第11話 諦めるということ

 東野くんの話を聞いた京子さんは、もみじちゃんに対し大激怒。

八百万の声は彼女にも聞こえてきたようだけど、あまり聞かないようにしていたらしい。

 杞憂であって欲しい、そう願いを込めて。

 でも現実とは残酷で、杞憂などでは済む話ではなくなった。

東野くんは翌日に北山くんを必ず連れてくるようにとそう言われていた。2人の間がどうなるのか、

 分からないと言えば嘘になるが少なくとも今のような関係性は崩されるだろうことは予想できた。





 翌日は自主修行ということで、境内に行くのは許されなかった。

境内に居れば、北山くんと遭遇するのは必然だからである。

事態が解決するまで会わせたくないのだろう。

 京子さんの気持ちは分からなくはなかった。

 私は特筆言うこともなかったので、言われた通りに印の結びの復習などをしていた。

 流石に舞の練習をするスペースはこの屋敷にはなかった。


「貴方には呆れましたよ、翔吾!」


 屋敷中に響き渡る怒号。京子さんの声だった。

あの穏やかな声があそこまで荒ぶる声に変質するとは怖いものだ。

自分はあのように怒らせないようにしようと反面教師にした。

 それからも怒号は何度も響き渡り、1時間近くは続いた。

まだ北山くんは帰らないのかなと思っていたが、突如お手伝いさんから呼ばれて問題の部屋に行くことになった。

私も何か怒鳴られるようなことをしたっけ。

 いいや、やましいことなど何一つとしてないなと考え直し襖を開けた。


すると、泣いている子供が1人と怒っている老婆が1人。

京子さんは私の姿を確認するや否や、いつもの穏やかな笑みを浮かべて座ってください、と短く言った。

私も短く返事をし、京子さんの隣に座る。問題の子供2人とは向かい合う形になった。


「お前がチクったんだな」

「はぁ。何の話だか全く分からないのですが」 


 ここに来ても私はお前呼ばわりされるのか。

こりゃもう、私の良心とは別に許してはいけないことなのかもしれない。

彼の愚かな言動に呆れながらそう思わざるを得なかった。


「翔吾」

「は、はい。婆様」

「今、彼女に何と言いましたか」

「チクったと」

「違います。その前の言葉のことを言っているのです!貴方、本当に最初からそう言っていたのですね!!人間として恥ずかしくないのですか!!」


 私はことの成り行きを見守っているだけだ。何

を言うおうが、向こうには揚げ足取られそうだし。

京子さんはその反応に怒りそうだし。だから静観していた。

もみじちゃんの視線には気がついていたが、無視をした。

ここまで事態を発展させた彼女に対して思うことは何もない。来るべき時が来ただけの話だ。



 冷たいと思われるかもしれないが、これが私の限界。

再び不愉快なことを言われて平気な人間というのは少ないと思う。

謝罪の言葉かと思いきや、お前なんだもん。

京子さんにあれだけ怒鳴られても変わらないんだからある意味すごいとは思うけれど。皮肉にしか思えない。

 私がそう呆れている間も京子さんは怒鳴り続けている。

これ、もう無意味なんじゃないかな。私は小さくため息をついて、


「京子さん、もう良いですよ」


 そう言った。夢の終わりを告げるかのように私はそう言った。


「ダメです優し…紅葉さん?」 

「こんなクソガキに相手してる時間なんて私たちにないでしょう」


 とても、冷たい瞳をしていたと思う。

京子さんが息を飲む音がしたし、他の2人も私に怯えるかのように「ヒッ」と情けない声を出していた。

 何かを諦めるとは時折重要なことだ。

今のはソレに値すると思う。

人がソレをしてしまう時、悲しい目と冷たい目をする者が居る。

私は後者だったというだけの話である。これは子供の頃からそうだった。

 幽霊からよく囁き声が聞こえてきたものだ。

諦めたくせに、よくもそんな冷たい瞳でものを見るものだと。全てその声を無視してきたのが私という人間だけれど。


「もう帰るように言うべきです。時間の無駄」


 声も同調するかのように冷たい。

意識しているわけでもないのに、諦めるという選択肢をとった途端にこんなにも人というのは変化するものなのか、と他人事のように思った。

 失礼、と言ってから私は立ち上がり襖を開けてその場を後にした。

居候がする態度ではないが、今くらいは許されても良いはずだ。



 何かを諦めるということは、とても悲しいことなのだから。



 外の空気が吸いたくて、境内に来ていた。

 八百万の神々が私を見ているけど、ここなら人間には邪魔されることはないだろう。

 もう夕日はすっかり落ちていた。

辺りは静寂に包まれている。寒い風が身体中を包み込んだ。

上着でも持ってくれば良かったと思ったが、今はまだ屋敷に戻りたいと思えない。

 大きく、冷たい空気を吸い込んだ。

 肺に、身体中に巡っているかのように思える。今の私には居心地が良かった。


「随分とまぁ、思い切った態度をするんだな、あんた」


 何かの気配がするかと思いきや、聞き慣れない声。

 灰色の癖っ毛の強い髪型に、南雲さんくらいの身長。

西洋人のような白い肌。白いシャツに革ジャンを着ていた。

 この登場パターンにイケメンな容姿。

記憶にないということはもしや隠しキャラだろうか。どこでフラグを立てたの?私。

 自分の肩より少し長い髪が、風に靡いているのが感覚で分かった。

 







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