第33話:闇バイト

「ご、ごめんね……」


 女性の銀行員が優香や花音、その他の客の手首に結束バンドを巻いていく。


 優香と花音を含む客は強盗たちから離れた壁際に集められていた。


(最近、イレギュラーが多い気がする……)


 優香は異世界対策委員会に所属している。仕事は大変だが、やることはシンプルだ。少なくとも、そのはずだった。


 異世界に行って、誰かを救って帰る。

 異世界から帰ってきて暴れる無法者をどうにかする。

 異世界からやってくる怪物をどうにかする。


 いずれも簡単ではないが、目的は単純だ。ただ、最近はそれらに付随する何かが多い気がする。


 クラスメイトをと一緒に仕事するだとか、異世界に行く人間が知り合いだとか、チームの不和をどうにかするとか。


 いずれも給料に換算されない苦労だ。


 そして今日も、報われなさそうな苦労に直面している。


「あ、あの……」


 隣にいる花音が落ち着かない様子で声をかけてくる。


 その声音には恐怖が混じっているが、幸いにも優香がいるためか落ち着いてはいた。


「な、何もしないんですか……?」

「うーん……」


 優香は悩んでいた。何をするかというより、いつするかの方が悩みどころだ。


 強盗たちは金を奪って去ろうとしたが、シャッターによって閉じ込められていた。


 早く金を積めさせようとする者と、逃げ道を確保しようとする者に分かれている。いずれも素人くさいというか、計画不足のように見える。


 はっきり言って手口はお粗末だ。銃を見せて金を出せと脅す。それを見た銀行員の誰かが非常通報ボタンを押す。シャッターが閉じる。まるで訓練のような流れだ。


 銃の密輸が増えてから、若年層が反社会的勢力にそそのかされて走る犯罪の質が上がった。タチの悪さという意味で。


 時計強盗、宝石強盗に走る者も後を絶たないし、銀行強盗だって今年に入って既に2件発生している。


 優香が知る限り、いずれも後になって実行犯は捕まっている。


 それでもこうして3件目が起きているということは、切実に金に困っているのか、あるいは「前に捕まったやつらは手際が悪かっただけ、俺たちはバカじゃない」とバカがバカに唆されているか。


 いずれにせよ今回も手際が悪かったのは間違いない。遠くからサイレンが聞こえる。


「花音さん……一昨年にあった、ひったくりを帰還者が捕まえた事件を覚えてます?」

「え、えぇ。ありましたね」


 優香はなるべく視点を動かさず、聞き取れるかどうか微妙な声で喋る。


 突然の話題にに驚く花音だが、しっかり耳を澄まして聞いている。


「あの時は美談で報道されていましたが、その後の裁判はまぁまぁ泥沼だったんです」

「そうなのですか……?」


 驚く花音に優香は続ける。


「異世界対策法は、帰還者が能力を使う場面を——平たく言って仕舞えば国からの依頼か、明らかに人命がヤバい時のみに限定しています」

「えっ……じゃああの時は違法だったんですか……?」

「不起訴処分にはなりました……」


 たかがひったくりに能力を使うのはやりすぎではないか。怪我で済んだものの一歩間違えれば人命の危機にあったのではないか。殺意があったのではないか。ひったくり犯の弁護人がそう主張し、逆起訴に発展した。


 花音が考え込むように黙る。


「つまりですね……今の私は法に従うなら、委員会からの依頼がないし、誰かの命がやばいとも言えないため、動けない状況なんです」

「銃で脅されてるのはやばい状態ではないんですか……?」

「うーん……」


 優香は考える。


 この間受けたコンプライアンス研修では、犯罪に遭遇した場合、明らかに言い訳できない状況にしてから能力を使えと言われたのを思い出す。


 委員会としては「ここだけの話、世論さえ味方につければ最悪でも不起訴処分に持っていけるから、その行動で炎上しそうかしなさそうかで判断しろ」とも言われた。


 実は違法の未来視を使った結果では、今回は放っておいても人死には出なさそうではある。


 つまり、銃を持っていても犯人たちは使わなそう、ということだ。


 ただし、今ここで能力を使って制圧すると後の裁判で重箱の隅をつつかれるかもしれない。炎上は避けても、逆起訴に発展するのは面倒だ。

 ただし、じゃあ法律に従って放っておいていいのか? となるとそれも違う。


 優香の燃える正義感が、と言うものではない。それはそれで事件が終わった後に「委員会の人間がそこにいたのに何もしないとはどういうことだ?」と炎上しそうだからだ。


(何かをしても炎上するし、何もしなくても炎上する……めんどうだなぁ……)


 今までの行動は、見た感じ「金を詰めろ」と言って銃を見せているだけだ。それ以上の脅しは優香が見た以上はなかった。


「現状では人が死ななさそうだから動けない……と言ったら納得しますか?」

「早く助けて欲しいとは思っています……」


 ですよねー。と優香も思う。全く同じ思いだ。


「ちょっとあの人たちのパンチが弱くて……もうちょっと待って、こう——殺すぞみたいな言葉が出たら動こうかと思って『早く金を詰めろって言ってんだよ! 殺すぞ!!』いましたので今から動こうと思います」

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