19話 颯爽と榎森紗也加は駆け抜けていく

 水無との顔合わせを終えた翌日の放課後。グラウンドの近くまで立ち寄ると、練習着に着替えた部活動生たちが既にアップを始めていた。


 ホームベース周辺にまとまって素振りをしている野球部に、距離を取って一列に並びパスを出しあうサッカー部。その集まりの中には当然、泉と水無も混ざっている。


 この松籟高校はお世辞にもスポーツの強豪校とは言い難い。サッカーに限らず、どの種目でも県予選まで出場した回数はそこそこどまり。ましてやインターハイの出場権ともなれば、勝ち取った部活動は過去一つとしてなかった。


 しかし、実績がないからといって弱小と断言するのは偏見が過ぎる。勝利は強者の証であることに違いはないが、その逆は必ずしも成立しない。敗北は勝利を渇望させる薬のようなもので、適度に得る分にはいいが過剰に摂取すると闘争心を殺す毒になる。


 強者とは勝利する喜びを知る者、弱者とは戦う意思を捨てた者。そして勝利を得るために戦うのなら、誰しもが挑戦者に他ならない。

 

 その観点で物を言うのなら、サッカー部は挑戦者の割合が多く見える。習慣化されているのか士気が高いのか、遠目から見る分でも気が抜けるような緩さは感じられない。むしろ、想定していたよりもほどよい緊張感が伝わってくる。


 課せられたものをこなすだけなんて余分が混じっていない、肌がひりつくような重圧。久しく味わっていなかったからか、この独特の空気にあてられるともどかしさのようなものを覚えてしまう。


 そんな懐かしさに耽りたくなる気持ちに蓋をして、自分の記憶を頼りにグラウンド全体を見渡すと、合致している生徒はすぐに見つかった。そこからは芋づる式に、事前に泉たちから聞いていた特徴通りの三人が目に留まる。


「……やはりあのときすれ違った奴か」


 あの卑しい目つき。中間テストが始まる5日前、北沢由莉からの依頼で第1体育館へ向かったときに鉢合わせた男で間違いない。名前は確か、菊池きくち雅彦まさひこだったか。


 今は機嫌がいいのか、気さくに笑うその横顔は優男のように見えなくもないが、その面立ちや振る舞いからはどこか権高な一面が見え隠れしている。鉢合わせた際に見た態度からして、恐らくそっちの方が性根に近い部分なのだろう。


 決めつけるのはよくないのだが、経験上ああいう振る舞いができる奴が良識を持ち合わせているのを見たことがない。そして、こういう手合いの扱いが一筋縄ではいかないこともよく知っている。


 そしてこいつがつるんでいる生徒、高原たかはら玲史れいじがクラス内におけるグループのリーダーらしい。残る二人、山岸やまぎし雄大ゆうだい河田かわた恵一けいいちについては、そのグループの一員という位置づけのようだ。


 菊池が夜宮さんへの嫌がらせにどの程度手回しをしていたのかまではわからないが、それを平然と可能にしているとすれば、高原玲史を中心としたグループがクラスに与える影響力は十分にあると考えていいだろう。


 見ているだけで得られる情報からこれ以上詮索することは難しいが、用があるのはそこじゃない。

 内面の要素に時間を割いたところで今回は使いどころがないし、そのあたりは今後も夜宮さんと関わるつもりなら嫌でも知ることになるだろう。


 そうこうしているうちにアップを終えた部員たちは本格的なトレーニングへ入っていく。基本の動きであるシュートから、パス、ドリブル……それぞれの練習風景を一通り見届けて、知りたかったことは概ね確認できた。


 そろそろ帰ろうかと思い、次の電車の時間を調べるためポケットにしまいこんだ携帯へ手を伸ばし――――


「もしかして、入部希望者かな?」


 一段と陽気な声と共に現れた見知らぬ顔に視界がジャックされた。


「――――うおっ!? びっくりしたぁ……」


 思わず飛び退き何事かと身構えるのをよそに、目の前に現れた女子生徒は感嘆の声を上げていた。


「おぉー、すごくいい反応!! こんな時期に見学なんて珍しいなーとは思ったけど、これは隠れた逸材を見つけちゃったかな?」


 頬のあたりに人差し指を添えて得意気な顔をする女子生徒。運動部に所属しているのか、制服ではなくスポーツウェアの上からジャージを羽織っていて――――そこでようやく、目の前にいる女子が誰なのか気づいた。


