したのだろう。

 よし出番だミゲル! ファイトだマナナ! と目を向けるも、2人はなにもせずただ同じ方向をじっと見ていた。


 背後から足音が迫る。


 シィスも動かない。ただじっとミゲルやマナナと同じ方向を見るのみ。

 だからおれも、皆と同じくただじっとゾーイの方を見た。


 背後から足音が迫る。



「――ああもうわかりましたよぉ! やりますってばぁ!」



 ゾーイはずっとおれたちの背後、こちらにつっ込んで来るユーティライネン残党の姿を見ている。もう捕捉している。下準備は整っている。戦闘能力がないらしいゾーイが取れる手段は1つだけ。つまり今ここで、思いがけずゾーイの手札が開陳されるのだ。


 おれは、背後から迫るユーティライネン残党には目もくれず、ただゾーイのみに注目した。


 ゾーイの左手には、いつの間にか奇妙なものが握られていた。

 おそらくそれは、人の形をかたどったなにか。

 わらのような素材で雑に編まれた、男か女かもわからない、ただ手足と頭があることから人型を模しているということしか判別できない、しかしどこかで見た覚えのあるフォルム。

 不意に思い出す、ゾーイの家業について話した際の言葉。



 ――占星に、ですねぇ。ま、アタシには星見の才はなかったんですけど。



 きっと初見であろうミゲルやマナナには意味不明だろうが、おれにはわかる。

 ブードゥーの呪術とか牛の刻参りとかすうれいとか、呼び名は違っても、なにをどうするかは大体共通している。おれでも知っている。


 まじないにおいて、そののろいはあまりにも有名だ。


 そう、まずは今ゾーイがしたように人形ひとがたの胸部――心臓部に長い釘をセットする。

 やはりそうだ。ここまでくれば間違いない。

 次にゾーイは予想通りに右腕を振りかぶった。その手には小型の木槌が。

 おそらくあれは――人形ひとがたも釘も木槌もその全てがミゲルのクロスボウと同じ物だ。秒と待たずにいつでも手に取れる、彼女の辿り着いた最適解。なぜよりによってそれを? と本気で疑問に思うおれをよそに、さほど力むことなくシャープなスイングで振り下ろされる木槌。こんと押し込まれる釘の頭。微塵の抵抗もなく、すいと釘の先端部が人形ひとがたの胸部に入る。


 タイムラグはゼロ。

 完全に同時。


 ゾーイの視線の先で、受け身もなにもなく頭から前方へ倒れ込む護衛の男。失敗したヘッドスライディングのようにずざざざっと少しの距離を滑り停止。それきり、ぴくりとも動かなくなった。


 マナナが護衛の男を引っくり返し、

「死んでます。即死っすね」

 おそらく死因は心臓破裂。

 防御も回避も、なんなら距離すら関係なく、目に映ってさえいれば心臓が破裂する即死の一撃。


 うん、やっぱこれ、似てるだけの別物だわ。

 おれの知ってるやつはもっとこう、7日くらいかけてじわじわやるやつだったし。

 つーかこの即効性、もう呪いっていうかサイコキネシスとかそっちだよね?


 思ってたのは少し違ったが、それでもエグすぎる反則技なのは変わらなかった。



「……見ての通りよ女中。こんな輩が蔓延る悪所に、私の友人を置いてはおけないわ。おまえの主には、見たままを伝えなさい」


 こうしておれたちは、予定通りに? 無事に? 城から出ることができた。

 ささいなトラブルこそあったが、大まかなアウトラインは当初の予定通りだったので、ちょっと苦しい気もするが……まあそういうことにした。




※※※ 3日目、夜 ※※※




 いつもの暗黒カラオケルームでぱちっと目を開ける。

「お、ちょうどいいタイミングで来たな」

 薄手のコートを羽織ったルーナがおれの手を取り闇クッションから引き上げる。

「これから出るところだったの。はいこれ、おまえの」

 いってルーナは、黒いてっかてかの、マ〇リックスでしか見たことのないような超スタイリッシュなコート(キッズサイズ)を差し出す。


 ……そういや昨日の高級ブティックっぽい店にあったなこんなの。


「どう? いいでしょ? あたしとお揃いだし、そもそもアマリリスの真っ白、目立ちすぎるから」

 おれはおそるおそる超スタイリッシュなコート(リローデッド)に手を伸ばす。


 ……そうだな、認めよう。正直、ネ〇は今でも格好いいと思ってる。


 内にくすぶる残り火憧れをあおられたおれは、内心のりのりで袖を通した。

 あ、結構重いなこれ。見た目シャープなのにちゃんとレザーしてる。


「うんうん、あたしの次くらいには似合ってる」


 自分に自信があるのはいいことだと、おれはなにもいわずにスルーした。


「外に出るのはいいんだけどさ、今度は安全なところなんだよね? またいきなりドンパチとかなら、今夜は帰って寝ようと思うんだけど」

 おれの言葉に答えるかのように、後方の出入り口が開く。

「安全ではないが、無用な騒ぎを起こすつもりもない。なにせまだこちらの準備が整っておらぬからな」

 外から開けたままをキープするクラプトンが、どうぞお降りください、と促す。


 そうして出た先は、大きな川のほとりだった。

「その川の水は飲んじゃダメよ。普通にお腹壊しちゃうから」

 飲まねーよ、と思いつつも余計なことはいわず頷いておく。

「ねえクラプトン。この馬車無人にして、盗まれねーかな?」

「え? ルーナがそれいうの?」

 あ、つい余計なことフィルターを貫通しちゃった。

 無言のままルーナから飛んで来た蹴りを脛で受けてカット。


「案ずるな。この3名以外が車内に入ると『死ぬより酷い』憂き目に遭う仕掛けが施してある。万が一の場合は上手く使え」

 おれたちが馬車から離れると、す、と馬ごと車体が消えた。

 目を輝かせたルーナが触ると、す、とまた現れる。

 どうやら透明になるだけで、変わらずそこにはあるらしい。

 おれはもうつっこむのが面倒になったので、便利でいいじゃん、と流すことにした。


「基本あいつらは川沿いに移動するんだって」

「あいつらって?」

「今から行くところの元締め……いえ、運営全般ね。それをやってる血統」

「なんていうの?」

「オーベル」


 などと話しながら、川沿いを少し進んだ先に広がっていたのは……ひしめく天幕の群れ。

 テントの天井部分だけが立ち並び、その前で立ち止まったり視線だけを寄越しては通り過ぎる人の波。それぞれが店先に吊るす灯が、まるで道案内の矢印のように延々と続いている。

