第16話 音速の貴公子
『 GA歴八十七年 七月十一日 十八時 』
『アドルフ指令室』には、初動捜査や鑑識作業を終えた各部隊の隊長および副隊長たちが顔を揃えていた。室内ではそれぞれが自らの推理や考察を語り合っていたが、その表情には緊張と真剣さが滲んでいた。
そんな中、ドアが静かに開き、バクマを伴ったナイスミドルな
「それでは、捜査会議を開始する!」
その声に応じて、一同は背筋を伸ばし、静かに正面を向いた。
「まず、事件発生までの経緯を説明する。
――妖魔による連れ去りが起きる数分前、『アドルフ指令室』では妖魔の反応を感知した。最初の反応地点は『
急ぎツバキ隊長を現場に向かわせたが、到着時にはすでに少女は連れ去られた後だった――」
「それでは、各隊の報告に移る。まずは『鑑識隊』──
「はい!」
勢いよく立ち上がった
「まずはこちらをご覧ください」
指令室正面のメインモニターに映し出されたのは、薄暗い道路の映像だった。画面中央には、不自然な黒い跡が残されている。
「これは、現場付近の道路の映像です。注目していただきたいのは、この黒い跡──拡大映像をお見せします」
映像が切り替わり、黒い痕跡のアップが映し出される。その輪郭はどこか既視感のあるものだった。
「おい、
「はい。間違いなく、タイヤ痕です」
冷静に答えた
「……だが、現代に“タイヤ”なんてものは存在しないはずだ」
その言葉に、一同がざわめき始める。時代錯誤ともいえる痕跡に、誰もが得体の知れない不安を覚えていた。
「…… 現代の車両には、もはやタイヤは存在しない。
すべては『アクセラレーター』と呼ばれる力のベクトル制御装置によって、車体の上昇・下降、前進・後退、加速・減速が自在に制御されている。運転手も不要で、車両は高度なAIによって制御されており、『虚空ネットワーク』と常時連動することで、走行経路の逸脱や通行台数の制限も自動的に管理されている。
その結果、交通事故はほぼ発生しなくなった。
これらすべては、『
「おっしゃる通り、現代にタイヤは存在しません。この痕跡は、妖魔の通過経路を追っていた際に、道路のカーブで発見したものです。通過ラインと完全に一致しており、妖魔が残した“ブレーキ痕”であると断定しました」
「つまり……今回の妖魔には“タイヤ”がついている、ということか?」
「はい、その通りです。そしてさらに驚くべきことに――このタイヤ痕、形状とサイズが“西暦時代”のものと完全に一致していました」
そう言い切った
「西暦時代……だと? そんな古い記録が、今も残っていたのか?」
「はい。かつて発掘された西暦時代のサーバから復元されたデータの中に、当時の裁判記録が残されており、その中に証拠物件として記録されていたタイヤ痕のデータと完全に一致しました」
「裁判記録……?」
「その記録とは、一体何だ?」
「西暦時代に
事故は第3戦の『サンマリノGP』で起きました。搭乗したマシンは”FW16”というモデルで、装着していたタイヤのブレーキ痕と完全に一致しました。
ちなみに『アイン・セイヤ』は”音速の貴公子”と呼ばれ、数々のレースで優勝しており、世界中のファンが熱狂していたそうです。」
「“音速の貴公子”か……。レーサーの事故死に裁判なんて、と一瞬思ったが……それほどの世界的英雄だったというわけか」
その胸には驚きと同時に、知らず知らずのうちに湧き上がる興味が入り混じっていた。
「その通りです。では、続けます」
「当時のF1マシンにおける最高速度は、時速およそ340キロとされています。しかし、今回の妖魔は消失直前に時速460キロを記録しました。これは『F1』の記録を大きく上回る数値です……これが、妖魔の力というものでしょうか」
室内にどよめきが走る中、その静けさを破ったのは、思わぬ人物だった。
「『VF1』に迫る速度だな。現代のカーレース、『VF1』の最高速度は時速500キロ。本来はもっと出せるが、レギュレーションで500に制限されてるんだ」
急に口を挟んだのは
「……よろしいですか?
