2-3


 そして一週間後。

 今日もまた昼間から、かざった女性たちがやしきに入ってくるのを目にしたアルマは、いらちのあまり着ていたドレスを部屋でてた。

 青ざめるメイドたちをよそに、実家から持ってきた男物のシャツとズボンにえると、むぎわらぼうかぶって勢いよく外にけ出す。


「あんの『なん閣下』がーっ!!」


 コンラートていの裏手に広がる森の中。

 アルマは手にしていたスコップを、折れ曲がりそうなほど握りしめた。


「誰よりも大切にするって言ったの、忘れたのー!?」


 もくで不器用な、だがアルマにいちだった以前のコンラートを思い出し、むねの奥がぎゅうっとめつけられる。


(もう知らない! そっちが勝手にするなら、私も好きにしてやるんだから!)


 ずんずんと勇ましくしげみの奥へと向かう。

 すると木々の向こうに、ガラス張りの大きな建物が見えてきた。


(これ、ここに来た日に馬車から見えた――)


 高さはほんていより少し低いくらい。屋根の一部は半球状になっており、出入り口にはがんじょうてっしつらえられている。


(温室? ずいぶん立派ね……)


 中を確かめたいが、かぎがかかっているのか扉はびくともしない。

 うっかり傷つけてはいけないと、アルマはあきらめてすぐにその場をはなれた。


「さて、気を取り直して――」


 適度にうすぐらかげを見つけ、しゃがみ込んで木の根元をる。湿しっの多い土はひんやりと冷たく、アルマはみのあるかんしょくにほっと息をついた。


(ここの土は栄養も多そうだし、いい子が住んでるかも)


 初めて出会うこんちゅうたちを想像し、アルマはふふっと目を細める。

 だが先ほど生じた胸の痛みが、すぐに顔をくもらせた。


(ほんと、どうしてこんなことに……)


 いきなり魔法だなんだと言われて。

 同じコンラートと説明されても、あまりにも違いすぎる。


(もし、このまま魔法が解けなかったら……。前のコンラート様には、もう一生会えないのかしら……)


 鼻の奥がつんと痛み、アルマはぐっとしたくちびるを噛みしめる。

 しかしすぐにぶんぶんと首をった。


「あーもうなやむのやめやめ! しょせんお見合い結婚だし、だいたい私、あの人のことそこまで好きだったわけじゃ――」

「えっ、おれのこと好きじゃなかったの?」

「ぎゃーっ!?」


 突然降ってきた言葉に、アルマは叫びながら顔を上げる。

 パーティー会場にいるはずの『軟派閣下』がこちらを見下ろしていた。


「ど、どうしてここに……」

「いつまで待ってもきみが来ないからだろ?」

「わ、私がいなくても、大丈夫じゃ……」


 自分の気持ちに整理がつかず、アルマはつい言いよどむ。

 それを見たコンラートは、「ねえ」とまっすぐにアルマを見つめた。


「さっきの、ちゃんと聞かせて。おれのこと――好きじゃない?」

「……正直、よく分かりません」

「そっか。じゃあ、前のおれは好きだった?」

「…………」


 あの晩、四阿あずまやで。優しくかがやいていたコンラートの青いひとみのうよみがえる。

 そんなアルマを見つめていた『軟派閣下』は、やがて小さく息をき出した。


「そっか。……けるなあ」

「えっ?」

「決めた。要は以前のおれより、好きになってもらえばいいんだよね?」

「そ、それはどういう……」


 コンラートはにこっと笑うと、すっと片手を差し出した。

 アルマが手を取るのをためらっていると、コンラートがふと小首をかしげる。


「ところで、こんなところで何してたのかな?」

「えっ!? ええとその、か、だんを作ろうかなーと……」

「花壇? それなら庭師にたのめば――」

「じ、自分でやりたかったんです!」


 ストレスが限界とっして昆虫採集してました、などと打ち明ける勇気はない。

 ひやひやしながら反応をうかがっていたアルマに対し、コンラートはやわらかく微笑ほほえんだ。


「そっか。まあ広さだけはいやというほどある庭だから、好きなところに作るといいよ。ただ掘り起こしちゃいけない場所もあるから、先におれか庭師に聞いてね。それより―― その格好もすごく可愛いね」

「えっ?」

「シンプルだけど良く似合ってる。きらびやかなドレスもてきだけど、そういう姿もしんせんでときめいてしまうな」


 すると『軟派閣下』はどろだらけのアルマの手をややごういんに取った。

 それを見たアルマはすぐさま離そうとする。


「ん? どうかした?」

「わ、私の手、いま泥まみれで……」

「そんなの全然気にしないで。それとも、おれとは手をつなぐのも嫌?」

「い、いえ……」

「良かった」


 コンラートはそう言うと、アルマの手を引いて迷いなく歩いていく。

 アルマはその背中を見つめながら、意外そうに何度もまばたいた。


(令嬢らしくない、とか、言わないんだ……)


 あれだけふんがいしていたはずなのに。

 アルマの中にあったもやもやは、いつの間にかすっかりなくなっていた。

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