 ぱっと連想したのは縁日の夜店。

 だがそれに比べると1つ1つの天幕が大きい上に、基本店主も地べたに座っている。床に敷いた布や絨毯の上に商品を並べているその様は。


「……バザー?」

「んな上等なもんじゃねーよ。移動式の闇市だ」

「闇市って……この規模で?」

 店先の灯は見渡す限り一面に、異常繁殖した蛍のような数が広がっている。

 それは川のほとりを越え平野部分にまで進出し、もはや1つの町のようにすらなっていた。


「もともとそれなりには大きかったらしいけど……アイミアが消えて、一気に規模が膨れ上がったんだって」

図体規模が大きくなりすぎて、もはや満足に移動できぬそうだ。富んで、肥えて、動けなくなる。まあ道理よな」

「逃げれない闇市とか、すぐ摘発されて終わるんじゃ?」

「見ての通り大繁盛してるわ。根回しは上手だったみたい」

「もしかして『オーベル』って、公爵閣下のお友達?」

「ロニーとやらの報告書によれば、無きアイミアの代替として目を掛けられているそうな」

 そこでクラプトンが、ん? と振り向く。

「なぜ主が知らぬ? あの報告書を持って来たのは主だろうに」

「あの時は眠すぎて、ほとんど内容とか覚えてない」

「じゃあ、わからないことがあったらあたしに聞けよ。全部ばっちりだから!」


 あ、もう完璧に暗記済みなのね。

 基本ハイスペックなやつらの地力に圧迫されたおれは、話を逸らすことにした。


「当たり前だけど、子供は全然いないね。これクラプトン、悪目立ちするんじゃない?」

 なにせキッズ2人(内偽1)連れだ。しかもエスマイラの礼服を着てるとか、もうスリーアウトなんじゃ?

「目立つのは望むところよ。さしずめ今宵の我は、魅惑の釣り餌といったところか」

 気持ちよくラリってるところごめんだけど、

「もしルーナの顔を知っているやつがいたら、まずくない?」

「エスマイラに捕まったマヌケ、くらいにしか思われねーよ」

 けどそれじゃあおれが浮く。

 ……ここはひとつタイムリーな補強を。

「じゃあわたしも含めて『ユーティライネンへの届けもの』だっていえばいい。知ってるやつにはそれで通るだろうし、ちょっかいもかけられなくなる」

 なにせ最大勢力だ。

 正面切ってケンカを売る馬鹿はいまい。


「ユーティライネン? あーそーいえば、こじらせたクソロリコン野郎だって書いてたっけ」

 どうやらロニーレポートには、やつの性癖まで事細かに記されていたらしい。

 ……いるか? その情報?


「そのこじらせたやつは今日の昼、本になったよ」

「まじで?」

「まじで。あとで詳しく話すよ」

「なんで引っ張るの? めっちゃ気になるわ」

「そりゃ今日の報告のメインだし」

「つーかおまえなにやってんの? 城主の顔に泥ぶつけてツバ吐きまくってるじゃねーか」

「ルーナのそういう、たまに思い出したように常識的になるところ、よくないと思うな」

「おまえもしかして、ノリとフィーリングで動かなきゃ死んじゃうの?」

「そう攻めてやるなレディ。情動に逆らえぬは、闇の薔薇の盟主が代々備え持つ愛嬌よ」


 などとしょーもないことをいいつつ、人の流れに沿って出店っぽい簡易非合法商店の群れを冷やかす。

 基本的に天幕に座り込んでいる店主の服装はだぼっとした白系の上下で、帽子やらバンダナやらターバンっぽいやつやらマントやらの小物で個性を出している。

「なんで皆、砂漠にでも行きそうな格好なの?」

「実際に北部の砂漠地帯もオーベルの縄張りだからな。1番過酷な環境に合わせてるって習った」

 意外なルーナの教養に内心驚いていると、


「ドミノ」


 という言葉が聞こえた。

 目で辿ると、天幕のひとつに座り込む老店主が、目を見開きルーナを凝視していた。

 あ、もしかしてこれ、顔バレしたんじゃない?


「……なんだ爺さん、ママを知ってんのか?」

 ルーナが老店主に詰め寄ろうとするも、クラプトンがその肩を掴む。

「店主よ。残念だがこの『商品』の売却先はもう決まっている。手出しは無用に願おう」

 老店主は『エスマイラの礼服を着た男』とルーナを何度か繰り返し見た。

 そして事情を察したのか、

「……どちらへ向かわれるので?」

「ユーティライネン。既に話はついている。手出し無用の意味が、わかったか?」

 あ、こいつ早速使いやがった。

 老店主は、ただでさえ曲がった背筋をことさら丸めて、

「ええ。ええ。それはもう。あっしらがくちばしはさむ話じゃねえですはい」

「わかればよい」


 おれたちは無言のまま、老店主の天幕が見えなくなるまで人の流れに沿って歩いた。


「……やっぱり顔バレしたじゃん」

「べつにバレても問題なかったろ?」

「そもそも、ここへはなにしに来たの? 買い物ってわけでもなさそうだし」

 おれの疑問にクラプトンが、

「釣りだ。エスマイラの礼服を着た者がアイミアの次代を連れていれば、何かしらは釣れようからな」

 それに続いてルーナが、

「見ておこうと思ったの。これからあたしが皆殺しにする連中が、どんな市を開いてどんな顔をしているのか。ちゃんと見て、それからやろう、って思ったの」







※※※







 よくいえばオープンテラス。

 悪くいえば川のほとりの見晴らしのいい場所に椅子とテーブルを置いただけの、ちゃちな簡易セット。

 そこでひと笑い起きた。

 ここは、いくつかの天幕の主からおすすめされた食事処。

 ほぼ満席状態だったがどうにか滑り込み席を確保した後、注文した料理が来るまでの間に今日あったことを話したら……思いのほかウケた。なんでも、ジーキングさんに本を渡したあたりの芸術点がとくに高いとか。


「良いな。何ひとつ思い入れがないのがまた救いが無くて良いな。徹頭徹尾、喜劇よ」

「は? ちっとも面白くねーよ。いきなり体触ってくるカスとか最悪」 

 なんだかぷんぷんしてたルーナも、でっかい肉の塊がくればすぐご機嫌になった。


 ウェイトレスというよりケンカっ早そうなテキ屋の姉ちゃんと呼んだ方がしっくりくる給仕が持ってきたのはでかい肉の塊を焼いたシンプルな料理。

 その名は聞かずともわかる。どこからどう見てもステーキ先輩だ。いつでもどこでも、まあ肉の食べ方として絶対にそれはやるよねという普遍的なスーパースターだ。

 おれの分も来たので食べてみる。

 正直、ナイフで切る段階で嫌な予感はしてた。

 だがもしかしてと、一縷の望みを抱いてぱくっといったがやはりそうだった。

 歯応えを求めるアメリカンなやつだった。

 霜降り至上主義のおれとは相容れないやつだった。

 備え付けのマッシュポテトもどきからもなんか変な味がする。

 2回ほどなにか決定的なミスを犯したに違いないほうれん草もどきのソテーが青臭い。

 やはりもう認めるしかなかった。

 イルミナルグランデここの飯はマズ――おれの口には合わないと。

 いや、力技でてっぺんをとった狂奔レイジさんの強権で根底から魔改造されたネグロニアの食事事情が特異点だったというべきか。


「それで? いい加減、そっちの話も聞かせてよ」

 生来の貧乏性から、来たものは全部食べようと思うが……これだけに集中するのはきつい。


「そうさな、まずはこれを見よ」

 いって、おれがクラプトンに渡したロニーレポートが差し出される。

 その1番上のページに書かれている『オーベル』という文字。

 おれは黙って読み進めた。




 オーベルにはもう1つの稼業がある。それは特別な訓練を積んだ精鋭を用いた、暗殺を前提とした殺人代行業務である。それを実行する暗殺チームのメンバーは全員『オーベルの騎士』であり、常時10名ほどいる騎士の中から最も優れた1人が頭領としてチームの指揮を執る。