「あっ、すいません……つい、熱が入ってしまって……」
空気を立て直すように、
「妖魔の痕跡ですが、『
「……やはり、消えたのか」
「さらに、こちらの映像をご覧ください。妖魔が通過した道路各所に設置された虚空カメラの記録を、時系列に沿って編集しました。まずは通常速度、続けてスロー再生で再生します」
モニターが切り替わり、再生が始まった。
「……スローでも黒い
「うおっ、『VF1』見てるみたいだ! スゲー、『妖魔』のフォルムも『VF1』そっくりだし! ヤバっ、マジでスゲーっ!」
興奮を抑えきれず、ついに
「
「すっ、すいません……」
「……では、少し趣向を変えて。VF1風に報告いたします」
そう言って、
「全長約20キロのコースを、妖魔はジャスト四分で走破しています」
「そっ、それはすごいっ! 西暦時代の技術でその速さって、マジでヤバいっすね!
再びテンションが跳ね上がった
「……分かったから、少し黙ってろ」
だがその表情の奥には、彼なりの焦りと危機感が静かに浮かんでいた。
「また――『アイン・セイヤ』が乗っていたマシン、FW16は『HONODA』という西暦時代の日本の大企業によって製造されたものでした。以上で、鑑識隊からの報告は終了します」
そう言いながら、
内心では、古代の記録と妖魔の痕跡がここまで一致することに、得体の知れない不気味さを感じていた。まるで過去と現在が、どこかでねじれながら繋がってしまったかのような感覚だった。
(まさか、こんな“形”で過去が蘇るなんて……)
表情には出さずとも、
「では次、
「はっ!」
「連れ去られた少女がこちらです」
メインモニターを指差すと、すぐに映像が切り替わり、一人の少女の姿が映し出された。
「
「……三枝コーポレーションか」
「たしか、ガイアが建国されるより前だったな。先々代の社長が、浄化を終えた『
その声には、過去の苦難と、技術と努力によって築かれた信頼への敬意が滲んでいた。そして同時に、そのような企業の後継者である少女が妖魔に狙われたという事実に、場の空気は一層引き締まっていった。
「…… ガイアにおいては、浄化が完了した土地に対し、国民からの申請を受け付けている。申請内容が有用であると判断された場合、その土地の使用許可が下り、居住や商業、農業、研究施設の設置など、目的に応じて自由に活用することが認められている。土地の使い方に制限はなく、申請さえ通れば個人であっても自由に開発・利用が可能である。
また、ガイアでは通貨として旧日本円が発行されているが、すべての国民に対して衣食住が無条件で保障されているため、働かなくても生活に困ることはない。そのため、労働の対価として得られるお金は、主に趣味や娯楽といった遊興目的に使われることがほとんどである。 ……」
「続けます」
「現時点では、妖魔の目的は依然として不明です。そのため、GFBIの
静かに区切りながら、
「さらに、
重みのある報告を終え、
「そうか……さすがだ! 仕事が早いな、
「……いえ」
表情には誇りも慢心もなく、ただ次に備えるための冷静さだけが浮かんでいた。
「次ぃ! ツバキ!」
彼女がどこにいるのかまったく気配を感じ取れず、若干不安げな様子だ。
「はっ!」
突如として、ツバキが
「うぉっ!?!?」
思わず
椅子が軋み、手をバタつかせながらなんとか踏みとどまった。
「またお前はっ! いい加減に、気配ぐらい出せっ!」
呆れたようにツッコむ
「ふふ」
ツバキは楽しげに微笑み、いたずらが成功した子どものように軽く頬を緩ませた。
(このリアクション、やっぱり面白い……)
そんな心の声が透けて見えるような無邪気な表情だった。
「それでは──周辺の聞き込み、および関係者への聴取結果についてご報告いたします」
表情を引き締め直したツバキが、きりっとした声で報告に入る。
