2-4


 その後、パーティーざんまいの日々はあっけなくしゅうりょうした。

 アルマに気をつかったのか、コンラートがきたのかは分からない。

 夕食を終えて自室へ戻ったアルマは、立派なナイトドレスをじょたちに着せてもらうと、そっとベッドにこしかける。


(私……どうしちゃったのかしら)


『軟派閣下』はアルマがしっするようなことを平気でするし、口にする言葉もどこか適当で、とても好きにはなれないと思っていた。でも――


(汚れた手を迷いなく握ってくれた。それに服装だって……)


 改めて手のひらを見つめる。

 彼の大きな手の感触がぼんやりとよみがえってきて、アルマは思わずほおを赤らめた。

 すると突然、コンコンというノックの音がひびく。


「はい、どなたですか?」

「おれだよ、コンラート」

「コンラート様!?」


 アルマはバッタのようにぴょんとね上がると、急いで部屋の扉を開けた。

 そこにはシンプルな夜着にガウンをまとったコンラートが立っている。


「こんばんは。入ってもいいかな?」

「ど、どうぞ……」


 部屋に入ったコンラートはしばし興味深く室内を見回したあと、当然のようにアルマのベッドへ腰を下ろした。ぽかんとするアルマに向けて、ぽんぽんと自身の隣を手でたたく。


「どうしたの? 座りなよ」

「えっ、そ、そこにですか?」

「うん。おいで?」


 を言わさぬはくりょくで言われ、アルマはぎくしゃくと彼に接近する。

 ことさらしんちょうに腰を下ろしたところで、コンラートがゆっくり切り出した。


「この前はごめんね」

「え?」

「おれが女の子たちを招待したの、嫌だったんでしょ?」

「べ、別に……」

「あれ? てっきりヤキモチ焼いて逃げ出したんだと」

「ち、違います! あれはその、ちょっと気分てんかんしようとしただけで」


 にやにやしているコンラートを前に、アルマは意地になって反論する。

 そんなアルマに、コンラートがふとまゆじりを下げた。


「あの時、一人で裏庭にいるきみを見て……もしかしたら、すごく傷つけてしまったのかもしれないって反省したんだ。でも同時に――うれしかった。ああ、ちゃんと『おれ』を見てくれていたんだ。まったくの無関心ってわけじゃなかったんだって」

「そ、それは……」


 そくに否定できず、そのままうつむく。

 それを見たコンラートが、そっとアルマの頰に手を伸ばした。


「コ、コンラート様?」

「前のおれとはまるっきり違うかもしれない。でも、きみに好きになってもらえるよう、精いっぱい努力する。だから――」


 コンラートの顔がせまってきて、アルマはびくりと身をこわらせる。


(こ、これって、もしかして……)


 嫌な相手なら突き飛ばしてでも逃げるところだが、なにせ相手は婚約者。

 キスの一つや二つ求められても、おかしなことではない。

 だが次のしゅんかん――アルマはりょううでを伸ばして、彼の体を押し返していた。


「……アルマ?」

「ご、ごめんなさい……。でもあの、やっぱり、違うというか……」

「……おれもコンラートだよ?」

「分かってます! 分かっているんですけど、でも――」


 続きを口にしようとしたたん、アルマの目からぽろりとなみだこぼれた。

 どうして泣いているのか、自分でもよく分からない。


(どうしよう、私――)


 するとコンラートは親指の腹で、アルマの濡れたまなじりを軽くぬぐった。


「ごめん。ちょっと意地悪だったね」

「…………」

「でも、あいつのことを思い出した時、きみがすごく切なげだったから――」


 コンラートはわずかにしょうすると、そのままやさしくアルマの髪にれる。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「な、何ですか?」

「あいつより、おれのことを好きになってくれないかな」


 いきなりの申し出に、アルマはもんかべる。


「あいつよりって……そもそも同じコンラート様では?」

「まーそれはそうなんだけどー。でも同じとはいえ婚約者がおれ以外の男のほうが好きだなんて、なんかムカつくというか」


 するとコンラートは、一方のうでをするりとアルマの腰に回した。

 そのままもつれるようにして、二人揃ってベッドにどさりとたおれ込む。


「あ、あの!?」

「安心して。ただいっしょるだけ。婚約者なんだからいいだろ? これでおれの好感度が上がるかもしれないし」

「上がりませんけど!?」


 だがコンラートはアルマを腕の中に閉じ込めたまま、まぶたを閉じてしまった。

 必死にていこうするが、くすぐったそうに笑うだけでびくともしない。


(だから! どっちも同じコンラート様って言ってたのに、どうして自分の中で張り合う必要があるわけ!?)


 やがてしょくだいろうきたのか、あたりがふっと暗くなる。

 月明かりが室内を照らす中、コンラートの穏やかないきが聞こえてきた。


「まさか……本気で寝ちゃったの……?」


 こちとら異性との初めてのどうきんで、目がばっちりわたっているというのに。


「ちょっと、起きなさいよ! 寝るなら部屋に帰って一人で寝なさいよ! って……どうして腕が外れないのよーっ!!」


 なんとかけ出そうとするが、腰に回された腕はがっちりと固定されている。

 寝ている状態でどうしてここまで力が強いのか。


「もういやーっ!!」


 一定のリズムで髪に当たるコンラートの呼気。

 そして見た目以上にがっしりしている、男性らしい体つきをまざまざと実感してしまい――アルマはとにかく情報を減らそうと、必死になって目をつぶり続けるのだった。



*****



 翌朝、アルマはゆっくりと瞼を持ち上げた。


(……いつの間にか、寝ちゃってたみたい)


 すぐに起き上がろうとしたが、腰のあたりにコンラートの腕が巻きついている。


「コンラート様、朝ですよ! いい加減に離してください!」

「……ん、……」


 コンラートの目がかんまんに開かれる。

 だがそこに現れたのは金色ではなく、エメラルドのような緑色の瞳。

 驚いたアルマはそのこうさいをまじまじと見つめてしまう。


(……また、違う色になってない?)


 するとかくせいしたコンラートが突然、けんに深いたてじわを刻んだ。


「なんですか、あなた。人のベッドで」

「……は?」

「ああ、違うな、あいつか……。くそっ、あの『馬鹿』が……」


(い、いったい何が起きてるの?)


 昨晩のコンラートとは別人のようなその口ぶりに、アルマは目を白黒させる。

 だが彼はそんなアルマをベッドから乱暴にかつぎ出すと、そのまますたすたと扉の方へと向かった。ろうに放り出し、げんを全開にしたまま冷たく言い捨てる。


「わたしはもう一度寝ます。人がいるとじゅくすいできないので出ていってください」

「で、でもここ、私の部屋――」

「では」


 緑の瞳のコンラートはそれだけ告げると、そっけなく扉を閉めてしまった。

 一人廊下に取り残されたアルマは、何度も目をしばたたかせる。


(何? ……というか、誰!?)


 またも変態したコンラートに、アルマはただただ呆然とするのだった。

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