 また、このオーベルという血統においては主たる貴種ノーブルは完全な裏方であり、今日まで1度たりともその存在が表に出たことはない。おそらく闇市隊商の中に居る誰かが貴種ノーブルだとは思われるが、部外者がその正体を知る機会はまずないだろう。




「なーアマリリス。それステーキ苦手なら、食べてやろーか?」

「うん、お願い」

 べつに惜しくもないので「食え食え成長期」と差し出して、おれは文字に戻る。




 ――以上の事実から、オーベルの主たる貴種ノーブル自身には戦闘能力がない、と結論付けることができる。ただその代わりといえばいいのか、かの貴種ノーブルの行う騎士の任命アコレードには他に類を見ない幾つかの特異性が確認できる。

 その最たるものは『個人適性の無視』だ。

 具体的には、かの貴種ノーブルが『そう望めば』誰でも必ず適合率100パーセントの騎士とすることが可能なのである。これは騎士足りえる高適合率保持者の確保に苦心する各血統からすればまさに回天ともいえる特性であり、オーベルの土台を支える秘奥ともいえるだろう。

 ただ隊商メンバーを全員騎士にしていないことから数的限界が見て取れ、その具体数は10前後だと思われる。イメージとしては、騎士の『席』が10ほどあり、そこに座る人物を貴種ノーブルが自由に選べる、といったところか。

 以下、これまでに確認できた事例を書き記す。

 小姓ペイジから騎士への2段昇格、確認。

 騎士から小姓ペイジまたは従騎士スクワイアへの降格、確認。またそれを利用した定年による引退制度も確認。

 騎士本人からの自己申告、あるいは他騎士3名以上からの職務続行不可能の進言による早期引退、確認。




「……なあクラプトン。ビイグッド、やばすぎない? この諜報力があれば負け知らずだろ、どう考えても」

「それをいの一番に叩き潰し傘下に取り込んだエスマイラは、個人の力量はともかく組織としては本物の強者だったのであろうな。おかげで、この格好をしているだけで随分と道中が楽になっている」

「偽者だってバレなかった?」

「2人ほど、同じ格好をした単独行動中の『同志』を見かけてな。処理の際にエスマイラの符丁を幾つか聞き出しておいた」

 なんかグロい話が始まりそうだったので、おれはそそくさと文字へ戻った。




 オーベル独自の特殊能力。血の色。

 ここではそれを仮に『代替』と呼称する。

 これは文字通り、オーベルの騎士が傷を受けると、その傷は『騎士以外の血統の者』が代わりに受け持つ、という効果だ。

 これは一見、不死ともいえる再生力を持つエスマイラの下位互換とも取れるが、実際はより攻撃的かつ圧倒的な能力だ。

 傷を負い、それから治るエスマイラとは違い、そもそもオーベルの騎士は。傷を受けた時のダメージも、その結果の死すらも、他所にいる『騎士以外の血統の者』が代わりに受け持つのだ。

 つまるところこれは、擬似的な『無敵状態の付与』ともいえる、近接戦において埒外の悪夢を生み出す破格の能力である。




 なにこれ嫌すぎる。

 格ゲーでいうところのスーパーアーマー(燃料は他人の命)状態でつっ込んで来るガチの訓練積んだ暗殺者とか……クソすぎない?




 この『代償を受け持つ』対象はある程度コントロールできるらしく、これまで突然死する天幕の店主が目撃されたことはない。

 またこれに関連した事柄として、移動闇市の隊商メンバーには25歳以下の者はいない。

 その年齢以下の家族や身内は、いくつかの隠れ里に分かれて暮らしており、25歳を過ぎるまでは決して隊商メンバーには加われない。

 これは子供を始めとする若年層の命を『代替』として消費しない為の施策であり、逆説的に闇市隊商のメンバーの命は全て『代替』になり得るという事実が浮かび上がる。

 流動的ではあるものの、最近の闇市隊商のメンバーは(全てのグループの合計で)およそ400~500名ほどで構成されており、ただでさえ精鋭揃いの暗殺者たちを合計400回以上も殺すのはまず不可能であり、これは事実上の――。




「つまりここ――『オーベル』を放っておいたら、わたしたちを殺しに『半』不死身で常時無敵状態のエリート暗殺者集団が押し寄せて来るってこと?」

「左様。さすがにそろそろ、向こうにもこちらの存在が露見する頃だ。使える駒を使わぬ理由はないからな」

「……もしそうなったら、クラプトンでもルーナを守り切れない?」

「1度や2度ならまだしも、向こうの『ストック』が尽きるまで延々と完璧に対処し続けるのは、まず無理だろうな」


 ……まじで大ピンチじゃん。

 なら現実的に考えて、おれたちが生き延びる為には――。



「静かに。我が良しと言うまで、口を開くな」

 突然の硬い声。

 おれは無駄口は叩かず、無言のままルーナが好き嫌いしまくった結果皿に倍の量残されたグリーンなソテーをもそもそ食べた。

 ……うん、雑草にしては美味い。

 そう完食へ向けて己を鼓舞したところで、



「――少しお邪魔するよ」



 その男がやって来た。


 ノーネクタイの胸元を大胆に開けたラフとフォーマルが同居するちょい悪オヤジ系スタイルを完璧に着こなす、長髪を後ろでまとめたワイルドな色気のあるナイスガイ。若造というには年輪が感じられ、おっさんというには若々しすぎる。

 ただひとつはっきりしているのは、きっとこいつは女にモテるだろうという事実。


「始めまして。私はゲーリック。オーベルの騎士の頭領だ。以後、お見知り置きを」

 いってクラプトンへ向け、人好きのする笑顔を向ける。

「……よもや、かのオーベル騎士の頭領から名乗りを受けようとは」

 しかも1人だけジャケットスタイルだし、隠す気がないどころかむしろ全力でアピールしてるよな。

「時代は変わりつつあるからね。もはや私たち『オーベル』は表舞台に立たざるを得ない」

 いってさらに1歩距離を詰め、すっと右手を差し出す。

「だがおかげで、こうしてきみの前に立つことができる。いつまでも影のままでは得ることのできなかった栄誉の一つだね」

「ふむ。些か面映おもはゆいな。……申し遅れた、我はクラプトン。見ての通り『短剣の柄』の使いだ」

 クラプトンが立ち上がり、がしっと握手。

 そして至近距離で2人の視線が交差する。


「エスマイラの来訪など予定にはなかった筈だが?」

「必ずここ闇市へ寄るようにと『蒼い柄』から言い含められていた」

「……総領の勅令か。きみも苦労が絶えないようだね」

 あ、今のがあれか、さっきいってた符丁ってやつか。

「しかしこうして望外の出会いを得ることができた。そう悪いことばかりでもない」

「……ああ。同感だ」


 なんかお前ら握手長くね?

