パートしっくす 小休憩 珠雄、出雲へ行く
そのサンジュウゴ さつきさん
鴻神神社の周囲を埋め尽くしていたグロゲロたちが、突然すべて消滅!この驚くべき事態に。
「あっと、ええとその、わたくしちょっと……これからよそで人に会う約束がぁぁぁ!」
なんと言ってもまず驚いたのは八ッ神恐子だ。土蜘蛛の仕業か、はたまた厳十郎が?どちらも動いた様子はまるで無いが……いいえそんなことどっちでもいいわ、ここはとっとと逃げないと!いかにもな嘘を吐きながら、その嘘を言い終わる前に、脱兎のごとく走り逃げて行く!
「ややこれはどうも、ハハ、ハハハ!静かになって結構、結構!それでは先代様、今日はこれで失礼を!」
さすがの土屋にも、何が起こったのかはさっぱりだ。だがあの女は逃げた、これ幸い。ボロが出る前にここは退散退散。頭をカキカキ、そそくさとその場を去っていく。
「えと、あ、あのおじいちゃ……じゃなくてお師匠?い、今のは一体?」
見つかっちゃったのは仕方がない。ここは起こった事だけを問題にして、他もろもろは誤魔化そう!一人残った厳十郎に駆け寄って早苗がぎこちなく問うと。
「や、やあ早苗、ワハハ、何でもない何でもないぞぉ!」
いやいや、とても何でもないという顔ではない。あの怪しい女と話していたことは、この孫娘には何としても知られたくない。ここは、起こった事だけを説明して誤魔化すぞい!
「こ、これはな……ゴホン!うむ、よい機会じゃ。お前にももう話しても良かろう。今のは俊介がやったのじゃ」
「え?お父さんが?」
これには素直に驚く早苗。父俊介を心から敬愛している早苗だが、彼には唯一、霊能力が無い。祖父からも父自身からもそう言われてきたし、今では早苗自身の高まった霊力によって、その事実を自分で感知も出来る。だからこそ、他の点では非の打ち所がない父が唯一、祖父から鴻神流退魔術だけは受け継ぐことが出来なかった。早苗はそのことを、むしろ自分のことのように悔しがっていたものだったが。
今、この場を満たした巨大で神聖な霊的エネルギー。早苗は覚えている、修行疲れで珠雄の正体をうっかり見てしまったあの日。休めと家族に勧められて床につこうとした時に、祖父と感じたあの波動!今のはあれにそっくりだった……それはつまり、蛇神様の?だがそれを父が?なぜ、どうやって?
「おお、しかし長話はできんな、早苗、お前は学校に行かないと!
今のことは、帰ったら俊介と一緒にゆっくり教えてやる。さあさあ、急げ早苗!」
ポカンとした早苗を、ここぞとばかり急かす厳十郎。虚をつかれ、かつは自分も諸々誤魔化したかった早苗は、その祖父の言葉に(半ばは自分から)弾かれるように。
「あ、そうだった、大変!おじいちゃん行って来ます!!」
登校の身支度のため、自宅に駆け戻って行く早苗。見送りながら、やれやれここは助かったと厳十郎は肩を撫で下ろす。
かくて、その朝の怪物大発生騒ぎは収まった。諸々の謎とわだかまりを、それぞれの胸に残しながら。
……そして慌てた厳十郎がうっかりその場に落とした、あの墨と和紙の念写紙を残して。
「コソコソ……やー、そりゃガッコ遅れるわ〜!朝から大変だったね早苗」
早苗が教室に滑り込んだのは、一時間目終了十分前。仁美があらかじめうまいことクラスに報告しておいたので、特に奇異な目を向けられることもなく。そっと席についてまもなく一時間目は授業終了。早速すいと近寄ってきた仁美に、早苗は今朝の事情を耳打ち。仁美も自然にナイショ話の態勢だ。
「ボソボソ……ったく、朝っぱらからあのケバケバってば、ろくでもない!何考えてんのかな?」
「わからない。ただね仁美?心配なの。今朝のことでグロゲロ結構な数やっつけられちゃったじゃない?あれってたくさん倒すと母体が進化……しちゃうのよね?」
「確かにそこよね〜。ていうかさ、厳じいのいる早苗ん家目がけて大群を差し向けて来たってことがさぁ……もうソレを狙ってるんだと思う。
早苗、放課後臨時集会しよう!」
オカルト研究会の、ということ。
「……ノッコにもさ、伝えておかないとさ?」
仁美の声は少しかげる。廃工場でのあの騒動以来、ノッコがずっと悩ましい顔なのは仁美もよくわかっているし、責任も感じている。だが、いやだからこそ、早苗から聞いた今朝の話は、ノッコに黙っておくわけにはいかないだろう。
それに。
「これが一学期最後のサークル活動!そう思ってさ……ノッコの話もキチンと聞いてあげたいし、元気の出るきっかけ作ってあげようよ。どう、早苗?」
早苗は黙って微笑み、頷いた。
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さて読者諸兄よ。ここで私こと作者が、
「そんなこんなで昴ヶ丘高校もいよいよ夏休みに入った」
と言ったら、諸兄は驚かれるであろうか、それとも呆れるであろうか?