 動きやすいようハーフアップにまとめあげられたレッドブラウンの髪。女子にしては高い身長と顕著な体つき、そして親しみを覚えやすい喜色満面の笑み。これらの特徴に当てはまる生徒を、俺は一人しか知らない。


 ――――榎森えのもり紗也加さやか。一年生において注目を集めている三人の女子の一人であり、校内でその名を知らぬ生徒はいないと断言してもいい有名人だ。


 既にバスケットボール部のレギュラーとしても活躍を期待されていて、生徒間の交流の幅は北沢由莉と同等、親しみやすさも考慮すればそれ以上の魅力を持つ。水無も言っていたように、一年の男子の中では人気ナンバーワンを誇っているらしい。


「……ご期待に沿えなくて悪いけど。生まれてこの方、帰宅部一筋の凡人だよ」


 人気者の女の子に声をかけてもらえただけで有頂天になる、という思春期の男子特有の発作を身をもって味わうことになるとは思いもしなかった。

 喜ばしそうに声の一つでもうわずってくれればよかったのだが、発せられたのはテンションの低い聞き慣れたものだった。


 こういうときほど、愚直に感情を表に出せるというのは一つの才能であると思い知らされる。こればかりはどれだけ訓練しても再現できそうにない。


 そう考えると、泉のコミュニケーション能力の高さがよくわかる。あれだけ自己を主張しながらもクラスの輪に溶け込める時点で相当なものだ。だからこそ、この短期間で交際にまで発展できたのだろう。 ……まともな恋愛をしたことがない俺の見解なんて、当てになるとは思えないけれど。

 

 榎森さんには既に付き合っている相手がいる。それは普段から駄弁る仲にまでになった泉恭介だ。体育祭明けに泉から告白し、見事そのハートを射止めたという。


 仲良くさせてもらっている身としては、その度胸に盛大な拍手を送りたいところなのだが……残念ながら彼を待ち受けるのは、その他大勢からの嫉妬である。まぁ泉なら逆境上等で挑んでいくだろうし、心配なんて無用だろう。


 とにもかくにも、俺の学校生活と榎森紗也加は何も接点がない。誇張でも何でもなく、別の世界の住人というわけだ。


「それ、ほんと? なおさら素質ありじゃん。ついでにバスケ部の方も見学していきなよ。なんなら、このまま連れていってあげよっか?」


 しかしこちらの対応と相反して、榎森さんは一歩、また一歩と止まることを知らぬ勢いで距離を詰めてくる。その迫力たるや、このまま有無を言わさず手を取られてもおかしくないくらいだった。


 ……というか近い、近くない? 何かの弾みで一歩前に出ただけで触れ合うことは避けられない距離感だぞ。いくらフレンドリーだとしても、いささか度が過ぎてませんか?


「いや、行かないから。誘ってくれたのは嬉しいけど、ちょうどそろそろ帰ろうと思ってたんだよ」


 丁重にお断りしつつ、気持ち仰け反りながら一歩身を引く。申し訳ないのだけれど、健全な男子高校生にその距離感は色々とデリケートなのです。


 何がとは言わないが、それは世の男子を魅惑する果実であると同時に、社会的に抹殺する凶器でもあることを自覚してほしい。我ながら言ってて気持ち悪いな、ほんと。


「それに見学していたわけじゃないし。俺はどの部活にも入るつもりはないよ」

「そうなの? グラウンドをジッと見るだけで全然動かないから、てっきり部活の様子を見て回ってるのかと思っちゃった」

「こっちこそ誤解させて悪かった。それじゃ、俺はこれで――――」


 手短に切り上げてから挨拶代わりに軽く手を上げて、そのまま踵を返す。


「あ、ちょっと待った!」


 のだが、次の一歩を踏み出す前に背中越しに制服の裾をがっしりと掴まれてしまった。


 なぜだろう、どこかデジャヴを感じる気がするのは気のせいだろうか? 気のせいじゃないねこれ。最近は実力行使が流行ってんの? そういうのよくないと思います!