 つーかおれとルーナ、完全に蚊帳の外だな。いや楽でいいんだけどさ。


「クラプトン。きみを私の天幕へ招待したいと思うのだが、受けて貰えるだろうか?」

「無論、喜んで。雑事を片付け次第、向かおう」

 そこで初めてゲーリックがおれとルーナを見た。

「荷物番は必要かい?」

「不要だ。我らが『血の棘』を知らぬ訳ではあるまい?」

「相変わらず、怖い人たちだ。故に魅力的でもあるのだがね」

「そこはお互い様であろう?」

「嬉しい事を言ってくれる」

「何、事実を言ったまでよ」

「……最奥の赤い天幕だ。そこで、待っているよ」


 にっこりと笑いながらゲーリックは去って行った。

 ううむ。色気たっぷりなイケおじのはにかみ系スマイル。

 やっぱあいつ絶対モテるな。現代日本ならあれ1本で食っていけそう。

 などと思いつつ、美味しい雑草をむことしばらく。


「良し、もういいぞ。監視も消えた」

「なんだ、意外とゆるいな暗殺者」

「エスマイラとはうまくやって行きたい、というメッセージだろうな」

「はっ、パチモン相手にアホな連中!」


 妙にルーナの当たりがキツいので、もしやと思いロニーレポートをチェックしてみる。

 ええと、オーベル、オーベルっと。




 アイミア殲滅戦における最大の功労者。

 オーベルの暗殺隊がアイミア最大戦力『通商護衛隊』の司令部を根こそぎ狩り取ることで、その後の組織的な抵抗はほぼ不可能となった。その功績を公爵閣下(おそらくは代理人)に評価され、オーベルはアイミアの後釜として――。




 ……こりゃ余計なことはいわない方がよさそう。

 おれは雑草を処理する芝刈り機となった。

 うーん、この草なんの栄養価もなさそう。


「にしてもおまえ、本当にあの手のタイプにモテるんだな。あそこまですけべ根性丸出しなの、ちょっと引くんだけど」

 え? 今のって『そういうやつ』だったの?

「なにを言うか。むしろ最高の釣果ぞ?」

「……? あのさ、話が見えないんだけど?」

 ならば先の続きといこうか、とクラプトンがおれに向き直った。


「では問題だ9代目。必ずや背後から我らの命を狙うであろう、ほぼ不死身でおよそ無敵のオーベルの暗殺者集団に対して、最も有効な攻撃方法とは?」


 えっ? 急に参加型?

 えーと、そうだな……きっと超強いであろうオーベルの騎士たちは、オーベルの血統メンバーがいる限り『傷つかない』から、それを阻止するには全てを一気にやる必要がある。

 まず思い浮かぶ手段としては……。


「ルーナの脳内一斉放送を使う?」

「否。あれの使用には、その血統の頂点たる貴種ノーブルの血を取り入れる必要があるらしい」

 これがダメなら残るは。

「……特大の『塩化の杭』を落とす?」

「正解だ。ただし市が開いている夜間は、場に存在する総数が多すぎて飽和するやも知れん。そも無差別というのも美しくない。よって実行するのは、客がけてオーベルの血統のみとなった昼間だ」

「なんだ。ならもう勝ったも同然じゃん」

 手加減できる相手じゃないことくらい、おれにだってわかる。

 そもそもこちらを殺しにくる相手を気遣えるほどおれは聖人ではない。


「ところがそうも行かぬ。数百人規模をまとめて一撃でとなれば、逆流で我が即死する」

「やっぱり反動があるの?」

「塩へと変換した幾分かが我が体内へと逆流する」

「本気で即死するやつじゃん」

 塩分を過剰摂取どころの話ではない。いわばこれは、命と引き換えの自爆攻撃だ。


「……んん? 待って待って、じゃあ最初に見たあれはどういうこと? いくら小さくても、それでも村1つを丸ごと塩の塊にしたのに……クラプトン、生きてるじゃん」

「当然、抜け道の1つや2つ用意してあるとも」

 おお、やるじゃん。

「どんな?」

「逆流を他人に押し付ける。これ自体が即死の攻撃となる」

 おお、まじで凄い。パーフェクトな回答だ。

「最初の時は、誰に押し付けたの?」

「ちょうど瀕死の敵が転がっていたからな。全てそ奴に」

 そういうことなら。

「あちこちにオーベルのやつがいるんだし、押し付け放題じゃん」

「それはできぬ。厳しい条件がある」

「どんな?」

「我が抱いた相手にしか、押し付けは出来ぬ」

 ……んん?

「抱くって、ハグ的な?」

「否。我がイチモツをぶち込む」

「いやなにいってんのまじで」


 え? もしそれが本当だとしたらお前、あの最初の寂れた村でこっそりハッスルしてたってことになるよね? え? まじでどん引きなんだけど。


「あの場でそこまでの余裕はなかった。だから簡易的な略式しか行えず、威力は中途半端かつ逆流の2分5厘は我が身で被った」

 いや勝手に心読んで話進めるなよ。

 そもそもあの量の塩の2.5パーセントが逆流しても生きてるのはおかしいだろ。

「なので今回は、きちんと本式で行こうと思う」

 やべえ。脳がついて行ってない。

「そこでレディには、その一部始終を見届けて貰いたい」

 おい、あっさりと限界突破するんじゃない。ガチでついて行けなくなるだろ!

「あの家畜どもの巣ボーリンナで使った『目』ならば、過不足なく見届け役を果たせよう」

 ダメだ本気で意味がわからない。なぜ見せる? なぜギャラリーを用意する? 上級者すぎるだろ、せめてこっそりやれや!

 などという本音は、社会に揉まれたおれのセーフティーフルターが無味無臭に濾過する。


「なぜ(そんなものを)ルーナが見る必要が?」

「レディならば、見れば再現できる。一度知れば、次からは過程を省略して結果のみを引き出せる筈だ。さすれば、襲い来る敵を身代わりに『塩の杭』は撃ち放題となる。これは、そう遠くない内に数で圧殺されるであろう我々が生き延びる最低条件でもある」


 びびるくらいまともな狙いだったが、実際のアレさ加減はちっとも変わらない。


「いや待て待て。ルーナだってそんなもの、見たくないだろ?」

「正直、ちょっと興味ある。シィスは男×女しか見せてくれなかったし」

 そういや思春期だった!