いやそもそも、この物語にそういう時間や季節の概念があったのか?あったならばなぜそういう描写が今までまるでなかったのか?と、さぞや色々ツッコミたくなることであろう。
実にごもっともである。だって私もそう思うもん。そう思うのだがそれは単に、この物語をここまで紡ぐにあたり、季節描写の必要を感じなかったからなのである。今までは。
だが実は私は、訳あってどうしてもここから物語を一旦「夏休み中の出来事」にしたいのだ。理由?それはこの先をお読みいただければお分かりいただけるはず。
なので諸兄よ。どうかその辺の事情を汲んで、ここは納得していただきたい。
雑にざっくりこれまでの時の流れを計算すると、ノッコが仁美・早苗に出会ったのが新入学の四月始め。そこから六月末までにはここまでの色んな事件があったということに……忙しい!三ヶ月弱で全部収まるイベント数だったか?
……いやそこはもう、そうだったと思っていただくしかないのである!
そして時は七月、季節は夏。そう、日本全国に真夏は唐突にやって来た。昴ヶ丘にも、そして……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「島根県出雲市T町朽縄、か……ここが入り口だ。やれやれ、なるほどね……」
あの宅配便の送り状にあった住所を頼りに、はるばる一人で出雲までやって来た珠雄である。そう今、時は実に都合よく、夏休みだ。遠方への調査旅行には絶好のタイミング。
「ま、『朽縄』なんて、ずいぶん変な名前だし。最初から普通の村だなんて思ってなかったけどさ……」
珠雄が今手にしているのは、地図出版大手・ベンリン社の地図帳。日本中どこでも手に入る安価な版だ。ただしそこは安心と信頼のベンリンの地図、そうそう間違いや抜けなどあるはずがない。しかし彼がどのページをめくっても、「朽縄」などという村名は出て来ない。
ただし、別にその事を珠雄は問題にしてはいない。その地図は、この界隈を歩き回るには一応必要だろうと、駅前の書店で適当に選んで手に入れたに過ぎないもの。いやむしろ、こんな普通の地図に載っているような村では、珠雄としてはアテが外れるのだ。
地図にない村、それでいい、だからいい。彼が探すのは、邪教の信徒が俗世から離れて暮らす、いわゆる「隠れ里」。今風に言うなら次元の裂け目の向こう側の世界。
一般社会の常識では眉唾物のオカルト話だろう。しかし珠雄は化け猫、普段から人間たちの常識からは少々外れたところに生きている。
(例えば昴ヶ丘の、口裂けさんたちがいるあの路地奥の闇だって、似たようなものさ。日本中どこにだってそういうところはある。人間にはわからなくても、僕ら猫にはそういう隙間が見える、匂いもわかる……)
ただもちろん、ここは珠雄には全く土地勘のない出雲だ。いくら見える匂うといっても、当てずっぽうに探すのでは時間はいくらあっても足りない。
そこで、彼が昴ヶ丘から背のリュックに満載にして来たのが、名刺代わりの「ヒナダ・ちゃろピュール」だ。猫大好きまっしぐら、魔性のペットおやつである。珠雄自身ももちろん大好物なそれを、地元の猫たちに気前よく配りまくって情報収拾した。相変わらずの如才なさ&対猫コミュ強ぶりである。
