第8話

 空山を師父の元へと届けて幾日。俺は再び珠月荘に戻り、人の世の占い師として日々を過ごしていた。どうにも俺が人の世で学ぶことは多く、未だ帰山の時では無いという。


「裂空破山の剣のことにはおよそこちらが想像した通りのことを師父は語っていたが、あれも酷く胡散臭い。しかも不穏の気が巡っているようだし、また師父の悪企みが待ち受けているんじゃなかろうな?」


 師父に食って掛かる空山とそれをのらりくらりと受け流す師父の様子を思い出しつつ俺は疑念と不満を漏らす。そうしていくつかの宝貝を思い起こす。


「紅塵に交わり騒ぎを起こしうる宝貝にはいくつか心当たりはあるが、俺が覚えている限り全て師父が蔵に収め管理しているはずだ」


 そう口にして安堵しようと思ったが、空山こと裂空破山の剣も師父が厳重に管理していたはずの宝剣だったのだ。


「いたずらに人の世を騒がせて楽しむような悪趣味は持っていなかったと思いたいが、あの師父のことだ。何かあったとて自身の手で容易く繕えてしまう程度のことなど、騒ぎを起こしたという認識すら持たないことも考えられるからな」


 あの師父であれば、弟子を育てるために多少人の世に波風を立ててもそれは「天の理が定まっただけ」などと言いかねないからな。


「念のため占っておくか」


 俺はいつもの指折り占を行い人の世に災いをもたらす兆しがないかを探る。しかし対象を絞らぬ占いは霊峰の山頂より遠方を眺めるが如く判然としない朧げなものとなる。


「うぅむ…とりあえずわかりやすい危機は迫っていないと思えば良しと言えるか」


 俺はそう自分を納得させた。思えば師父が仕掛けた試練であるなら、俺如きが先を見て展開を読み解くことなど端から無理と言うものだからな。

 割り切ってしまえば心持ちも落ち着き、いずれ訪れるであろう厄災に備えることもできるというものだ。


 それから俺が邑の人々の悩みを聞き占う日々を過ごしていたある日のこと。室内に差し込んだ日の光が壁に掛けられていた八卦鏡の『離』の卦を照らし輝かせた。


「陽の気が離を照らす、か。離は八卦で火を表し活力・内燃・芽吹きのための溜めなどを意味する。これは何か動きがあるかもしれないな」


 そう呟いていると人がひとりやって来た。それは赤毛に琥珀色の目をした少女だった。腰に剣を佩き、小柄ながらも動きに隙がない。功夫を積んだ練達の武芸者の風格と言えよう。


「こちらが高名な道士先生の住まいと聞いたんだ。もしそうなら、占って欲しいことがあるんだ」


 声は少女らしい澄んだものだが口調は男性的であった。だがこれは武の道に生きる者には良く見られる特徴とも言える。


「道士の家と言うならばそれは正しい。だが、高名な先生などではない故にそこは誤りと言える。それでも良ければまず話をお聞かせ願おうか」


「自身を驕らず誠実に振る舞う方は先生と呼ぶに相応しいよ。私は劉桜子。旅の剣侠だ」


 おっと、これは礼を知る娘だ。武練のみに囚われた輩とは品格が違う。ならば相応の態度で臨まなければこちらが礼儀知らずとなろう。


「では劉女史。その評価に応えられるよう、俺も微力を尽くそう。改めてお話を聞かせてもらえるかな?」


 俺は白磁の急須より桜の香りの茶を湯呑に注いで彼女に勧め、話を促した。


「私は月が一つ巡るほど前に夢に蒼い鬣の獅子、金色の翅の鳳凰、紅い鱗の龍が現れて一振りの剣となった。そして『探せ』と告げられたんだ。道士先生に、この夢の手がかりを占って欲しい」


 ほほう。夢に三体もの聖獣が現れて剣となり、彼女にそれを探せと告げたとは面白い。


「聞く限り、それは蒼炎俊猊、金翅大鳳、紅鱗聖龍であろう。いずれ劣らぬ高位の聖獣だ。それだけでも女史に君子の徳があることを示す吉夢と言えるな」


 しかしそれらが剣となったというのがわからない。故に俺は石を繰り、指を折って真実を詳らかにしていく。


「――現世と幽世の重なる霊境に聖獣の力を宿した神剣が目覚めの時を待っている。夢を介して呼びかけたのであれば、女史は剣に選定されたのだろうな」


「だけど私にはそんな大それた剣に選ばれるような武功も誉れもない。それに、話に出たような摩訶不思議な幽境なんてたどり着く事さえできないよ」


 彼女は困惑しているようだ。だが占い読み解いた限り確かに彼女は選ばれている。彼女にはきっと聖獣たちとの間に縁があるのだろう。


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道士・蒼真月伝 Fの導師 @facton

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