「……なんでここでシィス?」

「あいつ、ママが用意した方面の教育係」

 たしかシィスは娼館経営とかしてるし、そういう繋がりだったのね。

 そう考えるとこれ、べつに多様性を知ること自体は悪くはない……のか?


 よし、ここは一端話題を変えよう。


「……そもそも、なんでそんなアレな技術が?」

「元は愛する者の身代わりとなる尊き献身の御業みわざだったらしいが……つまらぬ三文悲劇の種にしかならぬと激怒した先代盟主『冒涜』が、肉欲のみに振り切ったこのかたちへと改良したそうな」


 思いのほかまともな由来だったが、実際のアレさ加減はちっとも変わらない。


「この押し付け――いや、連中に倣って『代替』と呼ぼう。この代替の相手には相応の格が求められる。すぐに死ぬような矮小な命では、とても全ての反動は受け切れぬ。その観点でいうなら、あのゲーリックは申し分なし。オーベルの騎士、その頭領たる度量のほど、しかと見せて貰おうぞ」

 ……今さらではあるが。

「クラプトン、男でもいけるんだ」

「異種族でもいけるとも。その程度の些細な枠組みの外にこそ、闇の薔薇は咲き誇るが故にな!」


 やだこいつのりのり。

 おれは反応に困り、なんとはなしにロニーレポートをぱらぱらと捲った。

 すると最期のページに主要な血統とその重要人物の一覧があり、その内の『オーベル』の欄にあった『暗殺部隊頭領ゲーリック』には、



 半年前に先代頭領から代替わりしたばかりの新たな頭領。

 ここぞという勝負では必ず勝利し続けてきた、実力の伴う自信家であり男色家。

 自身の容姿を活用し、肉体関係による縁を結ぶことを躊躇わないその性質は非常に危険。

 この手の人物が権力を握る組織は、急激に勢力を拡大する恐れがある。



 とあった。


 なるほど、最初からゲーリックあいつを狙ってたのね。釣る気満々だったのね。

 ……実際にそれで釣れてるんだから、自意識過剰ってわけでもないのが反応に困るね、うん。見た目だけなら文句なしに美形だもんねこいつ。


「で、クラプトン」


 そこでようやく、(緑の雑草以外)全てを完食し、さらにはいつの間にやらデザートまで平らげたルーナが口を開いた。


「あいつは、おまえの好みのタイプだった?」

「悪くはない。まあ及第点といったところだが、そもそも――ああも露骨に誘われてしまえば、受けぬは無作法というものであろう?」

 そんな作法しらねーよ。

 とは思いつつも、他人のやる気に水を差すのはよくない。


 おれは余計なことはいわず、うんうんと頷いておいた。







※※※







 そうしてクラプトンが『逆流押し付け大作戦~ドキッ! 本当に押し付けるのは逆流だけ!?~』に出陣した後、おれは闇市を見て回りたいとゴネるルーナを必死に宥めて、どうにか馬車への帰路へとついた。

 さすがに見た目子供2人だけでは、どんなトラブルに巻き込まれるかわかったものではなかったからだ。


「アマリリスは心配しすぎなんだって。向こうのトップが認めたようなモンなんだから、むしろ安全なんじゃねーの?」

 たしかに、理屈の上ではそうだ。

 エスマイラと上手くやって行きたいオーベルが、そこへの届け物であるルーナを害することはまずないだろう。


「わたしが人ごみに疲れたんだよ。今ならクラプトンもいないし、あいつの秘蔵のメロンを食べてやろうよ」

「え? まじで? あのよくわかんない保管庫、開けれるの?」

「闇関連なら大体いける」

「え? ホント? じゃあ実はもっと気になる場所があって――」


 そう。

 理屈の上ではたしかに、ルーナは安全な筈なのだが。


「……ん?」



 ごく稀に、理屈を超えるやつが、存在する。



 馬車を停めてある川のほとりへと続く、闇市の喧騒が遠くかすかに響く道すがら。


「……あれ、さっきのジジイか? たしかママを知ってるとかいう」


 蛍の群れのように煌びやかに並ぶ市の灯からは大きく外れた、暗く静かで人気ひとけのない道すがら。


「ルーナ。止まれ」


 そいつは、おれたちを待ち構えていた。


「なんだよアマリリス、怖い声出して。あのジジイがどうかしたか?」

「いや、べつにどうしたってわけじゃないんだけど……」

「釣竿持ってるみたいだし、夜釣りじゃねーの?」


 闇市店主の1人から、ここいらでは揚げると美味い白身の小魚がよく釣れると聞いた。たしか昼より夜の方が狙い目だともいっていた。

 なのでルーナのいう通りではある。なにもおかしなところはない。

 現に今もその老人は、釣り糸を川に垂らしてただ立っているだけで――あれ? さっきあいつ座ってたよな? いつ立ち上がったんだ?


 かすかな違和感。


 ずっと視界に映っていた筈なのに、立ち上がった動作が記憶にない。


 あれ?

 そもそもおれは、なんであの爺さんを見て『待ち構えていた』なんて思ったんだ?


「あ、もう止めて帰るみたい。ちょうどこっちに来るし、ママのこと聞いてみよっか?」


 ルーナが軽い調子でいう。そこに危機感はない。

 しかしおれはかすかな違和感を拭い切れない。


 ここが『知る人ぞ知る爆釣スポット』だった可能性もある。ただこの向こうには、おれたちの馬車が停めてある。だから『択』が生まれる。

 ただ夜釣りをしていただけか。

 おれたちが帰って来るのを、ここで待ち構えていたか。


 根が臆病なおれは、迷わず『待ち伏せ』の方だと思った。

 根が豪気なルーナは、迷わず『夜釣り』の方だと思った。


 釣竿を肩にかけ、片手に桶を持った老人がルーナに向け軽く手を振る。

 ルーナはぶんぶん手を振り返す。臆病なおれは穿った視線を返す。


 あの痩せて背筋の曲がった老人からは、代理人の前に立った時のような『あ、これ死ぬわ』といった圧は感じない。


 危険を、恐怖を全く感じない。



 ……いやこれ、おかしいだろ。



 基本くっそ臆病なおれが、暗い夜道で『待ち伏せ』していた相手に対し、ちっとも怖いと感じない。この時点でもうおかしい。麻痺してる。たぶんなんかされてる。魔法か? 相手から恐怖心を奪うとかそういうの。いや、もうそんなのどうでもいい。おれは端的に告げる。


 ルーナ敵だ。動くなと命じろ――といった筈の言葉がなぜか出ない。


 いやそれどころか、

「こんばんわ、お嬢ちゃん。こんな所で会うなんて奇遇だな」

 いつの間にか、声が聞き取れる距離にいる。

 という事実に、声を聞いてから初めて気づく。

 いつどうやって距離を詰めたのかがわからない。

 ずっと視界に収めていても、わからない。


 おれの額に一筋の汗が伝う。まずい。このまま近付かれるのは、まずい。


 もはや形振り構わずルーナの手を取って走り出そうとしたが――身体はぴくりとも動かなかった。

 喋れない上に、動けない。


 そこで、落ちた汗が目に入った。反射的に片目だけ閉じるウインクのようになってしまい、そこで初めて老人が1歩すいと進んだ。進む姿を見ることができた。



 ――こいつ、おれがまばたきしたタイミングを狙って、距離を詰めてる?



