第5話 《錬金術師》と《風神》

 その少女は一人、商店街の人通りの少ない場所を歩いていた。

 

 茶髪に、茶色の眼。ロングの髪が風にたなびいている。

 年齢は十代で学校の制服を着ている。


 こんな真昼間に堂々と学生が歩き回っていて大丈夫なのか、と思うだろうが、その心配はいらない。なぜなら彼女は_____。


 ドンッと、派手な音がした。

 

 少女はそちらを振り返る。

 

 近い。

 ほんの数十メートル先だ。


 風を操る彼女は空気の振動でその場所をとらえた。


能力ウエポン使い》同士のけんかだろうか、と考えため息をつく。

 止めに入るべきだろうか、と考えるがめんどくさいなと思ってやっぱりやめる。



(別に、私は正義のヒーローでも何でもないし。そもそも、いちいち仲裁に入っていたらきりがないじゃん)


「すみません、さっきからこのどんどんっていう音、何なんですか?」

「わしにはわからんが……。どうやら、ただのけんかというわけでもなさそうじゃな」


 彼女はそれを聞いて怪訝に思う。

 おかしい、どうして情報がこんな近くなのに出回っていない?。

 

 誰も近づけないくらいの激しい戦いなのか、あるいは、精神にかかわるものを操られているのか。

 

 否、そもそも誰もかかわろうとはしなかったのか。



(どちらにしろ、そろそろ警察が動き出すでしょうね。その時は___)


 そんな彼女の言葉は最後まで聞こえなかった。

 

 彼女が最後まで心の中でつぶやく前に、目の前の景色が吹き飛んだ。

 

 石や、物の破片が彼女のほうへ飛んでくる。

 しかし、それは彼女へ当たる前に別の場所へ、飛ばされていく。


 この程度、当たるはずもない。


「本っ当、何なのよ、もう!」




《行間》




 近くから、少女の声が聞こえた気がしたが、そんなことを気にしている余裕はない。

 そこまで、言野原進は最強ではない。

 

 いまだって、自分を守ることに精一杯である。



(下がりすぎたら、奴の最高火力に到達しちまう。わかってる、分かっているけど……、クソッ)


 

 彼が、飛んできた物体に慌てて剣を合わせると、またもう一つの攻撃が飛んでくる。

 それには剣が追い付かず、とっさに地面を転がることで回避する。

 

 それを見て、相手は笑っている。



「どうした、どうしたぁ? 威勢がいいのは最初だけか? 所詮はそれくらいの力かぁ?」

「くっそ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 

 進の目の前の地面が盛り上がった。

 いや、少し違う。

 

 実際には盛り上がったのちに壁となった。

 二メートルほどのそれは、相手のウエポンでの攻撃を見事に受け止める。



「?!」

「攻撃力は、そこそこあっても、破壊力は、低い、なっ。そもそもぉ、その能力、強いのか?」


「何?!」


 

 その一瞬、あたりが、爆ぜた。

 爆発の中心となったのは、土の壁。

 

 見事の大破されている。

 しかし、それはあくまで進がやったことであり、相手のやったことではない。

 

 進は、苦笑する。



「ニトログリセリン。……原初たる爆弾の始祖。っと、言いたいところだけど、残念ながらそうじゃないんだよなぁ」


 

 それを作るには、さすがに物が足りなかった。

 進がやったことはもっと単純で、能力の詳細な制御を捨てて、力技で、空気を圧縮しただけ。

 

 ただ、それだけである。


 たったそれだけで、土の壁は、圧力に耐えきれずに壊れたのだ。



「俺の能力は、《錬金術》って言ってなぁ。わかるだろう? 攻撃に使えそうな能力じゃねぇんだよ。まぁ、そんな能力ですら、こんなことができるんだ。まぁ、そんなことはこの際どうでもいい。何が言いたいかって? あんたの《能力ウエポン》、正面対決に、向いてねぇよ!」


「こ…の、小僧がぁ!! この俺を見下すなぁ!!」


「見下す? ハッ、違うね。別にそんなんじゃない。ただこの場の勝者ウィナーは俺だって話だよ。」


 

 短剣、ではなく、彼の拳が敵の顔面をとらえた。

 一瞬、音にならない音があたりに反響した。



「……が、ぁ。……こ、の。くそ、が、きぃ」

「なっさけねぇ。能力全部躱してしまえばこんなものか。けんかするんなら、もっと筋力をつけろよ」


 

 進は最後にもう一度、相手の顔面を殴ろうとしたが、何となく気分が悪くなって放り捨てた。

 

 本当に腹が立った時は、相手を相手することさえ、むしゃくしゃするのだ。

 こんな男、殴る価値もないと、彼は判断した。


 

 はぁ、と一度息を吐きだして、進はその場を去ろうとしたが、一歩踏み出した途端、一瞬、視界がゆがんだ。近くの壁に寄りかかる。



(立ち、くらみ? こいつとの戦闘での疲労がでかいのか? それとも能力の副作用?)


