第30話 魁堂鉄の着物を縫い始める



 白麗たち一行が彩楽堂と舜老人の屋敷を訪れ、その帰りに市で買い物も楽しんで三日が過ぎた夜。


 隣の部屋で眠る美しい女主人の寝息を確かめたあと、萬姜は昼間の内に彩楽堂から届いていた布包みを開けた。中には、男ものの渋い柄の反物が入っている。燭台の灯心を短くしているので部屋は薄暗い。しかしそのような薄闇でも、太い木綿で固く織られている布地のよさはよくわかる。縫えば、丈夫で暖かい着物が出来上がることだろう。


 あの日の帰り際、男ものの反物が、それも大きい体に合わせた広いもので破れにくく丈夫なものが欲しいと言った時、彩楽堂は即座に答えた。


「ご存じのとおり、彩楽堂は絹の織りも刺繍も美しい着物をおもに扱っております。武人の着物は扱っておりませんが」

 そして子どものように拗ねた口調で言葉を続けた。

「大きいお体……? もしかして、それは魁さまのことでございましょうか? 差し出がましいことをお訊ねしますが、魁さまと萬姜さんはどのようなご関係でしょうか?」

 

「あっ、ご関係だなんて、そのようなこと……。魁さまは体に合ったお着物に不自由されているご様子なので。わたしはあのように大きなお人の着物は今までに縫ったことがなくて。それに、武人さまのお着物の仕立て方にも興味があります」


「そうですか。萬姜さんが魁さまのお背中をよく見つめておられるのは、そいうわけがあったのですね。では、わたしも慶央で着物を扱って六代目の彩楽堂の主人です。いつもお世話になっている萬姜さんの頼みを、お断りすることは出来ません。心当たりを探してみましょう。ただし、お代はきちんといただきますよ。それがわたくしの出来る精いっぱいの腹いせです」


「腹いせって……? なんでございましょう?」

「お分かりにならないのであれば、それはそれでよろしい」

「お代金は、もちろん、お支払いいたします。次にいただくお給金で足りなければ、少し待っていただければ……」

「はい、その言葉を信じていますよ」


 彩楽堂の言う腹いせとはなんのことであるか、それは屋敷に帰って来てもわからなかった。だが、あの口調では反物が届けられたとしても当分先になると思っていた。

それがたった三日後に、そして彼女が思い描いていたとおりの柄もよく丈夫な布地が届けられた。


 反物をそっと撫でる。そして、慶央の西、越山国との国境に長々と横たわる六鹿山に想いを馳せる。三日前に舞った雪は慶央では積もらなかったが、六鹿山では大雪となったに違いない。さぞや寒いことだろう。


 厳しい任務だとの噂だ。

 お怪我のないようにと思う。

 そしてこの寒さで体を壊さないようにと思う。


 着物を一針一針心をこめて縫っていれば、凍てつく冬空を西へと飛び越えてこの願いはあの方のもとへ届くのだろうか。

 

 隣の部屋の少女の眠りを邪魔しないようにと心を配りながら、広さを確かめるために布地を広げると、白い紙が挟まれていた。彩楽堂からの文だ。


 人当たりのよい商売人らしい丸みのある字がならんでいる。幸いにも萬姜は少しであるが字が読める。そのことを知ってか知らずか、彩楽堂の文の内容は、噛み砕くようにわかりやすく易しい。ふと気づく。きっと学のない自分にもわかりやすいようにと心を配ってくれたのだろう。


『武人の着物は動きがはげしいゆえに、ゆったりと丈夫に縫うように。

 皮鎧ですれる部分は、布を二重に補強すると破れにくくなります。

 また、武人はつねに上衣の袖口とずぼんの裾を革紐でしばるために、はじめから袖口と裾をしぼってボタンどめにしておくと脱ぎ着が簡単になります』

 

 箇条書きに書かれたその内容に、人に喜んで着てもらえる着物を作るという二人の想いは同じだとあらためて思う。そして文の最後に書かれたあまりにも安い反物の代金に、思わず萬姜はその文を豊満な胸に抱きしめた。


 

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