第15話

 結びの一番はやはり横綱・若泉関が勝った。

 2敗の5分で同点。

 優勝決定戦は私・玉桜と横綱・若泉だ。


 10分間の休憩の後、決定戦に向かう。

 今度は西の花道を歩く私に、大きな歓声が起きた。


「た・ま・ざ・く・らーーーー!」


 その声が桃優奈のファンたちから沸き起こっているのが不思議だった。

 いや、桃優奈のファンだけじゃない。

 あちこちから玉桜を呼ぶ声が聞こえる。

 判官贔屓の日本人が、新しい横綱の誕生を見たがっているのだ。


「わ・か・い・ず・みーーーー!」


 東の花道を歩く若泉関にも大きな声援が送られる。

 やはり現在の横綱、人気が違う。


 呼び出しに呼ばれ、土俵に上がる。

 土俵に上がれば、もう歓声は聞こえなくなる。

 塩を撒いて、何度か仕切りを繰り返す。


 東に萌黄の締め込み・横綱若泉。

 西に茄子紺の締め込み・玉桜。


 時間いっぱい、行事軍配が返った。

「八卦よい、のこった!」


 立会い、頭から当たる。

 意表を突いたつもりだった。

 ところが若泉関は肘を曲げてカチ上げできた。

 読まれていた。


 肘が顎に入り、私の方が後ろに飛ばされる。

 胸が上がりそうになるのを何とかこらえて、前に出る。


 半歩右足を踏み込み、前進してきた若泉関の喉に向けて右の腕を伸ばした。

 狙いは喉輪だ。

 私の腕がつっかえ棒になって若泉関の前進が止まる。


 そのまま腕を伸ばす。

 横綱の顔が仰け反る。

 チャンスだ。

 すぐに左足を出せ!


 手を伸ばす。

 左前みつに届いた。

 もう離すもんか。


 しかし直後、横綱に右上手を取られた。

 しまった。


 背の低い私が喉輪で腕を伸ばしても、まだ若泉関の腰は残っていたのだ。

 もの凄い力で引きつけられる。


 すぐさま右下手を取り、頭をつけて腰を振ろうとしたが、横綱の上手が強くて腰が動かない。


 横綱は左でも上手をガッチリと取り、一気に前に出る。

 あっという間に徳俵まで追い詰められた。


 駄目だ。

 やられる。

 でも、負けたくない。

 負けたくない。

 負けたくない。

 負けたくない!


 私は渾身の力を込めて横綱の猛攻を残す。

 左は完全に殺されているが、右手はかろうじて動かせる。

 右下手に力を込めて引き付ける。

 さっきとは逆の方向にうっちゃってやる。


 少しだけ横綱の体が右に動いた。

 しかし横綱は左足で踏ん張ると、右の上手を離して私の顔面を鷲掴みにした。


 ぶっ。

 大きな手に鼻と口を塞がれて息が出来ない。


 横綱は怪力にものを言わせ、私の顔を掴んだ右手に力を込める。

 首が仰け反る。


 あ………。

 ダメダ………………。


 ワーッという歓声が、私の耳に戻ってきた。

 その音を、私は土俵下で聞いていた。


 見上げると、横綱が仁王立ちして私を睨んでいた。

 落ちたのは私だけだ。


 横綱はしばらく私を睨んでいたが、踵を返すと、勝ち名乗りを受けに悠然と東に戻っていった。


 私は一度土俵に上がり、一例して西の花道を下がっていく。


 負けた。

 ああ、負けた。

 でも、どこかホッとするところもあった。

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