セカンド彼氏を解消してみた
暁貴々@『校内三大美女のヒモ』書籍
本編
花園天音
第1話 セカンド彼氏(改)
「
「いないよ」
「あの、先輩。わたし、中学の頃からずっと先輩のことが好きでした。わたしとお付き合していただけませんか?」
「ごめんね。俺、好きな人がいるんだ」
校舎裏で一個下の一年の女子に告白された。
しかし、俺には好きな人がいる。
新学期が始まって、これで五度目。
正直、俺なんかが断るのも申し訳ないほど、かわいい女子ばっかだ。特にこの子は、別格。
中学の時からってことは……この子、東中出身ってことだよな? こんな美少女いたっけか?
どっちみち、俺の好きな人は瑠奈ひとりだけだ。
この気持ちに嘘偽りはない。
――そう思っていたんだけどな。
最近、急増中のセカンド彼氏。
本命ではなく、二番目の男という意味を持つ。
俺こと、
恋人の名前は、
二年で一番可愛いと言われる子で、俺の幼馴染。
本命の彼氏が他校にいる。
週に五回はその男に会いにいく。
俺は週に一度プライベートな時間をもらえればいい方。都合のいい男ってことはわかってるけど、瑠奈のことが好きだから、それでもいいと思っていた。
でもやっぱり一番になりたいから。
筋トレをしたり、髪型やファッションの研究をしたり、いつか瑠奈の一番になれればいいなと現在進行形で努力中。
身だしなみに気をつかい始めてからというもの、色んな女の子に好意を寄せられるようになった。でも、肝心の瑠奈には本当の意味で振り向いてもらえない。
瑠奈のファースト彼氏は、俺と瑠奈の関係を知っているらしい。つまりは公認。自分が負けるなんて微塵も思っていないんだろう。
そうだよな。
そりゃそうだ。
そもそも俺はスタートラインにすら立てちゃいない。
なにせ俺が瑠奈のセカンドパートナーであることは、クラスの連中には秘密なわけで。
二股を堂々としてるなんてことがバレたら、瑠奈の学校生活にも影響が出るだろう。だから人前でいちゃつくことなんてまずできない。
このことは三人だけの秘密。
俺はファースト彼氏の下の名前ぐらいしか知らないわけだが。
瑠奈に不満があるわけじゃない。二番目でもいいから付き合ってくれとお願いしたのは俺の方だ。ただ、やっぱり一番になりたいとは思う。
ふとした時に関係の解消が頭をよぎるのは、俺自身の弱さだ。
「どしたん凪? ぼーっとしちゃって。こうして二人きりで過ごすの久しぶりなのに」
瑠奈が俺の頰を突っつく。
久しぶりの、二人きり。
恋人の家。
瑠奈の両親は出かけていて不在。
家デートってわけだ。
「すまん。お前の方こそどうしたんだよ。今日はカレシさんに会わなくていいのか?」
「……凪だってあたしのカレシなんだからね?」
ふくれっ面になる瑠奈。
金髪のサイドテールが、学校指定の青いブラウスによく映えている。
「わかってるって。で、どした。喧嘩でもしたんか?」
「うん……蓮司のやつ、あたしのこと怒鳴り散らしてきたの」
瑠奈は、慰めて欲しそうに俺の手をそっと握ってきた。
蓮司というのが、瑠奈の本命の名前だ。
どうやら昨日、そいつと喧嘩したらしい。
そのおかげで俺との時間が持てたのなら、それはそれでいいことだと思えた。負け犬根性が染みついてんのかな。
「そりゃ災難だったな」
俺は瑠奈の手をそっと握り返す。
「やっぱあたしは凪と一緒に過ごす方が落ち着くなぁ」
「そか」
「凪はね、あたしが知ってる男子の中で一番優しくて、頭も良くて、頼りになって、あたしのことを一番に考えてくれるから」
でも俺は二番なんだろ、って言葉はタブーだ。
少しでも長く、この時間を楽しみたいから。
俺は瑠奈の手を握り返しながら、空いた方の手のひらで頰をかいた。
「あ、そうそう。今日のテストも凪のおかげで満点だったよ! 褒めて褒めて!」
「はいはい。えらいえらい」
瑠奈はにへらと笑うと、俺にもたれかかってきた。
「今日は随分と甘えただな」
「もうテスト終わったしいいじゃん? あたし今疲れちゃってるのー」
「そうか」
俺はされるがままになっている。瑠奈の頭がちょうど俺の肩に乗ってるから、シャンプーのいい匂いがする。幼い頃から、嗅ぎ慣れた匂いだ。
「久々に、する?」
「いや、今日は別にそういう気分じゃない。こうしてるだけで十分だ」
「じゃああたしがシたいっていったら?」
「瑠奈が望むなら」
「やった。いっぱい甘えさせてね」
「わかった」
セカンド彼氏に『否定』の二文字はない。
俺は瑠奈の頭に手を伸ばし、その頭をそっと撫でる。サラサラの髪の毛が、指の隙間を通り抜ける。
しばらくそうしていると、瑠奈は目を閉じ、安心したような表情でこう呟いた。
「ゴムはしてね」と。
今言うことかそれ、と苦笑しつつも、俺は瑠奈の頭をなでる。
本命の影がちらつくから、セックスはあんまり好きじゃない。でも、瑠奈が望むならそれに応えたい。
