タイムリープ探偵ルミ 〜探偵ルミのクロネコ奇譚〜

神楽坂ニケ🐈‍⬛

第一章~月下の黒猫~

0話 序幕 〜プロローグ・月下の黒猫編〜


 ハァ……ハァ……。


 ──あと……あと少し。


 冷たい潮風が、彼女の髪を撫でていく。心臓が波打つたび、胸の奥がじわりと痺れる。


 暗闇に、岩肌を踏みしめる自分の足音が響く。自分の……本当に……?


 苔に足を滑らせ、しぶきが跳ねて、肌に生ぬるい感触が残った。


 白いブラウスが湿った肌に貼りつき、濡れたスカートの重みが脚に絡みつく。


 ふいに背中に感じる、黒い気配。


 誰かが──


 いや何かが、すぐそこまで迫っている。


 けれど、振り返ることはできなかった。


 ───!!


 空を覆っていた雲が、舞台の暗幕のように開かれてゆく。


 やがて満月が姿を現し、辺り一面が金色に染まった。


 その光は、彼女の肌にも柔らかく降りそそぐ。


 眩しさに目を細めながら、彼女は首筋を流れる汗をそっと指でぬぐった。


 視線の先。ゆらめく潮だまりに月の光が写り込んでいる。


 その向こう、ひときわ巨大な岩の上に、現れた──


 漆黒の影。異形の姿。

 

 蛇のようにくねる長い尾が、月光を受けて妖しく輝く。


 ……怖い……


 けれど、まるで魅入られたように、彼女はから視線が離せない。


 その輪郭を縁取る青白い光の輪が、脈打つように瞬いた。


 まるで精緻な曼荼羅まんだらのように神聖で美しく、そして──恐ろしい。


 影の瞳が、彼女を真っ直ぐに見つめていた。


 ──左目は深い海のような青、右目は燃える琥珀こはく色。


 どちらも、この世のものとは思えなかった。


 目が合ったその時、胸の奥に杭が打たれたように衝撃が貫く。


 「──やっと、私を──」


 彼女は震える声でそう呟いた。


 しかし、影は何も答えなかった。


 ただ静かに、ゆっくりと身を起こし、その輪郭を明らかにしていく。


 ──まるで、彼女を導くかのように。


 月明かりが、そっと彼女の胸元をなぞる。肌がひときわ敏感になるのを感じる。


 自分の意志に反して、身体の奥底から熱がじんわりと広がっていく。


 脚が震え、浅くなる呼吸に、潮の香りが入り混じる。


 「あぁ……やっと私は……」


 胸に押し寄せるのは、歓喜とも、恐怖ともつかない感情の渦。


 それはやがて、甘く切ない諦めへと変わっていった。


 視界が白く染まる。世界が、ゆっくりと巻き戻る感覚──


 膝が崩れ、意識が遠のく。


 彼女は糸の切れた人形のように、冷たい岩の上へと倒れ込んだ。


 薄れゆく視界に映るのは、脈打つ青白い光の輪。


 その中心が、じわりじわりと彼女へと重なってゆく。


 ──もうすぐ……


 唇に、ふと微笑みが浮かぶ。


 ──すべてが始まる──


 彼女は呟き、満月の光に抱かれながら静かに目を閉じた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




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神楽坂ニケの学園恋愛ストーリー「つばめつき彼方かなたに…」


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