第一章
萬姜、再会門の下で少女と出逢う
第3話 首を吊るのに枝ぶりを気にしても
青陵国は広大な中華大陸の東の端に位置する国だ。低い山々と平野が広がる国で、その気候も温暖。稲作が盛んで、田植えの季節ともなると文字通り緑一色に染まる。
南北に細長いその形は、地図に描くとまるで人の胴のようでもある。
少し丸まった背骨の形で延びる海岸線の向こう側は大海原だ。その広く青い大海原には島影の一つさえ浮かんでいない。過去には、その果ての姿を確かめたいと果敢にも船を漕ぎだしたものたちもいた。しかし無事に戻って来られたものたちは口々に言った。
遠く水平線の先で、突然、海は途切れていると。
そして瀑布となった海水は耳をつんざくような大音響とともに奈落の底へ流れ落ちていると。
青陵国の都は北の地にある安陽という名の街で、慶央の街はその安陽より遠くくだった南の地にある。
青陵国に攻め入られその支配下に入る前までは、慶央は小さな国の都であった。
そのために立派な城郭を構えた街として、いまでも美しい形と機能を保っている。
光沢のある灰色の瓦の色から、≪慶央の真珠≫と称えられた美しい宮殿は戦乱の大火で消失してしまった。が、その跡地には、役所や長官や太守の屋敷が、冬でも葉を落とさない木々に囲まれて建っている。
慶央の街は、西は越山国、南は呉建国との国境が近い。そのために昔から戦争の絶えない地であった。だがそれは他国の人と物資が常に入ってくるということでもある。それはまた、慶央の街の南を悠々と流れる大河・江長川の利とも重なっていた。
安陽が青陵国の北の都であれば、その繁栄において慶央は負けず劣らずの南の都だ。
※ ※ ※
慶央の街の東南、悠々と流れる江長川との間に位置する小高い山の麓に、鬼子母神像を祀った小さな祠がある。
鬼子母神はその昔、我が子を育てるために人の子をさらって食べた。しかしその後、釈迦の教えに深く帰依し、人の安産と子育てを見守る女神となった。祠の中の鬼子母神の石像は長年の風化で彫りが丸くなっていたが、豊満な肉体を持ちその眼差しは優しい。
長年の間、近隣の村人たちの素朴な信仰の対象でしかなかったが、二百年前、その鬼子母神像に我が子との再会を願って願をかけた人がいた。
その人は戦火の中、幼い我が子とはぐれた。
それで我が子の名前を書いた紙を祠に貼り、再会を願って、鬼子母神像に一心に願掛けした。その甲斐があって、数年後に、遠く離れた地で他人の子どもとして育てられていた我が子と逢えたのだ。
その人はそのことをたいそう喜んだ。
そして鬼子母神へのお礼として、祠へと通じる参道の入り口に、反り返った二重の屋根もみごとな山門を建てて寄進したのだ。
そしてそれからまた百年が経った。
鬼子母神への願掛けで、逢いたい人に逢えたという人がまた現れた。そして、再び立派な山門が建てられて寄進された。
そのために小さな祠に続く細い参道には似合わぬ立派な山門が二つになった。
それぞれの山門には正式な名前があったが、人々は二つまとめて≪再会門≫と呼んだ。そして、安産と子育ての祈願はもちろんのこと、再会の縁にあやかりたい人で、年々、参拝する人が増えた。
今では月に一度の縁日に、その細く続く参道ににぎやかに市も立つ。
しかし鬼子母神の縁日に集まるのは、安産と健やかな子育て、そして再会を願う善男善女だけではない。住む家を離れ行き場所をなくした人たちも、流れに流れて集まってくる。自分を救ってくれるかもしれぬ人と出会えるかもしれないという、≪再会門≫のご加護にすがるのだ。
しかしそのように幸運な人は滅多にいない。
ここまでたどり着いたものの野垂れ死ぬか、まだ体力の残っているものは、少し南に歩いて江長川に身投げするしかなかった。
慶央から北に離れた新開の町。そこに住んでいたものの家を失くしてほうほうの体でここにたどり着いた彼女だが、彼女もまたどうやら自分を救ってくれる人と逢えぬ不幸な運命のようだ。
枝ぶりのよい木を探しての縊死か。
夜陰に紛れての江長川での身投げか。
しかしながら、彼女がなかなかに結論をだせないのは、首を吊るのによさそうな枝ぶりの木が見つからないというだけではない。彼女の横にはその思いを知ってか知らずか、不安げに母親を見守る三人の子どもたちがいるからだ。
長女の
正確には、難産の末に死んでしまった姉の忘れ形見だ。萬姜は十三歳のとき姉に託された彼女を、年の離れた姉というより母親になりきって育ててきた。今では叔母と姪という立場をこえて、母娘として互いによき相談相手だ。
実子の長男の
命を絶つのは自分だけでもよいとも考える。
しかし、残された梨佳と嬉児が人買いに売られて苦界に身を沈めるのは、火を見るよりも明らかなこと。であれば、いっそ女の子たちは道連れとしようか。そして、せめて男の子の範連だけでも助けてやりたいと思う。
範連であれば、たとえ奴婢にその身を堕としてもなんとか生き延びてくれるだろう。だが、彼は家族思いの優しい子だ。自分だけが生き残ったと知れば、おのれを責めてその一生を生きるに違いない。
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