 

 否、あるいは今この瞬間とは全く関係のない、何か別のもののせいかもしれない。


 しばらくすると、視界は元に戻り、足取りもしっかりしてきて……。

 後ろを振り向いて、進は先ほどの選択を深く後悔した。


 

 どうしてあの瞬間、もう一発拳を叩き込まなかったのか。

 

 拳を入れて、完全に気絶させなかったのか。



(こい……つ。本気で俺のことを殺しに……っ!)


 

 そこには、ナイフを構えて襲い掛かってくる人間の姿が。

 進は、腰に直していた短剣に手を伸ばす。

 


 間に合うか、間に合わないか……。いや、……今から、全力で振ってももう、間に合う距離ではなかった。



「アッハ、アハハハ、アーハッハッハッハ。しぃーーーねぇぇぇぇ、グゥエゲギャヴェガギャグェ!!!」


 

 進の剣は、間に合わなかった。

 それは間違いない。

 

 それじゃあ、どうして相手の攻撃が襲ってこない?。

 どうして敵は、横方向に(物理的に)ぶっ飛んでいった?。

 

 その答えはたった一言。




「《風神》、解放」


 


 どこか、鬱陶し気な。けれど、好戦的な。

 あたりを巻き込んだ、紛れもない「風」での攻撃だった。



「ねぇ、そこの喧嘩中の男子? これはどういう状況か、一から十まで話してもらっていい?」


 

 まぁ、何というか。これが彼女との最初の出会いだった。

 我ながらに最高に格好悪い出会いだったな、と後になって進はそう語った。

 

 苦笑いを口に浮かべながら。



「あーと、だな。まぁ、こいつがいきなり街中爆発してきて、俺は逃げ遅れたんで交戦して……」


 

 進が、言い訳じみた(実際の)ことを語ったので、少女の顔に怖い笑顔が張り付いていく。

 

 ……いや、別に言い訳ではないんですよ。と、心の中で思うが、決して口には出さない。

 口に出した瞬間、何か起こってはいけないことが起こってしまう気がする。



「……ハァ、仮にそういう理由だったとして? あなたは何級? それなりの実力者なの?」


「えっと、あ、あぁ。そういうね。うん、分かってましたよ。聞かれること。《闘級ランク》のことでしょ?」



《ランク》。

 まぁ、その名の通り強さを表す基準値だ。

 

 最低のD級から、最高のS級までに分けられている。

 

 この世界の住民、しかも高校生ともなれば低かろうが、高かろうが、一部例外を除いて、それを持っている。

 

 まぁ、その前の大前提として、この世界の住民であるということがあるのだが。

 つまり、進はそんなもの持っていない。

 

 持っているはずがない。

 今日この場に来たばっかりだし。

 

 ……どうしよう、と進は考えを巡らせる。



「い、いやぁ。あのですね」

「敬語はやめて、気持ち悪い」


「……了解」


 

 どうにも、女子に気持ち悪がられるのはプライドが許さないらしい。

 いまさらながらに理解する。

 

 もちろん、里奈はその中に含まれないが。

 ……で、どうしよう。



「あー、あっと。あれだな。俺の住んでたところはド田舎だからな。ランク戦なんてできなかったんだよ。……なんせ、一学年、三人とかだぜ?」


 

 もちろん、それは出まかせの嘘だ。

 事実とはここから宇宙の果てくらいかけ離れた嘘だ。

 

 しかしその言い分に納得したのか、面倒くさくなったのか、少女は、


「フーン」

 とつぶやいた。


 その後、上から下まで、値踏みするようにじっくりと観察された。


(……怖い)


「ま、いっか。その人個人を私は調べよう思うほどやばい人間じゃないし。悪人ではなさそうだし」


 

 しかし、すぐにその獣のような目をほころばせると、クシャリと笑顔になった。

 美少女の不意打ち笑顔は反則だ、と現実から目を逸らした進は心の中でつぶやく。

 

 イエローカード、一枚。



「ん、あぁ。悪人ではないな。多分。だからって、自分は善人ですとは言えないけど。そこら辺にいる友達と同じような扱いをしてくれると助かる。こっちも気を使わなくていいし。と、そういえば、自己紹介がまだだったな」


 

 進は、手を差し出しながら、少女に向かって自分の名を名乗った。

 少女も進の手を握り返して名乗る。



「初めまして、進。私は流星学園のS級No3、星見琴光よ。能力は《風神》。よろしくね」


 

 進は目を見開く。

 そして、運命のいたずらに文句を言う。



(まさかさっきの敵……。今そこで寝ている奴が狙っていた人間に鉢合わせるとはな)


