第7話(お題:まわる)
起き出したのは午後の四時。寝る時間も起きる時間も適当だから、目覚ましをかけなくなって久しい。
まだ寝ているルネを起こさないように朝食(?)を摂り、歯を磨く。髪をときながら、もうそろそろ切るべきかと考えているとルネの欠伸が聞こえた。あたしは寝室までルネを迎えに行き、抱えて洗面所へと向かう。
「おはよ。あんたも髪、とかしてやるよ」
「おはようございます……お手数おかけします」
洗面所の隣にある風呂場の椅子に腰掛けて作業。ルネの顔を洗う代わりに、メイク落としシートで拭いてやる。きちんと洗顔洗髪をするのは週に一度くらいだ。これでも歴代主人の中ではマメな方だという。
散らばらないようにと一つに結んである髪を解きブラシを入れる。大してもつれも抜けもしない髪に、子供の頃の人形遊びを思い出してしまう。
よし、いい感じだ。艶のある銀髪を括り直し、洗面所に戻ってルネに鏡を見せてやる。そして、肩まで伸びてぺんぺんと跳ねている自分の髪をつまんでみせた。
「これさぁ、そろそろ切ろうかなと思ってんだ」
「ふぅむ……せっかく綺麗な御髪なのですから、伸ばしてみられてもよいのでは?」
「はーん。あんたは長めの女が好みか」
「そういうことではなく!」
そこで、突然インターホンが鳴る。あたしは慌ててルネを放り投げ、ばたばたと応対に出た。
「実家からだったよ。なんか冷凍だっていうから何かと思ったらさ、カニだよカニ。すごくない?」
届いた荷物を無事に冷凍庫にしまい(冷凍庫内のアイスやら冷凍パスタやらをどかすのに若干手間取った)、寝室に声をかけたが返事がない。あれ? あたしルネのことどうしたっけ?
ルネは洗濯物の積まれたランドリーバスケットにうつ伏せになっていた。助け上げると、若干じっとりした目でこちらを見てくる。
「ごめんて」
「いえ……別に」
「まあ、咄嗟にクッションがあるとこに投げたし」
「年頃の女性の衣類に身を預けるのはあまり良い心地では……」
「有り難がってもいいんだぞ」
「…………」
「ごめんて、だから」
ルネを一旦風呂場の椅子に退避させて(ひんやりするのでタオルは敷いた)、あたしは溜まった洗濯物を片しはじめた。服を選り分け、ネットに入れ、洗濯機に放り込む。ドラム式洗濯機が回り始めたあたりで、あたしはルネを回収した。
「手際がいい……一人暮らしに慣れてらっしゃるだけあります」
「それほどでも」
「お手伝いができず申し訳ない」
「ンン……まあ、いつかは身体も復活するかもだし」
「……人間を二人か三人吸い殺せば、もしかするとね」
そんなことはわたくし、したくはありませんから。そう言ってルネはふん、と鼻から息を吐いた。あたしはやれやれと首を振る。こいつの延命なり復活に関してはもう少し策を練る必要がありそうだ。
「しかしさっきは焦ったわ。あのままルネごと洗濯するかと思った」
「まあそうなればわたくし、あの中で死ねてしまうかもしれませんねぇ」
ふむ、と考えるような素振りをするルネ。いや、ふむじゃないんだよなぁ。
「なんつーか……いいか? その死に方」
あたしは洗濯機の窓からぐるんぐるんと回転する洗濯物を見せてやった。ルネは「うーん……あまり、望ましくはない、ですねぇ……」と答える。
「死に方も選んだ方がいいぜ」
「そうですね、こだわらなさすぎるのもよくないかもしれません」
ルネの望む死に方というのを一緒に考えれば、もしかしたらそれを叶えるまでの延命は可能かもしれない。大半の死因を彼が嫌がるようになれば、あたしが生きてる間くらいは生き延びてくれるかもしれない。そしたら、そしたら。あたしがいなくなった後、ルネはまた誰かに?
「リナ?」
「ん、ああ」
「何か企んでいる顔ですね」
「は? 違うわ。カニ鍋のこと考えてたんだよ馬鹿」
「ああ、なるほど」
「なるほどって何だよ」
そうだ。とりあえずはルネを生かさなきゃいけない。だってあたしは……。
カニ鍋をやる日に、ルネにも「食事」をさせよう。一人でご馳走を食べるのは気が引けるし寂しいからって言えば断れないだろう。あたしは一人でうんうんと頷く。ルネは「カニがよほど嬉しかったのですねぇ。ご実家にお礼の連絡を忘れないようになさいよ」と呑気に微笑んだ。
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