ちよこれいと大作戦 Ⅴ

       ③

 ―――――――———————

     N A A A

 ―――――――———————


 書かれていたのは、やはり同じような暗号だった。これまでに比べたら字数が少ないが、それでも意味は読み取れない。

 マスクの下で、テオリはショックを隠しきれなかった。


 ——まずい。わかんねえ……。


 数学やパズル、データ解析などは、それなりに得意だという自負がある。卒業年の官林院での成績はトップだったし、今だって個人的な勉強は欠かしていない。

 にもかかわらず、こんな菓子フェスティバルの余興クイズごときに手間取っている。

 待て待て。本気で考えろ。

 さきほど採った糖分を駆使して、テオリは頭を働かせた。


 入手した暗号を上から並べると、こうなる。



   TAKE TWO WORDS

     (2語を取れ)


       ①

 ―――――――———————

    N C D O E

 ―――――――———————

       ②

 ―――――――———————

  I E L P R G N G

 ―――――――———————

       ③

 ―――――――———————

     N A A A

 ―――――――———————


――①は5文字、②が8文字、③が4文字

――①の子音は2つ、②も2つ、③は3つ

――②だけ文字数が多いことには、なにか意味が……


 思いつくかぎりの案を頭のなかで試したテオリは、


「ん、これは……」


 ひとつの可能性に行き当たった。

 一応、意味の通る文字列を発見した。

 いや、だが、これでは……。


「——わかった? 鞍馬くん」

「は、はい! とりあえず、これじゃないかというのはみつけ……」


 シルヴィはというと、おとなしくこちらを待っていた。その余裕そうな笑み、焦りのない表情から、テオリはとある事実を察した。


「……ひょっとして、先輩はもうわかってます?」

「ええ。言ったでしょう、見当はついているって。それを試してみたら、ぴったりだったから」


 テオリは、思いきり肩を落とした。


「俺、意味ねぇ~~~…………」

「なんのこと?」

「いえ……それより、先輩の考えっていうのは、上と下に順番に文字を読んでいくっていうのであっていますか」


 テオリが聞くと、シルヴィは首肯した。


「同じ考えみたいね。これは、とても古い暗号形式よ。変則的な転置式で、たしか名前は、レールフェンス暗号といったかしら。基本的には、暗号はすべて横並びにしていて、文字の間隔を割り出すためのかんたんな数式を求めさせるはずなのだけれど、ドクターはもっと簡略化したみたいね」


 暗号の仕組みは、わかってしまえば極めてシンプルといえた。

 ①②③の順に、いち文字目をつなげて読む。③にきたら、こんどは折り返して上に向かって読む。N-I-Eときたら、次はE-Cという具合だ。②の暗号が多かったのは、この行だけ反復していく必要があったからだ。


 その方法で暗号を復元させると、


  NINE / CLAP / DRAGON / AGE


 以上の、4つの単語が浮かび上がってくる。

 問題は――。


「この単語が、なにを意味するかって話っすよね。2語を取れっていう指示文はここで従うんだとは思うんすけど、どういう基準で選んだらいいのか……」


 テオリには、まだそれがわかっていなかった。

 ドクター・レイチェルがどこにいるのかはわからないが、もしもどこかの店舗にいるのであれば、この単語をヒントに割り出すことは不可能ではないかもしれない。

 そう疑って会場マップを開くも、あまりピンとはこなかった。

 あやしいところでいえば、CLAPHANDSや、GOLDENAGEという店は該当の単語が含まれているが、当てずっぽうに近いかたちになってしまい、どうも気に入らない。


 ひっかかるのは、出題の用紙に載っていた一文だ。


―この時点で、おまえらはヒントをすべて持っていることになる!―


 これを信じるなら、正答するためのピースは欠けていないことになる。

 しかし、糸口が掴めない……。


「——悪魔は細部に宿る」と、突然シルヴィが言った。「ドクター・レイチェルの、菓子職人としての座右の銘だそうよ。破天荒な性格のドクターらしからぬ言葉だと思ったけれど、彼女の創作菓子を芸術品とみると、もっともこだわりを感じるのが細部であることには違いないわ」


 それでいうなら、とシルヴィははじめに受け取った出題カードを取り出した。


「たとえばこのカード。彼女が監修しているのなら、このカードの細部をみるべきだわ。以上を踏まえて、わたしには二か所、どうしてもひっかかるところがあったの。ひとつは、数字よ。このチョコレートフェスの開催日のところをみて。よく目を凝らすと、ひとつの数字だけ、べつのフォントが採用されているでしょう?」