と、不意にインターホンが鳴った。びくっとなる瑠奈。
「配達かなんかか?」
俺は瑠奈の頭をぽんぽんと軽く叩く。
またインターホンが鳴った。
ピンポーン。ピンポーン。
「誰だ、しつこいな。俺が出てこようか?」
「ま、待って凪。もしかしたら蓮司かもしれない」
本命野郎の名前が出た途端、俺の顔色は青ざめていたと思う。この和やかな時間が崩れ去るような、そんな気がした。
「すぐ帰ってもらうから。凪、念のため、ちょっと隠れててくれる?」
瑠奈が服の裾を引っ張ってくる。
俺は素直に従い、クローゼットの中に入る。
……どうして俺が隠れなきゃいけない、って言葉も飲み込んだ。これが二番目の現実。
扉が閉められた瞬間、ピンポーン、と再びチャイムの音が鳴り響いた。俺は息を殺して、瑠奈と誰かが話し込む様子に耳を傾ける。
するとしばらくして、玄関の開く音がした。
◆
どだどたと足音がこちらに近づいてくる。
「ちょ、なんで入ってくんの。帰ってっていってるでしょ!」
「お前が連絡を帰さねえからだろうが。昨日のことは何度も謝ってんだろ、機嫌直せよ」
どうやら本命の男が、瑠奈の家に押し入ったらしい。俺はクローゼットの中で息をひそめる。
瑠奈が困ってる。ここを出て、助けてあげた方がいいんじゃないのか。でも今出て行ったら、逆に修羅場と化してしまうかもしれない。それも避けたい。
「もうわかったから。許すから、今日は帰って」
「帰れってことは許してねえからだろ。昨日のこと、まだ怒ってんじゃねえのかよ」
「違う、そんなんじゃない」
「じゃあなんだ、今からあの凪って二番野郎に会うってのか?」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係ねえわけねえだろ、お前の一番は俺だ。意気地なし野郎なんかにお前は渡さねえからな」
「もうやめてよ、凪の悪口いうの!」
「ああ? なんであいつをかばう? 俺があんな男より劣ってるってか。今ここでもう一回ぶち犯してやろうか」
「いいから出てって!」
「このクソ女! もう我慢できねえ!」
怒鳴り声と、何かが叩きつけられる音がした。俺はクローゼットの扉を少しだけ開けながら、二人の様子を伺う。
瑠奈が床に倒されていた。
その上に、男がのしかかっている。
はらわたが煮えくり返るような思いだった。俺の大切な人になんてことをしてくれてるんだと殴りかかりたい衝動を必死に抑える。
でもダメだ、今飛び出したら……瑠奈が困る。瑠奈は目を潤ませながら、口を一文字に結んでいた。
「機嫌直せって、な? 瑠奈が俺のこと許してくれるまでここから出ていかねえからな」
「蓮司は……ただシたいだけでしょ」
「ああ、そうだよ。でもお前との時間が何より大事なんだ。俺の一番はお前で、お前の一番も俺じゃなきゃ許さねえ」
勝手なことをぬかしやがる。
「もう……そんな言い方しないでよ」
「一回したら、それで今日はもう帰る。それすらもダメってのか?」
「今日は、今日だけはダメ。明日なら、いいから」
「なら今日でもいいだろ。機嫌直せって」
「……ごめん」
「なんだよ、やけにあっさり謝るんだな」
瑠奈は目を閉じて、黙ってしまった。その「ごめん」が本命ではなく、俺に向けられたもののようにも聞こえた。
飛び出して、あの男をぶん殴ってやろうかと思ったけど、瑠奈に迷惑はかけたくなかった。
瑠奈の一番は俺じゃないから。
ただの、セカンドパートナーだから。
一番が一番優先されるのは、自然の理だ。
隙間から目を背ける。これ以上見ていたら、頭がおかしくなりそうだったから。それでも音だけは聞こえてくる。
布がこすれる音。水が滴る音。ベッドが軋む音。粘着質な音。時たま聞こえてくる嬌声が、俺のプライドをズタズタに引き裂いていく。
「はぁ……はぁ」
「ふぅ。……ゴム切れたわ。つけなくてもいいだろ?」
「ダメ……」
「いつもしてんじゃねえか。何今更もったいぶってんだよ」
「ダメったらダメ」
「反抗すんなって、かわいがってやるから」
「や……」
生々しい音が再び、こだまする。
俺は目をつむり、耳を塞いだ。
聞きたくない。聞きたくない。
何も聞きたくなかった。
唇を噛みしめ、息を殺す。
ただ時間が経つのを待つことしかできなかった。
しばらくして、男は帰った。
瑠奈は半裸状態で、床に横たわっている。
野郎とは体の相性がいいのか、半ば無理やりだったにも関わらず、火照った顔で、肩で息をしている。
ははっ。
と、乾いた笑みがこぼれる。
クローゼットを開けて、飛び出した。
瑠奈は驚きと困惑が入り混じった顔をしながら「待って凪」と俺を呼び止めようとした。
その声を無視して、俺は瑠奈の家を出る。
ごめん。今は顔を合わせたくない。
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