そしてその甲斐あって。
(夜の集会で、この辺のボス猫さんに会わせてもらえたのはラッキーだったよ。僕のお小遣いじゃ初めから人間用の宿代まではムリだったから、猫に戻って野宿だなと思ってたけど、いい感じの軒下まで貸してくれたし)
とある古民家の軒下、それが出雲市T町らへんのボス猫、「さつき」の住処。白い体に黒いブチ、大きな体はキリリと引き締まり、そしてただの野良猫ではない、その尾はなんと四つ又。猫又、それもかなり高位の妖怪である。土地の猫たちに連れられてここで彼女に引き合わされた時、珠雄は流石に緊張した。
だが。
「にゃふ〜〜〜〜ん♪これはいつ舐めても美味いねえ♪
……少年、お前随分気前がいいじゃないか!ゴチになるよ!」
おそらく齢数百年は重ねた猫又のようだが、その態度はいたってフレンドリーなくだけっぷり。そして愛想のいい珠雄はフランクな彼女に気に入られ、出雲滞在中はそこに寄宿してよいことに。
肝心の情報も、彼女からバッチリ手に入れた。
そう。今珠雄は、そこそこ賑やかな通りの片隅に祀られた、古びた小さな祠の前に立っている。
(これが目印で、入り口。うんなるほどね、匂うなぁ)
祠の前にはさらに小さな鳥居。そして鳥居と祠の間は一メートル程、その距離が申し訳程度の参道ということになるのだろうが。
(ええと、この鳥居の前で鳥居をくぐらずに後ろに振り返って、そのまま後じさりで一度鳥居をくぐり、祠の方を見ずに一礼して……そこからそのまま鳥居を外に抜けると!)
さつきに教わった通りの段取りを踏んだ珠雄。その目の前に忽然と広がったのは、先程とは全く別の光景。バス通りに少ないながらも商店が並んでいだ先程までの街並みはどこへやら、一面の田畑と畦道だ。
どうやらここが、これがあの八ッ神恐子の故郷「朽縄村」、その外れ。
(よく出来た仕掛けだね。ただ出入りするだけだけど、普通に祠にお詣りする動きなら絶対気付かない、こっち側には入れない……)
一息感心、だが珠雄はキッと緊張の顔。そう、ここは邪教徒たちの巣窟であり、いうならば敵地だ。何が起こるか……ブルリと一つ背筋が震える。
もちろん怖い。だが。
(でもこれちょっと、最高だよね)
武者震いという言葉の意味を、珠雄は生まれて初めて肌で知る。そう、こりゃあ最高の冒険だ!
大きく一つ深呼吸。さぁ行くぞ、と珠雄が一歩踏み出そうとした、その時!
「少年♪」「ニャァァァァァ!!」
後ろから肩を叩かれた。ビックリ仰天、半分変化が解けた猫のヒゲ面で振り返った珠雄の目の前に。
「にゃははは♪そんなに驚くなよ少年!あたしだよ、さ・つ・き・だ・よ♪」
ウルフカットの若い女。今時稀なツギハギだらけの浴衣姿、柄は白地に黒のブチ、履き物はなし。雑な変化で瞳とヒゲは猫のままだ。
「何の用だか知らないが、ここはお前一人じゃ何かとね。でもあたしが一緒なら万事大丈夫さ。あたしゃ、ここの連中にも顔がきくんだよ。
……さ、着いて来なよ少年♪」
あれ、もう冒険はイージーモード?安心したような、チョッピリ残念なような。珠雄は少々微妙な顔つきで、開けた畦道をさつきに続いて歩いていった。
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