第49話 閻魔帳(本物)

 またしても、妖介はせっかくの日曜を、姫子の手伝いに駆り出されることになった。


「手伝いって、それってつまり休日出勤じゃないっすか?」


「そういえば、あなたのスマホにエッチな動画の配信会社から、サービスポイント期限切れのメールが届いたみたいなんだど」


「それって恐喝じゃないですか」


 もし、この話が同期の連中に広まったら、女子から変態扱いされるのは間違いない。


「で、手伝いには来るの?」


「はい。行きます」


 ******


 集合場所の会社前に着くと、すでに運転手の伊勢が、トラックに乗って待っていた。


「おい、小僧。先輩を待たせてどういうつもりだ」


「いえ、約束の15分前なんすけど」


「馬鹿野郎、先輩の一時間前には来ておけ」


「そんな理不尽な」


 妖介は。伊勢の運転するトラックの助手席に乗り込んだ。


「伊勢さん。今日は何の仕事なんすか?」


「ああ、善行家にあるなんかの資料を、うちの会社の倉庫に運び入れるらしい」


 もしかして、姫子の実家は、アマテラスから何がしかの業務委託を受けているのだろうか?


 だとしたら、残業代は姫子の家からもらってもいいくらいだと、妖介は思った。


「伊勢さんも大変ですね。休みの日まで」


「何言ってんだい。伊勢の家は、善行の家にずっとお仕えしてるんだ。千年以上も前からな」


 千年も前からおかしなサークルがあるんですねとは、さすがに妖介は口にしなかった。


 姫子の家の門の前にトラックを停め、伊勢が呼び鈴を押すと、中から姫子の母親の千尋が出てきた。


 千尋は髪を結い上げ、和服姿で現れ、あでやかな姿にまた妖介は一瞬どきっとした。


「あらあ、伊勢さん、それに僕ちゃん。今日はありがとう」


 僕ちゃんって。また、妖介はくらくらした。


「お上、ご無沙汰しております」


 伊勢は深々と頭を下げた。


 千尋にうながされて玄関から上がると、妖介は突然千尋に股間を握られた。


「ぎゃああ」


 妖介は驚いて、悲鳴を上げた。


「あんまり、他で無駄遣いしちゃだめよ。もしかして善行家の大事な種になるかもしれないんだから」


 千尋は妖介に微笑んだ。


「使ってません。使ってません。本当っす」


 妖介は、俺は一体何を言ってるんだろうと気が付いて、恥ずかしくなった。


 奥から、赤いトレーナーにデニムのパンツというラフな格好の姫子が現れた。


 いつもと違うカジュアルな姫子に、妖介はちょっとどきっとしたが、「いかんいかん、変な気は災いの元になる」と、自分に言い聞かせた。


「早速で悪いんだけど、まずは作業場の荷物を全部こちらにまとめてくれるかしら」


 妖介と伊勢は姫子に連れられて、奥の廊下を歩いて行った。


 妖介は思い出した。


 確か、この奥には、姫子のお父さんがいたはず。


 離れの扉を開けると、大きめの御朱印帳のようなものが、山積みになっていた。妖介には、それが何かの記録簿かノートに見えた。表紙の右上に番号と名前とバーコードが貼ってあった。


 積まれた帳簿の奥から、キーボードとプリンターの音が聞こえてきた。


 中をのぞき込むと、姫子の父親のワタルが、帳簿につけられたメモを見ながら、一生懸命にキーボードをたたいていた。


「おお、若旦那元気か?」


 伊勢は勝手に部屋の中に、入るとワタルの頭をひっぱたたいてから言った。


「あわわ、伊勢さん。びっくりしたあ」


 ワタルは、驚いた顔で伊勢を見た。


「相変わらず、乱暴ですね」


「人間変わりゃあしませんぜ」


「お父さん。まだ終わってないの?」


「ああ、量が多くて間に合わないなあ。最近は首都圏に人が集中しすぎだよ」


「だから、早めにやっておけって言われてたじゃない。お母さんすごく怒るわよ」


「すいません、皆さんラベル張り手伝ってくれませんかねえ」


「もう、仕方ないわね」


 妖介と伊勢は、姫子に教わったように、帳簿に貼り付けられたメモと打ち出されたラベルの番号と名前らしきカタカナが一緒なのを確認して、一冊ずつラベルを貼っていった。


 何とか二時間ほどかけて、千冊以上はある帳簿の表紙にラベルを貼り終えた。


「さあ積み込みよ」


 今度はワタルも入れて、四人で箱詰めから、トラックへの積み込みまでを分担して行った。 妖介は慣れない肉体労働でへとへとになった。


「ちょっと休憩しようか」


 台車を引っ張っていた姫子が声を掛けた。


「はい、みなさあん、御飯ですよ」


 千尋が声を掛け、みんなが食卓に呼ばれた。


「お上、ありがとうございます」


 伊勢が深く頭を下げた。


 エビフライやハンバーグとか、普段なら大好きなごちそうが並んでいたが、疲れ果てた妖介はとても食べる気にならずに箸が動かない。


「なんだ。若いのに元気ないなあ。姫子、彼にあーんって食べさせてあげたら?」


「ちょっとお。お母さん、何言ってるの」


 妖介は冗談に苦笑いもできないほど、疲れていた。


 食事が終わって、とにかくしばらく休みたくて、ワタルのいるはなれの部屋に行った。


 きっと、あのお父さんなら静かに放っておいてくれるだろう。


 案の定、ワタルは一人で食事をしながら、YouTubeの火山の動画を見て笑っていた。


「あのお、しばらくここで休んでいいでしょうか」


「ああ、どうぞお」


 妖介はまだ運び出されていない帳簿の山の脇で、ごろんと横になった。


「それにしても、沢山ありますね。何の記録なんですか?」


「ああ、これ?閻魔帳だよ」


「閻魔帳?」


「そうだよ、本物だよ。善行の家で閻魔大王から預かってる」


 妖介はまた頭がくらくらした。

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