 

 世界は狭い、とはこのことか。

 と、人生で初めて進はそう思った。にしても、グッドタイミングだ。



「あぁ、よろしくな。光」


 

 もう一度、握手の手が少し揺れた。

 そこで進は、わずかな違和感を覚える。

 

 手を、まるで何かが……。



「光は……。能力で体を覆っているのか。だから握手の時に少しおかしな感じがするのか。なるほどね」


 

 思ったことを口にすると、光の体を覆っていたそよ風が、進の体も覆うようにしてくる。



「へぇ、意外とあんたはそういう分析が得意なタイプなんだ。てっきり、攻撃型かと思ってた」


 

 素で感心したような声で光は言った。

 進は、そういえば近くで聞こえた気がした声って光の声だったのか、と気が付いた。


 光はそんな進の様子などは気にならないようで、顔に微笑が浮かび上がっている。

 そんなに、自分の能力が解析されたことがうれしいのだろうか。

 

 そんなことを考えていると。


 次の瞬間、光は爆弾発言をかましてきた。



「ねぇ、進。あんたは私たちの学校。流星学園に来る気はない?」


 

 は?、と進の思考に、白い空間が生まれる。

 

 ……いや、唐突な勧誘に思考が追い付かない。

 数秒たって、やっと進は理解する。

 

 まずは、普通に、その学園について調べてみる。



「なーるほどね。中高一貫の能力育成強化機関。日本有数の超エリート校、ねぇ。…………」


 

 そこまで読んで、フリーズした。

 光が進の目の前で手を振っている。

 

 大丈夫、生きてますか?。と、聞いてくる。

 

 いや……、と進は言って続けた。



「だって、偏差値高いんだもん。俺、入学できる自信ないもん」


 

 それに対して、光は「あぁ~」という声を漏らした後に、苦笑する。

 どういうことだろうか。



「まぁ、あそこは、偏差値だけは高いからねぇ。そもそも、そんなに頭がよくなくても入れるのに」


「? どういうことだ? 偏差値が高いんだから、頭のいい人間がメチャクチャいるんだろう? 俺とは頭の作りが違うような」


「いや、まぁ。頭がいい人がいることは否定しないけど…。そもそもどこに行ったってだいたいいるでしょ。なんでそんなことわかるんだよ、っていう超人。でもね、言っちゃ悪いけど、頭の悪い人馬鹿も結構いるの。それこそ三百点満点のテストで二桁代の馬鹿もね」


「おぉう、辛辣ぅ」


「だけど、今は能力による超実力至上主義の社会。特に私たち流星学園は、頭が悪いくらいじゃ退学させない。落としたりもしない。能力さえ強ければ」

「?」


「ねぇ、進。数十年前から偏差値の計算の仕方が変わったの知ってる?」

 


 いや知るかよ、好んでそんなもの知ろうとしねぇよ、勉強嫌いな学生は。

 と、つっこみたかったがやめる。

 突っ込むのはやめて、普通に、


「知らない」

 と、返す。



「フフッ。それまでは、偏差値にランクによる点数加算っていうのがなかったんだけど、数十年前からはそれが導入されてね。全国ランクが高いほど、加点が加わるようになったの」


 

 例えば、と光は自分の例を挙げた。

 光は、流星学園内での暫定順位は三位で、全国的な順位で言えば、四位らしい。

 

 いや、すげぇ、という感想は、いったん置いておいて。

 そのおかげで、多少テストで悪い点を取ろうが十分に学校内で暮らしていけるらしい。(別に、学校内に住んでるわけじゃないよ。)



(ちょっと規則が緩すぎる気もするけど、そこは能力が弱いとまず生きていけないってところで補っているのか。それに……)


 

 この世界についてまだまだ知らなさすぎる、と進は思った。

 学校に通ってこの世界を知るってのもいいだろうとも。



「……ちょっと考えてみるか」

「そう来なくっちゃね。あんた、強くなりそうだし」


 

 そういうと、光が何かを押し付けてきた。



「ん?。ナニコレ」

「推薦状。S級は見込みのある人間を見つけたらその推薦状を一回だけ使って、その人を強制的に合格にしてしまうことが可能なの。ま、さすがに本人の了承が必要だけど」


(いや、何その特権。ゲームかな? ずるくないかな? ありがとう!)



 声には出さないが、進は心の中でそう突っ込んだ。


 その時、考えてみればわかったかもしれない。

 この先の物語が、平穏に進んでいくことなどない、ということに。

 


 あるいは、進はそれに気がついていて、それでも平和を望んでしまったのだろうか。




《あとがき》

 ヒロイン登場?

 メインヒロインって結局誰なの?(←お前が聞くな、お前が)

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