幕間:今度こそ

 「……」


 伸ばした手の先で、砂粒のようになってしまった<郷愁の門>。その小さな砂粒も、すぐに虚空へと消えてしまい、邪神ウルは小さく溜息を吐きながら伸ばした手を降ろした。


 「ケケッ、残念だったな?」

 「……お前は何時も嫌なタイミングで来る」


 落胆を露わにした様子の彼へ声を掛ける精霊が一体。


 冒険と伝聞の詩人精霊テメラリアである。相も変わらず人を食ったような表情をする精霊を見て、邪神ウルは更に落胆の感情を深めた。


 「なァ、ウル? 一つだけ聞かせてくれよ」

 「……、……何だ?」


 一拍の間を空けてテメラリアがそう聞いて来る。碌な質問では無いだろう。それを理解していた邪神ウルは、少し躊躇ったが、その質問を聞いてやることにした。


 「——テメェ、何でシーがこの都市で目覚めるのを知ってやがった?」

 「……」


 ほら見ろ、やはりだ、と。その口から紡がれた言葉に、邪神ウルは内心で毒づきながら、表に不快の感情を露わにする。


 「……テメェに気取られねェように、こっちはアレコレ手を回したつもりだったんだがな?」

 「……、……だとしたら随分と間抜けな采配だぞ、テメラリア? この都市にミーダスがいると知ってれば、私がここに来る事など予想できただろうに。シーを見つけた時は、随分と驚いた……驚き過ぎて、つい殺してしまいそうになる位にはね」

 「……、……ケェ。やっぱテメェ、ミーダスを自分の眷属にする為にこの都市に——」

 「——私はただ友人を看取りに来ただけだ」

 「……」

 「ミーダスは邪神の手を取るような脆弱な神ではない。見縊るな」


 テメラリアの言葉をピシャリと言い塞ぎ、邪神ウルは腹の立つ鳩を睨みつけた。


 その答えに、テメラリアは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべる。しかし、すぐに人を食ったような表情に戻り、揶揄うように口を開いた。


 「そうかい……ようは相変わらず甘いガキのまま・・・・・って事か?」

 「……黙れ。殺すぞ」

 「ケケッ、オレ様たち普通の精霊はシーとは違う。本体はここにはねェよ。出来ねェ事は言うもんじゃねェ……過去に吐いた自分の言葉が、未来の自分を圧し潰す事なんて、ザラにあるもんだ。……今のテメェみてェにな?」

 「試してみるか?」

 「ケケッ、やってみ——」


 ——ろ? と、言い切る前に、「ぴぎゃァ!?」と。邪神ウルは右手を翳し、テメラリアを木っ端微塵に吹き飛ばした。青い霊子マナの燐光となって消えてしまった彼だったが、すぐに「——ケケケケケケェェェェ!!!?」と。


 「ホントにやるヤツがあるか、このボケェェェェ!!?」

 「やってみろと言ったのは貴様だろう」

 「そりゃそうだけど、ホントにやんのは違ェだろうがァァァァァァ!!」


 その青い燐光が集約し、再び鳩の姿を取る。羽毛とトサカの毛を逆立てて、テメラリアは激昂するが、邪神ウルは少し呆れたような表情でそれに応じた。ぴぃー! ぴぃー! と、喚き散らす鳩の鳴き声を煩わしそうにした彼は、大きく溜息を一つ吐く。


 「もういい。お前と話したせいで気分が悪い……私はもう行く」

 「あっ、おい! ちょっと待ちやがれ!」


 何もない虚空に黒い靄が現れ、邪神ウルが消えて行く。テメラリアは慌てた様子で呼び止めたが、その制止の声を無視して靄の向こうへと歩いて行こうとする。


 「……最後に一つだけ言っておく」


 だが、その姿が完全に消える一瞬。


 ピタリと足を止めた邪神ウルは、強い決意を込めた瞳でテメラリアを睨みつけ、宣言した。




 「——今度こそ・・・・俺が勝つ・・・・




 そして、邪神ウルは黒い靄の向こう側へと消えて行った。


 「……、……ったく。図体ばっかデカくなりやがって、中身は変わらずガキのままじゃねェか……」


 誰もいなくなった森の中で、テメラリアは独り言ちる。その時だった。後ろから人の話し声や、精霊の可愛らしい足音が聞こえて来たのは。


 テメラリアがが振り返ると、ジャン、カルナ、ディルムッド、そして、他の精霊達や衛兵が慌てた様子で立っていた。


 「小娘とシーはどこだ!? 邪神ウルはどうなった!?」

 「ケケッ、安心しろよ……嬢ちゃんとシーは無事に逃げたし、ウルのヤローも呆気なくどっか行っちまった?」

 「……ほ、本当ですか?」

 「随分と呆気ないですね……このまま邪神ウルと戦う事も覚悟していたんですが……」


 テメラリアの言葉を聞いた人間たちは、唐突に終わってしまった戦いに拍子抜けしたのか、少し困惑気味だ。精霊達は『わー! わー!』『じゃしんうるにかったー!』と、呑気な反応を示している。


 「ケッ……まァ、いいじゃねェのか? 無事に終わったんだしよォ?」

 「「「『……』」」」


 精霊とは正反対な反応を示す人間たちを諭すように言ったテメラリア。


 その言葉を聞き、一瞬ポカンと顔を見合わせる一同。しかし、その言葉が真実である事を理解した誰かが喜びの声を上げる。それを皮切りに、一同も続いた。


 空は雲一つない快晴。まるで戦いの気配を感じさせない程に澄み渡っている。


 勝利を祝う人間と精霊の声が、蒼い空に響き渡った。

_____________________________________

※後書き

もし、面白いと思って下さった方がいらっしゃいましたら、ブックマーク、感想、レビュー、他にも評価していただけると、今後の創作活動の励みになります!

次回から『終幕:ケモミミのサーガ』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!

次の更新は、4月27日20時30分です。

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