「僕は君を愛することができない」「奇遇ですね、私もです」

第1話

 ――――――――――伯爵令息バーナード視点。


「アデライン、僕は君を『愛する』ことができない」


 婚姻の儀を終えて、今は寝室にいる。

 初めての夜というやつだ。

 ああ、アデラインが驚いたような顔をしている。

 それはそうだろう。

 僕達は相思相愛だったんだから。

 せっかく色っぽい格好をしてくれているというのに、何てことだ。


 憎き左前腕の腕輪を見つめる。

 あれはつい先日のことだった。

 僕は第二王女ダニエラ様に呼び出された。


『騎士バーナード・リプトンまかりこしました』

『あら、バーナード。あなた結婚するんですってね』

『はい。婚約者の……』

『アデライン・ペスター子爵令嬢でしたっけ』


 正直驚いた。

 ダニエラ様は伯爵家未満の令嬢にはほとんど興味を示さなかったから。

 同時に嫌な予感がした。


『どうしてなの? あなたにはわたくしがいるじゃない』

『はあ』


 誤解しないでもらいたいが、もちろん僕とダニエラ様には何の関係もない。

 僕の顔が好みだとかで、一方的に気に入られてるだけだ。

 僕には愛しのアデラインがいるから、迷惑なだけなのに。


 大体僕はリプトン伯爵家の三男だ。

 跡継ぎではない。

 どう頑張ったところでダニエラ様と結ばれる未来なんかないのに、そんなこともわからないのか。


『冗談よ。結婚おめでとう』

『ありがとうございます』

『お祝いのプレゼントよ。着けてみてくれる?』


 繊細な模様の施された腕輪だ。

 女性向きの意匠なんじゃないかと思ったが、王族のダニエラ様がくださったものだ。

 左腕に装着してみた。


『アハハ、着けちゃったのね』

『は?』

『ダメよ。怪しいものを身に着けちゃ』

『えっ? 怪しいものなんですか』

『愛封じの腕輪よ。愛する者を愛せなくなるの』

『まさか。そんなものがあるわけないでしょう』

『そういえばわたくしも実際の効果のほどは知らないのよね。試しに婚約者のことを思い浮かべて『愛してる』って呟いてみなさいよ』

『……あいし痛たたたたっ!』


 何だこれ?

 アデラインのことを思い、『愛してる』って言おうと思っただけなのに、頭が割れるように痛む。


『あら、本物だったのね?』

『……外れないんですが』

『えっ? 困ったわね。わたくしも外し方は知らないわ』


 心の中なので不敬罪は勘弁してください。

 ぶん殴ってやろうかこのアマ!


『まあわたくしを捨てて、他の女のところへしけ込むような男には相応の罰だとお思いなさい』

『……』


 心の中なので不敬罪は勘弁してください。

 蹴り飛ばしてやろうかこのアマ!

 あんたが僕の女だったことなんかないよ!


 色々調べてみたが、この腕輪は呪具の類らしい。

 かなり高位の聖職者か専門的な呪術師、魔道士じゃないと外すことができないんだって。

 宮廷魔道士でさえお手上げだったわ。

 どうしろと。


 おまけに賠償金も慰謝料も支払われない。

 愛しのバーナードが結婚してしまうなんてと涙を見せたくそアマに皆がころりと騙されて、僕が悪いみたいな雰囲気になりかけたわ。

 不注意とはいえ自分で装着したのは事実だから、そう文句も言えないのだけれど。


 ギリギリまでアデラインには秘密にして解決法を探った。

 結局しばらくはこの呪いの腕輪と付き合っていかなくてはならないらしい。

 感情を込めなければ何とか『愛する』と言うことはできる。

 それだけだ。

 せっかくアデラインと結婚したというのに、何てことだ。

 

 この呪いが解ける機会を待つのか、それとも離婚しなければならないのか。

 ああ、離婚なんて嫌だ!

 でも別れることがアデラインのためならば……。


 しかしアデラインの返答は意外なものだった。


「奇遇ですね。私もです」


          ◇


 ――――――――――アデライン視点。


「アデライン、僕は君を『愛する』ことができない」


 バーナード様から発せられた言葉は無情なものでした。

 何ゆえ?

 私達の心は通じ合っていたではありませんか。


 しかしバーナード様の表情には苦悩が、瞳には情熱が見えます。

 わかります、私は間違いなく愛されています。

 ではどうしてバーナード様は私を愛せないなどと言ったのでしょう?


 そこでピンと来ました。

 何故なら私も訳あってバーナード様を『愛してる』と言えないからです。


 あれはちょうど一年ほど前の魔物の大襲来の時でした。

 騎士であるバーナード様も出征されると聞いて、居ても立ってもいられない気持ちになったのです。

 私にできることは何でしょう?

