第9話 まさかタヌキ?3
姫子と妖介の乗ったワゴンは、夜の山道を進んでいく。
「何もないですね。やっぱり」
妖介は、何も起こらない山道のドライブにほっとしていた。。
「当たり前でしょ。私が見張ってるんだから」
「はあ」
「小僧、びびって小便ちびるなよ」
「いまんとこ、まだびびってないっす」
結局、その夜は何事もなく、山道を走り抜け、高速道路までたどり着くと、自動車はそのまま東京へ帰った。
家の近くで下ろされた妖介が家に帰ると、夜中の一時を過ぎていた。
「うへえ、深夜残業じゃん」
次の朝、会社へ行くと、姫子がやって来ないので、どうしたのかと会社のアドレスにメールを打つと、「自宅勤務」とだけ返事が来た。
「くそお、自分だけ楽しやがってえ」
眠気を我慢して、することのない事務所で一日を過ごすのは、とても苦痛だった。
翌朝、姫子は普通に現れた。手には古い大きな紙を巻いた長い筒のようなものを持ってきた。
「なんすか。それ」
妖介は不思議に思い尋ねた。
「地図よ」
「地図すか?」
「さあ、今日も行くわよ」
「どこへすか」
「何言ってるのよ。例の山道に決まってるでしょ」
「また行くんすか?!」
******
天気もよく緑が美しい山道で、ついつい眠たくなる。
「俺の車で寝るんじゃねえ、小僧!!」
「はいっ」
妖介がウトウトしかけると、運転手の伊勢の怒声が響き、目が覚めて冷や汗が出る。
姫子は後部座席で、ずっと地図と古い本を見比べている。本の背表紙には『日本霊異記』と書かれていた。
「ふうん。ややこしい場所よねえ」
姫子の声が響いたが、妖介は新しい道が一本しかないのに、何がややこしいのかさっぱりわからなかった。
暫く走っていくと、集落が見えた。多分、道路ができる前からある農家なのだろう。
「伊勢さん。あそこ行きたいんだけど」
「あいよ、ちょっと待ってください。姫子様」
運転手はナビで調べ始めた。
「そうだねちょっと戻って県道に入れば、行けるねえ」
「じゃあ、お願いします」
その後、十分くらい走り、自動車は家が数軒並ぶ集落の入り口に着いた。姫子たちは車から降りた。
一軒の家の前で、八十を過ぎたような老婆が、椎茸を並べて干していた。姫子は近づいて話しかけた。老婆はにこやかに対応してくれた。
三分ほど、世間話をしてから、尋ねた。
「おばあちゃん。ごめんね。最近何か変わったことない」
「ああ、なんも変わらんよ。ずうっと同じ。何も変わらん」
老婆はニコニコと笑いながら、作業の手を止めずに続けた。
「ほら、あっちに新しい道路ができたでしょ?それから何か変わったことない?」
「そうだねえ、車がたくさん来るから、夜中にケモノがちょっとおとなしくなっただけよ」
老婆は、ニコニコして話した。
「車がこの山から抜け出せなくなるみたいなんですけど。お囃子が聞こえて」
姫子が単刀直入に聞くものだから、妖介は驚いた。
すると、老婆は即答した。
「ああ、それはタヌキのせいだわ。タヌキがばかしてるんでしょ。最近はなかったけど、この辺のじいちゃんばあちゃんは昔から、よくだまされてるのよ」
確かに、タヌキが人を化かすっていう話が昔からあることくらいは知ってる。それにたぬき囃子の伝説も聞いたことはある。
しかし、今は人口衛星が世界を監視し、スーパーコンピューターが分子レベルで解析する二十一世紀なのだ。タヌキ囃子みたいな不可思議な現象があったとしても、すでに公開され分析されているはずだ。そんなバカげた話を信じられるわけはない。
まあ、お年寄りだからしょうがないかあ。妖介は老婆の年齢と彼女の育った時代のせいにした。
姫子たちは、老婆に礼を言って、帰った。
「本当に、タヌキだと思いますか?」
妖介は試しに姫子に聞いてみた。
「ううん。それはないかなあ」
妖介はちょっとほっとした。ほんとにタヌキの調査とか始めたりしたら、さすがに付き合いきれない。
ともかく、明日はタヌキ退治に駆り出されることだけはなさそうだった。
******
次の日事務所に戻ると、姫子は妖介に、古い地図の一部をコピーさせた。グーグルマップをパソコンの画面に映し、見比べた。
しばらく見比べると、印刷したグーグルマップに赤く丸をつけた。
「やっぱり、ここかなあ」
姫子は立ち上がると、社長の秘書に電話をかけた。
「ひゃくちゃんに用があるの、ちょっと呼んで」
電話で社長を呼びつける姫子に、妖介は腰が抜けそうになった。
五分もすると、社長が秘書を連れてすっ飛んできた。
「げ、また本物の社長が来た」
「姫子様、何があったの?」
「ひゃくちゃん、ちょっとお願いがあるの。国の土地をちょっとだけ買ってほしい。山の中だからそんなに高くないと思う。それから石屋さんと、大工さんを準備して」
「えっ、お城でも建てるの?だったら姫路城買っちゃった方が早いかも」
「そういうことじゃないから」
「あ、そう?まあ、姫子様が言うなら、なんでも準備しますよ」
「さすが、ひゃくちゃん。話がわかるわあ。商売繁盛、家内安全、間違いなし」
「これはありがたやありがたや」
社長が姫子の一言でご機嫌になったのは、一目瞭然だった。
妖介は、この会社本当に大丈夫なのかよと、かなり心配になった。
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