 わけがわからない。

 なぜそんなことができるのか、そもそもおれに前進する姿を見せないことになんの意味があるのか、ちっともわからない。


 ただ、おれに対して意識を割いているのだけはわかった。

 今あの老人が対処しなくてはならないのは、おれだけだ。

 今ルーナは老人に対して無防備だ。

 ひょろくて背筋の曲がった弱そうな老人など、警戒するに値しない。

 そう無意識に結論を出し、そもそも土俵に上がろうとしていない。

 こっちは2人なのに、実質1対1になってしまっている。


 そこでおれは、ようやく気づけた。


 おそらくこれは、技術。


 いかに相手の警戒心を掻い潜るか、いかに相手の意識の隙間にもぐり込むか、いかに相手を油断させるか、いかに相手に自分を無害な存在だと錯覚させるか。

 姿勢、表情、仕草、歩調、声音、視線、その他意識できない微々たる要素の全てを駆使して。


 いかに相手の不意を突くか。


 ただそれのみを、呆れるほど長い時間をかけて追求し続けた、おれと同じ臆病者の技。



「あァそういやお嬢ちゃんアンタ、店の前にこんな物を落として――」



 いって老人が懐に手を入れる。どうしてか、距離はもうさっきの半分になっている。

 ことここに至ってようやく確信する。

 こいつは、この老人は暗殺者と呼ばれる存在だ。

 その技術を延々と研鑽し続け、あまつさえこの年齢まで生き残った本物の『脅威』だ。


 ルーナはまだ危機を認識していない。

 おれはなぜか喋れないし動けない。手も足も出ない。


 なら、もう1本出す。


 狙うは老人ではない。きっとおれの攻撃なんてこいつには通用しない。だから狙うはルーナ。ぶん殴って吹っ飛ばして距離を稼ぐ。と同時に危機を自覚させる!


 そこで老人がよろめいた。

 不運にも大き目な石でも踏んでしまいぐねっとなった感じで、ごく自然に右斜め前方へとよろめいて、軽くとん、と地を踏み締めた。


 ……そこはちょうど、おれがルーナを殴る為の『闇の手』を出そうとしていた始点だった。


 構わず老人ごと押し飛ばす勢いで『闇の手』を突き出そうとするも……できない。

 まるで超重量の重石で蓋でもされているかのように、なぜかひょろい老人の体躯が持ち上がらない。押さえ込まれている。完璧に。


 わけがわからない。

 なぜそんなことができるのか、なぜそこを押さえようと思ったのか、おれにはさっぱり――いやそうか視線か!


 おれは瞬時に両目を閉じて、再度『闇の手』でルーナをぶん殴ろうと試みる。

 最後に見たルーナとの距離は、さらに半分になっていた。正直、もう間に合うかは怪しいタイミングだがそれでも、



「――よし、まあとにかく全部話せ」



 閉じた目蓋の裏に響くルーナの声。

 やはり状況を把握していない。内容がちぐはぐだ。

 そもそも、こいつは問答を挟んでいい相手じゃない。こいつ相手にそんな余裕はどこにもありはしない――筈なのだが。



「お嬢ちゃんを、殺しに来たんさ」



 あれ? 普通に答えた?

 どういうことだと、おれは慌てて目を開ける。


 ルーナとの距離がゼロになった老人の手には短刀。

 その切っ先は、わずかにルーナの胸元へと沈み込み……そこで、止まっていた。


「――は? ええっ? おまっ、オーベルはあたしを放っておくって決めたの、しらねーのか!?」

「……知ってらあよ。あんだけ殺せっつったのに、アタシの進言はみいんな跳ね除けられちまったよ」


 一瞬の空白。そして理解。


「なんでそうまでして、あたしを殺そうとする?」

「一目見りゃわからあ。売っ払われる娘のつらじゃねえ。そりゃ、敵を皆殺しにする時のドミノとおんなじ顔だ。お嬢ちゃんアンタ、アタシらをみいんな殺す心算つもりなんだろう?」

「当たり前だろうが」

「まあ、そうだわなぁ」


 そこでルーナはゆっくりと1歩下がった。

 わずかに食い込んでいた短刀の切っ先が抜け、少量の血を滴らせた。

 老人は動かない。おそらくは、まだルーナとの会話が終わっていないから。


「おまえとママの関係は?」

「1度見逃された。この『貸し』は必ず返してね、とか吹いてやがったっけな」

「ママに借りがあるのに、あたしを殺しに来たのか?」

 老人は笑った。

「お嬢ちゃんアンタ、1人生き残っても、辛いだけだよ」

 ルーナは鼻で笑った。

「おまえの思い込みを、押しつけるなよ、鬱陶しい」


 なんだよお前、そんな返しされると好きになっちゃうじゃないか。


「これはおまえの独断か?」

「ああ。誰も知らねえよ。統制は完璧だからな。決定に逆らう莫迦は始末されちまう」

「……おまえの、アイミア狩りの戦果は?」

「指揮官3。中隊長12。戦闘員49。非戦闘員12。……内子供4」

「ママに、よろしくな」

「イヤだね。もうアンタら母娘とは口利かねぇ」

「そっか。死ね」


 老人は自身の心臓を短刀で突いた。


「飛び込め」


 そして頭から川へと飛び込んだ。

 音も飛沫もほとんど立てない、長年の鍛錬を感じさせるちゃぷんというわずかな水音の後に残されたのは、ただ川のせせらぎのみだった。


 そこでようやく、おれの身体に自由が戻る。声も出せるようになる。

 同時にルーナがその場でへたり込む。

「ルーナ! ケガは!?」

「わ、急に大声」

「喋れなかったし動けなかったから!」

「落ち着けって。死にはしないから」

 とにかく疲れたというルーナに肩を貸し、どうにかいつもの暗黒カラオケルームへと帰還した。


 あー、やっぱここ落ち着くわー。

 まるで実家のような安心感がある。


「アマリリスの様子が変だったから、一言目から『全力』で叩きつけたの」

 だから老人はルーナの言葉を無視できなかったと。

「いきなり『とにかく全部話せ』とかいっちゃうの、最高にルーナらしいよね」

「なんだよ、照れるだろ」

 いや褒めてねーよ。

 とはいわないでおいた。


 ……まあ、ちょっとは役に立ててたみたいでよかった。

 謎のアサシンマジックのおかげで、ほぼ単なる置物になってたからねおれ。


「……まじでギリギリだった。ババアカリスタの前だったら絶対にやられてた」

 ふうと息を吐いたルーナは、短刀に貫かれ穴の開いたスタイリッシュレザーコートを脱ぎ、血のにじむシャツの上から手で傷口を押さえようと、

「いや待って待って! 手で直接とかダメだって!」

 おれは慌てて薄くスライスした『闇』をトイレットペーパーのように巻き取りルーナに手渡した。

「――て、あれ? ルーナ、傷は治るんじゃ?」

「なんか胸周りはイマイチ治りが悪いみたい。たぶん、心臓が急所なんだと思う」


 また来たよ! 思い出した頃にやって来る吸血鬼要素!