一瞬前までの悪戯っ子のような顔から一転、隊長としての顔つきへと切り替わるその切り替えの早さに、
* * *
現場で聞き込みを始めたツバキは、通行人のひとりに穏やかに声をかけた。
「あのぉ……失礼します」
「うわぁっ!? な、なんですか……いきなり目の前に……ビックリしたぁ!」
驚いて身を引いた相手に、ツバキは小さく頭を下げて名乗る。
「申し訳ありません。GFBIの者です」
「あぁ、隊員さんでしたか。びっくりしたぁ……」
「はい。それで、この辺りの騒ぎについて何かご存じでしょうか?」
「ええ、私もちょうどバスを待っていたんですけど……突然、ものすごい音が聞こえてきて」
「ものすごい音、ですか? どんな感じの音でしたか?」
「そうですね……わりと高い音で、今までに聞いたことのないような、不気味な感じでした」
「その後、何が起きたか覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。その音がどんどん近づいてくる感じがして、思わずその方向を見てたんです。そしたら……何かが女の子二人のそばをすり抜けるように通り過ぎて……その瞬間、一人だけ、ふっと消えたように居なくなってしまったんです」
「“何か”、ですか?」
「はい。とにかく速くて、しかも黒くて……全体がぼやけて見えて、よく分からなかったんです」
「なるほど。それで、その“何か”はどうなったんですか?」
「私のすぐ前を通り抜けたと思ったんですが……そのあと、スッと消えてしまって。姿も、音も」
「音も消えた……ですか。わかりました。それから、何か変わったことは?」
「ええと……そうそう、残されたもう一人の女の子が、急に泣き出してしまって……」
「そうでしたか……他に、何か気づいたことはありますか? どんな些細なことでも構いません」
「うーん……あっ、そうだ、
「臭い?」
「はい、“それ”が通り過ぎたとき……今まで嗅いだことのない、妙な臭いがしたんです」
「嗅いだことのない……具体的にはどんな?」
「うまく言えませんけど……薬品っぽいような、金属のような、ちょっと鼻につく感じでした。とにかく、すごく印象に残ってます」
「なるほど……ありがとうございます。貴重な証言、助かりました」
ツバキは丁寧に一礼し、その場をあとにした。
彼女の表情には、見えない何かに手がかりを得た手応えと、それでもまだ全貌が見えないもどかしさが混ざっていた。
* * *
「数名に聞き込みを行いましたが、証言はおおむね共通していました。特に多かったのは、“何か黒い影のようなものが高速で通り過ぎた”という内容と、“今まで嗅いだことのない異様な
ツバキは自身のブレスを操作し、指令室のメインモニターに次の映像を映し出した。その目元には、緊張と集中の色が宿っていた。
「この臭いについては、その場でバクマに大気を採取してもらい、即座に成分分析を行いました。その結果、何らかの燃料を燃焼させた際に発生する排気ガスと判明。さらに鑑識隊が過去の成分データと照合したところ……西暦時代のF1マシンが排出していたガス成分と完全に一致したとのことです」
室内に低いざわめきが広がった。
その空気を切るように、
「つまり……これで、“妖魔の正体はF1そのもの”であると断定していいということか?」
その眼差しは鋭く真剣で、尋ねたというより、最終確認をしているようだった。
この異常な存在が、いよいよ確かな輪郭を持ち始めたという実感が、その眉の動きにも滲んでいる。
「はい、
ツバキは軽やかに返事をしつつ、少しだけ首を傾げて愛嬌を添える。
緊張した空気を和らげようとする、彼女なりの場の読みでもあった。
しかし――
「こら、ツバキ! 続きを報告しろ。まだあるだろ?」
やや苛立ち混じりながらも、その言い方にはツバキの“癖”に付き合い慣れた様子と、やれやれといった気配が混ざっていた。
「あれ?