 まじない屋を訪ねてみました。


『ほうほう、あんたのいい人が例の魔物戦に出るのかい』

『はい。心配で心配で』

『それでまじないで何とかしてくれってことかい?』

『どうにかなるでしょうか?』

『……まじないには代償が必要だってことは知ってるかい?』


 知っています。

 まじないには等価交換の原則があるそうです。

 私も何かを代償として捧げなければならないのです。


『アタシも王都を守ってくれる騎士さんにはサービスしてやりたいけど、こればっかりはねえ』

『いえ、私の思いですから』

『あんたのいい人の運を格段に引き上げるってのはどうだい? まず死ぬことはなかろうし、身体強化よりもあんたの代償は少なくてすむよ』

『いいですね。代償はどんなものになりますか?』

『あんたが重視しているのは愛だ。あんたからいい人に愛を告げることができない。言えない理由を話すこともできない、でどうだい?』


 結構重い代償です。

 いえ、愛を告げることができなくても、心は通い合いますよね?

 バーナード様の安全には代えられないです。


『お願いします』


 こうして私はバーナード様に『愛してる』と言えなくなりました。

 一度試しに『愛してる』と言いかけたら、急に呼吸ができなくなりましたよ。

 あの時は私以上にバーナード様がアタフタしていらっしゃいました。

 でもしっかりとまじないが効いている証ですからね。

 バーナード様が無事に帰ってきた時は嬉しかったです。

 

 ……バーナード様が私を愛することができない、その背景には呪術的な制約があるのでは?

 バーナード様が恨めしげに見ている左腕の装飾環が怪しいです。

 呪術的な制約が正しいとしても、どこまで行動が制限されているのかはわかりません。

 ならば少しずつ試してみなければいけませんね。


「しかしバーナード様。夜の営みは生殖行為です。愛とは関係ありません」


          ◇


 ――――――――――バーナード視点。


「奇遇ですね。私もです」


 アデラインの返答に驚いた。

 どういう意味だろう?


 アデラインをよく観察する。

 僕の『愛する』ことができないという言葉に最初こそ戸惑っていたが、『奇遇ですね。私もです』という発言には何らかの意図があるように思える。


 ……まさか僕の事情に感付いている?

 アデラインは賢いから、ある程度事情を察してくれたのかも。

 ああ、アデラインが妻でよかった!


 次の言葉にはさらに驚かされた。


「しかしバーナード様。夜の営みは生殖行為です。愛とは関係ありません」


 あっ、『愛』に関係のある枷を僕が食らっていることを理解したらしい。

 さすがアデライン!


 しかし僕も閨事でどこまでの行為が許されるのかは知らないな?

 探りながら試してみるか。

 まったく忌々しい愛封じの腕輪め。


「アデラインの言う通りだな。こちらへおいで」


 しおらしく近づいてきたアデラインを抱きしめる。

 よし、通った。


「アデラインは美しいな」

「あら、お上手ですこと」

「いとしい、くっ!」


 外見を褒めるところまではオーケーだ。

 しかし感情を伝えることはできない。

 ズキズキする頭を抱える。


「バーナード様、言葉にしなくて結構ですよ。気持ちはわかっておりますから」

「ああ、アデライン!」

「生殖行為ですよ」

「そうだ、生殖行為」


 夜は更けていく。

 結論として、心の中で愛を叫ぶ分には問題がなかった。

 言葉にしないことで感情が燃え上がることもあるんだと学んだ。


          ◇


 ――――――――――後日、まじない屋にて。アデライン視点。


「……というわけで、あんたの奥さんは自分では事情を説明できないんだよ」

「知らなかった……」


 私が言えなかったのはバーナード様に愛を告げることと、言えない理由を口に出すこと。

 ですからバーナード様は、私に制限がかかってることがわからなかったようです。

 でも私もつらいのです。

 愛してるって言えないなんて。

 だからまじない屋さんから事情を説明してもらうことにしました。


「すまなかった。アデラインが苦しんでいることに気付けなかった」

「いえ、いいのです」

「もう僕にまじないは必要ないんだ。アデラインの制限を解除できないか?」

「できるよ」

「えっ?」


 解除なんてできるんですか?