 言われて、テオリは注意深く目線を落とした。

 ——たしかに。言われてみると、9だけが浮いている。

 パッと一読しただけでは気づけないが、よく観察すれば一目瞭然だ。


 もしもこれがヒントなら、取るべき単語はNINEということになる。


「もうひとつは、枠組みのデザインね。以前に執務室でみせた予告のカードにも、このカードにも、動物が描かれているでしょう。でも、べつに今回のイベントのテーマでもなんでもないのに、ふしぎだと思わない?」

「……言われてみれば、そうっすね」

「描かれているのは、干支の動物だわ。マスク占いで使われる動物たちといえば伝わりやすいかしら? そして、かぞえてみると十一種しかない。欠けている動物は、そう――」


「——ズバリ! ドラゴンでありますねっっ!」


 突然背後から大声がして、テオリは飛び上がりそうになった。

 みると、顔を蒸気させたライラが手を挙げていた。まるで熱々の風呂からあがったばかりかというほどの火照り具合だった。


「自分も気になっていたでありますよぉぉ~。ドラゴンがいちばんかわいいのに、どうしてか描かれていないものでありますからぁ~っ」

「おい、どうしたお前、なんでふにゃふにゃになっているんだ」

「ライラさん、どこに行っていたの?」

「んむぅ? 自分は、向こうでおねえさんたちに試供品をもらって食べていただけでありますよぉぉ。食べているうちに、なんだか頭がふわふわしてきたのでありますぅ。まだあるでありますから、シルヴィ先輩も食べるでありますよぉぉ」


 ライラが袋入りのチョコレートをシルヴィに渡した。ついでに倒れこみそうになった後輩を抱えると、なにはともあれ、シルヴィは味見した。


「これは――!」

「な、なんすか? ま、まさかやばいものじゃないっすよね」

「これは――ただのボンボンショコラね。ただし、けっこうお酒が強めの。かなりおとなの味といえるわ」


 テオリは、脱力してしまった。


「まさかこいつ、たかが酒入りのチョコで酔っ払ったのかよ……」

「ふにゅぅぅぅシルヴィ先輩、いいにおいでありますぅぅぅぅるる」

「おいゴラ、てめぇいい加減にして離れろ! ったく、ふたりして役に立たねえどころか、足まで引っ張ったら承知しねえぞ!」


 テオリは、ばりばりとライラを引き剥がした。


「むむぅ、そうだテオ。ハッピーバレンタインであります~!」

「まだ早ぇよ! それにこれ、そこで配っている試供品……どころか、もう空いていやがる!? まさかただのゴミをもらうとはさすがの俺も驚くぞ!?」

 

 肩をがくがくと揺らすも、ライラは回復の兆しをみせなかった。

 テオリは泣けてくる思いだった。なさけないどころの話じゃない。


「スンマセン、先輩……」

「いいのよ。ライラさんもイベントを満喫していたみたいでなによりだわ。それよりも、さっきの話。腰を折られてしまったけれど、ライラさんの言っていたことが正解だと思うわ」

「ええと……つまり、もうひとつのワードはドラゴンってことっすか」


 NINEとDRAGONが、取り出すべき2語か。

 しかし、まだ関門が残っている。

 そのふたつが、実際になにを意味するかだ。


「ここからは、ある種の知識問題といえるのかしら。もしも、とある知識があればかんたんにわかる。そして、その知識がなくとも、ドクター・レイチェルのことを深く知っていれば、解くことはできる――そういう意味では、良問なのかも。……答えを言ってしまってもいい?」

「……はい、おねがいします」


 可能なかぎり自分で解こうとしていたテオリだが、早い者勝ちのレースをしているというのもあり、すなおにうなずいた。


「遊郭の出身ならとくになじみのある、旧文明由来の古語、漢字。あれは、言語学的には表意文字と称されるもので、アルファベットとは異なり、ひとつひとつの言葉に別個の意味が込められているのよ」


 シルヴィがバッグのなかから一冊のノートを取りだした。

 スクラップブックのようなもので、一瞥したかぎりでは、ドクター・レイチェルについて調べて作成したノートであるようだった。

 ぱらぱらとめくると、シルヴィは一枚の写真をみせてきた。


「これは、むかしのバフォメ社のスイーツコンテストの優勝者が作った作品よ。この彫像のようにみごとな龍のかたちのチョコレートを手作りで仕上げたのが、ドクター・レイチェル。そしてチョコレートで書いたサインのとなりにある、この九龍という漢字……これが意味するのが、それぞれNINEとDRAGONなの」

「あれ。この字って、まさか……」

「そう。偉大都市に住んでいるなら、すぐに思いつくはずよね。九龍という言葉に繋がる言葉は、たったひとつ。それを念頭において会場マップを開くと、このお店がみつかるわ――THE APARTMENT」


 壁際に構えたブースを、シルヴィは指さした。


「ドクター・レイチェルは、きっとここにいるのだと思う」

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