ツバキはからかうように微笑みながら覗き込む。
いたずらっ子のような目で揺さぶるその仕草に、
「なっ……なにを言ってる……! 怒ってるわけないだろ!」
思わず声を上げながら目をそらす
だが、その口元がわずかに緩んでいたことに、誰もが気づいていた。
「ツバキ、それぐらいにしておけ」
だがその奥には、事態の深刻さを見据える確かな意志があった。
「失礼しました、
ツバキはピシッと姿勢を正し、声のトーンを引き締めた。
「では続けます。次は、関係者への聴取についてです」
* * *
保健室にたどり着いた
ミキはそのグラスの水滴をぼんやりと眺めながら、手の震えがまだ止まらないことに気づいていた。
さっき、目の前で――
友達の
手を伸ばしたが……届かなかった。胸の奥が重くて、苦しくて……ずっと押しつぶされそうだった。
そんなミキが、ふと目の前に座る
「あのぉ……
「はい、えっと……
緊張の残る口調で応じる
「うん……
「えっ? そうだよ? ……もしかして、髪の色が違うから?」
「うん、髪色もだけど……なんか、雰囲気がぜんぜん違うから」
ミキの声はまだどこか不安定だったが、それでも
「ミキちゃん、それは当然なんです。イチと私は二卵性双生児なんですよ。だからあんまり似てないって、よく言われます」
「……そうなんだ」
ミキはそう呟いて、少しだけお茶を口に運んだ。
「私はママ似で、イチはパパに似てるです」
さらりと語る
「なるほど……なんか、ごめんね。こんな時に変なこと聞いちゃって……」
自分の状況を思い出し、また少し顔を伏せるミキ。けれど、次の瞬間――
「ちなみにぃ……
突然、
「ストップ、ストップ、
妹が暴走する気配を察知して、慌てて制止に入ったのだ。
「ああ……ごめんです、ミキちゃん……
「おーーーい、
その表情には、苦笑いと共にほんの少しのジェラシーが混ざっていた。
そんなやり取りを見ていたミキは、思わずぽつりと漏らした。
「
「そうなんですよ、
その様子がなんとも滑稽で、ミキは小さく息を吐いた。
「ふふっ……なんか……ちょっと安心した」
ほんの一瞬だったけれど、泣きそうなほど張りつめていた心が、やわらかく緩んだ気がした。
そして、もう一度現実に戻らなければならないのだと――ミキは、静かに目を閉じた。
* * *
そこへ、保健室のドアが静かに開き、『アドルフ捜査隊』の
その背筋の伸びた立ち姿と制服の上からも感じられる落ち着いた気配に、保健室の空気が少しだけ引き締まる。
「
短く声をかけるその口調には、いつもと変わらぬ穏やかさと、少しばかりの安堵が混じっていた。
「ああ、
その表情には、長年慣れ親しんだ“家族のような存在”への安心感がにじんでいる。
「
それに気づいた
「
優しい笑みを
「
その言葉に、
けれど、
「あっ、あの……
どこか不器用に答えるその姿は、律儀で真面目な
「ありがとう、
自分の子どもではないが、
そして、
「えーっと……
「……はい、そうです」
ミキは緊張をにじませながらも、はっきりと答える。
彼女の中では、まだ
だが、
「私はGFBIの隊員で
それは、ただの捜査隊員としての言葉ではなく、目の前の少女が抱えている“心の重み”を理解している人間の声だった。
「……はい、わかりました」
ミキは小さく頷いた。
そしてほんの少しだけ、その胸の痛みが和らいだような気がした。
「すいません、先生。GFBIの者ですが、少し保健室をお借りしてもよろしいですか?」
その声音は、現場の捜査隊員というよりは、生徒を心配する保護者のように穏やかだった。
「あ、はい。どうぞご自由にお使いください。私は職員室におりますので、終わったら声をかけてくださいね」
そう言って微笑んだ先生は、そっとドアを閉めて保健室を後にした。
「ありがとうございます」
その表情は、いつもの鋭さとは打って変わって、柔らかい父親のような優しさが滲んでいた。
「なぁ、
問いかけは何気ないようでいて、どこか心の内を探るような響きがあった。
