***

しいんと静まり返った室内。

莔麻は身体に力が入らなかった。

だって。

葵が。

もう。

いない。

それをとうとう、とうとう、理解してしまったからだ。


「我の事は忘れよ」


忘れたい。

そりゃ化け物との回顧なんて誰が覚えていたいのだ。

だけど葵が。

葵がいない。


「葵がそちを想う気持ち汲んで、命ばかりは助けてやろう」


花が咲く。

そういう笑顔。

思い出し。

莔麻はゆっくりハイビスカスの化け物を見上げた。

目も口も、鼻もない花の化け物。

なのに。

ああ。

見下されている。

ばけもの、


はなの


はいびすかすの




「…教えてくれ」


いつしか当然と訪れた夜闇差し込むふたりの家に、佇むは怪物。

闇をも食らう鮮やかなハイビスカスの蕾。


「なんぞや」


声は葵。

身体も葵。

今朝見た爪の先、甘皮、記憶にたがわぬ葵そのもの。

だからこそ、莔麻は、聞かずにはいられなかった。


「葵の身体で何をするつもりなんだ…」


「孕むに相応しい身体の持ち主を犯し卵を産ませる」


「あ、あ、あおい、のからだ、つかって…?」


莔麻はぐらぐら、くらくら、した。

何を言ってるんだ葵と思ったが、これはもう悲しい程にハイビスカス。

バケモンめ。

ばけものめ。

化け物め。


「そうじゃ、これは良い身体じゃ。変わった趣味の割によう鍛えておる。それもそちの好みに合わせた結果と思うと虚しき話じゃな」



よぎる。

葵が。

あおいが。あおいが。あおいが。あ


「おらぬよ」


「もう」


「そちの帰りを待つ葵」


「そちの飯を作る葵」


「そちを喜ばせる為に何か創る葵」


「もうおらぬ」




莔麻は


莔麻



ハイビスカスの化け物に縋りついた。


「待ってくれ!産む!産む!俺が産む!!葵の身体で誰かを抱かないでくれ!」


「…ふむ」


見定めようとハイビスカス頭が近寄る。

何処が目だ口だ鼻だ花め蕾め。

だがもう莔麻は、この化け物を何処へもやる訳にはいかなかった。


「頼む!葵の手で誰かを触らないでくれ!葵の、葵の!!」


重心が、しっかりした葵の足を抱き締め叫ぶ。


「俺の葵で誰かを抱くな!」


「ほぉ…身体に未練か、にんげ」


「うるさい!俺の葵を殺しておいて!うううう!あおい!あおいぃぃい!!!」


どうせ折れない傷付かない。

だから莔麻は抱き締めた。

もう居ない。

葵の身体だけでも。







「…一晩中の種付けとなるぞ?」


「あ?それがなんだってんだよ」


「卵を、孕むのだぞ?」


「葵の卵なら幾千万と平気で産める」


「葵を愛しておるのか?」


そっと頭を撫でられる。

一瞬葵の触り方と錯覚した。

けど、葵はもう。


莔麻の目から涙が溢れ出る。


「っぅう…あおい…あおい…ごめんなあおい…この、きもちが、うまくつたえられなくて…好きという言葉に…愛しているという言葉に…当てはまらないんだ…どこへもやりたくないとじこめたい俺だけの葵に…あぉい…」


ぐちゃぐちゃに泣く莔麻に、ハイビスカスの化け物が問う。


「…産んでくれるのか?我の卵を」


化け物の異常な熱を感じた。

莔麻は即答出来た。


「お前のじゃない葵の卵だ。この身体は葵。そして葵のすべてが、俺のものだ」

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