第10話

「……ぅ」


 窓から差し込む朝日が落合の目を覚ます。

 洋服で寝てしまったからか恐怖からか、止まらない寒気を抑えるため咄嗟に毛布を纏った。


(待て待て待て、落ち着け。何が何だかわかんないけど)


 整理しないことには始まらない。

 まず、誰がこのようなイタズラをしたか。


「俺の現住所を知っているのはスガだけ。いやでも舟木からは近いし調べようと思えばバレるか?」


 となれば、鈴木太郎にも可能。

 天誅というワードと切り離されたノートは、連続殺人の現場に残されたものと一致する。


「だけど、いつ俺を調べたのか。鈴木太郎を除いたB組29人の住所やスケジュールを調べたのか?」


 否、そこまで暇なわけがない。

 知る限りの交友関係をメモに書き出してみるが、菅平と田村以外はサッパリだ。


「復讐心で調査しようにも、金も時間も足りないだろ。俺が何回短期離職を繰り返してると思ってんだ」


 ターゲットを絞ったとしても、尾行し続けていたらバレるはず。

 それに犯人とされているのは、生まれつきハンディキャップを抱えている者だ。なおさら現実性に欠けるだろう。


「となると……実行犯は鈴木太郎ではない可能性も、あるのか?」


 元より、その可能性は頭にあった。

 真犯人は別にいて、鈴木太郎は名前を使われているだけのスケープゴートだと。


「……でも俺のやることは変わらないな」


 ソイツの動機など知る由もない。

 

 真犯人を捕まえたところで金にはならない。なれば殺人事件からは良い感じに目を背けつつ、歩く1000万円の跡を追うだけだ。


「そうと決まれば、なおさら鈴木太郎を探さないとな。先に殺されちゃったら最悪だ、けど」


 怖気は消えた。しかし寒気は止まらない。

 やはり風邪気味のようだが薬を買う余裕もないため、とにかく暖かい毛布で寝て治すしかなかった。

 急ぎたいが悪化しても困るため、ひきはじめに抹殺しようと誓って目を閉じようとするが。


 ピンポーン。


「……今からおねむですよー」


 数ヶ月も鳴らされていないインターホンが鳴るが、居留守を決め込もうとする。


 ピンポーン。

 ドンドンドン。


「んだよ、もう……」


 来客はしつこかった。音の加減からすると力のある男だろうか。

 渋々身体を起こし、外を覗き込む。


(っ、お前なんでここに)


 瞬間、家主は息を詰まらせ、悪寒がさらに悪化した。


〜〜〜〜〜〜


 一方、菅平は舟木駅のマクドナルドで1人コーヒーを飲んでいた。


「スガちゃん」


「悪いな、せっかくの休日に呼び出しちまって」


「本当なら1発かましたいとこだけどよ。そうも言ってられねえからな」


 現れたのは、いかにもガラの悪そうな男だ。

 180センチ超の体躯に金のボウズ、さらに威圧感を出すため虎刈りを決め込んでいる。

 しかしファッションは色褪せた作業服なせいで、知能も地位も底辺ですよと自己紹介する形になってしまっていた。


大林おおばやし俊介しゅんすけ。元野球部のスタメンで、B組内でもカーストはトップクラス。茂木と共に番長の取り巻きをやってたが、いまは落ちぶれて旧友1人とつるむだけ)


 つまりは都落ちしてオッチーと同等かそれ以下、と表情の裏でほくそ笑む。


「……連続殺人事件の犯人、鈴木太郎で間違い無いんだよな」



「根拠は!?」


「まあ落ち着けって。とりあえずコーヒーでも頼めよ」


「っ」


 キッと睨みながら大林はカウンターへと向かう。

 その裏で菅平はネットオーダーしたマフィンを店員から受け取り、齧り付く。


「んで、さっきの話は」


「現場に残されていたノートの筆跡。これは間違いなく鈴木太郎のものだった」


「何故そう言い切れる」


「アイツに貰った寄せ書きがあったからな。そんで筆跡を見比べてみたら完全一致ってわけよ」


「見比べた」


「まあ言いたいことは分かるけどよ。あの茂木に情報渡すのも嫌だろ」


 それもそうか、とチンピラは納得せざるを得なかった。

 何より大林も茂木も、鈴木太郎から寄せ書きを貰えるほど親しくない。それどころか虐めていた側なのだ。


「ともかく、いまB組卒業生を殺し回っているのは鈴木太郎だ。オレはアイツを止めたい」


「そしたら、500万ずつでいいんだよな」


「ああ。それに、身の回りに起こっている不幸も止まる」


 わざとらしく、そして筋肉バカの心に入り込むように笑みを浮かべる。


「……信じて良いんだよな」


「当然」


 菅平は言い切る。同時に、大林が救世主を目にしたかのように光悦な表情へと変わってゆく。


「一緒に、真犯人を捕まえようぜ」


 既に落合を裏切っているにも関わらず、その言葉には一切の濁りがなかった。

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