「うん、すっごく楽しいです。でも……ミキちゃんと
その声には、心からの“寂しさ”がにじんでいた。
「そうなんです。いつも断られてばかりだったから、私たちも“寂しいね”って
ミキも続けるように口を開いた。
思い出に触れるたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じながらも、言葉を絞り出す。
「ごめんね。
それは謝罪でもあり、
「やっぱり……
ミキがぽつりと呟くように言った言葉は、どこか儚げだった。
その声音に込められたのは、親友との最後の会話に寄せる未練と悔しさだった。
「ほんとに……ごめんです。わたしも、すっごく行きたいです」
本当は一緒に笑いたかった。だけど、いつも断るばかりだった自分が、今さら悔やまれる。
「……忙しいなら、仕方ないよ」
ミキは無理に笑みを作って応えた。
誰も悪くないことは分かっている。でも、ほんの少しだけ、心に残る隙間をどうにもできなかった。
「でも、
「えっ……そうなんです?」
それは聞いたことがあったはずなのに、改めて“言葉”としてもらえたことで、気持ちがふっと軽くなった。
「もちろん。ただし……
少し茶目っ気を含んだ笑顔で、
「えっ……
ミキが顔を伏せながらそう呟いた。
頬がほんのり赤く染まっているのを、誰よりも
「ん? ミキちゃん……もしかして、
「なっ……なに言ってるんですか!? 別に、そんなんじゃないですっ!」
ミキは慌てて手を振りながら否定するが、その動揺ぶりが逆に分かりやすい。
「おー、
「
その照れと焦りが妙に初々しく、保健室にやっと“年相応の空気”が戻ってきたような雰囲気が漂った。
「いやぁ……なんか、二人とも……ちゃんと青春してるんだなって思ってさ」
その声には、微笑みと共に、どこか寂しさの混ざった響きがあった。
思い出すのは、もうここにいない――
「パパ……私たちは、ちゃんとここにいるです」
その小さな胸の中には、
「そうですよ、
彼の眼差しには、守るべきものへの覚悟と、哀しみに立ち向かう意志が光っていた。
「……ありがとう、二人とも」
それは、親としての涙だった。かけがえのない家族のような存在に、今、改めて支えられていることへの感謝の涙だった。
そして
(
* * *
保健室では、
緊張の余韻はまだ完全には消えなかったが、互いの言葉に少しずつ心をゆるめていたそのとき――
静かに扉が開いた。
姿を現したのは、黒と赤を基調にした重厚なアドルフ総司令仕様の隊服をまとった
その制服は、
「ああ、
その穏やかで温かみのある声に、
「
「おつかれさまです、
それだけで通じ合える関係だった。
次の瞬間、元気な女性の声が保健室に響く。
「こんにちわぁぁぁっ!」
勢いよく飛び込んできたのは、
彼女もアドルフ隊の制服を着ており、華やかさと機能美を兼ね備えた黒と赤の隊服が彼女の活発な性格によく似合っていた。
「うわ、
「お姉ちゃんも来てたんです?」
「そうよ、
「えっ……
ミキが不思議そうに尋ねる。
「血は繋がってないけど、小さい頃からずっと遊んでいたです」
「……そうなんだ」
その反応を見て、
「どっちかって言うと、
「えっ……
ミキが思わず目を見開き、少しだけ頬を染める。
その反応に、
「大丈夫です、ミキちゃん。
からかうような調子で、さらっと言い放った。
「そ、そう……よかった……」
安堵したように笑うミキ。心のどこかで引っかかっていたものが、ふと溶けていく。
その様子をじっと見ていた
「ふーん……やっぱりです」
「もぅ、
照れたように視線をそらすミキ。
彼女の頬には、真っ赤とはいかないまでも、明らかな火照りが残っていた。
そこに、
「お話し中にごめんね。ミキちゃん、私もそこの
言った瞬間、
「こら、
だがその目には怒りはなく、むしろ年の離れた妹を見るような優しさが滲んでいた。
「っ……ち、違いますからっ! いまのは、言葉のあやでっ……!」
