第13話 お互いのこと

「ルナはいつも夜に外出しているが、家族が心配したりしないのか?」


 あれから、家まで送るというエルヴィンを何とか宥め、ここで休息を取っていくことにした。


 寄りかかれそうな場所に降ろしてもらい、エルヴィンと二人並んで座った。


 さっきまでの禍々しい空気はすっかり無くなり、月明かりが気持ち良い。


 ルナは月の光をその身に受けるように目を閉じて回復を待った。そして、エルヴィンが先に口を開いたのである。


「……私にはお師匠様がいたんですが、その人は他界したので心配する人はいないですよ」

「一人暮らしなのか……?」


 ルナの返答にエルヴィンは申し訳無さそうな表情になる。


「ええと、猫と一緒に暮らしています」

「猫?」

「はい。小さい頃から兄妹のように育ってきて……」


 努めて明るく話すルナに、エルヴィンは困ったような笑顔を見せた。その表情が余計にルナの心臓をドキドキさせる。


「大切な家族なんだな」

「……はい」


 ルナの説明に真面目に返してくれるエルヴィンの言葉が嬉しくて、ルナは何だか泣きたい気持ちになった。


「エルヴィンさんは?」

「え?」


 自分のことばかり聞かれているので、ルナはエルヴィンに質問をした。


「エルヴィンさんもご家族が心配しているんじゃないですか?」


 ルナの言葉に、エルヴィンは穏やかに答える。


「俺は……騎士だからな。家族も覚悟はしているさ。それに、公爵家は兄が継ぐから」

「え」

「え?」


 エルヴィンの言葉にルナは固まった。


「えええええ〜?! エルヴィンさん……様、貴族だったの……ですか?!」


 随分回復をしたルナは、驚きで飛び上がる。言葉使いも何だかおかしくなってしまった。驚くルナにエルヴィンは動じず、淡々と続ける。


「ああ、と言っても三男だし、俺は騎士だから。というか、いつも通り普通にしてくれ」

「えええ……」


 エルヴィンが苦笑してルナのおかしな態度を言及する。ルナはまだ驚きで目を丸くしていた。


「何だ、貴族は嫌いか?」


 驚くルナに、エルヴィンは自嘲気味に笑った。


「え?」

「この国の貴族は国を良くする義務があるのに、それをしていないからな」


 遠い目をするエルヴィンに、ルナは胸が傷んだ。


(そんなの、王族だって……)


「確かにこの国は腐っているけど、貴族皆がそうだとは思っていない」


 ルナは水面下でルイードを支えてくれる貴族もいると知っている。表立って動くと宰相に潰されてしまうため、今は皆耐えているのだ。


「それに、エルヴィンさんはエルヴィンさんですから。貴族とか関係ないかな?」


 ルナが心からの言葉を言えば、エルヴィンは「そうか」と言って黙ってしまった。


 照れているのか、耳が赤い。


 そんなエルヴィンを可愛く思いながらも、ルナは話を続ける。


「でもこの国が限界まで来ているのは確かですよね。こうして歪みになって現れているんだから」

「は?」

「え?」


 今度はルナの言葉にエルヴィンが固まる。


「ルナは魔物が生まれる原因を知っているのか?!」 

「エルヴィンさんは知らないんですか?!」


 聖魔法の使い手なら当然知っていると思っていたルナは、驚きで目を瞬いた。


 それから、人の心の闇や不満、黒い気持ちが淀みになり、その土地を穢し、魔物が生まれることを説明した。


「なるほど……だからこんなにも魔物が頻繁に出没しているのか……しかも凶暴化している」


 ルナの説明を聞くと、エルヴィンは理解したようにブツブツと呟く。


「しかし、ルナはどうしてこんなことを知っているんだ?」

「え、えーっと……、師匠も聖魔法の使い手で、家に伝わるのを私が教わったというか」


 アリーもルナも聖魔法なんて使えない。魔女の力だ。しかしそれを言うわけにはいかないので、しどろもどろになりながらも嘘に本当のことを混ぜながら説明する。


「そうか。うちは俺だけ隔世遺伝で力が発現した。だからか、そういった言い伝えは聞かない。家によって違うのだろうな……。使い手が少ないせいもあるだろう……」


 ルナの説明に納得をしたようで、エルヴィンはまだブツブツと呟いていた。


「それならば、こうして土地を回るのはただのイタチごっこだ」

「国そのものが変わらないと、ですよね」


 結論に至ったエルヴィンがルナを見る。ルナは返答に困りながらも答えた。


「王太子殿下がこの国のために動いていらっしゃる。それまで俺たちが持ちこたえないと、だな」


 エルヴィンの言葉にルナは目を丸くする。


「何だ?」


 そんなルナにエルヴィンは不思議そうな顔で覗き込む。


「いえ……エルヴィンさんは、この国の王太子殿下のことを信じているんですね」

「ルナは情報通だから、殿下が妹殺しで恐れられていることは知っているのだろう?」

「はい」


 隠すことなく、エルヴィンが真っ直ぐと聞くので、ルナもしっかりと返事をした。


 ルイードの妹殺しは、上位の貴族の間では知られ、恐れられているが、ほとんどの国民は知らない。ルナセリア第一王女の存在自体が知られていないのだから。


「……そうか。でも俺にはあの方がただ人を殺すような人には見えない。近くにいたからわかるんだ」


 静かに話すエルヴィンに、ルナは何も言わず、ただその夕日色の瞳を見つめた。


「おかしいか?」


 話し終えると、ふ、と笑みを浮かべたエルヴィンがこちらを見た。


「……いいえ。エルヴィンさんが信じているなら、私も信じます」

「そうか」


 ルナの言葉にエルヴィンは目を閉じ、嬉しそうに笑みを溢した。


(お兄様の、私たちの味方はここにもいる)


 胸の奥がじんわりと温かくなり、ルナは涙が溢れないよう、月を見るふりをして空を見上げた。


 隣のエルヴィンも同じように空を見上げた。


 王都の夜空には月が高く昇っていた。

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