第17話
――あの書類地獄を切り抜けて、私たちはいま、富良野にいる。
「わぁ、本当にいい香りですね! それに、辺り一面綺麗な紫色で……故郷の花畑にも負けないくらいに綺麗です!」
「あっちで、ラベンダーのソフトクリームが売っているんですって。一緒に食べましょうか」
旅を初めて、二週間が経った。札幌から十勝、釧路方面に向かって網走に行き、そこから富良野、旭川を経由して、登別で温泉に入り、小樽を見てから帰る。なかなか大変な道のりだが、とても楽しい旅行になった。
ここ富良野で折り返しとなり、これから旭川に向かう……のだが。特筆することもなく、北海道をただ楽しんだだけなので、割愛する。
それに、それからの数ヶ月は、ただ私とユイナさんが楽しく遊ぶだけだったから、紙幅を割くような出来事は無かった。
――そんな生活が、突然途切れることも、わかっていたから、あまり楽しかった思い出を、残したくなかったのも、ある。
私たちが、あとどれくらい生きられるのか、死神は残酷にも、教えてくれた。だから、覚悟は出来ていた。
それでも、ユイナが突然倒れれば、心配にもなる。私も、薬を飲んだり、治療もしていたが、病状は悪化するばかりだった。
刻一刻と、時間は無くなる。
でも、後悔は無かった。やりたかったことは、やれるだけ、やりきったから。
「あと、二日」
死神が告げた、彼女の最後の日までのカウントダウン。そして、私の最後の日までは、あと五日もあるらしい。
私は体を引きずるように動かして、毎日花を届けた。その日あったことを語り聞かせて、最後まで、苦しみだけで終わらせないように、そばに居た。
「あと、一日」
もう、時間が無い。ユイナの呼吸が浅くなって、肌が白くなっていって。誰の目から見ても、助からないことは、わかった。
「……」
死神は、何も言わない。残された時間は、もう無い。
だから、私は、最後に尋ねた。君は、幸せだったのか、と。
答えは、無かった。ただ、握りしめた手が、僅かに動いた。それだけだった。
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