 それは盲点でした。


「アタシのまじないは、簡単に破棄できることがウリなのさ。契約時と破棄時の二回料金をいただけるだろう?」


 商売人根性に思わず苦笑いです。

 いえ、意外とまじないを解いて欲しいと考える人は多いのかもしれませんね。

 契約の用紙を持ってきたまじない師さんが言います。


「アデライン・ペスター。これだね?」

「はい、間違いないです」

「ではまじないを解除するよ。旦那の効果の方はすぐ切れるが、代償である奥さんの制限は一ヶ月くらいかけて徐々になくなるよ。いいね?」

「わかりました」

「愛の息苦しさを体験しようなんて考えるんじゃないよ?」


 アハハ、そんなことしませんよ。

 面白いですね。

 ところで……。


「あの、主人の呪いの腕輪を外すことはできませんか?」

「呪いの腕輪?」


 バーナード様が上着を脱ぎ、左腕を見せます。


「……愛封じの腕輪じゃないか」

「御存じなんですか?」

「そりゃあ、アタシが若い頃に作ったものだから」

「「えっ?」」


 何と、まじない師さんの作品でした。

 本当に実力のある呪術師なんですね。


「大した呪具じゃないんだ。愛の囁きを禁止するだけでね。誰に売ったのだったか。これはどこで着けられたんだい?」

「第二王女ダニエラ様に結婚記念のプレゼントだと騙されたんだ。いや、装着したのは自分でなんだが」

「第二王女? 王族に売ったことはなかったはずだが」


 巡り巡ってダニエラ様の手に入ったのでしょうね。


「ダニエラ様も本物だと思ってなかったようなんだ」

「安全のため、所有者が自分で装着しても効果がないんだ。だからかもしれない」

「……僕がもらったものだと理解してたんだが」

「王女様にあんたが呪われりゃいいって気持ちが少なからずあったから、発動したんだろうねえ」


 呪いのアイテムは怖いですね。


「したが困ったね。王女様か」

「外すことはできないのか?」

「できるよ。ただこの愛封じの腕輪は欠陥品でね」

「欠陥品?」

「若い頃の作品だからね。腕輪を外すと呪いが跳ね返っちまうのさ。この場合は王女様にね」


 ダニエラ様が術者認定ということだからでしょうか?

 本当に呪いは怖いです。


「つまりダニエラ様が愛を語ると猛烈な頭痛がするようになる?」

「いや、欠陥品とは言え、そんな肉体的苦痛を味わうような跳ね返り方はしないが」

「じゃあ構わない。腕輪を取ってくれ」

「ええ? あんたには忠誠心というものがないのかい?」

「いつも僕を困らせていたのはダニエラ様の方だ。ちょっとは反省すべきだ」

「アタシも王族に睨まれるのは御免なんだがね」

「黙ってりゃわからないだろう?」

「……そりゃまあ、あんた達が黙ってりゃアタシのところまで辿り着けないだろうし」

「よろしく頼む!」

「しょうがないねえ。バレた時は一蓮托生だよ」


 自業自得とはいえ、お可哀そうなダニエラ様。

 どんな呪いが跳ね返るんでしょう?


「ところであんた達、安産のお守りはいらないかい?」

「もちろんもらおう」

「毎度あり」


          ◇


 ――――――――――王宮にて。ダニエラの侍女ミラ視点。


「きゃああああああああ!」


 主のダニエラ様の叫び声です。

 悪い夢でも見たのでしょうか?

 起きる時間が遅いからですよ。


「どうしたんですか、ダニエラ様」

「髪の毛がっ!」

「あらまあ。最後の学園祭の劇がハゲ役だからって、髪の毛を剃り落してしまわれるとは。私、感服いたしました」

「そ、そう? もっとわたくしを崇め奉ってもいいのよ。じゃなくて! 髪の毛が急に全部抜けてしまったの!」


 そんなことあるわけないでしょう。

 と思いましたが、本気で取り乱しているように見えますね。


「髪の毛は精神的な要素に左右されると聞きます。悩みが多いと髪が抜けるらしいですしね」

「わたくしも聞いたことがありますわ」

「学生生活最後に重要な役どころを演じるという重圧が、ダニエラ様の身体に異変を及ぼしたのでしょう」

「そ、そうなのかしら?」

「他に原因が考えられません。ダニエラ様は責任感が強いですから」

「もっともな説ね。わたくしは責任感が強いから!」


 謎の責任感が強い説はさておき、落ち着いてはきましたね。


「わたくしはどうすべきかしら?」

「せっかくハゲにおなりあそばしたのですから、十二分に宣伝するのが吉でしょう」

「宣伝?」

「興行収入は孤児院に寄付することが決まっています。ダニエラ様が髪を落としてまで役に臨んでいるとなれば大変な評判になりますよ」

「ミラ頭いい! わたくし個人の評判も上がるわね?」

「もちろんです。バーナード様なんて目じゃないイケメンがダニエラ様にメロメロです」

「わたくし頑張りますわ!」


 乙女のつるっぱげって結構一大事だと思いますが。

 うちのダニエラ様は結構ちょろいです。


「……でもバーナードのことはもう言わないで」


 騎士のバーナード様は凛々しいお方でしたもの。

 ダニエラ様も報われない初恋とわかっていたでしょうに、まだ忘れられないようです。

 意外と純情なところがありますけれども、生意気なキャラクターに合いませんよ。

 早く吹っ切ってもらいたいものです。


 バーナード様は今頃、アデライン様と仲良く朝食を食べている時間かもしれませんけど、ね。

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「僕は君を愛することができない」「奇遇ですね、私もです」 @asobigokoro

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