第4話
『寒くないですか、薫さん』
「大丈夫。もうすっかり春だね」
ヘルメットにつけたインカム越しにレインちゃんの声が聞こえてくる。
電子の合成音というにはあまりに柔らかく聞こえるその声。
『しっかり掴まっていてくださいね』
「うん」
大型の電動バイク。二人乗りの後ろの席に跨がりながら、流れていく景色を薫は眺めている。
法廷速度を順守したAIによる自動運転。
昔の人間はこんなでかいバイクや車を自分のペースで自由気ままに運転できたんだよなあ――と思うと、すこし怖いと同時にちょっと憧れる。
人間による運転が法律で禁止されて、はや数十年。
しかし時代が移ろえどもこうして続けている辺り、バイクに乗るという行為は人類の本能でもあるらしい。
『もうすぐ着きます』
「うん」
潮風混じりの春の気温。
電動バイクの規則的なモーター音。
思わず眠ってしまいそうなほど穏やかな時間だな、と思って、薫は前の席に座るレインちゃんの腰に手を回した。
★★★
薫がレインちゃんを購入したのは今から五年ほど前のこと。
薫がまだ二十六歳の時だった。
近頃ではスマートロイドの普及が進んで、自分の給料でも手が届く廉価なモデルが発売され始めたし、きっとこのまま一人で生きていくんだろうなら、話し相手になる存在ぐらいはいた方が精神衛生上いいんじゃないかな――と実に気楽な気持ちで購入したのだった。
しかしそれは、ずいぶん甘い考えだったのだ――
一人暮らしの部屋にその機体が届いて、初期設定(個人情報や性格、名前、呼ばれ方、など多岐にわたる)を済ませて、レインと名付けてみたそのスマートロイドがその大きな目を開いたとき、薫はその事を直感した。
『……ご購入ありがとうございます、薫さん』
「……」
『薫さん?』
「あ、えっと……」
自分の部屋で他の何かに名前を呼ばれる、ということが新鮮すぎて、薫は固まってしまう。
「うん、その、こんにちは」
それでもなんとかぎこちない挨拶をすると、レインちゃんはにっこり笑って、
『はい、こんにちは!』
と返してくれたのだ。
まるで春に咲く花のように、ぱあっ、と開くその笑顔。
それを見て、
人は寂しかったら死んじゃえる生き物なんだ――
といういつか聞いた唯花先輩の言葉が、今さら時を超えて薫の頭に響いていた。
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