 たしかに、もうほとんど血は止まっているが……あとほんの少しでも切っ先が食い込んでいれば、どうなっていたかわからない。

 ……これもしかして、スタイリッシュコート(ガチレザー)がなければ死んでたんじゃね? 心底本気のぎりぎりだったのでは?


「本当はもっと完璧な力なんだろうけど……やっぱあのカス共エスマイラの力とかキモいし、これ以上は生理的にムリ」

 逆にいうと、完全に受け入れさえすれば、たとえ心臓を潰されてもへっちゃらになるわけで。

「ええー、それ、勿体なくない?」

「じゃあおまえ、明日からユーティライネンさん家の子な」

「絶対やだ」

「だろ?」

 ガチでキッズに論破されたよおい!

 おれは悔し紛れに、クラプトン秘蔵のメロンをルーナと一緒に平らげ、ひとまずは精神の安定を得た。


 そうして、ルーナの傷も塞がり血で汚れた服も着替え『今日はもうここまでかな』と思ったところで、


「あ、そろそろ始まるみたい! アマリリス、一緒に見よーぜ!」

「……なにを?」

「決まってんだろ。クラプトンの〇〇〇〇〇〇だよ!」


 顔見知りのライブ生中継〇〇〇〇〇〇をVR主観視点で女児と一緒に観賞する。

 ……徳が、高すぎる。おれはまだそのステージにない。

 おれは丁重に辞退する旨を伝え、今夜はもう帰ることにした。

 幸いにもルーナは一緒にAVアレなヴィジョンを見るのを『友情の儀式』だと捉えるタイプではなかったらしく、すんなりと「そっかまた明日な」となった。


 闇クッションに沈み込み、両目を閉じる。

 その刹那。


「うわ、うわわ! なにそれうそっ、早っ、展開早っ! おいクラプトンてめー、それは蛮勇が過ぎんだろ! え? あのオヤジ、笑って……? まずいぞアマリリス! クラプトンが後手に回っちまった! て、え? ひっくり返って……ええ!? なんだよこいつら……! まるで嵐の中でワルツでも踊るみたいに……っ! もうバトルじゃねーかこんなのっ……! なんだ? いきなりルールが変わっ、え? え? やだ、キレイ……」


 ……あまりルーナに変な影響がなければいいなあ。

 あとワルツに謝れ。

 そんなことを思いつつ、おれはそっと目を閉じた。







※※※







 夜が明けて市は閉まり最期の客がけて、それぞれが後片付けを始めた頃。


「あれ? そういや先代はどこ行った?」


 オーベルの移動闇市。何食わぬ顔をしてその運営に携わりつつも、裏では暗殺者としての顔も持つ『オーベルの騎士』の1人が、それに気づいた。


「ああ、随分前に川下の方へ歩いて行ったぜ。頭冷やしてくる、とかいってたから、どっかで釣り糸垂らしながら酒でもかっ食らってんじゃねえかな」

 同じく二足のわらじを履く別の騎士が、解体ばらした天幕を圧縮するように折り畳みながら答えた。


「あ~、今回は総スカンだったからなあ」

 もはや滅んだ『アイミア』のガキを執拗に殺せと主張し、全会一致で却下された。

「当たり前だろ。これからはエスマイラとユーティライネンが幅を利かせる時代だ。そこに食い込もうっていうかしらの方が、どう考えても正しい」

「いや、あいつは好みのいい男に飛びついただけだろ」

「実際寝れば情が湧く。おれはいい手だと思うがね。なにより元手が掛からねえのがいい」

「……まあそうだな。先代は……放っておくしかないか」


 そこで1度言葉は尽き、しばし黙って手を動かすだけの時間が過ぎる。


「……やっぱもう耄碌もうろくしちまったんだよな、先代は」

「それ、本人の前では言うなよ。あの人が頑張ってくれたから、オーベルはここまで大きくなれた」

「だから余計に遣る瀬ねえんだよ。ガキが母親に似てるからなんだってんだよ? 殺らなきゃ殺られる? そんな真似ができんなら、そもそもエスマイラなんぞにとっ捕まっちゃいねえだろうがよ」

 少し考えればわかることが、わからない。

 これを耄碌もうろくといわず、なんというのか。


「なんだ、随分と毒づくじゃないか」

「……積んだ木箱が、倒れそうになったんだ」

「うん?」

「4段積みの葉っぱと金物。倒れでもして中身をぶちまけたら、どう考えても面倒なヤツだ。ちょうどおれと、同じくらいの距離で反対側にいた先代の2人だけがそれに気付いたんだ。そりゃまあ走るわな。ほぼ同時に用意ドンだ。おれはまあ正直、先代が受け止めた後を支えるフォローのつもりで走ったんだが……おれの方が、先に着いた。支えて押し込んで、ようやく人心地ついたところで先代を見ると……まだ半分も進んでなかった。信じられるか? あの『陽炎』が、おれの半分の速度も出せてなかった」


「いや、あの人は完全に引退全返還したんだぞ? 言ってみればもうただの爺さんだ。それだけ動ければ十分だろ」

「茶化すなよ。おれは結構本気でショックを受けたんだ」

「ふうん。なるほどわかった。要するにお前は『寂しい』んだよ。見る影もなく衰えた『陽炎』を見るのが、ただただ寂しいんだよ」

「はあ? んなわけ……あるの……かもな」


 なにやら考え込む同僚を横目に、その騎士は立ち上がった。

「こっちは全部終わったから、先代の天幕片してくる。どうせそのままだろ?」

 おう頼まあ、という気のない返事を背に辿り着いた目的地には、奇妙な先客の姿があった。


 内に空気の層をつくることで暑さを逃すゆったりとした上下。日除けの布帽とセットになった外套。今や古臭いと不評の、誰もそのままでは着用しない『オーベル隊商』の標準装備。

