第5話 歌う人形(そんなことあるの?)3

 事務所に帰っても、妖介は相変わらず悩んでいた。


 年寄りの知り合いがいるわけでもないのに、戦時中の女学生なんかどうやって探しだせばいいのだろうか?


 今の高校と違って、当時の女子高等学校は12歳から16歳までが通学していたらしい。そうすると、90歳から94歳くらいまでのおばあさんの中に、当時通学していた人がいるかもしれない。


 しかし、無数に老人がいる東京で、そんな人をどうやって見つけ出せばいいんだろうか?


 いきなり学校に行って、同窓会の名簿よこせなんて言っても、聞いてくれるわけもない。


 妖介は深く考えた。もしかしたら、あいつならやってくれるかもしれない。でも、なあ。


 ダニー・チョイは久しぶりの妖介の電話に驚いていた。


「なんだ、妖介くん。久し振りじゃない。お金貸してって言っても無理よ。僕に貸してくれるんならいくらでも借りるけどね」


 ああ、やっぱり、こいつに頼むんじゃなかったと、妖介はかなり後悔した。しかし、このばくち打ちのハッカーしか頼れる人間を思いつかなかった。


「俺の会社の顧客データハッキングしてくんない?判らないように」


「はあ?妖介ちゃん?何それ?」


「うちの会社は、サーバーに大量の顧客データを持ってる。そこからちょっと拝借する」


「へえ?それ全然ダメなやつじゃない」


 いつもハッキングばかりしてるくせに、お前が言うなと、妖介は思った。


「そこから、ある女子高の卒業生にたどり着いてほしいんだ」


「うわあ、お前、ガチ変態くんだあ」


「違うんだよ。探してるのはおばあちゃんなんだ」


「もしかして、年増趣味?」


「だから違うってば」


 妖介はフリマの出展物の中に、何か旧帝都南女子高に関連する商品が出ているのではないか、その中の出展者か、バイヤーの中に、当時の卒業生かその家族がいるのではないかと考えていた。


 ダニー・チョイは華僑の子息で、妖介の先輩の麻雀仲間の一人であり、元々ある国立大学の工学部の電子工学科にいたのだが、大変な博打付きで、学校に全く顔を出さず、親からもらった授業料も使い込んで、退学。


 ただ、プログラマーやハッカーとしては天才で、闇カジノのパスワードを破り、ゲームにバグの細工をしようとしたのを感づかれ、マフィアや別のホワイトハッカーから暫く身を隠したりしていたこともあった。


 結局、三日後に、妖介の元にハードディスクが届いた。


「お前の会社、結構セキュリティしっかりしてて大変だったぜ」


「すまねえ。担当にはそう伝えておきますよ」


 ダニーも妖介が金がないのを知っているので、アイドル・フェスの最前列席が取引の条件だった。


 そんなもの手に入るわけないと思いながら、姫子に相談すると、いきなり姫子は社長室に電話をした。


 その日の夕方に、社長室の秘書からチケットが届いて妖介は腰が抜けそうになった。


 まさか、そのチケットが、自分の会社へのハッキングの報酬だとは、社長も夢にも思ってないだろう。


 妖介は、ハードディスクの中にあったデータをパソコンで開いた。そこには数百万の顧客情報が入っていた。


「これって立派な犯罪だよなあ」


 妖介は自分のやっていることが、少し怖くなった。でも、これもカスタマーサービスの仕事なんだと、自分に言い聞かせた。


 大量のデータをパソコンで選別し、内容を確認していくのは大変だった。そもそも出身校をわざわざ書く欄はなく、たまに出回るフリーマーケットでの商品の内容をチェックしていくしかなかった。


「くそう、やってられねえわあ」


 妖介は事務所で叫んだ。


「何言ってんのよ。君、他に仕事ないじゃないの」


 確かにそうではあった。


「でも、二日続けて最終電車ですよ」


 妖介も珍しく根気強く作業を続けた。


「くそお、今日合コンの予定だったのに」 

 

 そしてついに探し出したのは、古書店のオンラインショップから昭和22年の卒業アルバムを買った一人の女性。彼女は音大に通う大学生だった。


 妖介と姫子は、翌日、彼女の住む所沢に向かって電車に乗っていた。利用者へのインタビューですということで嘘をついて、会ってもらえることになった。


 コンドル部長に頼んで、お礼として帝国ホテル食事券を用意させた。


 コンドル部長からは「今年は交際費の予算が削られてるんですが」と泣きが入ったが、姫子が「じゃあ社長に直接頼もうかしら。営業部さんは非協力的だからって」と脅すと、慌てて準備に走った。


 アルバムの購入者の矢沢琴美は、音楽大学でヴァイオリンを専攻しているらしかった。


「私のひいおばあちゃんね、ちょっと足が弱ってて今施設に入ってるの。お見舞いに行ったときに、早く天国で女学校の友達に会いたい会いたいって言うんで、それなら写真だけで見せてあげれば元気になるかもって思って、ネットで探したの。丁度古書店のページにその学校の卒業記念アルバムが出てたから」


「すいません、そのおばあちゃんにも話聞きたいんで、ちょっと連絡先教えてもらえませんでしょうか」


「アルバムになんかあったんですか?」


「いえ、アルバムでなくて、人形の話なんです」


「?」


 琴美はちょっと戸惑ったが、姫子と妖介の熱心さと食事券の力で、施設の担当の連絡先を教えてくれた。


「音楽の勉強なんて素敵ですねえ」


 妖介は、いつもの調子で、女の子を見ると本能的に持ち上げた。


 姫子は妖介をまたにらみつけた。

 

「ひいおばあちゃんが、女学校で合唱部にいたことあるらしくて。その血なのかなあ」


 琴美は笑った。


「合唱?」


 妖介と姫子は、顔を見合わせた。

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