「えーっと、俺に何か用が?」

「ごめんごめん。実はさ、他のクラスが球技大会の練習がしたいってことで部活の開始を遅らせることになったんだよね。体育館どっちも使われちゃってるから、手持ち無沙汰というか。ここで会ったのも何かの縁だし、もう少しだけ私に付き合ってくれない?」

「……暇つぶしにならなくてもいいなら、喜んで」


 現金な奴だと思われて結構。文脈的に違うとわかってはいても、可愛い女の子から付き合ってくれなんて言われて頷かない男がいるわけがない。至極当然のことである。


「やった! ありがと! 私、榎森えのもり紗也加さやか。よろしくね!」

朝霧あさぎり涼也りょうやだ。こちらこそよろしく」

「うん、朝霧く……ん? んー? あの、違ってたら謝るんだけどさ。もしかして、恭介がよく話してる人だったりしないかな?」

「……あいつがどんな話してるか知らないけど、たぶんその朝霧で合ってると思う」


 隠していたわけでもなし、別人を偽ったところで何のメリットもないため素直に打ち明ける。


「やっぱり! そっかー、恭介が言ってたのはあなたのことだったんだね。なんか、聞いてたイメージと全然違うかも。なんというかもっとこう……いやごめん、なんでもない。忘れて?」


 嬉々として話していた榎森さんだったが、最後の方はどこか気まずそうに目を逸らしてしまう。


 その反応を見て、およそ泉が語っている内容はおおかた察せられた。

 泉が人によって対応を変えるなんて陰湿な真似をするようなやつではないことは嫌なほどわかっている。そうなると、普段から俺に言っていることと大差ないだろう。


 自慢げに語るようなことではないが、俺の掲げる座右の銘は “無気力・無頓着でノープロブレム” である。

 何事にも気を遣わず、執着せず、流されるまま穏やかに生きることこそ、問題を起こさない安定した生活につながるという浅ましくも使い勝手のいい信条だ。借り物ではあるが、今はこのスタンスが割と気に入っている。


 とはいえ、本当にそれを体現している人間がいるとしたら、どんな奴を思い浮かべるだろうか? そう考えてみれば、榎森さんの反応に間違いはない。むしろ模範的な対応だといえるだろう。


「……あぁ、そういうこと。大丈夫、言いたいことはよーくわかってるから」

「え?」


 こちらの意図が汲み取れなかったのか、どういうこと? 榎森さんは首を傾げている。


 こういうときほど、嗜虐心がくすぐられてしまって得意気に頬を緩ませずにはいられなくなるのだ。我ながら本当にいい性格をしていると思う。


「榎森さんが思い浮かべていたイメージは――――もっさりしてて近寄りがたい、無駄に真面目そうな顔してるだけの堅物、ってところだろ? 自覚はあるから気にしなくていいぞ」

「それ自分で言っちゃうんだ!? ていうか、なんでそんなに誇らしげなの? そのルックスでそのキャラ付けは無理あるって。全然そういう風に見えないもん」


 普通にドン引きされておしまいだと思っていたのだが、存外当てが外れてしまったようで。最初こそ驚いていたが、最後の方は失笑をこぼしていた。

 

