第28話 止まらない時計
コンドル部長が姫子の前に現われるときは、必ずちょっと普通ではない困ったトラブルを抱えている時である。
それはトラブルと言っていいのかどうかさえ分からないときもある。
妖介と姫子の前に、部下の女子社員と現われたコンドル部長は、実に申し訳なさそうな顔をしていた。
妖介は笑顔で自己紹介する営業部の先輩を見て、ああ、うちの会社にも天使みたいな人はいるんだと、営業部所属の同期がうらやましかった。
「まあ、問題と言っていいのかどうかわからないんですが」
コンドル部長は、アマテラスのオンライン・ショップのページを開いた。
コンドル部長がクリックしページを進めていくと、時計の商品が並ぶページにたどり着いた。
「これなんです」
そして、そこには「永久時計」と名付けられた小さな置時計が掲載されたいた。
文庫本を少し小さくしたようなサイズで、厚みは5センチ程度だろうか。
銀色で何の飾りもない箱で、角だけが丸みを帯びたカーブが付けられている。
黒い文字盤に、「1」から「12」の白い数字が貼られており、銀色の針が動いている。
実にシンプルなデザインの時計だ。
「意外とこういうシンプルなものこそ、おしゃれじゃないすか?でもこれって目覚まし時計?」
「いや、そういった機能は全くついてない。本当に時計オンリーなんです」
「消費税込み70万円?100台限定生産?いやあいい値段すねえ」
「時計の説明書には、外枠を外すと中の機械が散乱し修復不可と書かれている。この時計につけられた名前は『とこしえ』」
「つまり永遠ってことね」
「そうなんですよ。出店者からの商品にそえられた言葉が『100万年時を知らせる時計』です」
「それって、過大表現でアウトじゃないっすか?」
「しかも修理は永久に不要ですと書いてある。だから、サービスセンターもない」
「そりゃひどいなあ」
「しかし、仕組みが判らない以上、それにアウトとも言えない。実は当社の担当が興味を持って、どうしても調べたいというんで、泣く泣く予算を使って実験用に二台買ってみました。それがこれなんです」
コンドル部長が連れて来た営業部の女子社員が、持ってきた箱を開けると、中から写真と同じ時計が出て来た。
姫子は手に取って、ぐるっと回した。
「閉じられた箱ね。ブラックボックス」
「そうなんです」
妖介も、時計を手に取ってみた。
「確かに、時間を合わせるつまみもないし、アラームのスイッチもない。完全に密封されているから、電池の取り換え方もわかんない」
「実はあるメーカーに頼んで低温実験をしてみました。絶対零度に近い中でも三日間動き続けました」
「つまり普通の電池なら放電しない。これは電池で動いてるんじゃないってことね」
「二週間動かさずに放置しておいても、正確な時を刻み続けた」
「つまり自動巻でもないっていうことっすね」
「もう一台は、中を開けてみました」
「そしたら」
「仕掛けがあったみたいに、中の部品が四方八方に散乱しました」
「スパイ映画見たいな話っすね」
「うちの会社も、嘘の商品を世に出すわけにいきません。ただ、嘘と証明できないものを取り締まることもできない」
「部長、じゃあ、直接メーカーに聞いたらいいじゃん」
そんなことわかっとるわい、と言いたげな表情でコンドル部長は妖介を睨みつける。
「実はこの時計を作ったって言うのが、有名な物理学の研究者さんなんですよ。退官されてから、一人で会社を立ち上げ、この時計を作ったらしいんすが、販売を始めてから三か月で亡くなられてしまったんです。今の社長さんっていうのが、奥さんにあたるおばあちゃんなんですが、時計のことは全然わかってないようで、ちゃんとした説明を聞くのは無理みたいです」
「そこで、私に時計の秘密を探れって?」
「すいません、そういうことです」
コンドル部長は、いつものように姫子に深々と頭を下げた。
「永遠の機械なんてあると思いますか?」
コンドル部長は姫子に尋ねた。
姫子はまた時計を手に取ってみた。
「永久機関かあ。めんどくさいもの作っちゃったわねえ」
「よろしくお願いします」
先輩の女子社員が頭を下げると、すぐに妖介は反応した。
「はい、頑張ります」
今回成果を出せば、もしかしたら優しそうなあの先輩と仲良くなれるかもしれないと思った瞬間、姫子にすねをけられた。
******
時計を販売する会社の連絡先は、静岡県の山中湖の近くにあった。
住所と建物の名前を調べると、そこは老人ホームだった。
あの時計の製作者である先代の社長は、北野耕助といい、この時計をオンラインショップに出してから、三か月後に病気でこの世を去った。
耕助の遺言で妻の晶子が引き継いだが、晶子も決して体が丈夫なわけではなく、今は富士山の見える静かな老人ホームにいる。
妖介はこんな馬鹿高い物を誰が買うのかと思ったが、物好きの金持ちは結構いるらしく、アマテラスが買った分を含めて今までに11台が売れていた。
「11台でも1台70万なら結構な売上っすねえ」
そして在庫として39台が残っていた。これが全部売れれば確かに大金ではある。
レビューを見ると、「正確で電池交換も不要な優れもの。★★★★★」から、「何の機能もない、ただの置時計。これはひどい★」まであり、きっとどの評価も本当なんだろうと妖介は思った。
不思議な時計について、老人ホームに残されたお婆ちゃんと話て、秘密が解けるのかは判らなかったが、とにかく一度会いに行かないことには、話は何も進まないのは確かだった。
あの営業部の先輩に感謝されるためにも、ここは何とか頑張ろうと、妖介のモチベーションは爆上がりした。
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