 それを着てなにやらごそごそとやっているのは。


「……なぜお客人が後片付けを? それにその格好は?」


 たしか名はクラプトン。エスマイラからの賓客。

 それがなぜ先代の天幕を片付けているのか。


「んん? ああこれか。ゲーリックから友好の証として頂戴したので、早速着てみた。後片付けはほれ、そこなご婦人の要請にて」


 客人の指す先にいた中年女を見て、その騎士は声を荒げた。


「姐さん! 客人に何をやらせているんだ!」

「あら? そうだったの? そんな格好してるし、てっきり新入りかと思っちゃった」

「あんたって人は……!」


 まあ嘘だろう。この姐さんは、馬鹿のフリをして他人を試す悪癖がある。


「あらまあゴメンなさいね。じゃあそのお客様は、なんの御用でここに居たのかしら?」

「食料の補充を失念していてな。まだ畳んでいない天幕ならあるいはと」

「あらそうでしたの。でしたらお詫びに、私が用立てて差し上げますわ。なにがどれだけ必要なので?」

 客人は懐から取り出した『隊商専用の連絡用紙』にさらさらと筆を走らせ。

「ではこのメモの通りに頼む」


 いくら懇意にしたいからといって、部外者に身内用の品を軽々しく渡すとは……あいつには、ひとつ苦言を呈する必要があるかもしれない。


「はいはい了解ですわ。どうぞこちらへ。あ、迷惑料として『お勉強』はさせて頂きますけど、お代自体はちゃあんと頂戴いたしますわよ?」

「そうでなくては困る。商取引を蔑ろにする輩を、我が主は絶対に許さぬからな」


 こうして、これから最も重要な取引相手となるであろうエスマイラとの賓客との間に『縁』をつくる。

 出会い頭に印象的なエピソードをぶつけることで、確実に相手の記憶に己の名を刻み付ける。

 嫌悪を生まず禍根を残さず、そういった加減がこの姐さんは抜群に上手い。


「まあまあ、素敵なところなのね、エスマイラって」

「……フハッ! 違いない!」







 こうして和やかに緩やかに、オーベルの命運は尽きた。


 実は『陽炎』が死亡した時点ではまだ逆転の芽はあった。

 歴戦の暗殺者が自身の死を想定しない筈はなく、己が未帰還をもってかの脅威の証明となるよう、その旨を記した遺書を天幕内に残してあった。

 夜が明けて市は閉まり最期の客がけて、それぞれが後片付けを始めた頃。

 ここを片付けに来た誰かがそれ遺書を発見さえすれば、すぐさま即応隊が編成されていた筈だった。その程度の信頼はまだ十分にあった。そうなれば、また違った結果になっていたことだろう。



 ただ。



 どこぞの邪神の下請けが「じゃあさ、書いた文字をルーナが見てそれをクラプトンに送れば、遠隔通信ができるよね?」などと戯れにいいさえしなければ。


 どこぞの若き夜の母が、人生初の大スペクタクルショーを見た反動から、妙に冷静な心地となり「あ、そういえばあのジジイがメモとか残してたらマズいんじゃ」と気付きさえしなければ。


 どこぞの外法が湯船の中で「存外早く終わったな」などとヒマさえしていなければ。

 あるいは、勢いで来てみたものの「流石に天幕内を漁るのは悪目立ちが過ぎるな」と立ち往生していたところに、くせ者の中年女さえ現れなければ。

 さらにいうなら「順調すぎてつまらぬな」と外法が戯れに回収した遺書の裏に書いた買出しリストを受け取ったくせ者の中年女が、ちらりとでも裏面を確認さえしていれば。


 いい出せばキリがないが、それら諸々を一言にまとめると。



 ここでオーベルの命運は尽きた、となる。



 その日の正午。

 オーベルの移動闇市、その内に潜む貴種ノーブルおよびその血統計484名は。

 全て塩の塊となり、砕けて散った。










※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※










TIPS:ギーラ・ユーティライネン


彼は最初からやる気だった。ぐずぐずと様子見を決め込む腰抜けども。胸糞悪いハリボテの城。全部まとめて平らげてやろうと、西都の周辺に可能な限りの戦力を集結させていた。開始の合図は決めてある。西都防衛の要たる代理人の消滅。それを合図に彼の『国獲り』は始まる。

まずは奥で偉そうにふんぞり返っている代理人くそじじいを引きずり出す。その為には。


絶好の獲物の登場に、彼は喜び勇んだ。




TIPS:クリスチャン・ジーキング


彼は確信していた。あの野心に満ちた狂犬が、この好機を見逃す筈はないと。

なので西都に隣接する自領の際に準戦闘態勢の騎士団を集結させておいた。

緊急時の『特別治安維持活動の許可』を代理人から直に取り付けておいた。

しかしそれでも相手はあのユーティライネン。きっと自分はこの戦いで死ぬだろう。ただしお前も死ぬのだ狂った犬畜生よ!

などという悲壮感は、悪い冗談のような現実の前に吹き飛んだ。


彼は喜び勇んで西都を飛び出した。

戦いはもう、狩りへとその姿を変えていた。




TIPS:オーベルの血の色


分配。配分。えこひいき。

力を、傷を、死を。全て主たる貴種ノーブルの思うがままに振り分ける破格の特性。

まれに振り分けた枝葉の先で意図せぬイレギュラーが発生し、独自の能力が開花するという成長型の血統。開花した能力は返還の後に再配布が可能で、代を重ねる毎にバリエーションが増え強力になっていく。


先代頭領『陽炎』は『時盗み』という独自の開花へと至った。

しかしあまりにもピーキーな技だった為、引退時の全返還に際し「誰も使いこなせないから荷物になる」と受け取りを拒否された。




TIPS:時盗み


相手の視界内で時を盗む(実際には瞬きの間に移動し、時が飛んだと誤認させる)と、盗んだ分だけ相手を棒立ちにさせる、本人いわく空白時間の強制配分。

1対1では敵なしの反則技。

ただ誰一人としてその動きを再現できなかったので、一代限りの突然変異として次代への継承はなかった。


引退の記念品扱いで『陽炎』へと残された、耄碌もうろくした老いぼれの最後の武器。




TIPS:陽炎


老獪な化け物たるエルダー貴種ノーブルには、基本的に死角からの不意打ちは通用しない。だが強者である連中の傲慢は、確実にこの『時盗み』の餌食となる。

証言から割り出した連中の『足』があると思しき道すがら。

無心に釣り糸を垂らし、生涯最高の極限の集中状態へと至る。

待ち人が来る。予想通り2人。こちらを警戒しているのはエルダー貴種ノーブルのみ。やはりこいつが最後の障壁。

眼を合わせて、息を合わせて、歩調を合わせて、鼓動を合わせて、血の巡りを合わせて、なにもかもを重ね合わせて。


ただの出涸らし老人による、オーベルの未来を賭けた戦いが、始まった。




TIPS:必要最小限の干渉


ルーナのシナプス結合による可能性の想起。


くせ者中年女の記憶野刺激によるトラウマのフラッシュバック(自身の名が記された書置きの裏面に「もう限界です。さようなら」とあった雨の夜)。




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