「そうか? こんな時期に一人寂しく見学の真似事をしている時点で、お察しってやつだろ」

「だからって、そんなに卑屈にならなくてもいいのに。 ……なんか、恭介がもったいないって口を挟みたくなる気持ち、わかるような気がするなぁ」


 榎森さんは納得するように小さくうなずくと、困ったように破顔してみせる。


「それで? 見学ってことじゃないなら、なに見てたの?」

「帰るついでに立ち寄っただけだよ。近々、球技大会があるだろ? 恭介に誘われてサッカーの種目で出ることになったから、少し気になってな」

「そっかー。つまり、敵情視察みたいな感じだね。朝霧君も恭介と同じ2組ってことは、北沢さんが主体だよね。やっぱり、優勝狙っていこう! って感じなの?」

「どうだか。確かに集計は北沢さんがやっていたけど、中間テストが始まる前から自主的な希望者を優先していたみたいだし。やる気ある奴が好きにやればいい、くらいのスタンスじゃないか?」


 実際、いの一番に希望を提出した泉の案は通っているわけだし。少なくとも今回は、体育祭のときのように北沢さんがクラス全体を動かそうとする意思は感じられなかった。


 といってもあの完璧主義者のことだ、今回も何かしら目論んでいそうではある。でなければ、あんなわざとらしい忠告をしてくるわけがない。

 ……まぁ、そのあたりの話は薄々見当が付き始めているけれど。確信を得るには後一手が足りていないといったところだ。


「そうなんだ、ちょっと意外かも。体育祭の印象強すぎて、こういうイベント系でも全力で勝ちに来ると思ってたから。でもどうかな~、ちゃっかり女バスの枠には参加してるみたいだし。もしかしたら、他に考えがあるのかもね」


 榎森さんも北沢さんが何かしら仕掛けてくると踏んでいるのか、含みのありそうな声音でこちらに目を向けてきた。


 こちらの様子を窺う赤褐色の瞳からは好奇心がありありと感じ取られる。口は全く動いていないはずなのに、何か知ってるんじゃないの? と彼女の声が聞こえるような気さえするくらいだ。


 素知らぬ顔のまま、今度はこちらから榎森さんに質問をしてみることにする。


「そういう4組はどうなんだ? サッカーは一人を除いて全員現役、女バスにいたっては期待のエースが先頭に立ってる。俺からすれば、そっちの方が勝ちに行ってるようにみえるけどな」

「期待のって言われると、少し気恥ずかしいね。他のクラスの人からも同じようなこと言われたけど、実際はそうでもないっていうか。最初から一人は経験者欲しいよねって話になってて、そこから仲いい人どうしで固まっただけだよ。サッカーは高原君を筆頭に集まったからね、それで自然とメンツが揃っちゃったの。私も似たような感じかな。正直そこまで乗り気じゃなかったんだけど、みんなに推されたら断りずらくって」

「そうだったのか。まぁたしかに、周りに持ち上げられたら理由なしには断れないよな」


 同じ部活動で話す機会も多いからというのもあるだろうけど、こういうグループ分けは制限を設けなければ同じ組み合わせになりやすい。それも普段から関わりがある相手であればなおさらだ。


 ……ただ、そうなると一つ解せないことがある。経験者を筆頭にメンツを募ったというのなら、どうして神崎こうざきかけるはバスケではなくサッカーに出場することになっているのか。


 さほど乗り気でなかった榎森さんですら担ぎ上げられているというのに、神崎翔だけ同じ扱いを受けていないとは思えない。そうなると自主的に辞退したか、あるいはサッカーの方へ参加を希望したのか。


 泉の話を参考にするのなら、神崎翔のイメージは “女子がなんとなく思い浮かべる好きな男子の理想像をそのまま形にしたような男” だ。


 前者はいくらでも理由が思いつくが、クラスの意見を押しのけてまで自分の意見を出すようには思えない。むしろ翻弄されて、頭を抱える素振りでもしていたほうがしっくりくる。


 後者は逆にそれらしい理由がすぐには思いつかない。単純にイベントを楽しみたいなんてことを追い始めたらキリがないし、この場合もクラスの意見を無視して動くという部分で引っかかりがある。


「クラスのみんなとの空気が悪くのは避けたいし、それに、バスケすることは好きだし。気にすることでもないかなって。朝霧くんはどう? 恭介に誘われたって言ってたけど……部活の様子が気になるってことは、結構モチベある感じ?」