今まで誰にも言ったことのない気持ちが、不意に口からこぼれてしまったのだ。
“
“自分は妹のような存在にすぎない”。
それを誰よりも分かっているのは、
だからこそ、動揺は隠しきれなかった。
「ごめんね、騒がしくて」
空気を立て直すように、
「えっと……
「こんにちは……えっと、
ミキは少し緊張した面持ちで応える。
「うん。ちょっとだけ、お話を聞かせてもらえるかな」
そう言って、
その動作は丁寧で、威圧感のかけらもなかった。
「はい……」
ミキは小さくうなずく。
先ほどまで感じていた緊張は、不思議と和らいでいた。
「どうかな? 少しは落ち着いた?」
「……だいぶ。みんなとお話ししてたら……落ち着きました」
「そうかい。それはよかった」
そのあたたかな仕草に、ミキの強張っていた肩が少しだけ緩む。
「大変だったね……じゃあ、少しだけ。事件のこと、話してもらえるかな?」
「はい……」
ミキは一度だけ深く息を吸い、そして語り始めた。
「あれは、
言葉にするたびに、胸の奥に押し込めていた記憶が蘇る。
ミキの目にはうっすらと涙が浮かんでいたが、誰もその言葉を遮らなかった。
ただ静かに、彼女の声に耳を傾けていた。
* * *
「
ツバキが姿勢を正し、きっぱりと報告を締めくくった。その表情には緊張と、救えなかった悔しさがうっすらとにじむ。
「報告は以上です。
「分かった。
その声は静かにして確かであり、一言で場の空気を引き締める力を持っていた。
「今回の妖魔はF1の形状をしており、F1に匹敵する性能を持つと見て間違いない。今後、この妖魔を──『F1妖魔』と呼称する」
『アドルフ』の隊員たちは、これから対峙することになる存在――『F1妖魔』という名を、静かに胸に刻み込んだ。
「それと──バクマ、報告と連絡を頼む」
「はい、それでは報告させていただきます」
柔らかく、それでいて凛とした声でバクマは話し始めた。
「
それを聞いた数名の隊員の表情に安堵の色が浮かぶ。
「加えて、ミキ様の通学時に限り、ペッポッドの学校持ち込みを許可いただいております。ご対応、感謝申し上げます」
そこで一呼吸置くと、バクマは宙を漂う姿勢のまま、全体に向けて声を上げた。
「アドルフ隊員の皆様への連絡です。妖魔探知レーダーの小型化に成功いたしました。ポッド端末をお持ちの方は、後ほど私にお預けください。内部に組み込みを行います」
手を軽く挙げて見せると、周囲の数名が小さくうなずく。
「また、ブレスをご使用の方は、『アドルフ共有ストレージ』よりレーダーアプリを各自インストール願います。ブレス単体では設置型運用のみですが、一定の探知精度は保証されております。以上でございます」
丁寧に一礼し、バクマはふわりと回転しながら滑空し、
「よし、皆──バクマの話、聞いたな。ヨロシク頼むぞ!」
「
「了解っ!」複数の隊員が応じた。
「ツバキ、お前は『
「はっ!」ツバキは真剣な眼差しで返答した。
「それでは……
「相手は妖魔だ。
そこまで言うと、
「いいか──絶対に『F1妖魔』を倒し、
「はいっっ!!」全員の声が室内に響いた。
「……よし、行けぇぇぇっ!」
その静けさの戻った司令室に残ったのは、
作戦に向かった隊員たちの足音が遠のくと、室内にはわずかな機器の駆動音と、低く重い空気だけが残る。
その傍らには、変わらず控えるバクマが静かに宙に浮かんでいた。ふわりと一定の高度を保ったまま、わずかに身体を前後に揺らしながら漂うその姿は、ぬいぐるみでありながらも、不思議と頼もしさすら感じさせる存在感を放っていた。
「……必ず、取り戻すぞ」
そう
そしてその言葉に、バクマはわずかに頭を下げ、静かに応じた。
「御意でございます、
『アドルフ司令室』の空気は、やがて再び動き出す運命の時を待つように、しんと静まり返っていた――。
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