 興味津々という素振りで、榎森さんは首を傾げながら顔を覗き込んでくる。開いたはずの距離がまた縮まって、一瞬彼女の瞳とピントが合い、心臓が一際大きく動いた気がした。


 それを悟られぬよう、逃れるようにして彼女から目を逸らす。


「さてね。せっかく誘ってもらったんだから、やれることはやるつもりだけど。モチベがあるかって言われると、微妙なところだな」


 例えば体育祭だと、学年総合順位で1位を目指すというわかりやすい目標があった。だからこそやるべきことは明白で、クラスメイトの得手不得手から参加種目を振り分け、作戦を練り十分な練習をすることだ。


 どのクラスでも似たようなことはしていただろうけれど、うちのクラスが学年総合3位と同じ一年だけでなく二、三年生をも出し抜いて上位に躍り出たのは北沢由莉の手腕であったことは疑うまでもない。


 うちのクラスの場合、1位を目指して練習することが大義となっていたのだ。だからこそ、モチベーションがどうこうなんて話を考える必要はなかったのである。


 だが今回は自主的な参加が求められるイベントだ。参加しないという選択肢がある以上、求められる力は優勝という目標達成に向けた遂行力ではない。何を目的とするか、そのためにどうするのか、自ら決めなければならない。


 つまり試されているのは主体性。たかがイベントだと嘲笑う生徒も積極的に取り組む生徒も、どちらも間違ってはいない。けれど、行動を起こせば必ず結果は付きまとうものだ。


「じゃあ、朝霧くんも私とお仲間さんだね」

「相手が榎森さんじゃ、スペックが違い過ぎて太刀打ちできないけどな」

「また卑屈になってる。そういうの、嫌われるからやめたほうがいいよ? それに、朝霧くんには全然似合ってない」

「そこまで言うなら参考までに聞くけど。榎森さんから見て、俺にはどういうキャラが似合ってるって思うんだ?」

「んー、そうだなぁ……」


 なかば興味本位の質問だったのだが、榎森さんは考えるような仕草をすると品定めでもするように上から下までじっくりと観察し始めた。


「外見で悪目立ちしてるところはないよね。むしろ、きっちりし過ぎてるくらい。恭介から聞いた話が本当なら、運動も勉強も申し分なし……なんか、これで性格までよかったら逆に嫌かも」

「そこでドン引きされると、こっちまで悲しくなってくるんだが」


 どうしてこの流れで心を抉られなければならないのか。ここ数日でハートブレイクする頻度が増えているから本当に困る。これがどこぞのヤンデレ女子だったらジェノサイド待ったなしだぞ? それだと俺自身もただじゃ済まないわけだが。


 失言だったと思われたのか、榎森さんは慌てて手をわちゃわちゃと動かし、笑って誤魔化そうとする。


「あぁ違う違う、そうじゃなくて!! と、とにかく! もっと自信をもって堂々としてたほうがいいってこと! ビジュアル的にも砕けた感じより、ちょっとトゲがあるくらいのほうが合ってると思うよ?」

「……とりあえず、教えてくれてありがとう。今後の参考にさせていただきます」

「それ、絶対参考にしないパターンのやつでしょ。意地が悪いんだ」


 不服そうな顔をする榎森さんをどうなだめようか考えようとしたところで、彼女の方から着信音が聞こえてくる。一言断りを入れて、榎森さんはジャージのポケットから携帯を取り出し画面を確認した。


「体育館使えるようになったみたいだから行くね。話し相手になってくれてありがとう。確かに、暇つぶしになんてならなかったね?」

「勘弁してくれ。これでも精一杯やったつもりなんだから」

「じゃあ、しかたない。今日のところはこのくらいにしておこうかな。それじゃあ、また! 気が向いたらいつでも見学しにきてね。朝霧涼也くん!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべたまま榎森さんはひらひらと手を振り、軽快な足取りでこの場を去っていく。


「……そりゃあ、男子が虜になるわけだな」


 わざわざ口に出す必要なんてないとわかっていても、そう呟かずにはいられなかった。

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